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2012年3月

2012年3月29日 (木)

クーリエ・ジャポン5月号「日本の「明日」の話をしよう。」

真っ赤な地に20代、30代の7人の写真、表紙が目について買いました。

東日本大震災が起こって、その後日本人の価値観、人生観が変わりつつあるとはよく言われますが、そういう議論の中で、この7人の半分以上の名前をよく目にしました。

表紙のサブタイトルは「7人の若き"開拓者”と考える未来のかたち」

クーリエ・ジャポンの記事は短くて簡潔でいつもちょっと物足りなく感じるのですが、7人の方はそれぞれ本を出していたり、話題になっていると思いますので、それを追うのもいいかもしれません。

ちなみに自分は、最初に上がっている瀧本哲史氏の「僕は君たちに武器を配りたい」を若い人には是非読んで欲しいと思っています。

2012年3月26日 (月)

「規制産業への挑戦 変わるか日本の保育園」日経ビジネス 2012.3.26号【子育て・教育・人材】

記事を読んで、需要があるのになかなか変わらないんだなあというのが感想です。
最初の方に東京の事例として、お料理や英会話、リトミック体操を行う認可保育園の事例が上がっていますが、政府の規制緩和に加え、自治体の取り組みがないと意欲的な企業があっても保育事業への参入は進まないようです。

保育事業への企業参入を全国の自治体の約75%が制限していると記事にあります。

「なぜ自治体が企業参入に慎重なのか。背景には「福祉事業」として位置づけられてきた保育園事業を市場開放することに強い抵抗があるからだ。保育事業は乳幼児の命を預かるだけに「安全」「安心」といったサービスの質の確保が最優先となる。加えていったん始めた保育事業は継続的に続けていかなければならない。そのため効率性や採算性を重視する株式会社などの民間企業ではその役割を十分果たせないと考える自治体は多い。」

保護者に代わって子どもを預かる保育園、親はいわば自分と同じくらい自分の子に手をかけて欲しいと思うけれど、それが効率や採算という言葉と両立するかと言われると難しいかなと思ってしまうけれど、それならどうするか?

これから保育園が必要になる独身、子どもがいない世帯はまだ実感がわかないだろうし、いままさに子育てをしている世帯は保育園のあり方をうんぬんするより自分の子どもを入れる保育園が必要。
かと言って子どもが卒園してしまえば、保育園のことには関心がなくなる。

そうすると結局保育園の設置を考えなければならない行政や保育園を運営している社会福祉法人、この分野に参入したいと考えている企業等が中心となって保育園のあり方を議論することになるわけで、何か主役がいないまま物事が動いているようで、保育園は大げさに言うと、日本の将来を担う人を育てる場なんだから、若者からお年寄りまで、いま子育てに関係が薄い世代も含めて、保育園というより就学前の子どもたちが居る場所についてもう少し幅広く議論をしたいなあと思うところです。

2012年3月24日 (土)

雇用を守る~辞めずにすむ労働問題の解決方法を。。 【仕事・産業】

経済情勢が悪いので、職場環境も悪化しているようで、労働の場で起こる問題に関する相談が増え続けています。
最近、多い事例はパワーハラスメント(パワハラ)と労働契約の問題

パワハラについては、今の状況がいかに深刻か、厚生労働省も取り組みをしているところからわかります。

職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言取りまとめ

労働契約については、例えば仕事の都合で事業主の方から勝手に勤務時間を減らしたり、正社員をパートにします。従わなかったら辞めてもらいますなんていう事例。
労働契約は「契約」というように双方が合意しないと変更できません。
でも、社員の側は雇ってもらっているという意識があって、事業主には従わないと何をされるかわからないし・・と不本意な変更を追認してしまうことが多いですよね。

パワハラや労働契約の問題に限らず、職場で会社側ともめることがあった場合に、
労働相談を受ける者がまず言うのが、「会社と本格的にもめると会社に居づらくなって、辞めることになる場合が多いですよ。」ということ。
一度争いを起こしてしまうとまた同じようなことがあるのではないかと次は法に触れない方法で、その社員を排除しようとしたり、何かといやがらせをしたり・・
結局は辞めざるを得ない状況になってしまう。
(すべての会社がそういう対応をするわけではありませんが。)

