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2011年12月

2011年12月31日 (土)

一年を振り返って

常に前しか向いていない私が一年を振り返りたくなったのは、やはり東日本大震災があった2011年という年を考えてみたいということなのかと思います。

自分にとってこの一年もとっても早く過ぎ去ってしまったけれど、3月11日直後からいままでを振り返るとすごくたくさんの出来事がありました。

震災直後、自粛なるものをしていたテレビ放送も年末の番組欄を見ると、必要ないよねって番組が並んでいて、それを普通に受け止めている自分がいる。
たった10カ月弱前に過ぎないこと(まだ1年も経っていないんですよ・・)が、直接被害を受けなかったところでは忘れ去られているのかなあと感じます。

震災前に日本の財政は危機的状況であるとか、日本経済の競争力が落ちているとか、繰り返し報道され、心ある人はなんとかがんばらなければと思っていたけれど、

震災ですべてのものを失った人たちにとって、目の前の生活の再建が第一で、自分の生活さえままならないのに
日本全体なんて・・って気持ちだろうなと想像しています。
長年大切に守ってきたものが、一瞬で失われる経験をして、何かを守るって何なんだろうって思ったんじゃないかなとも想像しています。

被災地から遠く離れたところにいて、日々、自分が生きるために、みんなと同じように与えられている責任をこなすだけで精一杯の自分に無力感を感じます。

そうはいいながら

子どもの頃、特撮ヒーローものを見て、怪獣に都市が破壊されて、最後はヒーローが危機に陥りながらもその怪獣をやっつけて、ヒーローの周りは、平和が訪れましたとものすごく喜んでいるんだけど・・都市が破壊されて死んじゃった人がいるんだよね、たぶん自分はその死んじゃう人なんじゃないかな。ヒーローとヒーローの知り合いが生き残ってもね・・なんて考えていた変な奴

そんなひねた子どもだったから、その性格そのままにこれからもひねて世の中を見て行きたいと思っています。

ひねたままで世の中を見て、世に言われていることを簡単に信じず、自分で考えて結論を出してその考えを発信してみる。それが案外核心をつくことがあるかもしれない。

人と違うことに価値がある。これからもそう思って、稚拙な意見を発信していきます。

それでは、来年もよろしくお願いします。

2011年12月30日 (金)

豊かさが日本を弱くしたとしたら・・

先日、60代の方を話をしていて大学時代の話になりました。
その方の大学時代の話を聞きつつ、高度経済成長、バブル、バブル崩壊失われた20年とその方が大学を過ごされた時代が大学生が大きく変わったこと、もっと言えば家族の中で子どもの意味が変わったことが、いまの日本のなさけなさにつながっているのではないかと考えました。

その方の大学時代の話を伺うと、例えば障害者施設に行っていまでいうボランティアをしたりだとか、その頃激しかった労働争議に顔を出したりとか、そういえば大学紛争だってこの方の頃かな。確か同じくらいの年代の方で東大の安田講堂事件の後、東大の入試が行われない年があって、やむなく他の大学に行ったという方がいらっしゃったような・・
とにかく勉強以外にいろんな活動をされていて、それがこの方だけでなく、当時の学生の風潮だった。

あら?いま、就職が厳しく今後の社会に不安を抱えて、ボランティアをやったり、起業をしたいと思ったりしている大学生たちと活動の性格は違っても忙しくしていることには変わりない?

いまの学生は危機感で動いていますが、かつての学生たちはひょっとしたら動いていないことに我慢できなかったんじゃないかな。

かつて貧しき時代、日本でも子どもは労働力でした。

私の時はずっと甘くなったものの、それでも家の中の手伝いをするのは当たり前でした。そんな時代に育った人たちは小さい頃から常に動いていることが当たり前で何にもしないことに罪悪感を感じたんじゃないかな。

そして、たとえ手伝いといえど社会の一員として扱われることにより、社会に参加すること、大学生ともなれば参加の準備をすることを当たり前と感じていたんじゃないかな・・それが種々の活動になっていたんじゃないかなと考えています。

その後、社会が豊かになって電化製品もバッチリ揃い、高度経済成長期にはサラリーマンとして夫だけが働き、妻は専業で家事ができるようになり、子どもの労働力が必要なくなった。日本全体が豊かになって進学率も上がり、子どもの勉強が大変になって家のことは考えなくていいから勉強しなさいっていう環境に変わって行った。

