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2012年6月

2012年6月28日 (木)

才能を見出す仕組み

みなさんは一流のスポーツ選手・音楽家が活躍するのを見て、自分の親がこの人たちの親のように、早くから自分の才能に気付いてくれて何かを習わせてくれていたら自分は違った人生を歩いていたかもしれないと思ったことはありませんか?
あるいは仕事をしていて、例えば企画であったり、営業であったり、もしくはもっと狭くプレゼンをしている時であったり、事務の効率化を考えている時に、自分がそこにぐっとのめりこんで頭の中で次のステップがひとりでにつながっていく、あっ自分でこれが好きなんだ、向いているんだって感じたことありませんか? 

そんなとき、どんな仕事を選んだらこの感覚をより多く、強く感じただろうか、自分に向いている職ってなんだったんだろうかって考えたことありませんか?

もし、幼いうちにその人が本来持っている才能を見つけられたら、国という単位で考えるとより多くの人材が得られるのではないか、効率的に人を育てられるのではないか、そういう仕組みを作ってもいいんではないかと思います。

もちろん人間って複雑だからいくら才能があってもそれが結果に結びつかないこともあるだろうし、正しく才能を見つけられる方法だって絶対正しいものができるわけでもないでしょうが、最初に書いたように、「自分にはひょっとしたら・・・」って未練のような気持ちをずっと持ったままよりは・・

もちろんある人にすごい才能を見つかったら、ちやほやするんじゃなくて、「そこはすごいです。あなたは才能を持っているのでそこを伸ばしましょう」くらいな感じて育てていく。

人間誰もが同じように社会に役に立っているのであって、才能のある人はその才能を使って社会に役に立つ、その才能のない人は別の才能で社会に役に立つんです。

ということで、幼い時に才能を見出す仕組みを作って、その人の能力を最大限活かす。
あったらいいと思いませんか?

2012年6月26日 (火)

やはり基本の基本、人を育てることを・・

みなさんが困っていることを出していただいて、それを議題にして議論をして解決策を探し、そして実際に問題解決のために事業を作る。
1年半ほど前、そんなスキームを考えて「ナカキラ」を始めました。といっても細々ですが・・
国債がどんどん積み上がって、日本の競争力が落ちて。
だから自分たちでできることは自分たちでやっていく。人を批判しているばかりでなくて自分たちで動いてみようよって気持ちでした。

そして、東日本大震災が起こって・・

自分にできることをやろうという人が増えて、そういう人たちと相変わらず他人批判、他人頼りの人たちが居て、厳しいけれどみんながんばっているしどうにかなるかなっという気持ちと、行くとこまで行ってもどうにかなるかなっていうある種諦めの気持ちが交じって、自分がしゃかりきにならなくてもっていうのが最近の気持ち・・

それで、さらに冷静に周りを見渡すと、確かにみんな思い思いに一生懸命なんだけれど、空回りじゃないかなとか、本当はもっと違うことが必要ではと思うことがたくさん。

これって結局、大局を見れる人が少ないのかなあなんて思ったりして・・


そんなことをあれこれ考えて、やはり取り組むべきは『人づくり』ではないかと・・

方向が変わってしまうかもしれないけれど、ナカキラ活動を『人』をキーワードにして、少し考えてみようと思っています。

2012年6月22日 (金)

どんどん日本が嫌いになる

日本はあらゆる面で危機的状況だ~といいつつ、政治が悪い、リーダー不在、グローバル化が遅れているなどなどマイナス要素ばかりをあげつらって・・・
諦める、まあいいかと言う、酒の肴にする。

そして誰も動かない。自分がなんかするなんて考えてもいない。それがいまの日本。

はたまたソーシャルビジネス、NPO、ボランティアさえ、一部に自分を顧みずに一生懸命活動している人もいるけれど、ほとんどが自分の生きがいづくりか、一時のブームに乗っているだけ。
(自分は違うという自信はないけれど・・)

何か大げさに考えなくても、身近に”おかしい”と思ったことがあったら、おかしいから直そうよって言えばいい。それができない。

変だなって思うことをしている人がいても、それが知り合いだったら見て見ぬふり。
言ってあげないと将来その人が困るのはわかっているのに、自分はその人との関係を壊したくないから、何も言わない。

仲間うちでは難しい話はしない。お互いが気まずくなる本音の議論はしない。

”和をもって尊しとなす”???

