2020年5月23日 (土)

「還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方」出口治明著

この著者の本は、割と読んでいます。本を書き始められた当初はほぼ読んでいましたが、出版される本が多過ぎて読み切れない状態です。
人生に関すること、会社経営に関すること、そして歴史に関することなど、幅広く、かつ短期間にたくさんの本を出版されています。

今は大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学の学長でもあり、さらには各地で多くの講演もされているということで(今はコロナウイルスの影響で減っておられるかとも思いますが)、どうやって時間を作っておられるんだろうと驚きます。

いろいろな出版社から本を出されていますので、同じような内容になるのでは・・とも思いますし、実際同じようなことが書かれているところもあって、当然ながら一人の人間が書くものだから、そうなるだろうなあと思いつつ、それでも著者の本を読むたびに自分なりに様々なことを考えされてもらえます。

無類の読書家で一万冊以上の本を読み、旅好きで世界1200以上の都市を訪れた方。
地頭が良くて、それに加えてそれだけの読書、経験をしていれば、見えている世界が違うだろうなって思います。

でも本の中では自分は怠け者で、凡人で‥風なことを書いておられて・・・ 
いやいやあなたは本当の凡人になったことないでしょう、本当の凡人のことは知らないですよ・・・なんてちょっと反発するところもありますが(笑)。

著者とは能力が違い過ぎても、凡人は凡人なりに、著者が言う歴史・人・旅等で学び続け、考え続けたいと思います。

常日頃から、読書をする時は、書かれたものをそのまま受け入れるのではなく、そこに書かれているものを自分はどう解釈しているか、矛盾のない主張かなどを自分なりに考えて読むよう心掛けていますが、どうやらそういう読み方でいいんだと自分なりに納得。

 

さて、この本、タイトルからは、いまどきよくある老後の過ごし方、ある程度年を取って、死ぬまでに何をすべきか‥なんてことが書いてあるかと想像しますが、全く別物。

終わりに向かっていかに店じまいをするかではなく、いまこの時をいかに楽しむかが書かれた本であり、高齢者でなくとも読んでみて、この本に書いてあることを自分がどう考えるかを楽しむ本。

著者が今まで主張してきたことと同じことが書かれていますが、構成が違っていて、いままでの本とはまた違う感じ方ができる本でした。

参考本もたくさん掲載されていて、また読みたい本が増えました。やれやれ・・・

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2020年5月11日 (月)

「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」ダニエル・コーエン著、林昌宏訳

ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」を読んで、ただ過去の事象を追う歴史の読み方をしていたんですが、歴史の見方ってそれだけじゃないんだと歴史を知ることの奥深さ、面白さを感じました。
常識だと思っていたことを根本から問い直す人がいて、それがなぜ今まで誰もそういう見方をしなかったんだろうと思うと同じような本が読んでみたくなって、同じくベストセラーのジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」も読んでみました。
そして今回、「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」を読みました。

文明の起源から第一次世界大戦ぐらいまでを描いた「なぜ西欧が経済発展したのか?」
二つの世界大戦、それ以降を描いた「繰り返される経済的繁栄と危機」
現在の状況から今後を考えた「グローバル化/サイバー化する経済と社会」
と3部構成になっており、
特に第3部「21世紀を動かす新たな法則とは?」とサブタイトルがありましたが、やはりこれからどうなるかについて、著者はどう見ているかというところが一番面白く読めました。

その中でも第12章「歴史の終焉と文明の衝突」の中で、国の経済成長について書かれているところが強く残りました。

引用すると『近代の経済成長は、国民国家の近代的枠組みに依拠しなければならない。富を生産するためには、資本(機械)、人材(教育・公衆衛生)、効率的な社会制度(きちんと整備された市場、公平な司法)がほぼ同程度の割合で必要になる。そして、これらの三つの項目のうち二つは(人的資本と社会制度)、国家が生み出す。経済学者は、これらを国の社会的インフラと呼ぶ。実際に、国家が「公共財」として責任を負うからこそ、社会的インフラは存在するのだ。社会的インフラがなければ、個人の成功もありえない。』
『日本が成功した理由は、国が学校・公衆衛生・司法・領土など、基本的な公共財をきちんと整備したからである。日本のそのようなやり方は、アジア全域でコピーされた。』

