2019年8月17日 (土)

「進化しすぎた脳」 池谷裕二著

お盆休みは終わってしまいましたが、その間に戻ってきた『本を読みたい』という気持ちはまだ続いています。

せっかくなので、在庫一掃セール的に過去に手をつけて読みかけになっている本を読んでいます。

本日、ずっと前に投げ出していた「進化しすぎた脳」を読み終わりました。

長い間の棚ざらしで日焼けができていた。。。

脳科学者 池谷氏が中高生に脳について講義をした内容を中心に書かれているこの本、最先端の研究を中高生向けに易しく解説したものにもかかわらず、根っからの文系、かつ先生や生徒さんたちとは世代がずっと離れていて、なかなか内容に入れなかったのが、当時、途中で投げ出した原因かな~なんて思っています。

今回改めて読んでみて、自分にもある脳について、全然知らないんだなあとか、そうなのかあって新鮮だったんですが、まあ、あんまり良いとは言えない頭脳の持ち主ですから、書かれた内容をどれくらい理解できたか、表面の字面を追っただけかもしれません。

そんな私にとっては、第五章の「僕たちはなぜ脳科学を研究するのか」以降が印象に残りました。

この章は、中高生に講義してから2年半経った時点で、先生が所属されている研究室のメンバーとお話をされた内容です。

なぜ脳科学を研究するようになったか、研究者向け(中高生向けではないけれど、読者にも理解できるよう易しくした)脳のしくみ、脳科学の限界、さらに科学とは・・・などが語られていて、

うまく表現ができないので月並みになってしまうけれど、人間っていいなあとか、科学が進歩していって、それが良いことかどうかはわからないけれど、それが人間、それこそ脳が求めるものであれば、将来結果がどうなろうともそれはそれでいいんじゃないかと。

さらにいいっと思ったのが、最後の「ブルーバックス版刊行に寄せて」。

この種の結びは、自分にとっては、おまけでついているもので、読まないと最後まで読んだ気にならなくて目を通す程度のものです。

でも池谷先生のこれは、よかった!! ・・・どうよかったか。うまくまとめきれずに単なる引用になりそうだから、ここには書かないことにします。

将来このブログを読むことがあって、気になったら、本を開いてみることにします。

ほとんど目に留める人がいないこのブログですが、間違ってここを読んだ人は、「進化しすぎた脳」ブルーバックス版を読む際は、末尾「ブルーバックス版刊行に寄せて」は、ぜひ本文を読んだ後で。

絶対最後に読んだ方がいい・・・と思います。

 

2019年8月14日 (水)

読書する気持ち

8月10日から本日14日まで5連休です。明日から仕事なので、ちょっとイラっとした気持ちも出てきていますが、この5日間はゆったりできて、久々本を読みました。

 

この2,3か月はほとんど本が読めていなくて、先月1冊、今月も1冊読めるか読めないかになりそうでしたが、この数日で読書する気持ちが戻ってきています。

 

仕事に役に立つとか、今後必要とかではなくて、ただ活字を追って知らなかったことを知って、それに自分がどう考えるかを楽しむ。

 

何冊読むか量を気にしないで、目の前の本に何が書いてあるのか、活字を追いながら自分なりにその意味を考える。

 

昔流行った頃に買って読んで、面白くなくて途中で投げ出した本を改めて読んでみると、こんなことが書いてあったのか・・・と初めてわかる本がある。

 

この数日、時間があったからそう考えているだけかもしれないけれど、これまでとは違った本の読み方をしたいなあって思います。

 

 

本を読む気持ちが出てきたら、アウトプットする気持ちも少しだけ復活しました。

 

まだ読んだ本について書けるほどの気持ちは戻ってきていないけれど、読むだけでなくて、そこで感じたことを残しておきたいです・・・そのうちに。

2019年6月30日 (日)