日本的ですよね~・・・ホント?? 

かつて日本には、おのれの信じた道を追求した人たちがたくさんいたのでは?
DNAを引き継がなかった??

日本的な繊細さ、日本的○○、日本らしい○○

そして・・・本当の幸せを追求する。。

自分と自分の周りだけが、問題なければそれでよし!

テレビで政界、財界のニュースを見てもそんな話ばかり、自分の周りを見てもそんなことばかり・・・

何が「日本はいい国だ」だ!
最近、情けないことばかりが目について、日本なんてど~でもいいや、日本、嫌い!!になっています。

・・めげずに気がついた小さなことから変えていくしかないですね~。

がんばれ、自分! 

がんばれ、私と同じように感じている人!

2012年6月20日 (水)

「日経ビジネス旗手たちのアリア シンガタクリエイティブディレクター佐々木宏氏」2012.6.18号

またまた日経ビジネス「旗手たちのアリア」から。

取り上げられている佐々木氏も面白いけれど、記事の作りもおもしろいと思います。
まずタイトルが「ソフトバンクを変えた男」ですから・・・
華やかな世界には無縁なので、”クリエイティブディレクター”という肩書だけを見たら、この記事を読もうと思いませんでした。

でも「ソフトバンクを変えた男」が気になって・・ソフトバンク=孫正義氏=カリスマ って発想してますから、そのソフトバンクに影響を与える人がいるなんて考えてもいない。
それで、このタイトルだけで読んでみたくなります。

佐々木氏は電通出身だし、記事中に上がっている広告は大物俳優、歌手を使った有名なものばかり。
う~ん、世界が違う人だとひいてしまうんですが、例えばアメリカ同時多発テロが起こった当時、だれもがアメリカだけでなく海外旅行を控える中に、全日本空輸の広告で「ニューヨークへ、行こう。」と書ける視点ってすごいと思います。

発想が違うっという平凡な評価ではなくて、立っている位置が他の広告クリエイターの方々と違うんだろうと感じます。

記事では消費者との共感という言い方をしているけれど、共感ってことではなくって、製作者自身が消費者の視点を持っている。
もっと言えば消費者ということではなくて、人間として何を考えているか、自分が大切にしているものは何かを広告っていう手段を使って表現されているんじゃないかなって思います。

広告は”消費者”に向けて発信すればいいけれど、そういうことではなくて、見た人が人間としてどう感じるかを考えているんじゃないかなって勝手に考えてしまいました。

こんな仕事のやり方してみたいですよね。

何となく社会活動したい、社会貢献したいって思っているけれど、身近にあることで社会に役に立ちそうだからとりあえずやってみる。自分が得意だからどう社会に役に立つかはまだよくわからないけれど、とにかく動いてみる。
一人の人間ががむしゃらに動けば、動いただけの効果が出るから、困った人がいればそこで何も考えずに動くってこともあるけれど、人間として本来何を大切にすべきか、活動の対象が人だった時にその人が人間として何を望んでいるのか。そういう考え方をしたときに役に立つつもりでやっていたことが本当はお節介だったとわかったり、もっと違うことをしないといけなかったと気づいたりする気がします。
支援する側と支援される側、そういう分け方ではなくて、自分が役に立っていると感じたいとか、どうしてもほっとけないと”自分が”感じているから、どうにかしたいなどなど、何らかの目的を持って社会活動をする人と何らかの理由で一時的、あるいは一部助けが必要な人とが、人間として対峙し、何かを変える場。
社会活動や社会貢献をそんなふうに取らえたらどうかなとこの記事を読みながら考えました。