子どもが社会を垣間見る機会が減っていって、さらに日々生活をするためには何かしらの労働が必要ということを覚える機会がなくなった。

そうして大学時代。勉強のプレッシャーから解放され、家庭での小さな責任も担うことなく、ただ遊ぶ大学生ができてしまった。

ひょっとしていまの日本人が駄目だと言われているその駄目な世代って、こういう時代を生きてきた人たちの世代では?
失われた20年といわれているから、高度成長の最後あたりから、バブル崩壊、つまりいまから20年前、余韻もあっただろうから15年前までに大学生であった世代、30代後半から50代の人たち、まさにいま社会の主流な人たちじゃないですか・・

世襲で企業や伝統を守っている方々が、贅沢に慣れおバカな後継ぎにならないよう、子育てにも力を入れて幼い時からしっかりリーダー学を学ばせるように、

日本が豊かになった時に本来行うべき教育を行っていなかったことがいまのなさけない状態になっているのではないか?

そうしたら、いま行うべきは・・遅いかもしれないけれど、30代後半から50代の再教育。

それは社会の責任を負うべきことを学ばせること。この世代、結構自分たちだけよければいいじゃんと思っているから、社会がうまくいってないと個人の幸せだってどうなるか分かんないということをしっかり考えてもらわないといけない(まあ偉そうに言っている自分も含め)。

そして、その後の世代、危機感を持っている世代には・・
気がついた人と気がつかない人に分かれているから・・そりゃ気がついた人だけしっかりやってもらえばなんてのんきなことを言わず、いまは豊かな生活を送れても、それは日々の努力により維持されること。
その責任はどの世代でも担うべきことをきちんと伝える社会的な仕組み、家庭によってはちゃんと教育してるでしょうけど、そうではなくて、先進国日本の構成員としての担うべき役割育成プログラムみたいなものが社会的に必要じゃないかなって考えているところです。

2011年12月28日 (水)

変わる仕組みのない日本~Newsweek日本版2011.12.28号、「変われない日本、1年の物語」

Newsweek日本版で森田裕之さんという方の署名記事「変われない日本、1年の物語」を読みました。
東日本大震災に遭遇し、否が応でもいままでの日本から変わらないといけない、変わるはずだと思っていたものが、自分の感覚として、もしかしたら・・変わってないのでは?こんな危機的な状況でも変われない?と思い始めていたところをズバッと雑誌で言われてしまうとがっくりの肩の力が抜けて、脱力してしまいます。

災害を”変革のチャンス”とまで表現しているのは違和感がありますが、
ここに書かれているように私たちは、「「がんばろう日本」「団結力」「絆」そんな聞こえのいい言葉や被災地をめぐる「美談」・・」ばかりを追ってはいないか?
「あらゆるものが震災に絡めて語られた。」・・そうだと思います。

被災地の復興は進んでいないらしいのに、九州に住んでいる私たち、少なくとも私は、震災が過去のものになっていないか?
メディアから被災地の映像が減るのに併せて、災害を忘れてしまっているのではないか?
阪神・淡路大震災の時のように、整然とした街並みがすぐにでも戻ってくるように思っていないか?

問題意識を持っているのなら、九州という遠く離れた地にいるのなら、マスコミがマスコミの本来の使命を果たさないなら、自分で積極的に情報を取りに行かねばならないのでは?

その努力が足りない・・記事の小見出しにあるとおり「「物語」はもう要らない」
「私たちに必要なのは物語ではない。「寄り添う」といった聞こえのいい言葉でもない。被害が甚大だった地域に本当の関心を向けることであり、自分も当事者だという意識を持つことだ。」

私たち日本という身体の一部分が大きく傷を負っていて、そこが良くならないとしたら、日本という国は死んでしまうかもしれない。
目に見える被害をまったく受けなかった地であっても、被災地がこのままの状態、あるいは緩慢にしか立ち直れないとしたら、いずれ大きなダメージを感じることになる。

震災が起こった直後、それから数カ月間感じていた危機感をもう一度、今度は自分の能動的な情報収集、現状把握で取り戻さないといけないと感じます。

もう政府からもマスコミからも情報は引き出せない。日本の既存のシステム・体制の中に「変わる」「変える」という仕組みは組み込まれていない。

自分の生活を守るためには、自分が、自分と同じように感じる人たちと動かないといけない事態なっています。

2011年12月25日 (日)

