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2012年1月

2012年1月29日 (日)

「平成不況の本質」大瀧雅之著

経済理論的な本論はさておき、終章 いま何が、もとめられているかを読みつつ、ずっと疑問に思っていたことを改めて考えました。

私たちは未だ残っている狩猟を中心とした生活と自分たちの生活を比較し、自分たちの生活が進んだ生活のように評価していますが、果たしてそうなのか?

食べれるものを自然から手に入れて、家族、場合によっては集落でそれを分けて家族一緒にそれを食べる生活と
電気が止まれば高層階の自分の家に帰るのにも困る生活やそんな家を買うための高い所得を得るために小さいうちから勉強だけの生活。

どちらがより人間らしいのか?

いまの生活が正しいかどうかも考えず、日々を送る。

いまの生活、いまの価値観・・etc. 

生きること、生活することについて、いま、みんなが、じっくり考えたいと思い始めているんじゃないかな~

あとがきの最初を引用します。

「人は独りでも生きられると信じている人たちが増えている。これほどまでに社会的分業が進んでいてもそう感ずるのだから驚きである。しかし省みれば、社会的分業が当然となってしまい、自分が逆に生かされていることに気付いていないのかもしれない。本書ではそうした「真空化」した現在の日本社会のありようを、批判的に考察した。
・・・目には見えないもの、あるいはみなで守らなくてはならないものも、壊すことで、儲かるなら、それは「効率的」だというのが、この10年の日本である。・・・」

書いてあることは当たり前と言えば当たり前なんですが、ちょっと衝撃を受けた本でした。

社会に役に立ちたいと思った時に、困っている人が望むことを望むままにやみくもにするのではなく、ちょっと立ち止まって本当は何をすべきなのかを考えるとか・・
この本の感想としては飛躍し過ぎかもしれませんが、自分が生きること、活動することの原点を考えるのも大事かななんて思っています。

2012年1月28日 (土)

支援の一元化

何か分からないこと、困ったことがあった時に「無料で相談したい」と思うとまずは行政機関が思いつきます。
行政は、市民・住民の方が必要としていながら誰が費用負担をするかはっきりしないものを税金を使って行う(例えばごみの収集や地域の避難場所の確保とか)のが原則ですが、そこから一歩進んで、積極的に何かを「振興する」とか「育てる」とかいうことを行っています。
それは、産業施策から子育て、介護、そしてNPOなどない分野はないと言っていいくらいです。

でも国と都道府県、市町村がそれぞれ同じような施策を行っていて、どこがやってもいいと思っている利用をする側、支援を求めている側にとっては国の施設に行ったり、市町村の施設に行ったり・・中身の違いもよくわからないってことはよくあるような・・

行政の側としても財政的に厳しくなっているし、「無駄」とか「二重行政」と言われるのは避けたいと思っています。
それで、国・都道府県・市町村が合同でというのは難しいけれど、近くに集まって、そしてそれぞれ特徴を出して、苦手なところは補完してということが結構行われるようになってきたように感じます。

2012年1月17日 以下、毎日新聞の記事を参考にさせていただきます。
「小倉新卒応援ハローワーク:AIM2階に拠点 市ワークプラザの隣に移転 /福岡

◇若者の仕事探しへ、連携強化
 大学卒業から3年以内の若者らを対象に就職を支援する「小倉新卒応援ハローワーク」が16日、小倉北区浅野のアジア太平洋インポートマート(AIM)2階に移転した。同じフロアに入居している市の就労支援施設「若者ワークプラザ北九州」と合わせ、「北九州若者ジョブステーション」と名付けられた。

 新卒応援ハローワークは同区萩崎町の「ハローワーク小倉」から移転した。10台の端末で大学・短大・高専などを卒業した若者や在学生を対象とした求人を検索できるほか、ジョブサポーターと呼ばれる職員に就職相談、面接指導などを受けることができる。

 同施設は10年12月に設置され、移転前の11年11月までに約3000人が利用した。一方、市の若者ワークプラザ北九州は求人イベントやビジネスマナー講座などを開いており、10年度には約9000人が利用した。(後略)」

求人情報を持つ国の施設の「ハローワーク小倉」と求人イベントや講座に力と入れている北九州市の「若者ワークプラザ北九州」
近くに立地することで利便性がますし、もしお互いの施設を紹介し合ったら相乗効果高いと思います。
お互いの施設を紹介するというところは、民間企業と違って施設で規定やマニュアルを作るわけではないので、担当者個人の資質によるっていうのがお役所の問題で、でもこの施設は始まったばかりなので、そこを含めてどう効果を出してくれるか・・

これは、組織の連携って面で、社会活動に取り組んでいる民間の団体の方にも関心あるんじゃないかなあ・・

2012年1月23日 (月)

