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2012年2月

2012年2月28日 (火)

社会貢献花盛り

2月27日の日経(朝刊)は社会貢献の記事がてんこ盛りで、1,2個見つけるうちは、ふむふむだったのですが、4つもあると逆にちょっと考え込んでしまいます。
最近やたら社会貢献とか地域活動とか、はたまたソーシャルビジネスとか言われていますが、やたら言われる状態になった時は、ちょっと引いて、冷静に、「ほんとうかな?」って考えてみないといけないように思います。

さて、見出しだけをみると

振興・中小企業欄「ソーシャルビジネス 担い手は20~30代」
キャリアアップ欄「MBA・法科から裾野拡大 大学院に通い仕事の壁克服 街づくり・知的財産・・問題解決力磨く」
法務欄「「プロボノ」企業法務生かす 振興ファンドやNPO・・・公共性高い事業に助言」
地域総合欄「県庁・役場、人材の宝庫 公務外の地域活動広がる」

掲載されている場所からわかるようにそれぞれ視点は違いますが。。。

本当に最近、どの新聞、雑誌、はたまたテレビを見ても多くって、それはとてもいいことだけれど、本業があまりぱっとしないんでマスコミネタとしては見栄えがよくないとか、取材を受ける側、すなわち日本人が本業から逃げているんじゃないかなって穿った見方をしてしまいます。

それはともかく、中身がそれぞれ気になるので、それは次回以降に。。

2012年2月25日 (土)

情報を共有し、咀嚼し、自分を高める

ドラッカー教授の「明日を支配するもの」の中に「情報が仕事を変える」という章があります。
その中で外の情報を手に入れることについて、次のような記述があります。

「実は、非営利組織でボランティアとして働くことは、第二の人生の準備として重要なだけではない。外の世界の情報を得るためにも、同じように重要である。
すなわち、外の世界の人たち、他の職業の人たち、違う種類の人たち、別の知識、価値観、視点の人たちが、どのように世界を見、行動し、反応し、意思決定をするかを知ることができるからである。
すでに立派な仕事をしている人たちが、さらに勉強するための継続教育が、今後重要度を増すに違いないのも、同じ理由からである。
なぜならば、そのための教室には、企業の幹部、弁護士、大学の事務長、牧師など、すでに知識労働者として実績のある四十五歳前後の人たちが、違う背景をもち、違う価値観をもつ人たちと一緒に勉強しなければならないからである。
まさに、そのような教室は、自らの知識を新しくしてくれるだけではない。外の世界の情報という、彼らが真に必要としているものを手にいれさせてくれる。」

日々仕事をしていて、必要だと感じるのは、”異なる視点”。
大学を卒業して、ずっと同じ組織で働いてきて、同じような組織風土の中で、同じくらいの能力だろう人たちと一日の大半を過ごして・・
その世界だけの価値観でモノを考えるようになったら、とても偏っていると思うし、せっかくの人生がもったいない。

ドラッカー氏が言うように、例えばボランティア、例えば社会に出てからまた学校に通う、そして子育てだって、近所づきあいだって・・
自分の組織の論理とはまったく違う論理に出会う。それを最初に否定することなく、受け入れようとする、あるいは自分の論理とすり合わせをする。その過程で自分の視界が広がる。

広がった視点で自分の組織、仕事を見直せば違ったことが見えてくる。

その繰り返しが自分を高める。

だから・・完全に二足のわらじを履くのはきついから、みんなにちょっとだけボランティアできる場を提供する。そんなことができないかと日々考えています。

2012年2月19日 (日)