かと言って、被った不利益を泣き寝入りせよとは思わない。そもそも被害を受けている社員は諦めがつかないでしょう。

そうすると労働相談では、何らかも金銭的なものをもらってその会社との縁を切ることを勧めてしまうし、相談者もそれを選ぶ傾向にあります。

でも本当は今ある仕事を失うのは大きな問題。
その人が正社員ならば特にそう思います。

人生、先が見えないから一時の状況を見てその問題を解決することだけを考えてしまうけれど、長い目で見てどうするべきかを考えないといけない。

労働相談を受ける者も会社に残れるような解決方法を考えていかないといけないのではないか?

会社が誤りを認めていくばくかの解決金が取れてそれで「よかったね」ではなくて、会社が誤りを認めてそれを改善して、社員も会社から不利益を受けてその時は許せなかったけれど、会社の謝罪を聞いて、またその会社で働ける。

今までできていないことだから簡単なことじゃないはずだけれど、会社と社員に一時的にもめごとが生じてもそれを是正して、元の状態に戻って社員が働ける。そのために解決のお手伝いをするところが何をすべきなのか・・そういう発想で労働相談を受けないといけないんじゃないかな。

2012年3月20日 (火)

安定就業ができない

やはり今日の話題は、19日に政府が発表した安定就業の割合です。

昨日や今朝のテレビで各局が取りあげているようでしたが、日経新聞では1面と5面に掲載されておりました。

「大学や専門学校への進学者のうち、卒業・中退後に就職して正社員など安定した仕事についている人の割合は48%にとどまる」そうです。
さらに「高校を卒業・中退して社会に出た人の場合、安定就業の割合は32%とさらに低い」そうです。(「 」は日経から引用)
卒業時に正社員になれなかった人も多いし、職に就けたにも関わらず3年以内に辞めた人も多い。

日経の記事は、内閣府の「雇用戦略対話」がまとめた資料の基づいていますが、将来が不安になる資料です。

内閣府雇用戦略対話 第7回議事次第

それで、この会議の資料を眺めるとキャリア教育・職業教育や雇用のミスマッチ対策が出てきて、これも今までさんざんやってきてどれだけの効果があったのかとがっかりしてしまいます。
「政府は6月をめどに若者の就職を支援する総合対策をまとめる方針」だそうですが、果たしてどれほどのものがと心配になります。

そしてまた、結局は中高年が安定した職を独占しているのが悪いということにならないよう願っています。

先日、『相対的貧困』という言葉を聞きました。いまの日本は、第二次世界大戦中や直後のようにみんなが何も持っていない時代、下手すれば餓死をする時代とは違って、確かに食べるものがなくて自宅で亡くなっておられた事例もありが、ちょっとバイトをすれば一日に必要な最低限の生活費を稼ぐことができる。これは絶対的な貧困ではなく、相対的な貧困とも呼べるものと説明されていました。

また、安定した収入を持つ親がいれば自分は稼がないでも食べていける。

そうすると仕事というものの価値がよく分からない。
会社というものが業績だけを追い求めてやみくもに走っているような状況で、なんで働かないといけないのか・・

本当はスキルや機会の問題よりも働く価値や目的、意義が見出せないのが問題ではなのではと思っています。

また企業が業績を追い求める中で、社会保険や労働保険など何かと固定費のかかる社員より非正規の社員を増やしていて、そこを止めないで、雇われる側ばかりが努力してもどうしようもないような気もします。

自分たちにとって働くってなんなんだろう、いま不安定な立場の人たちが安定した仕事に就くために何ができるか。

安定就業できない人の比率は、当事者だけの問題ではなくて、国全体の問題だから、若者でなくても危機感持って考えないといけないと思います。

それは結局は自分たちがどんな国に暮らしたいかということを考えることですよね。

2012年3月17日 (土)

主体性を持って社会を作り直す~北海道大学中島岳志准教授のインタビュー記事から

雑誌を見ていて、北海道大学の中島岳志という先生のインタビュー記事があって、「個人化する社会、不安な個人 歴史に学び、社会を作り直す。」というタイトルがついていたので気になって読んでみました。