自分の頭で考える練習素材の話

自分なりにいろいろ考えてみようとその材料として今話題の本、本屋で平積みにされている本をせっせと読んでいます。

でも疲れた~。

特に新書は、急ごしらえなのか、なんじゃこれ?っていうのが多い。

これじゃ、今年は食わず嫌いを止めて、普段はこれは読まんだろうと思う本を読んでみるっていう私の決意ももう1月にして止めようかな状態になります。

本を読んで本の中の意見を基に自分なりに考えてみようと思っているんですけれど、素材にするのも難しい・・やれやれ。

お仕事のこととか、自分の懸案事項とかを考えるには重すぎる時に、ちょっといまどきネタで自分なりの意見形成をなんて思った時、
例えば「教育」とか「農業」とか大きなテーマ(もう少し具体的なテーマでもいいけど)を設定してデータを揃えて・・はちょっときついので、一つの本を土台にして・・

本の選択方法が間違っているんでしょうが、ちょっと自分の頭で考える練習をする際の素材選びもなかなか難しいですね。

2012年1月21日 (土)

新世代リーダー

米倉誠一郎教授の「創発的破壊」を読んで、強烈なリーダーの誕生を待っていては駄目だ~~なんて叫んでおきながら
こっそり、雑誌Pen2月1日号「新世代リーダー論。2012年の主役は誰が!?」なんてのを買って、「それ誰?」と興味津々、言行不一致な私でございます。

いろんなリーダーが上がっていますが、「日本の未来を切り拓くのは、俺たちだ。」ということで日本の若きリーダーにやっぱり関心がいきます。

01 株式会社リブセンス代表取締役社長村上太一氏 最年少上場を果たした、ITビジネス界の星。
02 株式会社studio-L代表山崎亮氏 壊れた“人のつながり”を、日本各地で再生する。
03 株式会社マイファーム代表取締役西辻一真氏 耕作放棄地を緑で満たす、農業再生の旗手。
04 NPO法人「育て上げ」ネット理事長工藤啓氏 働けない若者に手を差し伸べ、育て上げる。
05 レベルファイブ代表取締役社長/CEO日野晃博氏 ゲーム業界を、子どもたちの憧れにしたい。

あらま、女性はいないのね~。経営者or社会起業家か・・スポーツは別建てになっているとして、政治家は?芸術家は?
メンバーそのものは豪華だけれど、ちょっと寂しい人選です。

日本のリーダーと言って、イメージがすぐに経営に行ってしまうところが、単にこの雑誌の編集者が問題なのか、そうする方が喜ぶだろうと思われる読者が悪いのか・・・
まあいろいろありますが、へぇ~と感心している自分も含め、発想が固まっていんじゃ?とちょっと背筋に冷たいものが・・

あなたは、選ばれた人たちをリーダーと思っていないんですか?

いえいえ、そんなことはありません。でもこの方々たぶん他人の評価はどうでもいいだろうから、ご本人にとっては、リーダーかそうでないかはどうでもいいんじゃないでしょうか。。

なぜリーダー論が気になるのか?

リーダーって何なんでしょうね?

2012年1月19日 (木)

自分+次の人

このところ、出来るだけ歩くようにしております。事務所に近い駅から事務所までは広い歩道が整備され、途中に川沿いの道や公園があって、なかなか快適です。

歩くと脳が活性化するとどこかで聞いたような気がしますが、川や公園を眺めて歩いていると元来妄想癖のある私は、ついいろいろなことを考えてしまいます。

今日は、普通の人の社会貢献について考えていました。

社会貢献と言ってしまうとおおけざなのですが、動きの激しい厳しいこの世の中、自分のことだけを考えることで精一杯の人で溢れていますが、全員が同じように自分のことだけを考えていると世の中成り立たないわけでして、やっぱりみんなが少しずつ他人の生活に関わっていることをちょっとだけ思い出して、人さまのことを考えて生きていくべしと考えるのです。

そうした時に、特にとりえがない自分が積極的に何ができるか、それもあまり負担なく何ができるかとなるといま自分がやっていることを次にやる人に引き継ぐことを前提に日々を過ごすっていうのがいいのではと思うのです。

つまり自分のこと+次に自分の仕事なり、地域活動なり、その他諸々を引き継いでくれる人のことを考えて生きる。

例えば事務作業であれば次の人がわかりやすいように作業手順をつくっておくとか、使いやすいように整理をしておくとか、
自分が経験したことを引き継ぐのであれば、経験で感じたこと、反省点、良かった点などを文字で残しておくとか、