個人が成功するには、国がしっかり社会的インフラを整えているという前提があること、つまり個人は、国がどのような枠組みを作るか=国の舵取りから影響を受けざるをえない、
ここでは日本が成功例に挙げられているけれど、いまの日本は「公共財をきちんと整備」することの大切さを忘れたように見えており、そうであれば成長は望めないし、その先の個人の成功もありえないのではないか
など考えながら読みました。

第15章「非物質的な資本主義と経済法則」
最初のソフトウェア、仕組みやコンセプト(非物質的なもの)を生み出すことが実際にそれをモノとして製造することよりも大きな価値を生み出すこと、そして経済活動においては非生産的なものがさらに重要なものと見なされていくだろうことについて、現実としてわかっていることではあるけれど、それでいいのか、これからどうなっていくだろうと不安を感じました。

新型コロナウイルスが流行し、世界中が対策に追われる中で、コロナが終息した後、いままでとは違う世界になるとも言われる状況で、では現時点なら著者はどのようなことを考えるだろうなどとも考えつつ、読みました。

それで、この本自体がいつ頃書かれたものかが気になったので見てみると、原著は2009年、翻訳されたのが2013年。
原著は、もう11年前。

最初に挙げた本がいつ頃書かれたか気になったので、確認すると「サピエンス全史」は原著2011年で、2016年翻訳。
「銃・病原菌・鉄」は原著1997年、2000年翻訳でした。
自分は「サピエンス全史」が始めに書かれて、それに影響を受けて各著作が出てきたのかと思っていたんですが、逆にサピエンス全史の方が新しかったんですね。

歴史から人類そのものを考えてみる。もっと他に同じような本があるんでしょうし、2020年の今、新たに出版されている本はどのような見方をしているのか。
もう少し、こんな本を読んでみたいです。

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2020年5月 1日 (金)

令和2年度、2020年5月になりました!

令和2年度が始まって1か月。5月になりました。

仕事が終わらないと弱音を吐いて・・なんてもんじゃない、取り乱して‥はや1か月。

時間は当たり前のように過ぎています。

世は新型コロナで大変なことになっている‥っていうことがありますが、政治家でも医療関係者でも、その他関係者でもない私は、ただ個人としてできることをやるしかない・・と日々を過ごしています。

4月からカテゴリー的には社会福祉的なところで、仕事をしています。

またもや経験がない仕事。この分野は、若い時から長いこと経験した方々が多いところで、かなり肩身の狭い思いをしています。

日々の経験が大事な職場です。

私は、長く働けても5年。その時間でベテランに追いつくのは不可能。

仕方がないので、今自分ができることをしていくしかないです。

それでも知識はつけないと・・・

この分野に限らず、幅広く本を読んでいます。回り道ですが、自分なりの方法を取ります。

 

 

 

 

 

 

2020年3月20日 (金)

もうすぐ退職・・だけど仕事が終わらない

3月20日、春分の日。3月もあと10日強です。

3月31日に退職です。でも仕事が終わっていない。。。

引継書もできていないし、たまった荷物の整理もできていない。

でも期限は厳守。

やり残しても、それほど影響ないだろうし、引継がなくても職場はどうにかなるだろう。

自分が異動してきたとき、ぐちゃぐちゃだったけれど、どうにかなったし、私の後の方もどうにかするだろう。

絶対やり遂げないといけないって思っているのは、結局自分だけ。

何をこだわっているんだろうと思う。

自分が去った後、あの人ちゃんと仕事片付けずに行っちゃったよね。。。と言われるのが嫌なのか。。

自分は他人がなんと言おうと平気って思っていたけれど、実はそうではなかったのかなあ~

自分が何をこだわっているのか。。。

何を大切にして仕事をしてきたのか?