自分が考えていたことを整理してもらったような記事だったので、ちょっと引用させてもらうことにしました。

貧困について
「今起きている貧困は、単に富の問題だけではない人間関係など、さまざまなものがどんどんと切られていく総合的な貧困」
・・”貧困”という言葉を聞かない日はないような気がしますが、確かにお金の問題も大事だけれど、それよりも金銭的に貧困に陥って、そのあと、会社や友人との関係が切れてしまうし、社会との関係も切れてしまう・・総合的に貧困になってしまう。それがもっと大きな問題・・うまい表現で問題点を気付かせてくれています。

貧困から”引き下げデモクラシー”が生まれているとあります。
「それ(既得権益を持つ人や組織)をバッシングすることによって、弱いものにとっては、カタストロフィー、ざまぁみろというような感覚と、既得権益に穴が開くことにとって自分たちにパイが回ってくるのではないかという期待がある」

それから”ガラガラポン幻想”
「一度滑り台から落ちてしまって、弱い労働者になってしまうと、上の層にキャッチアップすることがものすごく難しい固定化した社会になっています。(中略)彼ら(弱い労働者になった人)は流動化して欲しいと思っていて、ガラガラポン、グレートリセットに期待が集まっている」

そして、弱者だけでなく広い層にこの考え方が響いていると言っています。そして誰も信頼社会になっており、究極の自己責任社会になっている。そしてそんな社会がすごく大変だから「とにかくすっきりさせてくれる政治家に出てきてほしいという救世主待望論が出てきています。」

「背景には、今の日本社会の大きな不安があって、そこにみんなが吸い寄せられている、私はすごく危うい状況だと思います。」

それから、非正規・派遣の人たちに言及しているところで、

「もうあらゆるものから切り離されて、孤独、孤立の問題に直面しています。」

「自分がこの特定の社会の中で意味のある位置づけにある感覚が多くの人になくなってきています。共同体の崩壊や社会の崩壊などの崩壊状態にあって、社会的な包摂をまずは市民社会の領域でしっかりとしないといけないと思います。一つは政治の責任ですけれども、もう一つは市民社会、われわれが自分の生きているその地域などで本当にやれるかどうかという問題です。」

「自分が生きている空間で何ができるかという、意思と行動が本当に問われています。何でもいいと思うのです。人と人との新しい関係性を作る場所、居場所づくりは、いくつでもできるし、それによって救われる人が大量にいると思うのです。それはまずみんなが意思を持って行動していくことでしか進みません。」

すごい閉塞感、う~ん危機感と言った方がいいかな、その中で自分が何ができるかをずっと考えてきて、何か大きなことをしないといけないような気がいたんですが、「居場所を作る」ということなら、自分にもできるような気がします。

ただ中島先生は、日本のかつての社会で例えば青年団や何らかの組織が機能していたけれど、そういう共同体に戻れとは思っていないとも言っています。
そこは一定の価値観、ヒエラルキーを共有しなければ村八分にされてしまう社会。

ここのところ、ああそうかと思いました。いま"絆”ってことがすごく言われているけれど、いまの人って共同で何かすることを否定してきて個として行動したがっていたんじゃない。

それでいまさらつながりを求めるの?って、なぜ?って思っていたんですが、かつての共同体の中には排除の論理があったから抵抗があったんですね。

自分は、”つながりを求めるならそのつながりを維持するルールに縛られるんだよ、いいの?”って考えて、つながりを求めつつルールに縛られないなんて発想までしていなかった。

「出入り可能で、今日はたとえば趣味のサークルの仲間、明日は別の飲み仲間、商店街にも仲間がいる・・このようないくつかの関係が常に外に開かれて、いろいろな人が出入り可能になっているような、ある種のネットワーク的な、新しいコミュニティが重要で、それはいくらでもできるはずです。」

そうなんですよ。

長々と引用してきたのは、「ナカキラ」ついてすごいヒントをもらったように思ったから。

本業とナカキラと少しずつ始めてきて、自分の能力も足りていないこともあって、なかなか進まない、何からすればいいの?と焦っていたけれど、まずナカキラをまずコミュニティの一つにすること、それだけでも意味がある。

最終的にナカキラが目指しているところ、新しい事業を創る仕組みを完成させて機能させたいけれど、まずは人が寄ってくれる場所にする。そこに集中してみます。・・それも大変だけど。。