次の人が受け入れるかどうかは考えずにとりあえず自分が次の人のことまで考えて行動する。

次の人は世代が違って「なんかうざい考え方やね。自分はこんなこといやだね。」と思ったとしても残しておいたから、次の人がうざいと考えるきっかけになっているし。

まあちょっと考える人だったら、自分がなんでうざいと考えるかとか、なんでいやなのかとかを考えたりして、それが気づきを与えるかもしれない。

直接次の人に役に立たないかもしれないけれど、少なくとも自分は自分のことだけ考えているわけではないから、社会貢献をしたいと思っていて何もできていないと焦っている人にとって、なかなかいいことのような気がします。

結局社会貢献をしたいと思って大きなこと考えて何もできないより、次の人だけのことを意識して自分+次の人のために日々過ごしていく。
自分の行いが自分だけで完結していなければ、十分社会に影響を及ぼしている=社会貢献しているってことじゃないかな。

2012年1月18日 (水)

スマイルファクトリー白井智子さん~日経ビジネス2012.1.16旗手たちのアリア

「教育界のジャンヌ・ダルク」と副題をつけたこの記事、「不登校の子供やその家族に救いの手を差し伸べる。」とか「現場からの教育改革」なども文字もあります。
スマイルファクトリーは、引きこもりや発達障害を抱える子供むけのフリースクール、白井さんはその校長。
東京大学を卒業して、松下政経塾にも学ん白井さんがなぜフリースクールの校長なのか?

幼少期にオーストラリアで生活し、オーストラリアで多様性を認める教育を受けた後に帰国した日本で受けたいじめ。他と違うことを認めず排除してしまう日本。小学生からしっかり染みついた人との違いを認めない状況で苦しんだ人がフリースクールにたどり着くまでが書かれています。

成績が良くなればいじめがなくなって先生にも認めてもらえると必死に勉強をして、その結果東京大学に進学できたこと。しかし、何のために勉強をしているのか分からず違和感を感じたこと。

教育の現場を知りたいと23歳の時に小学校へ体験入学したこと。そして「見捨てず、認めてあげる教育環境」を整備することの重要性にたどり着いたこと。

教師として学校に勤めることを考えた時に、現場の教師から「現場の複雑な事情に巻き込まれて、改革の実現は難しい」とそれを止められたこと。

小学校の時の疑問をそのまま持ち続け、それをフリースクールにつなげた。そこから小学校の時に受けた傷の深さが想像できて、胸が痛くなり、フリースクールという形でしかその解決ができない教育の現状に危機感を持ちます。もちろんスクール実現には白井さんの気持ちの強さもあった・・。

自分の苦い幼いころの体験があって、それを大人になるまで持ち続けていて教育の現場を変えるだけの能力がある人だけしか、教育の現場に問題提起をできないのか?

白井さんの事例は引きこもりや発達障害の子供たちのことですが、教育全般について誰もがこれでいいのかと思っているのでは?
会社経営の中で、社員教育、人材育成の重要性が語られるけれども、社会に出てからでは遅いと思われることがたくさんあります。それでも経済界が学校教育のことに深く口出しをしたりしない。小学校や中学さらには高校まで教育のことは文部科学省や自治体の教育委員会が専門的に行っていて、外からよくわからない。子どもを学校に通わせている時におかしいと思っていても教育委員会や学校にモノ申せば子供に影響が及ぶし、手間をかけて何かをやろうとしてもあっという間に子供が大きくなって部外者になってしまいます。

社会の問題の多くが子供のころからの教育についても考えると教育問題を考えることで社会問題の解決の糸口が見えるように思うけれど、そこをみんなで考えられないのはおかしい。教育については、白井さんのように小さいけれどインパクトのあることをやっていくしかないんでしょうか?

2012年1月15日 (日)

「創発的破壊 未来をつくるイノベーション」米倉誠一郎著

個々の小さな行為の総和が創造を超えたパワーや結果を生むことを「創発」という言葉で表現し、この創発が世界を変える力になるという説明から始まります。
閉塞感が溢れているいまの日本で、私たちはどこからか強烈なリーダーが現れ、私たちを導いてくれると思っていないでしょうか?
社会の到るところがうまくいっていないことについて、それぞれの現リーダーを批判し、リーダーが駄目だからもうどうしようもないと思っていないでしょうか?
しかし、いまや個々人の小さな行動が例えば、ツイッターやフェイスブックを使って増幅され、大きな動きになることだって可能。それは中東やチュニジア、エジプトで起こったジャスミン革命に象徴的に表れています。

リーダー不在を嘆くことで、あるいは現リーダーの無策を批判することで、自分が何もしていないことを忘れようとしているのではないか?
著者は創発的破壊が起こることを信じて、一人ひとりが行動することを求めていて、本の中では、歴史を振り返りつつ、現に行動をしている人について、今後のことについて非常に前向きに語っています。ですからこの本を読んでいるとうまくいかない現状をいつまでもぐずぐず批判したり、評論したりしていることが非生産的で、意味のないことのように感じます。