やり残した仕事の山の前で、自分にとって、仕事とは何だったのか。。考えてもよくわからない状態です。

・・いまさら。。です。

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2020年3月 1日 (日)

「向田邦子の本棚」向田邦子著、「知の旅は終わらない」立花隆著

3月になってしまいました。先週日曜日に出勤したので、金曜日から休みをもらって3連休でした。

仕事の方、気の抜けない状態から少しだけ目途が立って、金曜日はひたすら休養。そしたら土曜、日曜もなんとなく気が緩んでいます。

 

1月、新しい年が始まって、比較的本が読めていたのに、2月に入った途端、ペースダウン。

1か月に1冊というところをこの週末で1冊読んで、やっと2冊読んだという状況です。

その1冊が「向田邦子の本棚」。先週の日経ビジネス「BOOK 話題の本、注目の本」に掲載されていて、久々に本屋に行って書店員さんに探してもらって買いました。

 

それから立花隆さんの本

「知の旅」というところに惹かれて、こちらはネットで注文して買いました。

 

向田邦子さんの本、立花隆さんの本、著者への自分の思い入れ、2つの本を読んで感じたこと・・・それを今書く元気はないけれど・・・

ただ、いままで歴史を作ってきた人が残してきた本は膨大で、それをできるだけ読むためには早い時期から本に親しんでいた方がいいなあとか、

本に書かれている内容をより早く、より大量に理解するためにはやはり地頭がいい方がいいよねえとか、

同じ本を読むにしてもたくさん本を読んできた人、頭がいい人が感じるものと小さい頃から勉強が苦手だった凡人が感じるものはとても違うんだろうなあとか、

そしてそれぞれの理解で見る世界ってとっても違って見えるんだろうなとか

本が語っていることとは全く違うことを読みながら感じたことは、ちょっと残したいなと思ったので、このブログにメモしておきます。

 

凡人の私が、いまさら本を深く理解するようにはなれないけれど、それでも凡人は凡人なりの読書がある。

次は何を読もうかな~、もう少し読む時間作ろうかなあ~って思っています。

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2020年1月18日 (土)

「家族という病」 下重暁子著

親との関係、特に母親との関係がうまくいかないので、自己嫌悪に陥っています。


親は自分を育ててくれた人だから、大事にして当たり前。
そう思うべきなんだろうなと思いつつ、そうは思えない。

自分は人間として駄目な奴なんだろうなあ・・と。

でも、ちょっと前に読んだ若宮正子さん(80代でプログラミングを初めたことで有名になった方)の本の中で、母親とうまくいっていなかった話があって、悩んでいるのは自分だけじゃない、皆さん、親との関係どうなんだろうなどと思っていた時にこの本を書店で見つけて思わず買ってしまいました。

読了。

著者が自分の家族について語った本であり、家族にとらわれないでも・・といいつつ、結局、著者自身もまだ割り切れておられないように感じました。

自分自身が整理をするために書かれた本だなとも感じました。

 

他人が語る家族の本を読んでも、自分が見ている家族とは別のものだから、ほんの少し参考になっても、自分の気持ちを整理できるまでにはならないんだな・・というのが読み終わった感想です。

自分の気持ちを整理するには、そのものずばり「家族」というタイトルがついた本よりももっと別の本を読んだ方がいいんだろうなとも感じました。

それがなんなのかはわかりませんが・・・

 

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2020年1月12日 (日)

絵本

もうすぐ1歳の孫に絵本を買いました。

 

このお正月に遊びに来た際に様子を見ていると、よくテレビを見ている。子ども向けの番組ですごく嬉しそうに見ていて楽しそう。
また、タブレットのソフトで遊んでいる。

いまどき、こんな小さい子向けのアプリもあるんだとこれまたびっくり。

これからの子どもたちは、今後出てくる新しい技術の中で過ごしていくことになるから、当然ながらいままでとは違う能力が必要なはずで、小さい時からPCなり、動画なりに親しんでおくべきであり、そのことで発達する能力があるはずだと思います。

 

でも、それと併せて活字を読んで欲しいな、本好きの子どもになって欲しいなと思います。

 

科学が進んで、より早く、より正確に人間の脳に情報が届く方法が生み出させるかもしれないけれど、長年言われてきた本を読む大切さはしばらくは変わらないはず。

本を読んで、しっかり考える人になって欲しい。

 