「地域づくり」という言葉に違和感

今日は、「ふるさとがえり」という映画を佐賀県基山町の町民会館で見てきました。
タイトルのとおり、ふるさとがテーマで映像が綺麗な映画でした。
映画の中で頻繁に出てくる”地域を自分たちが守る”という言葉が、地域振興の映画だと先入観を持って見ている自分にはちょっと耳についたのですが、実はこの言葉は映画の中であまり重要な意味を持っていないようで、また地域振興の映画でもなく、後半はすっぽり映画になかに浸らせていただきました。
ところで、映画の中に出てくる消防団の強制的な集まりや妻たちの炊き出しなど、個人よりも地域のつながりを大切にしている様子を見つつ、一見美しいようで、実は息苦しい環境がふるさと=田舎にはあることを思い出しました。
美しい自然とそれとは裏腹の人間関係、そんなものをひっくるめてそこで生まれ、そこで生活している人たちがそこを守っていることなど考えました。

そこにあるからあるがままに受け入れ、淡々と日々を送っていく。それが地域の生活だと感じました。

そうするとあくまでもそこにいる人がその地域をどうしたいかを自然に考えるべきであって、いま役所が中心となって取り組んでいる「地域づくり」って間違いではないかと感じました。
そこに住む人を置き去りにして、計画的に地域を作っていく。地域はそこにあるものであって、つくるものではない。
なんとなく役所が地域を担わなければいけないような感覚があって、役所主導で地域を活性化させていくべきと考えていました。
しかし、映画を見つつ、そして映画を見に集まった基山町の方々の純粋に映画を楽しんでいる様子を見つつ、「地域づくり」という言葉に違和感を感じました。
この言葉が地域の主役たちから、地域を奪っているような気がしました。

ひょっとしたらずれてるかもしれないけれど、この感覚、大事にしたいです。

2012年2月16日 (木)

「農家は経営を語る 農業生産法人さかうえ社長 坂上隆氏」日経ビジネス2012.1.30号

ちょっと古い記事になりますが、日経ビジネス1月30日号に農業生産法人さかうえの坂本社長の記事が載っています。
農業についてちょっと調べておりまして、目に止まり気になって保存しています。

人間が生きていく上で「食」というものは絶対必要なもので、その必要不可欠なモノを生み出す農業という産業は、本来であれば有望な産業であるはずですが、戦後経済が成長する中で大幅に従事人口を減らしております。
それはこの産業が自然を相手にしており、生産性の向上に限界があること、農業行政の迷走など、農業が持つ本来の特性や日本独特の問題など様々な原因が重なったいるのだと思います。

しかし、近年多くの企業が農業に関心を示すように、また個人が農業分野で働くことに関心を示すように、これからの社会に必要な産業として見直されるだろうと思います。

この記事の坂上さんはたまたま農家に生まれ、農業ができる環境を始めから持っておられました(農業外から参入するということがまず制度上難しい)が、自ら農業を選んで、自分の農業を作っておられます。
他とは違うから雑誌に取り上げられるのですが、手元にあった1000万円を使って全国を飛び回り、各地のセミナーや講演会に通えるだけ通ったことや地元企業の方の話を聞いたことなど、この方の行動は、自分がやるべきことに行き詰っている者にヒントを与えてくれます。

家業として与えられたものを単に与えられたものとして考えずに自分なりのものにする。この記事の最後の見出しは「社会の公器になりたい」ですが、自分のものにした事業で自分だけが潤うのでなく、地域経済の活性化についても考えていく。

坂上さん、坂上さんだけでなく積極的に農業に取り組む人、いわゆる篤農家と呼ばれる方々について、社会・地域の問題に取り組む者はちょっとウォッチしておいた方がいいかなと思っています。

2012年2月11日 (土)

”熟議カケアイ”を「「統治」を創造する 西田亮介、塚越健司編著」で見つけました

私が管理人をしておりますNAKAKIRA(ナカキラ)では、みんなが困っていることについて、みんなで議論をして解決策を考えていく、解決策を実際に事業や行動として形にして行くということをやりたいと考えております。
NAKAKIRA(ナカキラ)

そこで同じようなことをしているサイトやその他の活動を見ておりますが、サイトでの議論や意見交換は先行事例はたくさんあって、とてもお金をかけていたり、著名な方々が議論に加わっていたりと感服するものばかりです。