社会のために何かをしたいと思っている方、既に何かをしている方、そんな方と一緒に自分もできることをしてみたいと思っています。
タイトルのとおり、できる人が"主体性を持って社会を作り直”さないといけないと思ってますし、それができると思います。

ところでインタビュー記事、いまの学生さんの方がずっと社会の事を考えている、政治意識も高い話とか、このままだとファシズムが復活する可能性があるのではないかとか、いうおもしろい話が続いておりますが、長くなりましたのでここで終わりにします。

2012年3月14日 (水)

「学習塾+保育所」に脚光 2012.3.13日経新聞朝刊から

今ごろ記事になるのかな~って気がしています。もっと前に話題になってもよさそうですが、ありそうでなかったのかな?

「学習塾や予備校が保育所や学童保育を併設している。利用者は子供を預けながら学習や習い事の指導を受けられる。」とあります。

私の自宅の近くには小学校があるのですが、そこを休日やたまに夕方の早い時間帯に通ると小学生が本格的に野球やサッカーをやっていて、決まってお母様方が見守っておられます。
試合の遠征も親が当番で車を出したりする話を聞きます。

その様子を見ていると将来のプロは親が手をかけないと誕生しないんだなと共働きの身としてはちょっと寂しい気がします。
お金ですべてが解決するとは思わないし、親が手をかけるべきかもしれないし、親が手をかけられなくてそれでプロの夢をあきらめないといけなかったら、それはそれで仕方ないとはおもいますが、お稽古事をサポートするサービスがあれば、「親が共働きだったから、自分はお稽古事もなんにもできなかった。」なんて子どもに言わせないでいいのかななんて思っています。

また、こんなサービスにそれぞれ子どもの才能にあわせて、日本の将来を憂える小金持ちでお金を出してあげるなんて制度を組み合わせれば、子どもの家庭環境に関わらず、将来の日本を背負って立つ人材を社会で育てるなんて仕組みができんじゃないかなんて妄想を膨らませています。

人それぞれ持って生まれた才能があって、それをできるだけ引き出してあげて、誰もが自分の才能を活かして生きていける。そんなことにつながったらいいんじゃないかなあ~

この記事のサービスは、なかなか高額なので、これが今後どうなるか楽しみです。

2012年3月11日 (日)

なんでがんばるのかわからない人たちを動かなさんと・・

本日は、熊本に行ってきました。観光地にはほとんど足を踏み入れませんでしたが、それでもいるわ、いるわ「くまモン」
すご~い。でもみんなかわいかった。欲しいと思わせるものがいっぱい。
2011年のゆるキャラグランプリでグランプリを獲得して、きっとすごいんでしょうね。地元では・・

「この機に乗じて」がっぽり稼ごう気満々。

茶化しているみたいですが、そのつもりはありません。
熊本に限らず、地元で何かブームが起こった時、それを活用して稼ごうとする気持ちはものすごい。
日本が元気がないなんて言っているけれど、すごい元気じゃない。稼ぐっていうことに執着がなくなったように言われているけど、そんなことないじゃないって。。

しかし、状況をじっくり観察してみると必死になっているのは、個人で事業をやっていたり、小規模やぎりぎり中規模の企業さん。必死にならないと食べていけない、会社がつぶれてしまう。

これに対して、中堅や大企業では、出資者や世間への説明責任があって経営層はさすがにジタバタしている(中にはこれでいいのかって素人が思うくらい経営層が泰然としている企業もある)けれども、社員さんが危機感を感じていない。

何かと言えば、社員の人件費を削減してという話になって、社員が安心して仕事ができない。
組織の体面ばかりを気にして、形式を重視するようになって、事業そのものに力が入っていない上司を一般の社員が信用できない。
大きな会社だからどうせ国が助けてくれると思ってしまう。

社員さんにとってはあんまりいいことないのに、クオリティの高い仕事をせよと言われてもできるはずがない。

かつて高度成長時代、企業の社員さんたちがすごく働いていた。働こうが働くまいが給料は一緒なのに一生懸命働いた。
買いたいものがあったから、がんばって給料を上げてと思ってみんなが働いた、なんて説明されたりするけれど、自分が一生懸命働いても年功序列の賃金体系で自分の給料がそうそう上がるはずがない。ましてや社員全員の給料水準を上げるために働いていたとは思えない。

経営者じゃないからいい製品を作って一攫千金が狙えるわけではないし、いまから見ると、なんでシャカリキに働いていたんだろうと疑問ですよね。

それって、仕事そのものが面白かったのでは?