「日本人が知らない世界と日本の見方」中西輝政著

しばらくブログの更新が止まっていました。
こんなに書かなかったことはいままでないんじゃないかな・・・

いろんな原因がありますが、この本を読み始めたこともその一因だと思っています。

現在起きている日本社会の深刻な問題について、政治家や経営者など、リーダーと呼ばれる人たちがどうしようもなく駄目ならば、自分たちでできることをしていかなければならない。
それぞれ与えられた能力に従って、例えばごく身近な地域のことを考えるだけで精一杯な人はそこを考える。日本全体について考えていこうという人は日本全体を考えていく。

これは、例えば、ベンチャー企業の経営者の方々から、日本をどうにかしたいという発言はよく聞くところですが、

ベンチャーの方で実際に日本というスケールで貢献できる方って少ないと思うのですが、実際にできるかどうかはどうでもよくて、どこに視点を置いて自分の活動をしていくかという意味で、ベンチャーの方々みたいは発想をしないといけないと思っていました。

それで少しでも日本という国が変わっていけば・・とこれは私だけではなく、何か社会に役に立つことをと思っている人がみんな考えていることだと思うのですが。

それが、この本を読んでものすごく無力感を感じました。

結局、世界はパワーゲームの中で動いていて、短期的に幸せを追求するってことは個人の努力でどうにかできるけれど、長期的な幸せ、安定と置き換えてもいいと思うのですが、それはやっぱり国が担うもの。

やはり国家のリーダーがしっかりしていなければ駄目なんだなあと感じました。

いまや政治のリーダーや経済界のリーダーが自分の利益や保身ばかりを考えている日本から、今後天下国家を考えるリーダーが出てくるのか?

リーダーと呼ばれる資質を持った人たちが、この国のことを考えないのであれば、庶民が国を憂えて何の意味があるのか?

いままでやってきたことが、ばからしくなって、この先近い将来、ひょっとしたら国家として絶望的な状態になるかもしれないけれど、それまでは自分のことだけを考え、面白おかしく生きていけばいいかななんて思っているところです。

こんなふうに暗い気持ちにさせてもらった本ですが、たくさんの方に読んでもらいたいと思った本でもあります。

例えば私たちはかつての高度経済成長時代のように各自ががんばれば、これから日本もいい方向に向かうのではないかと思っています。

しかし、かつて日本が頑張れた時代は著者によると「目的がただ一つ」で「国民は皆、何をすればいいかわかっていて、そのための方策もあった。司馬遼太郎のいう「坂の上の雲」は、まさにそうです。「坂の上に上がれば雲に手が届く」という猛烈な情熱が湧き上がっていたのです。」。そういう時代だった。

高度経済成長時代についても「みんなが豊かになれば、すべての問題が解決する。それには高度経済成長政策を推進すればいい。ほかのことは何も考える必要はない。外交や安全保障はみんなアメリカに任せておく。それが一番平和で、経済の発展にも役立つ。そういう戦後日本の「一途な能天気ぶり」がはっきり出てきて、そのツケがいま回ってきているわけです。」

日本がうまくいっていた時代は、やるべきことがわかっていて、それをやればよかったし、やってきた。
でもいまの日本は、何のために何をやるべきなのかがわかっていない。

確かにがんばればいいけれど、その前提となる何のために、何をを考えなければならない。

今までやってきたと思っていたことが実は初めてやらなければならないことなんですね。

それから国家間の秩序について、
1つの超大国とそれを追い抜こうとする第2グループの構造を保つことが重要だとあります。
詳しい説明は本を読んでもらうとして、1つの超大国はアメリカとして、日本は第2グループから第3グループになろうとしている。
日本の政治家の大半も第3グループで良しと考えているところがあるとしています。

しかし、それでいいのか?

著者は「日本はやはりアイデンティティ、文明、精神構造の独自性が「大国側の国」」だと言います。つまり第3グループに甘んじる国ではない。

そこそこお金を持っていて、有り余る物に囲まれて生活をしている私たち。
大多数の人たちは自分の日々の生活を楽しむこと、維持することに精一杯でいいのかもしれない。
それでいいと考えているのかもしれない。

でも、国としては、超大国を追っかける存在でなくてはならない。
だから、日本をどうするかと考える人たち、リーダーと呼ばれる人たちがやはり必要。

それならば・・・

いまの日本、格差とか二極化とか言われていますが、みんな平等になんて考えは捨てて、国を背負ってくれる思いっきりエリートを育てないといけないんじゃないかな・・・
・・選ばれたからといっても、重い責任を背負わないといけないから、けっしてハッピーじゃないだろうな・・・

2011年12月17日 (土)