新年度が始まって3が月が・・・

新年度が始まって3か月が経ちました。

4月後半に異動をしてきた方々も仕事に慣れてこられました。

昨年度異動して来てバタバタだった私も2巡目に入り、仕事の性格を理解して仕事に取り組んでいます。

急に案件が入り、バタバタすることはありますが、こういう仕事だと思えるようになって気持ちが楽になりました。

不安要素はありますが、来年3月まで乗り切らねばと思っています。

余裕が出てきたので、今月は少し本が読めました。・・・6冊。中には1時間程度で読める本も含まれていますので、がっつり読んでいるとは言えませんが、一時期、月1冊読めるかどうかの頃に比べれば、大した進歩です。

タイトルと作者、出版社くらいですが、読書記録つけています。

本棚に並んで、読まなくっちゃと思っている本が記録に上がっていて、あれ?読んでいたんだと思うことはしばしはなので、読んでも頭の中に入っていないようですが・・・

ピンクのビニールのカバーがついたノートを買って使っていたんですが、革カバーを新調しました。

ネットで注文して、自分のイメージとはちょっと違っていたんですが、大切に使っていきます。

2019年5月 1日 (水)

令和が始まりました

元号が平成から令和に変わりました。

昨日に引き続き、日本経済新聞のトップを引用させていただきます。

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令和に隠れていますが、今日から5月。

5月というと新年度が始まって1か月が経って、なんとなく節目を感じる時期です。

5月病という言葉もありますが、何かと不安定な気持ちになりがちです。

10連休前に仕事を山ほど残して休みに入ったために、時々仕事のことを思い出して、休み明け初出勤に不安を感じています。

休みは休みで気持ちを切り替えて楽しんではいますが、ふと嫌なことを思い出すと本や雑誌を読んで、再度気分を切り替えています。

そんな中で、10日も休みがあることだし、来年3月が自分の大きな転換期になることから、棚卸の一つとして、このブログをどうするか考えてみました。

最近の記事を読むと「ひどい」の一言。こんなこと書く?っていうのを書いています(我ながら)。

今が止め時かな。

でも、長い間書いてきたもので、あっさり削除ができそうにない。

それで過去どんなことを書いてきたか読み返してみました。

はっきり言って9割がた、ひどい。

そんなこと誰でもわかっているってことをしたり顔で言っている。立ち位置が曖昧で何様?って書き方になっている。

ネットに公開する水準に達していない。

でも、中には読み返してみてよかったなあと思うものも少しだけですが、ある。

そういうのは本や雑誌に書かれた著名な方の意見を抜粋した内容が大半を占めるようなものですが・・・。

(それでもたくさんの情報の中から自分がどれを選択し、どこを切り取ったかというとこに意味がある)

それで・・・

ひどいながらも、他人様に見せるにはかなり恥ずかしいながらも、それでも自分にとっては削除するに忍びないということで、

このまま残し続けることにしました。

令和初めての決断が、マイナスで、自分の恥な部分を残すこと・・・

めでたくない、縁起悪いなどの言葉が思いつきますが、これから引退を迎えて、いやでも「最期」って言葉が強く意識されるようになります。

そこに向かう毎日の中で、自分というものがどういうものだったか分かりたい。

世の中で何かができた自分ではなく、何もできなかった自分、あるがままの自分を客観的に見つめたい。

人として生まれてきて、生まれてきたから生きるしかなかった。

周りに迷惑をかけたけれど、ほんのちょっとは世の中に役に立つことをしたかもしれないけれど、自分ってこういう人だったんだと。

いまより高齢になって、世間からお年寄りって呼ばれるようになったときに自分の立ち位置がはっきりわかる人でありたい。

うまく表現できてませんが。

ごたごた言っていますが、結論は、そのツールの一つとして、自分のために、この駄目ブログを残すことにしました。

2019年4月30日 (火)

平成最後の日

4月30日、テレビは朝からこの話題ばかりです。

「平成最後の日」

やっぱり記録に残しておくべきでしょうか・・・

NHKテレビは一日のかなりの時間帯で「ゆく時代くる時代」という番組を放送しています。

民放も大方「平成最後」というタイトルがついた特集番組を放送しています。

日本経済新聞の一面もやはり

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2019年4月20日 (土)