派手なだけと誤解していた世界の仕事が、実はどの仕事、活動とも共通していると感じる記事でした。

2012年6月16日 (土)

本当に自分に必要なものか・・

朝からぼ~とテレビを見ているとこりゃすごいですねって商品やサービスの紹介をしていました。

一瞬で雨粒を落としてしまう傘。約3万円也。電車の中で傘から水滴が落ちるのがとても気になるんで、欲しいですよね~。
お店に入る時もポタポタしずく申し訳ない。
う~んでも嫌な気分をちょっとだけ我慢すれば普通の傘でもいいかな・・・

有料のお天気情報サービス。地域ごとの細かいデータを持っていて、おまけにボランティアさんが地域の情報を送ってくれて・・
精度の高い情報を提供できますね。
コンビニで売れるものは天気によって違うそうです。雨の日にパスタが売れたり、じめじめした日に冷麺が売れたり・・
イベントをする会社やお弁当屋さんも天気が気になる。
そしたら有料でもお天気サービスを利用したい。

でもでもでも・・

料理が好きでみんなにおいしいものを食べさせようって夫婦でお弁当屋さんをやっていて、地域の行事やテレビの天気予報を見ながら、朝早くからお弁当仕込んで・・
予想外に売れてしまって、いつも買いにきてくれている人が買えなかったねとか、お天気のせいで売れなくて残ったもんどうしようかとか・・

それでも長年やっているとだいたいのカンがあって、そんなに捨てずに商売ができる。

近頃そんなのが本当じゃないかなと思う。そんな商売ができている人を羨ましいと思う。

大きな会社になると大きく投資するから、損できないんでサービスを買ってでも間違いのない方法を取る。
そこにお金が発生する。そうすると最初の会社とサービスを提供する会社のお金でGDP的計算は両者分プラス
お金をかけて間違いない方法を買っているから、売れて当然、そこには売れた喜びなんてない。

そんな仕事、したくないなあって思います。

それから、消費者の立場で考えてみると・・
消費者がそういうものに価値を感じているかというと、例えば弁当と天気の関係でいうと消費者にとっては何の関係もない。
天気で売れ残るかどうかは会社のお話。お弁当が美味しくなるわけでもないし・・

傘の話も3万円の傘と千円の傘、値段の違いほど満足を感じているか?

有名なその傘を持っているっていう気分、ちょっと自己満足的な気分も買っていますって話もあるけれど、それってその傘の価値を評価する人たちがいて成り立つことで、誰もわからなくてもやっぱりうれしいっていう人少ないんじゃないかな~

日本中に物が溢れていて、すごく繊細だったり、考え抜かれた方法で提供されていたりするんだけれど、それはそれで必要だけど、それを使う方が、そのものの価値をどう見ているか、どう評価しているか。

自分にはこんなに高性能の必要ないけれど、これを見て元気になるのよねとか、地球環境の事を考えるとあんまりよくないとは思うけれどいまは我慢できないとか・・

みんなが買うから買うじゃなくて、自分はこう思ってこれを手に取った・・って考えておくことが大事かなって思う。

考える習慣をつけたら、本当は必要じゃないものが見えてくると思います。

それにしても・・・

物本来の機能を求めてお買い物をするのは良しとして、心の隙間を埋めるためにモノに頼ってるとこがないとも言えないのが問題かも

これって社会活動に関係のない話じゃない?・・まだうまく書けませんが、管理人の中ではつながっているのです。。。

2012年6月14日 (木)

やっぱりおかしいんじゃ・・なんでも支援

自分&ナカキラが少しでも社会にお役に立つために何ができるかを考えて、このところ、他の非営利活動団体の活動状況を参考にしたいと情報を探して自治体などのNPO支援窓口などの情報発信を見ていますが、それを見ていても何もわからないなあということが最近しっかりわかってきました。

元々公的機関については、知らないわけではないので、公平性とか、中立とかいう話になって、基本「ここががんばってます」って言わないのがスタンスだろうなとわかります。

とにかく非営利の活動やっていますと団体の方の自主申告で、それでは応援しましょうという話になります。

NPOというものが日本にもしっかり浸透して、とにかく営利でなければNPOみたいな状況で、営利ほどはなくてもものすごい数になってきていて、その中のどこを公的機関が応援しましょうか?という話をそろそろしないとまずいんじゃないかなと。じゃ何で判断するの?