「映画を超えた使命 アンジェリーナ・ジョリー」ニューズウィーク日本版2011.12.21号

ニューズウィーク日本版のアンジェリーナ・ジョリーが作った映画「ブラッド・アンド・ハニー」についての特集記事、「悲劇を見詰めるアンジーのまなざし」という記事を読みながら、日本という「平和な」国に生まれた幸せを感じました。
記事に出てくる映画やアンジーへの絶賛とも言える評価は、私にとってはどうでもいいことでした。
この映画の題材となったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争についての記述が、海外のことにあまり関心がない私にも日本のことだけを考えていたは駄目だという気持ちを起こさせました(この気持ちを持続できるかどうかは自信ありませんが・・)。
文字だけでそのような気持ちにさせる記事・・作者ジャニーン・ディジョバンニ(ジャーナリスト)・・にすごさを感じました。ひょっとしたら翻訳がうまいのかもしれませんが。

「かつて仲良く暮らしていたボスニアのイスラム教徒とセルビア人、クロアチア人がお互いを殺し合うのを目撃した。」
「通りを走り去る犬が口に人間の手をくわれているのも見た。」、レイプの話や人の前で人が殺される話等など
人間はどこまで残酷になれるのだろうかと暗い気持ちになる記述が並んでしました。

生命の安全が保障されない世界、それに対し、いろいろな課題を抱えながらも日常的には「殺される恐れ」を抱く必要のない日本。

自分の周り数メートルのことだけを見るのではなく、もっともっと視野を広くして「生きる」ということを考えないといけないと感じました。

でもだからと言って、とにかく優先して「戦争」や「飢餓」の問題に取り組むという気持ちにはなりません。

解決しなければならない深刻な問題はたくさんあるけれど、まずは自分ができることをやるべしという想いはかわらないかな。。

深刻な課題を解決したいと思うだけよりも、身近な小さな問題であっても実際に解決する。
思うだけではなくて、何かを実際にやってみる。それが大事だと思っています。

2011年12月14日 (水)

「学歴神話 捨てきれない」~2011.12.12日経新聞夕刊から

日経新聞のらいふプラスというコーナーに「学歴神話 捨てきれない」という記事を見つけました。
40代の母親に焦点を当てています。
この世代は、女に学問が不要と言われた60~70代の母親から夢をたくされて大学を卒業して働き続ける方が多く、勉強ができることが最もよいことと期待された世代だと書かれています。
しかし、勉強ができて大手企業に入ったとしても人生安泰ではなくなってきました。大手だって倒産することが多くなりましたし、会社はあっても本人が心身を壊して働き続けられなくなる例がたくさん出てきています。
そんな中で母親たちは、これは40代に限らずでしょうが、何のために勉強するのかという子どもの問いに答えられなくなっています。
記事の最後は電通総研の方の
「高学歴でも何の保障もない社会となった今、勉強も大切だが、貧乏でも生きていける知恵やたくましさが必要では」というコメントで締めくくられています。

とても安易な結びですから、ここからさらに考えなければならないのは、

本当に「高学歴が何の保障もない社会になった」のか? 学歴がなければどうなのか? 学歴に変わるものは何なのか?
「勉強も大切だが」 そもそも勉強とは何なのか?勉強は日々の生活のために(あるいは”ためだけに”)するものなのか?
「貧乏でも生きていける知恵やたくましさ」とは何なのか?

お金や物が溢れるいわゆる「豊か」な社会になった日本では、生存をかけて日々を過ごすことがなくなり、何のために勉強をするのか、何のために生きるのかを考えるようになりました。飢えや命の危険を日々感じる地域に暮らしている人たちからみれば、贅沢な話かもしれないですが、意義を見いだせないで日々を過ごすことも深刻な話だと思います。

何のために生きるのか?何のために学ぶのか? 何のために学歴を求めるのか?

母親だけではなく、いろんな世代の方々、いろんな人生を過ごしてきた方々、これから人生を作っていく方々、海外の方々、皆さんがどう考えているのか、聞いてみたいですね。

2011年12月11日 (日)

ご家庭の主婦見守りサービス

昨日、テレビで貴金属の押し買い被害が増えているというニュースを見ました。

家を訪問し応対すると強引に玄関の中に入り居座って、家庭にある貴金属を無理やり見せるように言い、それを偽物だと言ってタダ同然の金額で買い取って行く。

いまはほとんど聞かなくなった押し売りの逆バーションだから「押し買い」なんでしょうね。
予防策として知らない客にはチェーンをしたまま応対してください等と言われていましたが、それもなかなか難しいですね。
インターフォンがあるご家庭は、そこで怪しさを見抜いて玄関先に出ないに限るような気がします。

