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2011年8月

2011年8月28日 (日)

誰でもこだわりを持っている・・

仕事の関係ですが、10年ほど前に「女性研修の翼」の事務局を担当したことがありまして、そのグループが毎年一回同窓会を開いていますが、そこに参加してきました。

事務局、いわゆるお世話係なのですが、いつも声をかけていただき有難く思っております。

女性研修の翼とは、地域の女性リーダーを女性の参画が進んだ先進地域(主に欧米ですが)に派遣して研修をするというプログラムです。
皆さん地域のリーダーとして選抜された方なので当然なのかもしれませんが、いまでも地域の様々な活動に関わっておられます。
皆さんの話を伺いながら、自分がやろうとしている事の可能性を感じました。
活動されている方の中で、それぞれが個別に活動するのではなく、その活動あるいは他の周りの活動と連携してどのような社会あるいは地域を作っていくのかを考えないといけないと仰る方もおられました。
例えば職場で同僚を見ていると何か仕事でイッパイイッパイのように思ってしまいますが、それぞれ家庭があって、それぞれの家庭をそれぞれの流儀で築いているし、その上に趣味を持っていて、それがプロ並みだったり・・

皆さん、自分の生活だけでなく、地域や社会について意外とこだわりを持って生きているんだよねと本日のメンバーの話を聞きながら再認識いたしました。

そのこだわりを活かして、世の中をちょっとよくできたらと思ったりします・・

2011年8月26日 (金)

生活の糧で感動を!!

世の中嫌になることが続いていますね。。いまは芸能界のことが出ていますが、日本ってまっとうに生きている事がバカらしくなる国だなあと思いますね。(よそのことはしらないけど・・)

一時期中国をいろいろ批判していましたが日本だって変わんないじゃん!!
地方だって優良企業って言われてた企業さんがずるしているし、周り見回してもたいして実力もない人が実力者によいしょをして大きい顔している。

本当に正直者って損だよねって思いますよね。。

それでも、仕事をしていると純粋に自分ってよくやったと思えることもある。
精一杯頑張って、周りの人になんだか助けられて、何事か成し遂げた時に得も言われぬ感動がある!!

ウソで固められた社会も現実の社会なら、一生懸命努力して自分の力以上が出て・・というのも現実の社会。

いま直ぐ変えられないことばかりに目を向けて、つまんない世の中だってうそぶくんじゃなくて
少しでも役に立つって思うことがあったら、それに一生懸命になってみる。

絵画や音楽に感動するように、自分の仕事、飯のタネで感動する。

無粋?いいじゃない。自分がおもしろいって思っていたら、それで・・

24時間全部仕事、12時間仕事、8時間仕事・・あとやることは生きていくために最低限必要なことかもしれないし・・それこそ芸術あるいはスポーツかもしれない。

自分の持っているものを最大に活かして、自分の納得する毎日が送れる。自分が目指したい方向に進む。

自分がおかしいと思うこと、どんな小さなことでもいい・・それを解決するために何かをする・・

NAKAKIRA(ナカキラ)はそこに関わって行きたいと考えてます。

2011年8月25日 (木)

平成23(2011)年8月24日(水) ドメイン取得!!!

ドメイン・・取得しました(正確には習得してもらいましたですが・・)。

もう感激です。

緊張です。

嬉しいです。

平成23(2011)年8月24日水曜日です。・・もう25日になっちゃってますが・・

NAKAKIRA(ナカキラ)のホームページ ”かみんぐすーん”です。

2011年8月22日 (月)

明日は第10回の打ち合わせ

明日8月23日(火)はNAKAKIRA(ナカキラ)主要メンバーの打ち合わせです。
いつもうんうん唸りながら、当日になりそうな時間まで資料を準備しているのですが、本日は22時前に準備完了です。
実は過去の資料の焼き直しだから・・

このところ準備が停滞気味です。
既存の団体で同じようなことをしているところが結構ありますし、今さらこんなことするのかな?って迷いもあります。
しかし、社会の状況になにがしかの問題を感じている人が単に不満を口にするだけではなく、その不満をエネルギーに換え、問題の解決につなげたい。
他で同じことをやっていてもあまり気にしないことにしました。

いろんなものがあっても必ずしもうまく行っていないところもあるし、依然として解決すべき問題は山のようにあります。

過去の事例を検証し、何が足りないのか、自分たちは何ができるか・・

考えてばかりいても何も変わらないので、できれば行動をしながら考えて行きたいと思っています。
(停滞している事にちょっと焦りを感じていますが、そこを抜けようと思う気持ちを持ち続けられたら突破口は見つかると信じて)

とりあえずいまの時点でわかってきたこと
(1)「現場」をしっかり見ること
(2)仕組みを作って安心せずにそれを機能させること=作った後にどれだけそれを機能させる努力や工夫をするか

それが大事ではないかということ
スマートさではなく、こてこて、どろどろに活動すること
さて自分にそれができるだけの器量があるか? 