自分が働いたら、その分何か成果が生まれた。新しい製品ができたり、困難な事態が改善できたり・・何よりも過程がおもしろかった。

もしそうだとすると、ある程度給料が保障されている社員さんを給料を度外視して働こうと思わせるものがあったから日本全体が高い成長を達成できたのでは?

それはいままでなかったような製品や、多くの人を救うものだったのでは?

お金抜きに夢中になれるものがない状況がいまの閉塞感を生んでいるのではないかと思います。

働く人の大部分を占める雇用者、ここがやる気をなくしていることが問題で、ここを動かす方法が見つかったら、日本に漂っている閉塞感ってかなりなくなるんじゃないかなあ。。

2012年3月10日 (土)

地方、地域に「自立」はあるのでしょうか・・

東日本大震災が起こった3月11日が近づいてきて、テレビも新聞、雑誌もこの話題が中心になっています。
進まぬ復興をテーマに取り上げているところが多いようです。
そのなかで中央で復興のシナリオを描くのではなく、地域が主体となって復興を図っていく・・という主張はよくされているところです。

これは以前からある道州制や地域主権の議論から変わらないところでしょうが、この震災が起こって地方に住むものがわかったことは、中央から地方に権限を下ろし地方が主体となって活動をできるようには、絶対にならないということではないでしょうか。

権力は大きければ大きいほど良い。うまみがある。

災害復興という、これを行わなければ日本がどうなるか分からないという事態を迎えても地方に権限が降りることはなかった。

地方に住むものは、この1年で日本の行く末がしっかり見えてしまった。

そして、地方

中央の人たちは、「各地域に任せてしまっては、何をするかわからない。」と言います。
権力を渡したくない人たちのうまい言い訳だけれど、地方の方でもそれに反論するだけの力はありません。

地方のリーダー曰く

「優秀な人はみんな東京(中央)に行ってしまう。」
優秀って何?今地方に残っている人たちは何? 中央と同じことが地方でできるはずないって言っているようなものでは?

地方のみんな曰く
「国の支援が遅い。」「お金がないとできない。」
地方って所詮支援がないと何もできない所? お金だけが問題?

3月10日付の西日本新聞のトップは「九電、団体支援減額へ」でした。
九州の団体、それは九州経済連合会、九州経済調査協会、福岡県経営者協会、九州生産性本部、九州・アジア経営塾など。
赤字で聖域なき経費削減をしているから団体支援の拠出金を大幅に減額するのだそうです。
九電幹部の話として「地域活動の費用も見直さなければ、将来可能性がある料金値上げに対する理解が得られにくい」と掲載されていました。

九州を支える企業であるはずで、ですから九州の頭脳、九州の経営を企画し、実行する部隊とも言える団体にお金を出してきた。
記事に上がっている団体は趣味のサークルとは違います。私なら、この団体にお金を出しているのだから、経営努力をされているのだから、値上げは仕方ないって思います。単に広報下手で血の出るような経営努力が報道されないのかもしれません。
しかし、これだと減らしやすいところから減らすの発想に見えてしまう。
自社経営の見栄えのために、九州のトップ企業としての責任を放棄しているように感じてしまいます。

この例だけを取り上げてどうこうというのは間違っているかもしれませんが、地方へ権限をといいつつ、地方に本当に地方のことを考える体制、気概、人材があるのか・・

日本では中央、地方ともに「地方は地方で」と言えるだけのものがない。。
それでみんなの暮らしがハッピーだったら問題ないけれど。。

今の日本が、閉塞感から抜け出るためには、地方=地域が主体になることが大事だと思っています。
でも地方の現状のリーダーたちでは駄目かも。
リーダーなんて言葉にとらわれず、地方にいるものが動いていく。そこから新しいリーダーを見つける。リーダーが出てくる。