しかし、まだまだ問題点の指摘や評論集的なものに留まっているものが多いかなとも感じております。

さらにいろいろ調べてみたいと思っておりますが、本屋さんで「「統治」を創造する」という気になるタイトルの本を見つけて、また表紙に書かれていた「新しい公共」「オープンガバメント」に、これはもしかしてと読んでみました。
本自体は複数の方がいろいろな視点からテーマを語っておられ、自分の頭では整理ができなかったのですが、その中で「熟議カケアイ」という文部科学省のサイトが紹介されており、このサイトに興味を惹かれました。
第1部「統治とは何か」の第2章「eデモクラシー2.0」の中にあります。

この章を担当された谷本晴樹氏によると日本全国で電子会議室が設けられていたけれどもうまくいかず閉鎖したり、ほとんどコミュニケーションがとられていない会議室も数多く見受けられるとのこと。「箱」を作るだけで駄目だとも。

それから「熟議カケアイ」の紹介があるのですが、
「明確で分かりやすい目標を掲げている」こと、ネットの熟議と、実際に対面して熟議を行う「リアル熟議」を組み合わせているところが特徴的としています。

「まず、政務三役が教育政策に関する検討課題を設定する。そして会員登録をした関係者が、「熟議カケアイ」に参加し、議論をする。約一ヵ月間の熟議を実施し、その後、政務三役は得られた意見を参考にしつつ政策形成を行うことになっている。」
ここから実際に予算の概算要求に反映されたものもあるとのことで、「政策形成の担当者が参加していることは、参加者に大きなインセンティブになろう」と筆者も書いておられますが、まさにそのとおりですね。

「これまで自治体における電子会議室等の試みがうまくいかなかったのは、参加して意見を述べても「ご意見拝聴」に終わっていたことが一つの理由でもあった」と筆者は言います。

残念ながら現時点では「熟議カケアイ」でのネット上の議論が行われておらず、議論の様子はわかりませんが、ナカキラにとってはとても参考になるサイトだと考えてます。

2012年2月10日 (金)

「日本経済 起死回生のストーリー」ロバート・アラン フェルドマン、財部誠一著

対談集です。日本経済というより、日本社会を建て直すために考えるべき項目について頭出しをしてくれているような本だなと感じました。
基本的な考え方は同じようですが、必ずしも「そうですね、そうですね」となっていないところ、「そこはそう思わないけれど」というのがあって両者の視点から自分はどう思うかを考えられます。

グリーン・テクノロジーの話やアジアの急成長を取り込む戦略などなど、この本を読みつつ自分なりの考えをまとめるのも面白いと思います。

「子ども手当」より「留学手当」なんてことが書かれてます。

2012年2月 9日 (木)

中高一貫校への違和感

数日前にたしかNHKニュースの小特集だったと思うのですが、公立の中高一貫校が増えているという話をやっておりました。
子どもさえも既に中学校、高校に縁がなくなった者にとってはもはや切実な問題ではありませんが、中学の時に受験を終わり後は6年間中学、高校で分かれていることで二度手間になっていたことがなくなって余裕を持って学業に専念できるのはいいなと思って見ておりました。

ところがそんな話ではなく、中学高校一貫して大学受験のための勉強を徹底する。
ある公立の中高一貫校の女性校長が真剣な顔で仰っていました。
「自分の学校ではどの大学にも入れるような基礎学力を身につけてもらう。自分の学校以外はすべて競争相手です。」

ものすごい違和感です。

中学・高校って大学に入るための準備をするところ??

中学・高校の先生にとっては、自分の生徒がどこに進学するか?某大学の進学率が○○%。客観的に数字が出る。
先生方が自分たちの学校の評価指標とするには明確でいいでしょう・・・

でも子どもたちは大学に入って終わりではない。

中学・高校の大事な時期にひたすら受験テクニックを学ぶ。

世間ではそれがおかしいと言っている時に、学校の中ではいまだに大学進学をターゲットにした教育が行われている?