2011年8月19日 (金)

目的を持って人を集める

最近あるセミナーに出席して、これはなんだ!!と感じたので反面教師にさせていただいて・・
人を集めて、そこにたくさん人が集まればいいってものじゃないですね。

主催者が参加者に何を求めているかを明確にすることが絶対大切。

最近いろいろなセミナーが開催されて、参加者の皆さん名刺交換に忙しいけれど。
名刺を交換してそのあとに何をするかが明確な人(単に営業に使うのは止めて欲しい)ならそれはそれでいいのかもしれないけれど、せっかく人を集めて、その人たちの時間を使ってもらうのなら、お金を使って開催したものは自分たちの目的をきちんと達成する。
そして参加した人に参加してよかった、何らかの成果があったと思ってもらう。
セミナーを開催するのなら是非そういうセミナーだけを開催したい。
言うは易し、行うは難し。
そのために何をしなければいけないか・・から考えないといけません。

ところで、何をやりたいのかわからない集まりは、行政が主催あるいは関与しているものが多いですね。
私、過去を振り返り、いまだからわかる点も・・反省しております。

2011年8月17日 (水)

ついていきたくなるリーダーが欲しい

今日は仕事の後のお勉強の帰りに大濠公園から自宅方面行のバスの中で、野中郁次郎先生&遠藤功先生著「日本企業にいま大切なこと」を読みつつ、たまにぼんやり外の景色を眺めながら考えたこと。

やはりNAKAKIRA(ナカキラ)にもリーダーが欲しいなと。

ついて行くたくなるようなリーダー、この人のためならと思えるようなリーダー・・・

身近な人を思いだしつつ、なかなかいないもんだなと気付きました。

これから出てくる20代、10代、もっと下の世代。

『目の覚めるようなリーダー』探しもやってみたいです。

2011年8月16日 (火)

8月、気になる本の大人買い

新書を4冊なので、大人買いと言うのは少し憚れますが、まあ私にとっては大人買いなので・・
NAKAKIRA(ナカキラ)で何をやっていくか、何を目指しているのかを「大きな」視点から考える際に参考になるのではと購入。
タイトルを見て、NAKAKIRA(ナカキラ)とどう関係が??と思われるかもしれませんが・・
すべて最新刊です。通勤途中にタイトルと目次を見て購入しました。

「日本企業にいま大切なこと」野中郁次郎・遠藤功著 PHP新書
「大災害の経済学」林敏彦著 PHP新書
「世界を知る力 日本創生編」寺島実郎著 PHP新書
「中国のジレンマ 日米のリスク」市川眞一著 新潮新書

PHP新書率が高いですね。読みたい本、読まないといけない本が貯まっていて、しばらく積読になるかもしれませんが・・

2011年8月14日 (日)

日本に「社会貢献の活動」が定着して欲しい

社会起業家が世の中を変える チェンジメーカー」渡邊奈々著(社会貢献をする方がよく読んでいる本)の最後の解説からなるほどという言葉を抜粋

慶應義塾大学 兼子郁容教授の解説「ソーシャル・アントレプレナーとは何か」
「・・ビル・ドレイトンは、彼が創設したアショカ財団のフェローを選出するに当たって考慮する、ソーシャル・アントレプレナーに必要な資質について、こう語っている。
『右脳と左脳の両方が豊かで、何かしらの社会の矛盾を解消したいという情熱があり、変革を実現する可能性のあるアイディアと、そのアイディアを実現する具体的な戦略を持っている』ことだ。そして、ドレイトンは、なによりも「誠実さが大切だ」と言う。・・」