まずは誰かに頼らず、自分がやるって発想の転換が必要なのかもしれません。
そこから始めるのは先が長くて気が遠くなるけれど、やらないよりは・・

誰がリーダーになるかわからないけれど、今のところリーダーではない各自は各自の与えられた役割をしっかりとこなしていくことも大事かな。

2012年3月 8日 (木)

「県庁・役場、人材の宝庫」 日経新聞2012.2.27から

ちょっと古い記事ですが、「県庁・役場、人材の宝庫」副題は「公務外の地域活動広がる」
「奉仕の意識の高い地方公務員の間で、住民の期待に応えようとと公務以外で地域に貢献する動きが広がっている。」と書かれて、県職員が高齢者の人権擁護を啓発する劇団で活躍したり、難病の患者や家族を支援するNPO法人で事務局長を務めて活動されている事例が掲載されております。

地域活性化センターというところが、メーリングリスト「地域に飛び出す公務員ネットワーク」を作っており、現在の登録者数は1850人程度ということも書かれています。

自治体のトップ、首長が公務外で活躍する地方公務員を応援する組織「地域に飛びだす公務員を応援する首長連合」というものを作っていて、51人の首長が参加されているそうです。

公務員の仕事は基本、地域に関するものであり、本業に取り組むことで、地域に貢献するものであるはずですが、なかなか自分の能力を活かしてもらえていない。自分のしたいこととは違うというのがあるんでしょうね。

公務員だからといって、民間企業の方が地域活動をする際とあまり違いはないように感じるのですが、
お役所には民間企業とは違う視点、例えば公平性を考えるとか、地域の方みんながお客様であるとか、がありまして、それがお役所の悪いところと見られたりしますが、それなりに意味のあることもありまして、本業でも地域のことに取り組んでいる公務員が公務外で地域活動に加わることで、民間企業の方とは違った発想で考えるとか、逆に公務員が自分たちの問題点を気付いたりするとか、地域活動、本業ともにプラスになるんじゃないでしょうか。

但し、本業でも地域に貢献できることはいっぱいあるはずですので、本業をきちんとこなすということも大事かなと思います。
自分が納得するくらいのレベルで本業に取り組む。これがなかなかできないところでして・・

それはさておき、公務員もこういう活動をしているということで、活動に主体的に取り組んでいる人の方から、使えそうな公務員がいたら、お声をかけていただくというのも「あり」じゃないかと考えます。

2012年3月 7日 (水)

個人、家庭向けのサービス業にちょっと注目

Facebookで、この事業、いいね!になったので、ちょっとご紹介を・・でも担当している方にはちょっと申し訳ないところも・・
福岡県では、個人・家庭向けのサービス業を「新生活産業」と呼んで、この産業に資する事業を展開しています(??お役所的表現??)。→最近、「支援」という言葉に違和感を感じておりますので、微妙な表現。

かれこれ10年近く取り組んでいるんではないかと思いますが、なかなかこの名称が広がらないし、いまいち企業さんが集まらない。・・と以前は思っていました。

相変わらず名称の方は広がった感がありませんが、この分野への関心は高まっているような・・

日本社会は、少子高齢化でありまして、少ない子どもと増える高齢者。子育てや教育、介護、身の回りの雑事について、家族でフォローできないところは、有料のサービスを利用するとか。
日本の中はモノであふれかえり、はたまたモノを買って家の中をいっぱいにしても満たされないもの・・精神的な落ち着きだとか充足感だとか、あるいはお金では簡単に買えないもの・・健康とか、個人の経験とか、教養とかに関心を向ける人が増えているんじゃないかとか。

サービス業はどうしても人の手が必要な分野で、生産性が低いと言われてきて、ちょっと以前までの、大きく稼げる産業分野の振興(例えば製造業)が主流だった時は、国や自治体の産業振興策としては、あまり関心を向けられてこなかったんですが(手っ取り早く税収が増える分野がいいからね)、利用者側のニーズやはたまた雇用の面からもっと注目されていいのではないか、もっと注目が集まるんではないかと感じてます。・・もう集まってるかも。。