営利企業だったら、今後利益を上げそうとか、儲けるだけじゃなくて社会への貢献が大きいからとかあるけれど・・
非営利だとそもそも利益を上げるわけではないし、かといって何か別の指標があるかというと助ける人の数とか比較するものじゃないし・・
じゃ社会への貢献でというと、元々社会に貢献したいと思っている活動のはずだから全部該当?

活動の補助金を出したりしているようだけれど、それをどうやって決めるかというとまず希望する団体がいて、そのなかからどこにするかっていう選び方。
これじゃ、本来活動そこそこに、自分たちの組織存続のための情報収集に力を入れて情報を集めているところが支援を受けてしまうってことも起こりそうで、それでいいのかなあって考えさせられます。

今からほんの数年前まで、阪神淡路大震災以降に特に、日本で芽生えたボランティアの精神を定着されるためにNPO等の非営利団体を「公」が支援する意味があったかもしれないけれど、仕組み自体がすっかり定着したいま、何を支援するのか、どう支援するのか、そもそも支援するのか・・考える時期ではないでしょうか?

2012年6月11日 (月)

「息切れクールジャパン」Newsweek日本版2012.6.13特集

「息切れクールジャパン」・・中身はともかくとしてカバーのこのタイトルを見ただけで、やっぱりそうなのか~と。。

マンガ、アニメ、ゲームなどなど、お堅い人からは見向きもされず、わかる人にしかわかんないけど、好き・・なんて世界なのかなってわかんない人側の人間である自分もわかんないなりに思っていて、国が推進するものじゃないよね~とは思うのですが。。

たまたまその辺りに転がっている本を読んで、すごい人気のあるマンガだとわかっていてもこのよさって自分が一番わかるって勝手に、密かに、思ってんのに、国がお墨付き&どど~んと売り出しましょうなんて言われるととってもいやかな~。
自分はこの世界よくわかりませんので、あくまで想像ですが。。

飛躍しすぎかもしれないけれど、ボランティア活動とか、ソーシャルビジネスとかも似たような扱いのような気がしていて・・

国や自治体が特定団体にお金を出して、振興してください・・・NPOを支援するNPO??

理念を上げて活動する人たちの支援ってその人たちが目的とする活動そのものを支援すればいいんじゃないかな~と思うけれど、NPO組織を支援しましょう、ソーシャルビジネスの仕組みを支援しましょうって、「クールジャパン」という言葉を深く考えずに手をだしたように「NPO」「ソーシャルビジネス」って何か既存の行政機関にはできない公的な部分を担ってもらいましょうとか、何かいいことみたいだから支援しましょう・・みたいなものを感じてしまって。。

あんまりよくわかっていない私の思い違いだといいですが。。

2012年6月 9日 (土)

「まちの幸福論」山崎亮+NHK「東北発☆未来塾」著

NHKの番組「東北発☆未来塾」から生まれた本のようです。
番組はまだ放送中のようです。

NHK「東北発☆未来塾」

山崎亮さんの本は「コミュニティデザイン」という本を読みました。
そちらはまちづくりの実践が書かれていて、地域の方を巻き込んで地域を変えていこうとされる手法を新鮮に感動しながら読みました。