とそんなことを見ておきながら、また、お仕事でこの手のことはよく聞いていながら、

早速本日、怪しい訪問者と玄関先でお話してしまいました。

インターフォン先で

「この地域一帯で給湯システムの交換が行われますので、その説明で参りました。玄関先までお願いします。」

給湯システムは個人で考えることで、地域一帯で何かすることはないはずと思いながらも
「地域一帯で・・・行われる」が気になって玄関に行ってしまう。

「この地域で給湯システムの交換が行われますが、対象となる家庭とならない家庭がありますので、お宅のガス料金を教えてください。」

怪しいので「なんで料金が必要なんですか?」

「一定以上の使用料があるお宅はご負担なしでいまの給湯器をエコ・キュート給湯器に交換できます。」

「それどういうこと?給湯器は各家庭がつけるものだから負担がないはずないじゃない。」

何やら棒グラフを示し、「交換するとこれだけガス代が減ります。しかしある一定以上の使用料がないと効果はありませんので、ガス料金を伺っております。」

「はあ?そんじゃあんたの会社はどこで儲かるの(もうあんた呼ばわりで、がらの悪い主婦です)」

再度グラフを見せつつ、同じ説明の間に機器代は減ったガス代から月々当社に払ってもらう”というような説明が・・

「そんじゃ負担なしじゃないじゃん。ウソじゃん」

若くて見た目は誠実そうな営業の人でした。
ガラの悪い主婦はあなたはバイトか?とか、名刺をくれとか、おかしいなどを繰り返しました。

当然ながら名刺を持たず、でもチラシはありますとコピー両面の会社名の入ったチラシを置いて行きました。
まだ見習い中と言っていたし、高卒で入って働き始めたばかりのようでしたが、このこと報告したらなんでチラシ渡したんだなんて言われ、駄目な奴扱いされるんでしょうね。(でもこんな会社できれば辞めて欲しいですね)

おまけに最後は「こんなことやっていたら消費生活センターに電話するって責任者に伝えなさい。」と言われたし。

それにしてもガス関連はもう数回、最近はソーラシステムも数回。
在宅率が高くない私だってこうだから、毎日家にいる主婦、それから高齢世帯、どれだけ訪問販売を受けるか? 

最初に書いたとおりお仕事で多少知識のある私でさえ、玄関に出てしまったくらいだから、人によってはそうなのかなと信じると思います。

特に一人暮らしの高齢者の方々が心配です。

そこで、例えばインターフォンですが、直接家庭につながないでコールセンターみたいなところにつなぐシステムにできないですかね。
いったんコールセンターで受けて問題なしを判断されたらご家庭につなぐ。

もしこんなサービスがあったら、いま応対した時間かえせ!!って思ってしまう私なんかも有難いです。

こんなサービスかどうかはわかりませんが、

ご近所の高齢者が悪徳商法の被害にあったことを知ったら、近くに住むものも何かできなかったかと心が痛むと思います。
地域のみんなが安心できるサービスを作るのも地域貢献じゃないでしょうか?

2011年12月 9日 (金)

国って何なのかな?

SYNODOS (http://synodos.jp/ )
というサイトの「SYNODOS JOURNAL」で

NPO法人フローレンスの駒沢弘樹氏を取材した

「国だけでは、もはや日本という社会は支えられない」
http://synodos.livedoor.biz/archives/1867082.html

を紹介しようと思って、タイトルを眺めていたら、

日本って社会は国民が支えるもんじゃないのかな?って違和感を感じて、

いつも考えている「国ってなんだろう?」をまた考えています。

日本の財政状況がかなり危ない状況にあって、富裕層がお金を海外に移しているという話があると思えば、
世界中を活動拠点にしていながら、やはり日本にこだわる人がいて、

最近聞いた経営者の講演でも日本を良くするって言葉を講演した2人が2人とも口にしていたし、

膨大な軍事費を使って、自国民に犠牲を強いても守りたい国って、

命をかけても独立を勝ち取りたい国って

なんだろうと・・・

生まれた国を大事に思うって当たり前でしょう・・と言われそうで、

自分が本来人間が持っておくべき本能のようなものを持っていないようで、

このことを口にするのは恥ずかしいのですが、

なんで東京都人や大阪府人じゃなくて、地球人じゃなくて、日本人なのか?
国境なんて過去の人たちによって人為的に引かれた境界線に過ぎないのに、なんでそこにとらわれるかなって