国や自治体がいろいろな取り組みを始めているんじゃないかな。。国やお住まい、事務所所在地の自治体のホームページを覗いてみては。。

役所が何やっていても企業は企業・・とおっしゃるかもしれませんが、まあそう言わずにあるものの利用できるところは利用しても・・

ぜんぜん動いていない、変なことやっている・・それなら参加した人が動かしていく、どんどん意見を言っていいものに変えていく。

国や自治体は、いろんなことをやっていて・・でもうまくいっていないものも多くて・・そういうものもちょっとしたところを変えるだけでうまくいきそうなものがいっぱい。企業さんが参加されて運営側にちょっとしたアドバイスをするだけで大きく生まれ変わりそうなものもいっぱいあるように思うんです。

大企業さんなら一社でできるけれど、中小、小規模の企業さんが集まって、これからうまくいきそうな分野で、切磋琢磨する。

個人、家庭向けのサービス業、これから面白くなると思うけれど。。
(この分野で継続性ある事業にするためには大幅な生産性向上が必要・・なんて課題もあったりして、才能ある人にとってやりがいある分野だとも思ってます)

ちなみに福岡県では新生活産業を振興しています(ちょっとしつこい?)。
しつこいついでに、この分野の企業さんが集まるところがあります。

新生活産業くらぶFUKUOKA

2012年3月 6日 (火)

「地域再生大学院」~2012年3月5日日経新聞「街かど人物館」

このところ、日経新聞ばかりをネタにしております。。

さて、
静岡県三島市のNPO法人グランドワーク三島の事務局長さんが「2014年春に地域再生に関する大学院大学を開校」目標という記事がありました。

「「日本では地域のNPOを担う人材がまだまだ不足していると実感した」」そうで、「現場の知識とマネジメント、ビジネスの力を併せ持つ人材を育てる。」そうです。

「同種の大学院が多数あるという英国を手本にしており、同国の地域再生NPOや社会企業とも連携を進めていく計画だ。」だそうです。

とほとんど記事の引用になってしまいましたが、

最近感じるのは、学んだことを実践すること、実践する場の大切さ。
「机上の空論」「畳の上の水練(古っ!!)」
理論を体系的に学んだ上で実践する方がいいでしょうから、学べる学校を作るのはいいことだと思うし、何よりも同じ目的や志のひとが一定期間同じ場所で学ぶということは、将来につながる人脈づくりという点から非常に良い効果があると思うのですが・・

地域のNPO活動は、新たに学び直して始めるよりもいままで身につけたものを活かして、どんどん活動をしていく方がいいような気がしています。

あれっ?  「地域再生大学」ってよさそうだなって思って書き始めたのに・・

記事によると形が見えるのはまだまだ先のようです。「基本的なカリキュラムや講師陣の顔ぶれはほぼ固めた。」そうですから、続報を楽しみにしてます。

2012年3月 5日 (月)

活動で”成長”は求めていないけれど・・ 日本経済新聞2012年3月5日「知られざる成長企業」下

昨日もこの記事を取り上げました。

社会活動をして行く上で、組織そのものが”成長”することはあまり必要ないと思っています。
社会活動を行う組織は、やるべき活動が自律的にやれるだけのお金を稼げて成り立っていればいいんじゃないかなと考えてます。
組織そのものが成長するというのは、確かに組織が大きくなれば、それだけできることも増えるし、高度になるので、必要だとは思うけれど、それはやはりニーズがあったんで大きくなったというかたちが本来であって、社会活動組織がまず成長を目指すっていうのはありえないでしょう。

と前置きをして、この記事は営利企業に関した記事で、社会活動とは違うけれど、それでも、この記事が気になるのは、やはり参考になるところがあるように感じるから・・。

いま投資家が関心を寄せる企業が上がっています。89年末から昨年末までの株価上昇が高い企業として、ニトリホールディングス、ヤマダ電機、日本電産、久光製薬などが上がっています。

その特徴として、地方発の全国区企業、オーナー系企業、内需型サービス業というキーワードが書かれています。

地方発は、集客が難しい、知名度が上がらないといった制約を乗り越えている。

オーナー系の社長はサラリーマン社長にはなかなかまねのできない情熱がある。

内需型サービス業への評価が高い理由は書いてありませんが、地方発と同様、不振だと言われる内需を捉えている、しかも一度買ってしまうと次の需要は買い換えになるモノではなくて、定期的に需要が発生するサービスの方が評価が高いってことかななどと勝手に考えております。