若い人たちが世界とか日本とかのこだわりなく、自分がやるべきことややりたいことをどんどんやっていることが紹介されており、若い人の心配をしている場合ではなく、自分たちは自分たちのことを考えていかねばならないと気づかされます。

中身は著者自身が「戦後復興の視点、ソーシャル・イノベーションの視点、高校生教育の視点、世界から学ぶという視点、明治初年度における国創りの根幹という視点から多面的に検討してきた。」と書いているとおり、多岐にわたっていますのでうまくまとめきれませんが、ハッとしたところをいくつか引用させていだたきます。

「「いい成績をとって、いい大学にいく」というのは従来の考え方です。「安定した殻から出たくない」、たしかにそうです。職についていると天国で、外は地獄のように見えるでしょうが、人生はそんなものではないのです。
私は銀行家になって好きなことをしています。好きなことをやっていれば、二十四時間働いていても苦にならないはずです。そういう社会が、今までできてこなかったから、「今の職を辞めれば、あとは闇」と思ってしまうのです。でも飛び出してみれば、成功もあれば失敗もあるけれども、どんどん先が続くのです。」(グラミン銀行の創設者ムハマド・ユヌス氏の来日記念セミナーの中でのユヌス氏の発言)

「「今の若者はだめだ」という大人は多い。しかし、若者は社会の鏡だ。
大人がふやけていれば、彼らもふやける。大人が縮こまれば、若者も縮こまる。しかし、大人がチャレンジを与えれば、与えるだけ彼らは伸びる。大人が日本ばかりを見ていたのでは、内向的な若者が育つばかりだ。・・・」

「・・日本の経済発展を支えたものは「六五年にわたる平和」だったのではないかと思うに至った。たしかに、すぐれた産業政策や企業システムは重要だった。しかし、日本が謳歌できた六五年にわたる永き平和こそ、日本の奇跡的経済発展の礎だったのではないか。・・」
「平和はよほどラッキーでなければ「代償」なしに手に入れることはできない。その「代償」とは、自分たちで守る、誰かに守ってもらう、あるいは経済や外交手段を通じて均衡点をつくる、そうした努力をさす。
おそらく、1970年以降日本人は徐々にその意識を失っていったのである、いわゆる「平和ボケ」である。」

「いまの時代にあってカリスマ的リーダー待望論は敗北主義である。そんなリーダーを待つのではなく、一人ひとりが変革の主役となれることに二十一世紀の意味がある。」

「ベンチャー企業が力を発揮するのは、社長をはじめ社員全体が会社に対して当事者意識をもつからである。すべての会社がこうした当事者意識に支えられたならば、世界はもっと良くなるはずだ。」

著者の米倉誠一郎氏は、一橋大学イノベーションセンター教授です。
日々大学で過ごされるだけでも社会に貢献されており、私たちはそれで十分じゃないかと考えます。しかし「日本元気塾」を数名の方と立ち上げ、日本を背負うべき人を育てておられるなど、大学の外でも活発に活動をされています。

本からも熱い想いが伝わり、自分も何か一歩を踏み出す、日々の繰り返しではなく毎日少しでも前に進むような一日を送らねば申し訳ないような、いえ、損をするような気持にさせられました。

堅いところばかり引用しましたが、グラミン銀行を始め、旭山動物園や日本理化学工業など事例がたくさんあって幅が広く飽きずに読める内容です。私は電車の中でも人の目を気にせず夢中で読みました・・

2012年1月12日 (木)

新しい日本へ大きな流れを感じます

一橋大学イノベーション研究センターの米倉誠一郎教授の「創発的破壊 未来をつくるイノベーション」を読んでいます。
いままでいろんなものを読んできて、話を聞いて、テレビを見て感じていたことがこの本のなかでも語られていました。
非営利活動やソーシャルビジネスについていやになるほど聞いて、それ自体は一時的な流行のようなところもあると思っています。
しかし、日本全体、ひょっとしたら世界全体なのかもしれないけれど、感度が高い人から新しい価値観が創られているような気がします。
たくさんお金を稼いで、モノを次々に買って満足するのではなく、もっと頭の芯からがっつりと満足を感じることに意義を感じたい。
人の役に立って、自分がやったぞ~と思う感覚、感謝をされてやって良かったと思う感覚などなど、味わいたい。

日本中で、たくさんの人がそんな気持ちになっているんじゃないかとこの本を読んでなぜかそう感じました。

2012年1月11日 (水)

視線はお金より社会へ

1月1日から始まった日経新聞の特集「C世代駆ける」も今日で9回目です。若者を語るにもいろいろな切り口あるんですね。
さて、昨日1月10日1面からの続き記事の3面の記事は、シンクタンクソフィアバンク副代表藤沢久美氏のインタビュー記事でした。
そのなかで「若い人はその時代に足りないものに対してハングリー」というのはなるほどと思いました。