著者の「エピローグ」から
著者がニューヨークで暮らし始めた時に米国人の友人から言われたこと
「『僕は君のほかにも日本人を何人か知っているけれども。ひとつだけ僕ら、欧米人、特に米国人と決定的に違うところがあるって気づいたんだ』・・(中略)・・『自分より恵まれない人たちに対するコンパッションがないってことだよ』私にとっては予想外の言葉でした『コンパッション』とは、単なる同情を越えて他人の気持ちを思いやり苦しみも喜びも分かち合うという意味です。ちょっとひるんだ私の様子を読みとった彼は、こう続けました。
『まぁ、そんな気持ちがあっても、その表現方法を知らないだけかもしれないけど・・。
僕らは子どもの頃から恵まれない人のために何か手助けをしたり、お小遣いの一部を好きな非営利組織に寄付したりということを当たり前のように親や学校からしつけられてきたから、大人になって収入の一部をどこか関心のある団体に寄付するのは当たり前なんだ』」

「・・米国と日本を行き来する間に、コンパッション不在という自分への問いかけがおぼろげに見えてきました。そして、90年代以降の日本の変化が私に危機感を抱かせました。大小さまざまなシステムが壊れているようにみえるのに、表面的にはさらに美しく飾りたてられ、先進国の中でも自殺率が突出している私の故郷。『何か自分にできることはないか?』と唐突に考え始めたのです。
戦後に国家の繁栄のために頭のてっぺんから足の先まで『ビジネス』をたたきこまれた現代の日本人からは、見えないものの価値もお金に換算して計るような癖がついてしまった印象を受けます。本来は深い精神性を持った人たちだったはずなのに。(後略)」

これは2005年8月に書かれました。

2005年当時でも、著者の認識とは異なり、コンパッションに溢れた日本人がたくさんいたかもしれません。
そして、その後、東日本大震災でのボランティアの活躍などを見ると日本人にコンパっションに溢れる人が増えているかもしれません。

でもやはりNGO(NPO)の数、社会貢献活動に集まる寄付の額など、日本はまだまだと言わざるをえません。

社会の課題を解決するために、仕事でそれに取り組む人たち、政治家であったり公務員であったり、だけでなくすべて、すべては無理かもしれないから大多数の人が何らかの参加をする。自分たち個人の生活だけでなく、公的な生活・・地域であったり国であったり・・で活動をしたり、寄付をしたり・・
国があって地域があって、周囲に生きている方々の生活があって、個人の生活がある。
日本ではそれらが空気と同じくらい当たり前に平穏に自分の周りにあったから、何も気付かずに日々を過ごしてきました。
しかし、本当は個人が常に守る努力をして守られるものであることであり、それは誰かがやってくれることを期待するものではなくて、自分がやらなくてはいけないもの。
そう思う人が増えることを願っています。

2011年8月11日 (木)

やはり個人の満足だけでなく・・

NAKAKIRA(ナカキラ)活動としては成果らしい成果が出せていません。
ブログもマンネリの様相です。。

動きがないということは仕込んでいるということで・・・(ほんとかしらん??)

さて、本日お仕事はお休みをいただきました。

皆さんが働いている時に休んでいるとなぜか余裕があります。
本来の休日は、「短い休みを無駄にしないように・・」などと思いつつ、結局あっという間に時間が過ぎていく感じなのですが・・

本日はいつも仕事に出る時間に起きて、洗濯をして、掃除をして
なんだか時間がゆっくり流れているような気がして、洗濯、掃除ともに楽しんで味わってできました。

外はギラギラの日差しを家の中から眺めつつ、専業主婦だったらこんな生活だったのだろうかとか、
やがて来る退職後の生活はこんなものだろうかと考えつつ

自分は常に走っていないと気がすまない性格だと思っていたものが、
あくせくしないでこんな生活もいいかなと ふと思えてきて・・

地域がとか日本がとか考えるよりも、日々自分の生活を大切にして、社会に危機が訪れたら、みんなと一緒にそれを甘受する。

そういう生き方もあるかなあと・・・すっかりやる気を失ってしまいましたが、

この時間(午後8時過ぎ)になってFacebookを覗いてみると

起業家の子育て支援に関する書き込みにすごくコメントがついている。
それを眺めつつ・・みんな必要だと思っているんだなあとか、必要なのにないものがあってそれをみんな日頃から不満におもっているんだなあとか。。

みんなが必要だと思っている事を皆さんの意見の中から見つけて、それを創ってしまう。

やっぱりNAKAKIRA(ナカキラ)を動かしてみたいなあって想いがムクムクとわいてきました。

季節を感じながら、ゆったり家事をする生活はもうちょっと後回しです。

2011年8月10日 (水)

議論に慣れていない人が議論をするためには?