今回の本は題名に「論」とあるように地域づくり、地域再生に取り組んでこられた山崎さんの考え方が書かれております。

「コミュニティデザイン」を書かれた時からさらにいろいろな経験をされて、独自の発想に磨きをかけられていると感じました。

しかし、やはり地域再生を「仕事」として取り組んでおられる方の発想であり、「地域」が存在することは、まあ自明のこととして話が進んでおります。
これを読む私たちはさらに「地域とは何か?」「わたしたちに地域という概念は必要か?」その辺りから考えていくのかなあと思います。

地域づくりはだれかにやってもらうものではなくて、自分たちが主体となって、足りないところを専門家やそのほかの外部の方に助けてもらう。
山崎さんはもっとうまい言葉で書いておられますが、地域の人たちが主役という考え方は当たり前と言えば当たり前だけれど、そこがいままでの地域づくりでは忘れられていたんだろうと思います。

本当の豊かさとは何か、幸せとは何か、そのために自分がいま住む地域をどうするのか、どう関わっていくのか。たぶん死ぬまで結論はでないでしょうが、ずっと考えていきたいと思います。

ところで、
「人々が即物的で一時的な「快楽」という豊かさを求め始めた・・」本の中に「快楽」という言葉がありました。
有名レストランでおいしい料理を食べる。海外のリゾートでのんびり休暇を過ごす。

「幸せ」と一括りに言っていたことが、幸せの一部分の「快楽」だった。私たちは快楽だけを「幸せ」、「豊かさ」と思っていたのでは?はっとさせられました。

2012年6月 7日 (木)

本をたくさん買ってしまいました!

以前、ブログで書いたのですが、山崎亮さんという方の地域おこし(=「コミュニティデザイン」というみたいですが)がとてもユニークで、ブログを書いた当時はこの方の代表的著作が「コミュニティデザイン」という本しかなかったのですが、最近いくつか見つけましてまとめて買ってしまいました。

2011年10月24日 (月) 「コミュニティデザイン」山崎亮氏~人がつながるしくみをつくりたい

「コミュニティデザインの仕事」 studio-L著 株式会社ブックエンド
「まちの幸福論 コミュニティデザインから考える」山崎亮著 NHK出版
「つくりこと、つくらないこと 町を面白くする11人の会話」長谷川浩己、山崎亮編著 株式会社学芸出版社

買ってしまうと安心して読まないってことが多いんですが、少しずつ読んでいきます。

10月24日のブログに

「もっともっと山崎さんの活動を調べて、丸ごと真似をして、その上で自分たちの工夫をプラスして・・
自分が住む地域を一緒に住む皆さんと一緒に創っていきたいという想いがものすごく貯まりました。
みんなで一緒に地域を作っていく。
そういう活動をすることで、今後の日本の進むべき道を探していけるような気がしました。」

な~んて偉そうなこと書いてますから・・

2012年6月 5日 (火)

若者の雇用戦略~親の子離れ

少子高齢化で若者の数が減って、大変だ!ということで政策は若者と銘打ったものがたくさん。。

医療費や生活保護など実際のお金は高齢者に傾斜して使われているのでは?っという話はありますが・・

若者の雇用対策・・若者雇用戦略の原案をいまごろですが見つけました。

雇用戦略対話ワーキンググループ(若者雇用)、若者雇用戦略(原案)

既に一部で酷評されているようですが、

自分はここまで至れりつくせりなのかなあって感覚です。

仕事についてもすぐやめちゃったり、非正規のままっていうのは、景気が悪い、年寄りが仕事を奪っているなんて話もありますが、

そんだけお金に困っていないからでは?

親がそこそこお金持っているし、30歳になっても40歳になっても子どもは子ども・・みたいな見方を親がしているし。

親が決心して勝手にやれよって言えば、かなりの若者が「はっ」と気がつくはず。

それを親ができないんですよ~

普通に生きる本能を持っているんだったら、食えないって思ったら、どうにかしてお金稼ごうと思うよ。

だいたいいまの若い人たち、お金も物もおまけに進路や将来だって親から与えられてるんだから・・・

いっつもどっかでブチブチ言っているから既に聞いている人もいるかもしれないけれど、
福岡(ほかのとこも同じかもしれないけど・・)の高校生って通勤時間帯に混んでいて、駅で人が乗ってきても詰めようとしないんだから・・
駅に着くたびに人が乗れなくて電車が遅れているのに、おかまいなし。

乗れなくて困っている人乗せてあげようよと思わないんかね~。そもそも電車が遅れたら困るの自分たちやろ!!