「今の経営者や管理職の人は若い時、お金やモノに対してハングリーだった。」けれども「今の若者は共感や社会を良くしたいとの想いに対してハングリーだ。」
「上の世代が「若者に元気がない」と感じるのは、自分たちがかつて渇望したものを今の若者が求めないからだ。」

必ずしも100%賛成できないけれど、そういうところもあるのかなとも思います。

「若者とシニアは対立構造でとらえがち。若い人とシニアが交流する場をどうつくるかが、日本社会の課題だろう。」
「政府や自治体では社会保障を支えきれない。これからは利用料と寄付で運営される小さな社会起業が広がり、福祉を回す分散型社会の時代」
等の発言もあります。

若者がシニアと交流する場を作る必要があって、政府や自治体に代わって社会起業で福祉を担う。

右肩上がりの経済成長に価値を感じず、それよりも社会課題の解決に取り組みたいと考える。
いまの経営や管理職世代、40代後半以降ぐらいでしょうか・・その世代が好きな日本が世界のなかで何番目とかいうことに価値を見いだしていないでしょう。

元気がないと言われる若者が変わるのではなく、私たち年配層の考え方、価値観が変わったら、今までとは違う日本が見えてくるのかもしれません。

2012年1月10日 (火)

「続ける力」伊藤真著

「仕事・勉強で成功する王道」という副題がついています。最後まで読んでみて果たしてこの副題を著者は気に入っているのだろうか、ちょっと違うなと思っているのでは?と感じました。

「伊藤塾」、司法試験の受験指導をしているいわば司法試験の予備校。この本を読むまで著者については、法曹界の人材を量産している学校の経営者、自ら法律に携わるより事業を選んだ方、庶民とは無縁の成功者というイメージでした。
でも実際は、法律家を誕生させる仕事こそ、自分の仕事と考えられ、試験に受かることではなく、その先の法律家としてあるべき人材を育てることを考えておられていて、そのことを語るくだりは、自分のやるべきことを知り、それを実行している方に共通した情熱を感じました。

続けるためのいわばハウツー的な前半よりも第6章「ピンチを切り抜け、事業を続ける」以降の事業や想いを語ったところで、続けることについて考え、自分も自分のやるべきことを続けていきたいと思いました。

何をなすにも続けなければ始まらない。当たり前ですが当たり前ができない。

一時の想いで何かを始めて、その情熱が冷めた時、それでもやり続けられるか・・やり続けてこそ、最初の想いが叶うんでしょうね。

2012年1月 8日 (日)

参考になるサイト

参考にさせていただきたいサイトを見つけたので、備忘のために掲載します!

2012年1月8日日経新聞の新刊紹介で見つけたサイト

グリーンズ

Facebook で教えていただいたサイト

空想生活

2012年1月 7日 (土)

活動を発信していく

社会問題に取り組む団体や個人は非常に多く、それぞれ熱心に活動されているのはデータやメディアのニュース、そして実際に会う人から知るところです。

しかし、それぞれの活動が対処療法に終わっていないかと感じています。

例えば定期的にイベントを開催する。例えば助けを必要とする人たちのところにでかけていく。
それ自体とても意義のあることだと思います。自分が出かけて行って困っている方のお手伝いをする。そのことは困っている方にとって必要なことだと思いますし、支援をする側も間違いなく役に立っています。

自分の余暇時間を社会活動に使いたいと思っているだけならそれで十分だと思います。

しかし、自分はこの分野でこういう支援をして、将来的にこういうふうに現状を変えていきたいというビジョンを持っているのならば、何らかの想いがあって団体を立ち上げたり、活動を始めたならば、何のために活動をやっているのか、いまどういう活動をしているのか、これからどういう活動をしていくのか、さらに現状を知らない人のために現状を知らせていくとか・・情報発信が必要だと思うのです。

広く自分の意見を表明することは、SNSのつぶやきであっても勇気がいるし、批判を受けるリスクもあります。
継続的に意見を言い続けることで、考え方もある程度わかってしまいます。

しかし、お金も体制も貧弱な活動では、個人で動いて変えられる部分は非常に限られています。

ですから自分の想いを伝えて、賛同者を増やして活動を広げていくことが大事だと考えます。
現状の問題点をついた活動であれば、必ず同じように考えている人はいるはずです。

自分の認識不足なのかもしれませんが、各活動団体の情報発信が不足しているように感じるのです。

民間企業の経営者が常に社内に自分の考え方を発信しているように、活動主催者や想いを持って活動している人は考えていることを発信していく。民間企業経営者が動かすのは社員ですが、社会活動をしている人が動かすのは社会の中の同じような想いを持つ人だから、さらに広く発信が必要かもしれません。