つい「日本人が幸せになるためには・・」とか使ってしまうんですが、

そもそも・・と考えてしまうのです。

2011年12月 8日 (木)

熱い想いだけでは社会活動はできないようです

本日はある教育関連のNPOの活動報告会を聞いてきました。

名称は出しませんが、もしあの団体のことかなと判ってしまってはいけないので、この活動はいまの日本に必要なものだと思うし、成功してもらいたいと思っているをまず言っておきます。

その上で、報告会の間中、冷めた怒りのような感じを持って話を聞いていました。

まず代表の講演でした。この活動は元々アメリカで行われて成功しているものを日本でも取り入れたものですが、
州単位で意思決定ができて、学校教育について各学校の裁量が大きいだろうアメリカのものを文部科学省と各自治体の教育委員会でガチガチに固めている日本に取り入れられるかという問題が根本にあるように思います。

アメリカについては推測にすぎませんが、日本の団体自身が教育行政の彼我の違いを判った上で、日本なりの仕組みを作らないといけないのではないかと感じました。

さらに勉強不足の決めつけや想いが強過ぎるがための他者批判が、本当はいろんな組織との関係を築きながら総合的に取り組むべきなのが教育ですから、団体にマイナスに働くような気がしました。

例えば、学校の現場で熱意を持っていない先生が多く、それが子どもを不幸にしている。→熱意を持っていないから子どもが不幸になっているのか、実際熱意を持たない先生がどれほど多いのか。学校現場ではさまざまな問題が複合して起こっており、単純に先生のせいにはできないのではないでしょうか?

また例えば、いままで教育について日本では文科省と教育委員会以外取り組んでいなかった。→教育に取り組むNPOの数はかなり多いと思います。また自分の子どもを学校に通わせる親だけが関心を持っているかというとそうでもないので、子どもがいない人が学校に関与することはとても難しい状況で、さらに活動がメディアなどで紹介される機会が少ないので、そう見えているだけではないでしょうか。

それから支援する側が支援を通じて成長する、スキルアップをするということもポイントにしている活動ですが、こちらの面ばかりが強調され、支援を受ける側についての話が少なく、例えば短期間の支援をしたとして、そのあとまた元の環境に戻ってしまう子どもたちが、数日の経験の感動を持続していくというのは不可能で、ちょっとだけ夢を見せてそれで終わりというだけではないかと危惧します。

代表者の熱い想いはわかるけれど、活動の主体をピュアな思いの強い大学生に置いていて、その人たちが清く正しい教育を行っているように感じて、結局教育委員会が社会のひずみや問題点を隠して児童や生徒に教育を提供するのとあまり変わらないような気がしました。

それから貧しさゆえに教育を受けられないというのは確かでしょうが、それを教育を受けた人が上から目線で語るようなところもあって、いたたまれない気持にもなりました。

でも最初に書いたとおり、やはり日本に必要な活動だと思っています。ですから、社会をまだあまり知らない大学生だけで議論をしないで、幅広い層の意見を聞いて、もちろんサービスを受ける側の児童・生徒たちにも意見を聞いたり、様子を見たりして、いい制度設計をしてほしいと思っています。もう一つ言えば、大学生が活動をするに当たっては自分の頭で考えて自分なりの答えを出して欲しいとも思います。

熱い想いを持っていても方向性がずれてしまえば、共感を得られず拡がらない。
熱い想いがないともちろん続けられない社会活動ですが、冷静な分析、緻密な思考で行動しないといけないということがわかって、我が活動の参考になった報告会でした。

2011年12月 7日 (水)

「長寿が拓く未来」日経ビジネス2011.12.5号

日経ビジネス12月5日号の特集は「長寿が拓く未来」です。
その特集の最初にある「新たな「輸出産業」へ」で長野県泰阜(やすおか)村の取り組みが紹介されていました。人口2000人弱。面積の8割以上が山林で山間に集落が点在。
日本の平均より急激な高齢化に直面した村は、他の自治体が開発型の行政を行う中、高齢者福祉の充実に力を入れ、介護保険制度がなかった時代から介護の仕組みを整えたそうです。
村の高齢者の多くが自宅で余生を過ごしたいと考えていたので、在宅介護に取り組んだ。村の予算でヘルパーを雇ったり、ケア付き住宅の整備や村民のボランティアを組織したり。
それにより終末期医療にかかる費用が抑えられ、高齢者の医療費が全国平均の半額程度で推移したそうです。
そこで浮いた予算をまた介護の充実に向けた。
これで村に高齢化に対応するノウハウと介護の基盤ができた。
そして、この資産を活かし、他の自治体から高齢者を迎え入れようとしているそうです。