特に有名進学校の生徒さんにその発想がない。あんたたち、将来国を背負う人たちだろ!!何考えてんだ!!

そう、何も考えてないんですね~

なんでも与えられるから考える必要なし!!

若者の雇用対策・・なんか立派なことする必要なし!
若者に自分のこと、社会のことをしっかり考える習慣をつけさせりゃいいと思うよ。

考えてない大人が多いから、そんなこと思いつかないか~

2012年6月 4日 (月)

「雇用延長の義務化「賛成」49%」2012.6.4日経新聞朝刊から

65歳まで希望すれば企業の留まって働くことができる。
いま希望者全員の65歳までの雇用を企業に義務付ける法案が国会に提出中だそうです。

これに賛成なのが、見出しのとおり約49%、「反対」が約15%。賛成の理由は無収入・無年金では生活ができないを挙げる人が多く、反対の理由では若者の採用が絞られてしまうが目立ったとのこと。

老後の備えをきちんとやっておくべしと思っていても日々の生活に追われていたら、老後の資金まで手が回らない。だからやっぱり働かないといけない。

でも若者の雇用の場が奪われてしまわないか?

これはいまの自分の年齢で大きく答えが変わってくることが容易に想像できます。

記事の中の言葉「働く側も専門性を磨くなど受け身だけではない姿勢が必要だろう。」に自分も賛成です。

若者よりも高齢者の気持ちの方がよくわかる年代ですが、そんな自分でも再雇用後、ちんたら働いている人を見ると腹が立ちます。

当然の権利として働いていて、当然のごとく、自分は定年後に雇われているに過ぎないから・・という気持ちを出している方、許せませんね。

やっぱり一人雇うと一人はじき出される。雇用延長に限らず、自分がいま働けてるってことは自分がいなかったら働けた人を押しのけて働いていることだから、しっかり働かないと申し訳ないって思います。

ですから、もし年とともに能力も衰えていると自覚があったら、しかたないよねではなくて、記事のとおり専門性を磨くなどやれることをやる。

いまさら無理だというなら、自分が現役の時に身につけてきたことをどうにか生かせないか考えてみる。

お金をもらっているからには・・って気持ちを絶対持ち続けて欲しい。

記事の最後は「非営利団体などで働き、高齢者や住民同士で助け合うことによってお金がなくても豊かに生きられる地域づくりに貢献するのも意義がある。」

何となく年寄りが地域を担ってしまいそうなふうにも見えるけれど、若いころにあちこち飛び回って地域を忘れていたのなら、地域に腰を落ち着けてもいいんじゃないかな~

勿論その時も専門性を活かして、「しっかり働いてもらいたいです」。。というより、「働こうと思います」・・もうすぐ自分のことになります。

2012年6月 3日 (日)

むやみに連携しても~「福島の温泉街、産官学で再生」日経新聞2012.6.2夕刊記事を見つつ

昨日の日経新聞夕刊に福島の温泉街を産官学で再生させるという記事を見つけました。

それで、まずはこの記事のことではなくなってしまいますが、連携について考えてみました。

産官学連携という言葉は、5年あるいはもう少し前に盛んに言われていたように思います。
しかし、いまは昔ほどは言われていません。一般的なものとして定着しあまり目立たなくなったからかもしれませんし、リーマンショック以降(このころから特に聞かなくなったように感じます)、大きなお金を使って協働でプロジェクトを立ち上げる余裕がなくなったからかもしれません。