そう考えた時に、情報発信の方法として

SNSで発信しても日々情報が流れていて、活動の全容はずっと追っていないとわからないし、ブログだと始めからその活動に関心を持っていないとなかなか見つけてもらえない。

公的機関が運営しているサイトやイベントで情報発信するというのは、知名度や信頼性の面で効果があるかもしれないけれど、たくさんの活動を知らせるというのが目的だから、一つの活動を継続的に発信するのは不可能です。

それで、そうするとひょっとしたらNAKAKIRA(ナカキラ)の中でそれがうまく実現できるかもしれないと考えております。
「子育て・教育・人材」「仕事・産業」「健康・医療・介護」等、6つの分野で、個人が議論をするとしていますが、そこに既に活動で成果を上げてきた方々が意見や情報を書きこんでいただく。ホームページだったら、情報が一か所に集められるので、多様な情報を一か所で見ることもできます。

そんな場にならないかな、そんな場にしたいと考えています。そのためにはどのようにページを作っていくか?つべこべ言ってないで作業ですね。

2012年1月 6日 (金)

変化を求めるDNAがなくなった? C世代駆ける(5) 政治を取り戻せ~2012年1月6日日経新聞朝刊から

次世代を扱った日経新聞の連載「C世代駆ける」、朝チラッと見たら今日は政治の話のようでした。気になったのですがゆっくり聞を読む暇がなく夜になってやっと読み始めて、言いようのない不安を感じました。

若い方が政治に関心を持ち始めたのは頼もしい限りです。しかし、記事にある国家予算コンテスト「未来国会」で優勝した東大・早大チームが出した案が、”卒業後10年間は新卒扱いとし、その間に3つの業種を経験するリベラル・ジョブ制度”。

そんなことを国家の政策として求めるのか? 
「働き方の幅を広げ、経験を新たな発想につなげる」とあります。新たな発想を生むような働き方の幅が欲しいのなら、自分で手に入れればいいのでは? 自分を磨きたいのなら自分でやればいい。卒業して10年間、自分で3つの仕事を渡り歩けばいい。
制度化するのは、そんな経験をしていたら、いまの日本では自分だけが遅れてしまうから、みんなでやろうよってこと?

厳しいことを言って、若い人たちのやる気をそぐつもりはまったくありませんが・・

かつて私よりちょっと上の世代、学生運動華やかりし頃、社会主義体制を目指す人たちがいました。
現体制に納得がいかず、新しい体制構築を目指した人たち。自分たちがどうこうというより、社会全体に不満を持っていて、目指すべき社会があった。
現在を壊して、新しいものを創る。いまの否定と創造。
かつての若い人たちは、うまくいっていない今を壊して新しいものを創ってやるって気持ちが、誰にもあったように思います。

それがいまや政府に若者の制度を作って「もらう」こと求めていて、それを何の違和感も感じない。

雇用や社会保障制度を提言ってありますが、雇用の確保や社会保障制度っていわば保険のようなもの。なぜ保険が必要かというとリスクある行動をとるから。
若者が雇用や社会保障制度を議論していることは、リスクを伴う行動を起こす前に保険のことを一生懸命話しているように感じて、違和感があります。

将来の生活の安定はとっても大事なことだと思います。そう思うけれど、若者が若者のうちに議論することなのか・・
議論すべきは、単に社会保障の問題ではなく、弱者が安心して暮らせる社会を築くためには何をすべきかということでは?

若い方にはこれから自分が生きている社会全体のあり方を議論して欲しい。

政治に関心を持ち始めた若い方はきっととっても一生懸命だと思います。優秀な人たちなんだと思います。

でもそんな人たちが、いま自分たちが議論していることが、大きな問題のほんの一部分にすぎないことを理解していないのではないか?

制度を作り込んでいくのではなく、大きな変化を求めていく。そのきっかけになるのが若い方の行動であると思います。
いまこそ変化を求めるどうしようもない焦りに似た若者独特の気持ちが求められるのだけれど、いまの若者は安定を求めている?
若者から変化を求める気持ちが失われたのでしょうか?

頼みの綱は若者なのに・・

日経新聞さんには申し訳ないけれど、ひたすら今日の日経の編集がまずかっただけだと思いたいです。

2012年1月 5日 (木)

「弱者99%社会 日本復興のための生活保障」宮本太郎+BSフジ・プライムニュース編

編者がBSフジ・プライムニュースのとおり、「プライムニュース」の連続提言企画に基づいた本だそうです。
序章「同時多発不安」を超えて、第一章経済成長と両立できるか、第二章現役世代をどう支えるか・・と続きますが、弱者99%社会と大仰なタイトルの割にはおとなしめだなと思っていたら、鼎談形式の各章に登場される方々に政治家の方が多い。