「日本人の勝算」デービッド・アトキンソン著

この1年、すっかり本を読む気が失せていましたが、少しずつ復活してきています。

久々にビジネス書的な本を読んでみました。

30年日本で活動されているイギリス生まれのアナリストの方の本、「日本の勝算」。

日本を愛する方が、日本の凋落に危機感を持ち、これからさらに進む人口減少の中で、経済的に豊かな国として日本が生き残るために何をすべきかを提言された本です。

多く海外の研究が根拠にされていて、第1章から第6章まで「人口減少を直視せよ」、「資本主義をアップデートせよ」、「海外市場を目指せ」、「企業規模を拡大せよ」、「最低賃金を引き上げよ」、「生産性を高めよ」まで、とても新鮮でしたが、自分の頭では、そうだよね、そういうことだったのか、そういうものなのかな‥程度の理解でした。

でも第7章、「人材育成トレーニングを「強制」せよ」では、学校卒業後、それまでの知識で仕事をしていくことの問題を論じた本はたくさん読んできたけれど、改めて、我々、少なくとも自分が、学びの時期を大学までの若い頃だけに限定しているのが、とてもおかしいことだと感じました。

小学校から大学までが、学びの時代で、それが終われば社会人として働くが当たり前と思ってきて、

社会人になってから再び学校で学ぶことが、社会人教育という言い方で、意欲の高い人だけがやることみたいに考えているけれど、

これだけ学問技術が進歩する中で、学校を卒業したら終わりではなく、常に学ぶことが普通にならなくてはいけないのではないか。

この本を読んで、そういうことを考えさせてもらいました。

それから、経済を考えるときに、総額で考えてはいけないということ。日本は人口が多いから総額で見たら世界の中で高い順位に位置するけれど、一人当たりに直したら、大きく順位を下げるという言い方が度々でてきました。

なんのために経済成長が必要か。世界の中でランキング競争をするためでなく、国民一人ひとりが豊かに暮らすためということを考えると一人当たりでどれくらいの水準があるのかというのが大事ですよね。

日本人はなんにせよ日本が世界の中で、何位かっていうのにすごくこだわるように思うけど、そもそもそれってなぜ?

久々に本を読んで、読んでいる間いろいろ考えました。

この本を読んで直接自分ができることはないけれど、この本に書かれていることも含め、世間で言われていることにどういう意味があるのか、言われていることをうのみにせずに考える。自分はそれを面白いって感じているし、好きなんだなあって気がつきました。

著者が伝えたかったこととは違う理解になるかもしれないけれど、自分なりで。

もう少し本を読む時間を増やそうかなって気になってます。

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2019年3月21日 (木)

1年の終わり

4月から始まる会計年度で仕事をしていますので、この時期は1年の締めをしています。


今年一年、本当に波瀾万丈だった。


人事異動で4月に着任して、本来はもう一人いるはずの総務と事業の仕事を一人で持って、ごく普通の私…いやさばけないかも…ですから、もうグタグタ。

青色吐息状態。

おまけに体調不良で長期休暇を取られる方が出たり、同じ時期に異動してきた方がとんでも人材だったりで。


ついでながら、その方、他のところに採用が決まり、我が組織を3月末でお辞めになる。

そして…なんとこの忙しい時期、3月中旬から残ってる有給休暇消化に入られた。

有給休暇取得は当然の権利だからそれ自体は何も言えないけれど、少なくとも自分の仕事は片付けて去って欲しかった。

退職は去年の秋に決まっていて、引継書ちゃんと作ってね、次の担当と直接引継ぎができないから、私に説明をしてねってお願い(ほぼ命じたつもりでしたが)してたにも関わらず、なんと引継書らしき物をもらったのが、もらっただけですよ、終業時間約30分前。

そして、明日から最終日までお休み取ります宣言。

30代半ばのお方です。まさに絶句でした。

まあ私的には、やっぱりそういう人だったんだ、辞めてくれてよかったかもってことでしょうが、そういう気持ちになるまで、数日かかりました。


そんなこんなでもうすぐ1年。来年度は大過なく過ごしたいです。


本来やるべき仕事で充実した毎日を送りたいです。

2019年2月17日 (日)