私も5年少し前にサービス業の分野で産官学連携でサービスを生み出す事業に関わらせてもらって、産官学には思い入れがあるのですが、地域で産官学連携をやるのは、なかなか難しいというのが正直な感想です。

まずはそれぞれが目指すところが違うということ

「産」、すなわち企業さんは自社がもうかる事業を作ることが目的。
ですから連携して何かをといっても特に中小企業さんになると残りの官と学に対して、自分たちのために何を提供してくれるのって視点が出てきたりします。

そして「学」、もう大変です。地域で産官学をやろうとすると当然ながら地元の大学からどこかということになってしまいます。
つまりシーズが限られている。
自分の事業の場合は一から新しい事業をということで大学のシーズを発表してもらって企業さんに手を挙げてもらう形式だったんですが、これがなかなか。。
まず大学に相談して失敗したのは、事業になりそうなシーズを紹介してくれず、大学のメンツで先生を推薦してこられるところがあったこと。大学の論理を前面に出されると難しいものがあります。
また結構とんでもない先生もおられて、学生の生活態度について厳しいと言った先生が、事業協力をOKしてくれたので研究内容の発表日を決めていたにもかかわらず、その日別の用件が入ったからと事業自体キャンセルに。

研究一筋の先生方ですから、その研究にプラスになることでなければなかなか関心を示してもらえないってことは当然だと思って付き合うしかないんだなあって実感させられました。

つまり「産」にも「学」にもウィン・ウィンでなければならない。

そして「官」。これが最も曲者で、事業をやるからには効果が目に見えないといけない。こんなにいいことになっていますっていうことがすぐ欲しい。
かといってお金はないから、お金はあまり出さない。
そんな中でまれに成果を出している企業さん、たまたまマスコミから注目される製品を開発した企業さんが出たりするとさも事業の効果のように、その企業さんを官の広告塔にしてしまう。
冷静に見れば製品を一個開発しただけで、売れるかどうか、利益が上がるかどうかはまだこれからなのに、もてはやしてしまう。
それで勘違いしてしまう経営者の方も。。それでその企業さんをずっと面倒みられればいいのですが、そこは企業の責任。経営がおかしくなると官は静かに離れていきます。自分たちに責任なんてありません。罪は大きいと思います。

以上の話、何が問題かというのはもうおわかりのとおり、まず「産官学連携」ありき。

ですから逆にある大きな目的のために「産」と「官」と「学」が知恵を出し合ってやりましょうということであれば、うまくいく可能性は高い。

そこで記事に戻って、この記事では観光地だった福島の温泉街を再生させることが目的。
福島の土湯という温泉街の再生をするために何ができるかという発想だったら、産と官と学でそれぞれできることを分担して、それぞれが連携してうまくいくんじゃないかと思います。

記事の中で気になるのは「同事業で蓄積した再生ノウハウは県内の他の観光地でも活用する。」
う~ん、再生事業はあくまでそれぞれに応じてじゃないのかな? やったことが他の地域に応用できることもあるけれど、活用することを最初から目論んでも・・と思います。

それから「環境に配慮して省資源化を進めるスマートシティ―構想を導入。温泉を使った地熱発電と小水力発電で電力を自給自足できる街づくりを進める。」
これはひょっとしてシーズありき。優先すべきは温泉地に観光客を取り戻すことだとすると必要なのかなと。。

さて、これをナカキラ管理人のブログとして書いた意味はというと。。

非営利の活動について、やたら一緒にやりましょう、連携しましょうという話があります。
みんなで力を合わせてやるってことは美しく見えて反対しにくいけれど、目指すべきものがないのにくっついても意味がないし、先にくっついていることで逆に本来欲しい人を入れられなくなったりすることもあります。

「連携」「ネットワーク」、魅力ある言葉だけれども期待しすぎてやたら連携していると本来自分がやりたかったことができなくなる可能性もあることを忘れないようにした方がいいと思っています。