政治家の方々は、自分がやりたいと思うことを実現できる権限なり、ブレーンなり、場合によっては財源を得ることだってできるわけで、新書版の本の中で、ああだこうだと言っているんだったら、実際にやればいいじゃない?って思ってしまうんですねよ・・どうしても・・

それはさておき、いろんな意見を偏りなく知って自分なりの考えをまとめるために、まあ読んでおいてもいい本かなというところでしょうか。。

2012年1月 4日 (水)

視聴者参加型番組みたいな事業創出

仕事始めでした。
通勤途上で小さな子供連れの帰省客に会って、必要以上にお正月を感じて「今年こそ」モードでした。
(事務所は年初めイベントみたいなものはな~んにもありませんでした・・淡々とお仕事・・)

それで、ひとり新春の私は、いつもは往路でへたって、復路はバスで帰宅のところ、片道20分の駅と事務所間を往復歩いて・・

歩けばボロ脳でも活性化して、いろいろなことが頭に浮かびます。

以下、浮かんだこと・・

結局、結果は自分がやりたいと思ったことをできればいいのであって、それが社長さんであろうが、一担当者であろうが、いいじゃない。やりたいことないのに肩書きにこだわっているのってかなり意味がなくなってきている気がするなあとか・・

昔は人脈人脈と言って、お酒の付き合いとかゴルフとか時間外、休日返上だったけど、これから先はSNS等を使って、いままで面識がない人ともコラボしたりする可能性って高まるような気がするなとか・・

そうすると子育てで余暇を仕事に当てることができない人たち(いまは女性が多いけど)でも、独自の人脈って築けるよねとか・・

さらにそうなるとSNSとかブログとか、ネット上の発言のクオリティ高くないといけなくって、それってネットの中で信用を築いておかないといけないってことかなとか・・

そうすると結局、ネットで発言してそれを読んだ人を感心させるくらいのものを書けるくらいの努力をしないといけないよねとか・・

なんてたわいもないことですが、

そのほか・・

社会や地域の課題を解決するために、あるいは多くの人に支持される商品・サービスを創るために

一つの事業(あるいは商品・サービス)を素人が提案して実施する(あるいは創造する)ってこともあるかな。
すごい一人のプロがどんどんヒット作を出せればそれはそれでいいけれど、

よくテレビであるように視聴者が面白い投稿をして、その一つ一つが秀逸で、それを楽しむことで番組が成り立っている視聴者参加番組があるように
ある分野、ある事業に思い入れを持った人がアイデアを出して新しい事業(商品・サービス)を創るってことがあっていいかもしれない。

その人が継続的に質の高いアイデアを出すのは無理かもしれないけれど、その人が出したたった一つのアイデアが社会の課題を解決するなら、大いに意味があるんじゃないかな?

素人が偶然思いついたアイデアを形にする。そんな場があっていいんじゃないか・・・

これも歩きながら考えました。この考え、どうですかね?

2012年1月 3日 (火)

非営利活動の日経新聞的注目度

本日1月2日の日経新聞を見ておりまして、1面のシリーズもの「C世代駆ける」の「選んだ「七色」キャリア」と2面社説こちらもシリーズになっておりますが、「転換期日本 変化の芽を伸ばす(2) 「民」と「民」が支え合う強い社会に」という2つの誌面が気になりました。

まず、「C世代・・」ラーニングフォーオールややNPO法人クロスフィールズ代表、マザーハウスの副社長等が登場していますが、テーマは企業だけに限らず、NPO等も視野に入れて転職を行う人たち。初めて就職した時点で例えば3年後などの近い将来の次のステップを考えて働いている人たち。
記事は「転職や独立を前提とした働き方はかつて”腰かけ”と批判された。それがキャリア形成の通り道と考える世代は増える。」と書いています。
キャリアを高めて何を目指すの?と問いかけたくなるになる私ですが、そこは置いて、キャリアを高めることを目指す人たちが非営利組織で働くこともその選択肢と考えているのであれば、社会の問題を解決したいと活動している組織で、優秀な人材が欲しいと思っているところは、この人たちを惹きつけない手はないよねっと思うのです。

お金はたいして払えないけれど、キャリアアップにつなげる仕組みを持っている。他では経験できない働き方ができる。それを強みとして人材を確保するというのもあり・・ですね。

それから、2面社説。どこでもお目にかかる論調の社説ですが、数は少ないけれど企業や非営利団体の活動紹介があること。この例をスクラップしておけば、そのうち他の情報と組み合わせておもしろいことが思いつきそうな・・非営利の活動が注目を集めてメディアに載ることが増えているんで、面倒くさがらず集めれば、自分が解決したい社会問題のヒントを得られるのでは?と考えてます。

とにかく、昨年来非営利・ボランティアに注目が集まっておりまして、特に日経新聞社は結構この分野に力を入れて取り組んでいるような気がするんですけれど、どうですかね?