そろそろみんなそれはおかしいって声を上げてもいいはずなのに、自分の子どもまでは今までの制度でと考えてしまう。

結局日本の教育って未来永劫変わらないのかなと思います。

日本の教育が変わらないのなら、中学生のうちから海外で過ごす。

過去に留学の体験がある人が、ちょっとノウハウを身につけて、生徒の海外留学指南をしてくれないかな・・

優秀な人だけでなく、普通の人も自分に合った教育をしてくれるところで学ぶ。
受験のためでなく、自分の知的好奇心を満たすために学ぶ。

教育こそ、大胆な改革が必要だと思うけど、改革ができなければ個人ベースで海外に出るなどのマイ教育改革を行う。
自分あるいは子どもの大事な将来を切り拓くためには、受験を目指すだけの教育に頼らないってことが大事なんじゃないかな。

2012年2月 6日 (月)

「パラレルキャリア」~日経新聞:別の自分は社会活動家

本日、お休みをいただいているので朝から日経新聞をじっくり読みました。
そこで聞きなれない言葉を見つけてへぇ~と感心しています。

いろいろ関心を持っているつもりですが、世の情報について行っていません。・・情報が多すぎて、自分で関心を持って、そこから調べて知るという方法では、追いつかないようです。
常にアンテナを張っておくことが大事なんでしょうが、疲れますよね。

さて、日経新聞2012年2月6日朝刊、キャリアアップ面。
「別の自分は社会活動家 「パラレルキャリア」若者に広がる」

パラレルキャリアとは、「経営学者のピーター・ドラッカーが著書「明日を支配するもの」などで提唱した考え方。寿命が伸びた現代では1つの組織に所属して同じ仕事をずっと続けるのではなく、社会活動などにも労力や時間の一部を割くことによって「新しい世界」が手に入れられるとドラッカーは説明している。」と解説がついています。

記事には平日は9時から21時まで働き、休日にNPOでセミナー開催をしている方だとか週3回仕事の後に筋力トレーニングをしたり、移動中に試合の作戦を考えているスポーツ選手の例が上がっています。

一見関係なさそうな本業以外の活動が本業にも役に立っているとも。

ちょっと前に「自分の専門スキルを社会貢献に活かす」=「プロボノ」という言葉を知りましたが、「プロボノ」にしても「パラレルキャリア」にしても二つのことをどちらも本気で取り組むっていうことで、まだまだほんの一部の方かもしれませんが、「近頃の若いもんは・・」なんて発想を改めないといけないですね。

仕事だけでボロボロになっていると”思っている”中高年もちょっと見習わなければ・・(もちろん、もう身体にかなりガタがきつつもピッカピカに輝いている中高年もたくさんいることを忘れてはいけませんが・・)

そうそうパラレルキャリアを志向する方でナカキラを手伝ってくれる方いらっしゃいませんか~。
まだ骨格がしっかりしていないので、あなたの意見がかなり活かされますよ(笑・・笑ってられませんが。。)

2012年2月 5日 (日)

「市民討議会」=これをネットで出来ないか模索中

本日2月5日、福岡県(九州北部かな?)地方紙、西日本新聞を読んでいましたら、
「自治体の課題"素人”が解決案 市民討議会 じわり浸透」という記事を見つけました。

市民討議会は、西日本新聞の記事を引用させていただくと
「地方自治体が抱える政策課題に対し、無作為抽出により集まった市民が少人数グループで議論し、答えを出していく・・」ものだそうです。

さらに記事には「近年、関東を中心に広がりを見せている。九州ではなじみが薄いが、・・」ともあります。
また、「市民討議会の大きな特徴は、行政が選んだ専門家や自治に関心が高い一部の住民ではなく、基本的に無作為抽出した”普通の"老若男女が話し合う点だ。」そうです。

市民討議会 ウィキぺディアから

NPOもあるんですね

特定非営利活動法人 市民討議会推進ネットワーク


ナカキラでやろうとしているネットの中の普通の人の議論(詳しくは NAKAKIRA(ナカキラ)ホームページ
議論をする人が無作為抽出で選ばれるか、サイトに訪れた人か
リアル(出かけていく)かバーチャル(ネットの中)かの違いはありますが、