他の自治体の真似をせず、地域の住民の状況を把握してそれに向き合っていくことが、回り道に見えて自地域を自立した地域にするのだろうと思います。

高齢者福祉の充実を最重要課題にした村長がいて、住民の潜在的な在宅介護というニーズを尊重して施策を行う。取り組みは1985年に始まったそうですから、他と比べ高齢化が進んでいたとはいえ、いち早く取り組みを進めた。

状況を読み方向を決めるリーダーとだれに目を向けて施策を行うかを判断するデータ(意見・要望)の収拾、時流を読む観察力。
この村の場合、2000人弱という人口と選択肢がなかったということがあったかもしれませんが、安易に他に追随していてはいけないんだなと思います。
自治体の取り組みの多くは結果が見えるのがずっと先になりますから、まずは首長が、次の選挙のことは置いといて、皆さんから選ばれたのだから、市民・住民の方のために自分のできることをやるという気持ちがあるかどうかなのかもしれませんね。

そうした時に私たち首長ではない一般の人ができることは、自分たちの将来だけでなく、子ども、孫、その先の世代のために地域の将来を一人ひとりが考えて、その考えた意見を発信することじゃないかなと思います。

2011年12月 6日 (火)

「地域づくりフォーラムin富士町」に参加しました(2)

前回、基調講演について書きましたので、次はパネルディスカッションについて

パネラーは、基調講演の中でも少し話をしているという変則的な講演&パネルディスカッションでしたので、パネラーが基調講演の中で話されたことも含め、昨日同様バラバラと書いてみます。

パネラーは高知県のNPOはちきんねっと副理事の川村晶子さん、勝屋久事務所・冨山県立大学MOT非常勤講師のの勝屋久さん、本荘事務所代表・多摩大学(MBA)客員教授の本荘修二さん、富士株式会社の渡邊竜一さん、それから地元富士町農家の水田さん
コーディネーターは佐賀県最高情報統括監の森本登志男さん

渡邊さんは地域で映画を製作し、まだ封切前なのですが既に黒字化をされているということで、このことについて話をされました。
黒字化の要因としては、経営気質のある人が地方にいて、どこからかお金を確保して来てくれたことが大きかったそうです。
また、地域おこしには「風の人と土の人」が必要で、風の人とは伝える人であり、土の人とは根を張る人であると説明されました。

他の方も同じ発言をされていましたが、地域が地域を売り込むためには、地元の人がいいと思っていないところを見つける人がいる。
地元では当たり前過ぎることが実はすごく価値があるということは外の人しかわからないとも。

パネラーに佐賀の魅力を尋ねた際、川村さんは、地味な場所だけれど、大人がゆったりと楽しめる、子どもにはわからない場所だと。
確かにそんな感じあります。これからはそんな場所も求められるだろうなとも思います。

渡邊さんは、都会と地方を比較して、都会は日常が「ハレ」、地方の日常は「ケ」。今まで都会は「ケ」を求めていなかったが、地方に行くと癒される場であった。
ハレは儀礼や祭、年中行事、ケは日常。都会は華やかで日常がいつも何か行事が行われているような感じだということでしょう。

同じく渡邊さん、地域づくりはストーリーが大事。また、マーケティングの基本である(1)ファンを作る、(2)ファンに語ってもらう を使う。

川村さん、女性が前に出ていい。

本荘さん、ゆるやかな女性のつながりが明日を作る。女性が大事だけれど、女帝が君臨しているようなところはうまくいかない。

勝屋さん、個のつながりが大事。今まで地域づくりというと市と市、すなわち自治体間の提携であったけれど、個がつながった方がいい。

そのほかにもいろいろキーワードがありましたが、省略。
ぜんぜんまとまっていませんが、キーワードを拾ったということで。

途中からパネラーの方々が若干興奮気味で、加えて質疑応答で会場も加わって盛り上がって、何やら高揚感のある楽しく不思議なフォーラムでした。

とフォーラム自体は楽しんだものの、富士町の方が言う富士町の強みは「温泉」と「新鮮な野菜」。
この二つだけだと全国のちょっとした田舎のどこにでもありそうなものであり、差別化は難しいのではないかと感じました。