読む必要があって、仕方なく読むんじゃなくて、本を見たら手に取らずにいられなくなって欲しい。

情報を仕入れるためだけに本を読むのではなく、本を読んで、そこから自分なりに考える。

そこに書いてあることを鵜呑みにするのではなく、書いてあることを読んで自分なりに何かを考えることが大事だと思います。

 

偉そうなことを書いていますが、自分自身、いままで実用書みたいなものばかりを読んできて、いまだに読書ってなんだろうとよくわかっていませんが。

 

でも、何か困難にぶつかったとき、解決につながりそうな本を探して、必死に自分なりの答えを見つけようとして苦しんだ経験はあって・・・

そういうことは、どんどん流れる映像や目的を持って開発されたアプリでは経験できないんじゃないかと思います。

 

我が孫がいろんなことに悩む年を迎え、その時に本に救いを求められるよう、本を読む、いまはまだ見るですが・・、習慣ができたらいいなと思っています。

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2019年10月28日 (月)

私のキャッシュレス決済感

10月1日から消費税が上がりました。食料品は8%のままなので、あまり実感はありませんが、「キャッシュレス・消費者還元事業」って言葉に踊らされています。

妙にキャッシュレスが気になります。

 

先日美容室で、30代の美容師さんが、自分は買い物でほとんど現金を使わないっておっしゃっていて・・・

九州の若者(私にとっては30代も若者)もキャッシュレス化してるんかなあ~なんてびっくり。

そうそう、キャッシュレスの話ではありませんが、我が子二人は、不用なものは割と何でもフリマで売っちゃっていて、そんなものも売れるの?って、これまたびっくり。

 

さて、キャッシュレスに話を戻して・・・

最近は聞かなくなったけれど、増税前はスマホ決済の話ばかりが出てたような・・・

それでなんとなく乗り遅れたくなくて、アプリをダウンロードしてなんてことをしていたけれど。

チャージが銀行口座からだったり、決済方法がクレジットカードで後払いだったり。

銀行口座からだと残高が気になったり、後払いだとルーズな私は予算管理が面倒だな・・と結局利用に至らず。

冷静に考えたら交通系やコンビニ系のプリペイドカードを既に使っていて、それで十分。

事前に現金でチャージするので、これだとお金の流れがしっかり見える(と自分は思う)。

それでも、カードを機械にかざすだけなので、使った感じがなくて、つい無駄遣いをしてしまいます。

 

キャッシュレス決済・・レジで小銭を出す手間がなくて便利なんですが、金銭感覚がちょっと狂ってしまうような・・・私だけでしょうか・・

 

各社ポイントで還元されるっていうのも、結局そのポイントを使えるところでお買い物しないと使えないし。ポイントの有効期限が迫って、普通は買わないようなものを買ったりするし。

様々なキャッシュレス決済方法をスマートに使い分けている方から見たら、何やってるんだと笑われるかもしれないけれど、

戻ってくるからお得、利用しない手はないって思いにとらわれて、無駄なお金の使い方してるんじゃないかなって思ってます。

 

2019年10月22日 (火)

肉親

即位礼正殿の儀で仕事はお休みです。

予定外のお休みなので、ゆっくりしています。

それで久々、このブログを書いています。

さて、日曜日の新聞、日経新聞の「NIKKEI The STYLE」を毎週楽しみにしています(前にも書いたかもしれませんが・・)。

 

その中でも「My Story」が好きです。登場される方の物語を毎週、すてきだな、すごいなと感じながら読んでいます。

皆さん一角の方ですから、そりゃそうですよね。

10月20日は森伊蔵酒造の5代目当主 森さんでした。

ストーリーがすごいのは毎回のとおりですが、今回は「森伊蔵」がお父様の名前だっというところ。

苦労して生み出した焼酎の名前がお父様の名前。

記事中に「自分の理想の男像、オヤジ像ですよ」ていうところもあった。

そんな風に親を思えるなんて、なんて幸せなことなんだろうって思いました。

 