2012年1月 2日 (月)

日本にベンチャー企業が生まれにくいことを考えてみた

日本の経済を元気にするために、ベンチャー企業がどんどん出てくることが必要とはよく言われますが、日本ではなかなかベンチャー企業が出てこない。
その原因は、支援体制が整っていないことだとこれまたよく言われます。
しかし、その前に・・・
自分自身が企業を起こすなんて気持ちになる人が少ない。企業を起こすなんて無理!…そういう環境がバッチリ整っているんじゃないかと考えています。

まずは、家柄。厳密には家柄とは違うかもしれませんが、親がお金持ちとそうでない人、親が社会的ネットワークを持っている人といない人。
親と本人は基本関係がありませんと言われそうですが、事業が失敗して最後に親が手を差し伸べてくれる可能性がある人の方がやはり強いと思うのが普通の感覚。特別な才能に恵まれている人はともかくとして、普通の人が事業を始めて、当たるかどうかはまったくわからないとしたら、最初のスタートラインでお金やネットワークの環境があるってことが強みで、逆にないのであれば、それこそ支援体制が整っていないのだから、よほど大きな決断、覚悟が必要になって、その時点でやっぱりベンチャーって無理よねってなりそうに思います。

それから事業を考えだす頭脳及び行動力を育ててきた環境。学歴なんて気にする必要はないと言われる場合もあるけれど、やはり世間でいいと言われる大学に行っている人の方が当然、若い頃から勉強をしてきていて、斬新な事業を生み出す可能性が高いとみんな思っている。
最近の20代以降の受験環境を知らないけれど、いまの40代、30代の世代は見事に偏差値で「科学的に」進む大学が決まっていて、その時点で自分の遠い将来までおおよそ見えている。だからそんな人たちが自分は優秀でもないし、自分の能力って、人生ってこんなもんだから起業を起こすなんてとんでもないとなってしまう。

お金の問題以前に、大多数の人を自分ってこんなもの、無理したって結局は最初のスタートラインが違うんだから自分が何かできるはずはないって思わせる環境が整っている。

それでそれから・・・日本はベンチャーが起こりにくい土壌です、と言ってしまわず、じゃ何をしようかと考えると・・

家柄がない人でもお金とネットワークを保障して上げる仕組みを作る。

人生って偏差値(頭の良さ、勉強のでき具合)も大事だけれど、それがなければ絶対ダメってことはなくて、現に学歴がなくても、学校の勉強はできなくてもこれこれっていう人が成功していて・・と成功体験を伝えることと成功している人たちの要因って何なのかを考えてみて、その要因がわかったら、事業を始める人たちの行動にとり入れていく。

以上、自分の考えていることがまったく見当違いであったとしても・・私のようにみんなが自由に、過去の結論にとらわれることなく、自由に発想して自分なりに答えを見つけ、ベンチャー起業家が生まれる土壌を作っていく。

ベンチャー起業を生み出しさえすればいいから、そんな回り道をいちいち考える必要はないかもしれませんが、本当にベンチャー起業家たちが日本に必要で、それをこれから日本で生み出したいと思うのなら、なぜいままでベンチャーが生まれてこなかったかをしっかり考えて、その結論らしきものを導くことも必要かなと思うのです。

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年~P.F.ドラッカー「非営利組織の経営」を引用して

明けましておめでとうございます。2012年が始まりました。

新しい年、気を引き締める意味でドラッカー教授の「非営利組織の経営」から引用を

「・・非営利組織は、政府や企業とは違う何かを行う。
企業は財とサービスを供給する。政府はコントロールする。企業は顧客が買い、払い、顧客のニーズが満たされたとき役割を果たす。政府は、自らの政策が意図した成果をもたらしたとき役割を果たす。非営利組織は、人を変えたとき役割を果たす。非営利組織が生み出すものは、治癒した患者、学ぶ生徒、自立した成人、すなわち変革された人の人生である。」

NAKAKIRA(ナカキラ)も非営利の組織(組織とまでは言えないかもしれませんが・・)。

社会や地域で企業や公的機関が目を向けていないところ、見逃しているところを見つけることで社会や地域が持つ問題を解決できればと考えておりますが、ドラッカー教授が書かれているように、私たちが動くことで人が変わるなら、それはとても素晴らしいことだと思います。

しかし、欲張らずにまずできることを・・

ドラッカー教授のこの「非営利組織の経営」を始め、非営利活動、NGO、NPO、ソーシャルビジネス、ボランティアなどなどに取り組んでおられる方々の著作、お話、活動そのものを参考にしつつ、

私たちは何をすべきか、何を目指しているのか・・そんなことをつねに考えつつ、かつしっかり足元を見つめて、少しずつ前に進んでいきます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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