成功事例があると全国からわっと視察に行って、「おらが町も」と取り組みを始められますが、地域づくり、地域おこしって本来何なのか?
何を目指すべきなのか? 
私は、全国から注目されることが目的ではなく、そこに住む人がその地域だけで自活して生活できる目処が立つことじゃないかなと思うんです。
それぞれ考え方があると思いますが、参加する人の間でゴールについて、共通認識を持っておかないと迷走するんじゃないかなと。
富士町がどうなのかはわかりませんが、フォーラムで意見を聞きながらそんなことを考えました。

2011年12月 5日 (月)

「地域づくりフォーラムin富士町」に参加しました(1)

先週土曜日、地域づくりフォーラムin富士町に参加しました。
地域に関わる活動はどうあるべきか? 
いままさに現在行われている地域の活動を時々見に行かないと自分の感覚が鈍くなるような気がしておりますので、機会と体力があったら、これからも地域のフォーラムやイベントを覗きたいと思っています。

さて、昨日フォーラム会場でメモしたことを書いてみます。

○「情報発信」というキーワードから考えたこと

このフォーラムの説明書きの中に「・・限りある資源やネットワークを繋ぎ、賑わいやファン、顧客を創っていけばよいか」というくだりがあり、フォーラムの中ではどんどん「情報発信」をしていくということが言われていました。

しかし、受け手側の視点に立つとどんなにたくさんの情報があっても関心がなければ、「情報」だとは思わないだろうし、そもそもインターネットでは関心がないと検索しない。

情報発信をする際に、そんなことはわかった上でとにかく大量に発信して日の目を見るのを待つのか?きっちりマーケティングをしてお客様の側に立って情報を発信していくのか?があるのかなと考えました。

大量に発信する場合だと労力の割に報われる確率は低い。
きっちりマーケティングする場合だとマーケティング手法とか、そもそも全く新しい需要を起こす場合にマーケティングに限界があるなども言われてますし、お客様の側に立って効率的に情報発信していくっていうのはなかなか難しい。

結局は何をどのように発信したいか、発信する側がどこまでやろうと考えているかなどを曖昧にしないってことかな。

○ 徳島県上勝町葉っぱビジネスの成功から

成功事例上勝町の紹介がありました。
おばあちゃんたちがパソコンや携帯端末を自由に使えるのは、自分の生産したモノの価格がわかること、自分の売り上げがいま何位かがリアルタイムでわかること・・ゲーム感覚で楽しんでいるから。

上勝町の場合は強いリーダーシップを持った人がいたことが成功につながっていますが、
まずは地元の資源を見つけること。その場合そこに住む人が資源とも思っていないものが、外から来た人が評価して資源であることを気付くということもあるとのこと。

上勝町について
取り組み自体、知りたい人が多く、多くの人が上勝町を訪問するようになりました。
その人たちをお客様とした。いわば取り組みを観光資源化した。
成功したことにより、Uターン、Iターンで若者が増えた。
ブログで取り組みについて情報発信をした。

○ 地域づくりが成功するには
・リーダーの存在、・人づくりから着手、・才能あるよそ者の活用、・マーケティングの実践、・地域資源の発掘、・ITの活用

○ 成功できない地域の共通点
・他人任せ、・ベクトルがバラバラ、・排他的、・マーケティング的視点やユーザー視点の欠如

ここまで、基調講演のメモです。パネルディスカッションもはっとする言葉がいろいろ出ました。
これは(2)で書きたいと思います。

2011年12月 1日 (木)

大企業が地域を創ってきた

昨日、北九州地区新規高卒者の就職面談会のお手伝いに行ってきました。

会場でハローワークの方と話をする機会があり、製造業の町北九州で既存産業が衰退するばかりだろうという話をしていました。
大規模工場が操業して相当の年数が経っており、設備を更新する際に再び北九州の地を選ぶ可能性はかなり低く、そうなると出ていくばかり・・

そんな話をした翌日の西日本新聞朝刊トップに東芝北九州工場の閉鎖の記事があり、かなりショックを受けました。

この閉鎖で北九州の従業員だけで約500人に影響が出ます。関連会社もあるだろうし、従業員には家族もあるでしょう。
1私企業の方針が、地域にかなり大きな影響を与えます。

これから最初の話のように工場が次々に移転するとすると・・・

地域がどうあがいても地域に収入を得る場所がなければ、人はそこに留まることができません。

1つの大きな企業の抜けた穴を小さな企業がたくさん集まってカバーできるか?

地域の一人ひとりががんばってもどうにもならない問題もあることを気付かされます。

大企業に頼らない働く場の確保・・非常に難しい問題だと思います。

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