普通の人が、『単に不満をぶつけるだけではなく』、解決に向けた議論をしていくところ、実際に解決に結びつけるところなどは、まさにナカキラでもやりたいことで、

ナカキラの仕組みづくりをぐずぐずしている間に、普通の人の意見を吸い上げ、地域の課題解決に活かす仕組みがどんどんできているなあ、ナカキラの考え方は間違えていないんだなあと思っております。

感心している場合ではないですが・・


 

2012年2月 4日 (土)

日本のどこが元気がないんだ!!がんばる人はがんばっている!!

昨日は節分。
小さい子どもがいない、伝統行事をやや大切にしていない我が家では豆まきは行われませんでした。
数年前までは特に夫がこだわって豆をちょっと撒いて、年の数だけ食べていましたが・・

さて、その昨日の帰り。久々にデパ地下に行くと「恵方巻き」の大セール。
日頃お寿司を売っているところはもちろんのこと、お魚屋さんの海鮮入り恵方巻き、惣菜屋さんのサラダ風恵方巻き等など。。
ここ九州だよねって、ちょっとびっくり。九州には恵方巻きの風習なかったよね。
すごい便乗にものすごいパワー、必死のパワーを感じました。

そう言えば、小さな企業さん、お店必死だよね。。
日本が元気ないっていうけど、違うよね。。みんな生活しなくっちゃいけないから。。

元気のないのは大きな企業や中堅の企業では?
国や地域の将来を考えなければいけない政治家や国・自治体の職員では?
既得権益に乗っかって、それがなくなろうとしている人たちでは?

大企業、中堅企業のサラリーマン経営陣、40代後半から50代の社員は、自分が会社を去るまでの数年間、会社が存続してたらOK?その企業が将来にわたり社会に及ぼす影響なんてどうでもいい。
政治家は自分の保身で手いっぱい。有権者は実績よりも雰囲気で選ぶから・・
財政が厳しい中で、やはり政治家の大臣や首長さんは目立つことしかやらない。公務員は雑事に振り回されて天下国家なんてどうでもいい・・
いままで補助金や有利な制度でぬくぬくとしてきた人たちは、それが当たり前だからそれがなくならないようにものすごく抵抗。

心ある個人やがんばっている企業やお店は、そんな現実に負けずにがんばるしかないですね。
生きるのに必死ということもあるけど、本当にわかっている人は淡々と我が道を究めているんだろうなって

デパ地下で感じました(変?)・・

2012年2月 2日 (木)

湯治で地域おこし

数日前の日経新聞の記事が気になっています。
「湯治で地域おこし 長期滞在・移住者招く」(日経新聞2012年1月30日)
温泉に旅行に行くとこんなところでゆっくり過ごしたいなあ~、ずっと居たらどうかなあ~なんていつも思います。
もちろん「仕事がなければ・・」って条件が大前提になってしまいますが・・

うん?そうすると仕事がなくなれば、つまり定年退職後は温泉地?
そうすると今度は費用が・・

以前にこんなブログ記事を見つけたんですが、

Chikirinの日記:日本の温泉旅館も連泊を前提に!

お金持ちに限らず、時間があったら心豊かな生活をしてみたい。

ひょっとしたら温泉よりも普段味わえない自然の方が心なごませてくれるとすれば、温泉地でなくてもいい。

この日経記事のように人口減少の中で地域振興を考えた際に、人を呼び込みたい自然いっぱいの地域なんてたくさん。

でも私はこの記事のように宿泊補助とか、何かプログラムをつけるというのより、とにかく安く心地よく、住まわせていただきたい。わがままだけどいままで住んでいた地域とのつながりを持ちながら・・

自治体中心の補助や企画は予算がなくなったら終わります。それじゃ利用する方はちょっと不安。

低コストでペイする仕組みができないかなあ~

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