育とうと思わなければ育たない

職場で子どもほども年が離れた部下に、職場内で「もういい加減にしてください。あなたは感情的だ」と言われました。

その後、その部下、昼から休みを取りますと言って、そのまま帰ってしまった。
それが先々週の金曜日で、休み明けに出てきた際も一言もその事に触れず、当然ながら申し訳なかったの言葉もありませんでした。

私がとても至らない上司だったとしても、組織運営上、だいぶ下の部下が上司を罵ることが信じられない。

また、その後、その人に対し、おかしいという人がいないということで、私はそれほどおかしなことをしてきたんだろうかと考え続けています。

その人及び私に対して、我が上司や同僚が何も言わない、なかったことにしていることで、私は、我が組織に対しても失望しています。

この方、今年3月で退職されて、4月から他のところで働き始めます。辞めるからどうにでもなれって思っての行動だったのだろうと思います。

我が組織、そもそも2年前に急に組織が変わって、急ごしらえで作られたため、よく検討されておらず、人員が不足しています。

その上今年になって、長期休暇が出て、業務分担が変則的になってしまい、それが管理職と各担当者に負担になっているというのがあります。

そんな中で、この方、30代半ば、育児のための休職期間はあるものの、10年以上働いてきて、企画部門、それから外部への派遣、そして事業部門と多様な経験があったので、主体的に仕事をしてもらえるものと思って、細かい指示は出してこなかった。

しかし、数か月仕事をして、複数の大きな失敗をして・・・当然ながら、そのために、本人だけでなく周りが後処理もしました。

遠距離通勤の上、家庭の事情がある、自分の業務分担は多すぎるとも言われて、この方のために業務分担を行いました。

今年ここに転勤して来たばかりだから、慣れればと思いつつ、近い将来、管理職になるべき人でもあるので、自分が身につけてきたノウハウも折あるごとに教えてきた。

教える際に、「はい、はい(わかってます風)」をやたら入れるので、ちゃんと聞いてるかなと思っていたけれど・・・

失敗をフォローし、組織が決めた業務分担に異例の見直しをし、でも組織目的を達するために必要だとやむなく周りが無理をさせて、フォローしてきた(と私は思っていた)。
でも彼女にとっては、失敗してことはちゃんと処理をして終わったこと、自分ができなかった業務は自分の事情上当然自分がすることではなかったことだった(のだろうか?)。

この時期になって、彼女の仕事が一段落したようだったので、私の仕事をちょっと代わりに頼んだところ、それはあなたの仕事だ、自分にはできないと言われてしまった。

相手のある仕事で急ぐものだったし、自分は山ほど仕事を抱えていて、私の判断では彼女にできないことではなかったので、ちょっと難しいことだけど、できないことないと思うし、もしうまくいかなかったら代わるからっと言ったところ、それはあなたの仕事だ、前のところでもそれは管理職の仕事だったと強く言われてしまった。

売り言葉に買い言葉、「あなたの締め切りのある仕事に配慮して、他の方にあなたの業務をやってもらっている。それが終わったのだから、やっていただきたい。」ときつめに言ってしまった。

まあ、この時の私の対応はけっして褒められたもんじゃない。大いに反省すべきとは思います。

で、冒頭のもういい加減にしてください。あなたは感情的だ・・発言につながります。

職場の中で大きな声を出されて、もう帰りますと騒がれ、しまったと思ったけど、それでも、その時点で、私の発言が問題だとしてもあなたは給料をもらっているんだから・・と言っちゃって・・・

いまは、もっとうまく対応できなかったかなあと自分の技量のなさを反省してます。(職場の中でわあわあ騒いでいる彼女は感情的ではなかったか?ってことは置いといて)

その後この方が、自分には有給休暇がたくさん残っていて、辞める3月31日まで出勤しないこともできるけど、そうしないで出てきていると発言したと聞きました。
また、すべての発言が私はいかに頑張ったか、いかに評価されていないか等々、あくまで自分視点の発言で、組織がいまどういう状態、自分がどう行動すべきかとか、いまの自分が組織にどう貢献しているかとか、客観的に見る力がない。
それで・・・この方は30代半ばになって、これ?