昨日、経営理論を学んでいる方々のシンポジウムに参加してきました。
いかに伝えるかがわかっている方々の話は要点を押さえていて、もちろんこの方々は議論も慣れているだろうと思いました。

では議論に慣れていない人は?・・現場、実践は得意だけれど、話をするのは苦手、思っている事がまとまらないという人は多いでしょう。

でもNAKAKIRA(ナカキラ)としてはそういう人にこそ、発言してもらいたい。

ではどうするのか? 

やはり事務局あるいはギカイだったら議長と言うのかな・・の腕?
事務局が寡黙な人たちの意見を引き出し切れるかにかかっているかもしれません。

そうした時にひょっとしたら参考になるかもしれないのは相談のスキル。

自分のことを相談する際に、感情が動転している場合もあって、自分の身に起こったことをうまく説明できないことはよくあること。

それを聞き出すためには、話を受けるものが何を聞きたいかをきちんと把握して話を進めていく、相手から聞き出す。

相談であれば解決のために何の情報が必要かを頭の中でリスト化して、それを聞いていく。

同じようにNAKAKIRA(ナカキラ)で議論する時も目的地を先に決めて、そこに向かって必要な議論を重ねていく。
あんまり絞った目的地だと議論が拡がらないから、広めの目的地を定めて・・

一つの案です。議論の方法、事務局の役割、もう少し考えます。

2011年8月 9日 (火)

みんなで…

お盆ですね。博多駅周辺の通勤時間帯の電車はかなり空いています。

みんなが会社や学校に行こうと思って、ドッと人が集まる。

みんながそこそこ頑張ろうと思うと、そこそこ。

みんながまずいぞ〜 頑張らなくっちゃと思えば、世の中変わってくるんじゃないかな。
じゃ、なぜそう思うか?

まずいなあって状況をいつも見ている。
みんなの意見を聞いていて、何だかまずいなって思う…

だから、一人でまずいなあって思っている人は、自分一人で頑張ることもそれはそれで大事だけれど、
みんなに、頑張らんとまずいなあって思わせる情報を発信することも大事かもしれませんね。

2011年8月 7日 (日)

豊かさの中で、危機に立ち向かう覚悟ができるか?

バスを待ちながら、ここ1か月ほど読んだ本で感じたことを思い出し、自分は何をしたがっているんだろうとぼんやり考えました。
「チェンジ・メーカー」を読み、貧困、疫病、戦争、政治の混乱などで苦しんでいる人たちが地球上にたくさんいて、しかし、日本では圧倒的多数の人たちがそれら混乱に無縁で・・恵まれた日本の中で個人個人がそれなりに自分の生活を守るために頑張っている中で、さらに日本のためにがんばりましょう、地域のためにがんばりましょうっていうことが必要なのかと感じたり・・

社会起業の本、発想法やその他諸々の仕事をうまく運ぶためのハウツー本に近い本を読んで、他と違うことをする、他に差をつけるためには細部にこだわるしかなくなっているのかなと感じたり・・

目覚ましい成果を上げる企業の経営者の本を読んで、逆に、もはや日本人の大多数がその経営者の生き方に感動はしても、「自分も」とはならないだろうと感じたり・・

書き出せないくらいいろいろな事を考えながら、まず浮かんだ言葉は

お湯の中の蛙

熱湯にいきなり蛙を入れると蛙はお湯から飛び出すが、心地よい温度のお湯をやんわり温めていくと蛙はそのままゆで蛙になってしまうというよく聞く有名な話。

日本人は大方の物を手に入れて、それなりの生活をして、

これから先は戦後かつて辿ってきた道を逆戻りする。

持ち家が賃貸になって、電化製品が少しずつ減っていって、ご飯におかず一品なんて生活。

それでも組織に属していれば、みんなと同じくらいの給料がもらえて、みんなと同程度の生活ができて、まあそこそこだからいいやと発想を変えないかもしれない。

そういう過ごし方もそれはそれでいいのかもしれない。

でも動物としての人間本来の生き方。
野生の動物は生きるために食糧を捕る、捕れるかどうか何の保証もない。
それと同じように、自分がしっかりしなければ、早晩どうなるかわからないって考えて生きる。

みんながそう考えて生きなくちゃいけないんじゃないかな。

自分たちを包んでいる社会があまりにも高度で複雑に発達してしまったから、すぐにでも崩れてしまうなんて考えたこともない。

でもそこに安住して何もしなかったら、それはいずれ崩れてしまう。

自分が行動しなければ、明日は保障されない。そんな気持ちで毎日を過ごさない限り、少しでもいい生活をって思ってがむしゃらになっている新興国が成長している中で、日本が復活するなんてことはありえない。

努力しないでもそれなりの生活はできる環境を持ちながらあえて努力する。
それができるかどうか・・

過去の歴史の例と同じように衰退の道をたどるのか。

それとも

私たちの全部とは言わないまでも少なくとも社会を引っ張れる数の人が変われるか。。

なぜ、徳川家は、何度も危機を味わいながら、それを乗り越え300年もの長きにわたって続いたか?