必要なはずだけれどなかなか広がらない活動について考える際に、成長企業の地方での取り組み、オーナー企業の社長のような情熱、海外に向けた活動は別として、地域の課題を解決するってことは、まさに内需型サービス。

自分たちの活動を定着させるためには、この記事で上がっている企業の取り組みがきっと参考になるはずです。

2012年3月 4日 (日)

必要なものを地道に 日経新聞2012.3.4「知られざる成長企業」

日経新聞のトップに「知られざる成長企業」という特集記事が載っています。

「どんなに景気が停滞していても、着実に利益を稼ぐ企業はある。地道な工夫、柔軟な発想、果敢な決断で成長をめざす経営者がいる。・・」とありますが、不況でも消費者が求めているということは、なくてはならない商品・サービスと考えられるわけでして、

知られざる企業が、
地道な工夫
柔軟な発想
果敢な決断
で活動するというのは、

お金も人材も不足しがちな社会活動に大いに参考になると思います。

それから、
日本全体が豊かになるためには、やっぱりでっかく稼げる企業、あるいは起死回生のイノベーションが必要なのでしょうが、みんなの困ったを解決して、急な成長は難しいだろうけれど、じわじわ右肩上がりの成長をする企業に当面がんばってもらわなければとも思うのです。

さて、

自転車メーカーのカワムラサイクルが車いす製造会社として再出発し、北京で開催した見本展示会で好評だったようです。高齢化が進むなか、需要が増えることは間違いないです。記事には、自転車で培ったアルミ加工技術、安全性能が強みだとあります。

医療の世界は知られざる成長企業の宝庫だそうです。外科手術の縫合針のマニ―、看護師の求人サイトのエス・エム・エス、病院経営を支援するシップヘルスケアホールディングス

連続最高益が見込まれる主な企業を上げていますが、保育所・学童クラブ運営のJPホールディングス、高齢者介護サービスのツクイ、リサイクル店拡大のトレジャー・ファクトリーなど、なるほどと思う企業があります。

消費者は、本当に必要なので、生活費の中からやりくりして、あるいは必要経費と考えてお金を出す。
企業は、そんな消費者の要望にこたえるための製品・サービスを提供する。もちろん、消費者がモノ・サービスを買うだけのお金が稼げるように雇用も確保しつつ・・

マクロの視点で日本の企業の元気がなくなったのは、確かにそうなのかもしれないけれど、地域に目を移して元気な企業を見ていると自分がすべきことが見えてきます。

そんなチマチマしたこと・・と言う人もいるけれど、結局チマチマが集まって大きくなりますから、小さなことを大事にしたいですね。

2012年3月 3日 (土)

「ソーシャルビジネス 担い手は20~30代」日経新聞2012年2月27日

「福祉や貧困などの社会的課題を事業を通じて解決するソーシャルビジネスに参入する企業が増えている。・・・」で始まるソーシャルビジネスに関する記事を読みました。2月27日の記事でちょっと古くてすみません。

経済産業省のソーシャルビジネス研究会のデータが掲載されていますが、組織形態としてはNPO法人が46.7%、営利法人が20.5%、以下個人事業主、組合、その他となっています。

同じく同研究会のまとめによると日本の市場規模はイギリスの20分の1だそうです。

社会的課題を解決する企業が増えるということは、誰もがその受け手になる可能性があるので、ありがたいことではなるのですが、「市場」という捉え方をすると、それなら一般的な商品あるいはサービスを提供している企業との違いは何なのか。。

普通の企業でも商品、サービスを提供して社会のさまざまなニーズに応えていて、例えば食品会社が商品を供給しなくなったら、代替の話は別にして、やはり困るわけでして・・

ソーシャルビジネス・・ビジネスの視点から論じるってことがいまだによくわからないでおります。

ついでに記事のタイトル「担い手は20~30代」については、うまくっているビジネスでたまたま取材したところが20代から30代の経営者だったという感じもしなくはありません。

九州地方にいる自分の目で見ている単なる感覚に過ぎませんが、若い人とともに高齢になって本業から離れた人が活躍されているような気もしていますが・・

でも若い人がやる意味っていうのもあると思うので、その辺もう少し考えてみたいと思うところです。

日経さんのももう少し深掘りが欲しかった・・(生意気?)

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