それぞれに与えらえた業務はその人が責任を持って終わらせるもの、それがお金をもらって働くってことと思ってきて、周りもだいたい同じ様に考えていると思ってきたんですが・・・

そういう考え方って、自然に育たないんだなあって気がついて、今回の出来事、大きなダメージを受けたけれど、新しい気付きがあって新鮮でした。

それにしても、いろんな経験をすれば、自然に仕事ができるようになると思ってきたんですが、仕事を与えらえて、その場しのぎの仕事をすると、いつまで経っても何もできないんだなあと。

漫然と仕事をしていて、自分に育つつもりがなければ、仕事は身につかないんですね。

2019年1月 3日 (木)

「コミュニケーション強者の終焉」日経ビジネス2018.12.24・31合併号

この数年なかったくらい年末年始の休暇をゆっくり過ごしているので、日経ビジネスもゆっくり目を通しています。

第一特集の「2019年確実に来る未来 5つの試練、4つの商機」の記事中

5つの試練「不動産が天井に近づく」「消費税が引き上げ」「人手不足が深刻化」「教育危機が鮮明に」「国際情勢が流動化」

この5つどれもとても不安になる内容でしたが、

その中で面白いと思ったのが、「人手不足が深刻化」の項にあった「コミュニケーション強者の終焉」

いままでの企業が求める人材はコミュニケーション能力が高い人だったけれど、これからは「生産性向上に本当に貢献できる人が評価されるようになる」

「無人化によって現場に1人しか従業員がいなくなれば当然、上司との人間関係で悩むこともない。接客が苦手でも、商品の受発注や機械のメンテナンスといった能力が高ければ活躍できるようになりそうだ。」

「これから重要になるインサイドセールス(会社から出ない営業)では、資料作成能力や業界分析能力が評価の対象になる」

あくまでこの雑誌の中でウイングアーク1stの久我マーケティング総括部長が話した内容に過ぎないけれど、人と関わるのが苦手な自分にとってはちょっと嬉しい内容です。

といってもここに書かれている“求められる能力”を持っているかというと疑問だし、まだまだ先の話だとすれば、自分には無縁の話ではありますが。

そうであっても、画一的な能力評価が変わっていくなら、多様な才能が活かされるわけで、これからの人たちがそういう環境の中で日々仕事をできるようになれば、仕事の意味がまた違ったものになるかなって、ちょっとワクワクします。

2019年1月 1日 (火)

2019年 平成最後の元旦

あけましておめでとうございます。

ブログの更新がかなり滞っていますが、元日ぐらいは少しがんばって書いておきます。

本日の日経新聞のトップの見出しは、「つながる100億の脳」。

サブタイトルに「知の探求 常識通じぬ未来へ」とあります。

いま2016年に日本語版が出版された「サピエンス全史」を読み返しています。

人間と他の動物を分けたものは「虚構」であるというこの本の主張は、自分の思考軸に大きな変化を与えました。

人間社会は自分たちが作り上げた虚構で成り立っている。

国家、法律、人権・・・すべて人間が作り、それにより社会を発展させてきた。

虚構は人が増えるにつれ、歴史を重ねるにつれ、より複雑になって、いまの姿があるとすれば、

最初は他の動物から身を守るために、生み出したものがこれほど複雑になり、いまでは本当に意味があるのだろうか、人類の幸せのために必要なのだろうかと疑問に感じるものまで生み出している虚構のシステムを人類は、これから、どこへ向かって進めていくんだろうと考えます。

そんなことを考えながら、本を読んでいる時に、今日の日経の見出しを見ると・・

これからどうなっていくんだろうという気持ちがより強くなります。
と、元旦から悲観していてはいけませんね。

そうはいっても日々の生活を送るのは生身の人間。

世の中の動きの惑わされず、日々を過ごすしかないです。

今年1年もまたがんばります。

20190101
↑ ほぼ日手帳 元日のページ

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