繁栄を極めたアメリカが、なぜ慢心することなくナンバーワンを続けられたか(最近これは危なそうだけれど・・)?

過去の歴史に学び、
自分の立ち位置を客観的に見て、

現状に妥協することなく、
自分が行動しなければやがて生きていけなくなる・・くらいな覚悟を

豊かないまの生活を続けながら、

その覚悟を持つことができるか?

自分はそんな覚悟を持って日々を過ごしたいんだろうな・・
(簡単じゃないですよね)


バスを待つ間にぼんやり考えたことでした。。

2011年8月 6日 (土)

ビジョンを持とう! 夢を持とう!!

ユニクロ柳井 正さんの「一勝九敗」を読んで、続けて6月30日に出た「柳井正の希望を持とう」を読みました。
柳井正さん・・私のとても好きな経営者の一人になりそうです。
リーダーという単語で括られる方々の代表格が政治家、経営者。
現政治家で尊敬できる人が一人も挙げられないのに比べ、経営者はいろんな方が思い浮かびますね。
成果を求められる方々はリーダーにならざるを得ないんですね。
政治家がダメなのは私たちが真剣に成果を求めていないからかもしれませんね。本当にいい政治家が必要だと思うなら私たちが真剣にならないといけないですね。
さて、
柳井さんの本や日経ビジネス(8月8-15日合併号)のカルロス・ゴーン氏インタビュー「今こそ日本にビジョンを」を読みつつ、自分たち一人ひとりがビジョンや夢を持っていないのではないか?持たなければいけないのではないか?と考えました。

財政危機の問題やその後東日本大震災後の対応に対する様々な意見・批判、「提言」というものさえ、「もういいよ」って感じてませんか?
意見は言いっぱなし、確かにすばらしいけどそれ実現できるの?どうやってやるつもりっていう提案がいっぱい。
よく考えてみれば、発言している人たちは、それがお仕事ですもんね。批判すれば、提案すればそこで終わり。その人たちにお金がちゃり~ん。

ですから、自分たちは自分たちできちんと生きていきましょう。プロの真似して批判ばかりするのではなく、自分たちが10年後、20年後どうありたいかを考えましょう。
誰かに期待するのではなく、自分で! 何も考えず毎日足元を見て生活する方法もあるけれど、せっかく人間に生まれたからには人間にしかできないことを。
個人個人が10年後、20年後どうありたいかを考えて、そのためにいま何をするかを考えましょう。

実現なんてできるはずない、夢みたいなことでもいいじゃないですか。
私たちにはまだ私たちが理解できていない能力があります。思い続ければ必ずそこに到達できると信じています。

突拍子もない夢を語りたいです(ふきださないでください・・)。

2011年8月 4日 (木)

NAKAKIRA(ナカキラ)「ギカイ」

どうも「ギカイ」という言葉が評判悪いです。
公に関係の深いあなた(私のこと)は馴染みがあるでしょうが、普通の人はギカイと聞いて、よくわかんないという感想しかないかも って意見。

でもAKB48の「総選挙」ってあるでしょう。「選挙」だって同じ感じじゃないかなあ??

しかし、AKB48は人気投票と選挙のギャップがいいのかなあ?

堅いことを議論するのに「ギカイ」じゃそのまますぎ?

とどめは、

いままで国会や地方議会あるいは官僚、自治体が担ってきた公共の課題を
みんなで議論して、できることは自分たちでやっていく「新しい」仕組みをつくるんでしょう?

それなのにいまある「ギカイ」って言葉でいいの?

なるほど。。。(無言です)

では、議論→課題抽出(課題抽出→議題もあり)→課題の解決案→実行って仕組みをなんていうか?

まさに議会(ギカイ)・・議案(法律案・事業案)→議論→採決→施行・執行 みたいな仕組み

みんなにわかりやすくてなんかあるかなって思わせる言葉。。う~ん
ギカイに代わる言葉がなかなか思いつかないです。。

もちろん私的には「ギカイ」にこだわりたかったりして。。

使って定着すれば違和感なるなるよなど心の中でつぶやいています。

でも「これだ!!!」っていうものが欲しいのもたしか。。

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