そう、自分は親をそんな風に思えないから。

仕事一筋、といっても役職を上げることを目標に働いてきたんではないかと思える父

退職した時趣味らしい趣味もなかった。

母、父と同じ仕事をしながら、父を支えてきた。子どもの頃の食卓は父母の職場の話ばかりだった。

父を支えるために50代半ばで仕事を辞めて、それからはずっと父の転勤に付き添って、父の退職でやっと父のふるさとに落ち着いた。

昭和一桁生まれ、男親はみんなそんな生き方だっただろうし、母は当時珍しかったフルタイムの仕事をしており、それでいっぱいいっぱいだった。

そして、いまや80代後半になって、自分たちの日々の生活さえ、支えられていない。

同世代の高齢者がほとんど同じような状態で、平均的な高齢者なんだろうけれど、やはり自分の親だけは年をとってもしっかりしている、ちょっと違うって思いたかった。

子は親孝行をしなければいけない、育ててもらっている・・と考えないといけないと思うけれど、思えない。

親不孝な自分がひどく情けない。

 

親子の歴史の中でいろんな確執があって、今がある。

そんなの言い訳かな~と思いつつ、自分の生み出したものに親の名前をつけられる方をとってもうらやましく、かつ尊敬します。

 

それでは果たして自分は親としてどうなのか?

尊敬される親ではなかった。

せめて、これから先、子どもの人生を邪魔したくはない。

 

自分の人生をしっかり考えて生きて、できれば少しだけ誰かの役に立って、それで一生が全う出来たらいいな~。

2019年8月17日 (土)

「進化しすぎた脳」 池谷裕二著

お盆休みは終わってしまいましたが、その間に戻ってきた『本を読みたい』という気持ちはまだ続いています。

せっかくなので、在庫一掃セール的に過去に手をつけて読みかけになっている本を読んでいます。

本日、ずっと前に投げ出していた「進化しすぎた脳」を読み終わりました。

長い間の棚ざらしで日焼けができていた。。。

脳科学者 池谷氏が中高生に脳について講義をした内容を中心に書かれているこの本、最先端の研究を中高生向けに易しく解説したものにもかかわらず、根っからの文系、かつ先生や生徒さんたちとは世代がずっと離れていて、なかなか内容に入れなかったのが、当時、途中で投げ出した原因かな~なんて思っています。

今回改めて読んでみて、自分にもある脳について、全然知らないんだなあとか、そうなのかあって新鮮だったんですが、まあ、あんまり良いとは言えない頭脳の持ち主ですから、書かれた内容をどれくらい理解できたか、表面の字面を追っただけかもしれません。

そんな私にとっては、第五章の「僕たちはなぜ脳科学を研究するのか」以降が印象に残りました。

この章は、中高生に講義してから2年半経った時点で、先生が所属されている研究室のメンバーとお話をされた内容です。

なぜ脳科学を研究するようになったか、研究者向け(中高生向けではないけれど、読者にも理解できるよう易しくした)脳のしくみ、脳科学の限界、さらに科学とは・・・などが語られていて、

うまく表現ができないので月並みになってしまうけれど、人間っていいなあとか、科学が進歩していって、それが良いことかどうかはわからないけれど、それが人間、それこそ脳が求めるものであれば、将来結果がどうなろうともそれはそれでいいんじゃないかと。

さらにいいっと思ったのが、最後の「ブルーバックス版刊行に寄せて」。

この種の結びは、自分にとっては、おまけでついているもので、読まないと最後まで読んだ気にならなくて目を通す程度のものです。

でも池谷先生のこれは、よかった!! ・・・どうよかったか。うまくまとめきれずに単なる引用になりそうだから、ここには書かないことにします。

将来このブログを読むことがあって、気になったら、本を開いてみることにします。

ほとんど目に留める人がいないこのブログですが、間違ってここを読んだ人は、「進化しすぎた脳」ブルーバックス版を読む際は、末尾「ブルーバックス版刊行に寄せて」は、ぜひ本文を読んだ後で。

絶対最後に読んだ方がいい・・・と思います。

 

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