ところで、この記事の元をたどろうと、福島県庁、土湯温泉観光協会、ついでに復興庁、東邦銀行、福島大学、記事に上がっていた協力先のホームページを探してみたんですが、うまく見つけられませんでした。
オリジナルの情報を見てみたいです。

2012年6月 2日 (土)

自分の考えを確かめる場が欲しい

どこかで書いたかもしれませんが、本業では労働相談の担当をしています。
先日、事業所の”労災隠し”で困っている方の相談を受けました。

ご存知かと思いますが、"労災隠し”とは、簡単に説明すると事業所内で起こった怪我などを事業主が労働災害と認めてくれず、労働基準監督署に申告をしてくれない状態。

相談をされた方は労働基準監督署に相談に行ったり、それが労災でなければ医療費の支払いに困るので、加入している健康保険組合に相談したり・・

しかし、事業所内で起こったことは間違いなかったので、健康保険組合でそれは労災だから自分のところはどうにもできないと言われて・・

それで私たちは権限がないからどうもできないと断ったうえで、状況をうかがうべく相談を受けました。

すると相談された方がまず行うべきことが何かを判断できないでおられたこと、各機関の役割が整理できておらず混乱されていることなどがわかりました。

もともと自分で解決を図ろうとされていた方で、いろいろ調べておられたので、私たちと状況を整理する中で問題点を明確にされました(解決に結びつくかはこれからですが・・)。

その過程を見ながら思ったのは、今回の事例の場合、私たちのような相談機関があったので相談をされて整理ができたのですが、自分が悩んだ時に相談できる場所がなかなかない。

ちょっと相談すれば、解決策が見えてくるし、解決策が出てこなくても話すだけで頭の整理ができる。

このような深刻な事例に限らず、例えば自分の進路であったり、家族の問題であったり、いろいろな選択肢があって自分では判断つかない時にちょっと相談できるところがあるといい。

私のブログの中で登場するのは3回目になるんですが、沖縄にある「聞き屋」さん、こんなところが欲しいと思います。

本と猫好きの日日社会メモ「聞き屋さん」

「NAKAKIRA(ナカキラ)~議論と実行で社会を変えるプロジェクト」管理人日誌 再びの「聞き屋」さん

いまもあるかなっと「聞き屋」で検索したところ、全国いっぱい出るわ出るわ「聞き屋」あるいは「聴き屋」。
沖縄は確かNPOさんだったと思いますが、結構なお金を取るところも。。。沖縄の聞き屋さんはテレビ取材をしていましたんで、そこからヒントを得てきっちり商売にしているんでしょうね。

検索してがっかりしましたが、

悩みが解決してその人の心が晴れる、重い悩みを話して少し人に分けて重大なことにならなかった。。そんな効果があるとしたら、これはやはり非営利でやるべきことのように思います。

2012年6月 1日 (金)

「シニア社員にキャリア研修」2012.5.19日経新聞夕刊トップ

このところ、処分しようとしている新聞を改めて読み直してネタにしているんではないかと疑われるくらい、新聞ネタそれも古いネタでブログを書かせてもらっています。

今回はシニア社員について
「50代以上のシニア社員の働き方を労使で考えるキャリア研修制度を取り入れる企業が増えている。」とあります。50代ってシニアなのね~とまず寂しさを感じつつ・・

そのシニア社員に対し、企業の取り組みとしては、「これまでのキャリアを振り返って自分の強みや価値観などを見つめ直し、社員と会社が一緒に今後の働き方について行動計画を立てる。」とか、「若手の時とは違った働き方や会社への貢献の仕方を考える契機にしてもらう。」とかあります。

しかし自分の経験からいうと「自分」という視点より、「会社」とか「社会」とかいう視点で、シニア社員がどう考えるかが大事だと思います。

最近経験したことですが、継続雇用をされ、今年度がそれも最後の年になった方が、いままでのやり方を変える私の提案に感情的に反対されてびっくりしました。

負担を増やしたくないようは発言を聞いて初めて、継続雇用に対する認識の違いをなんとなく理解しました。

定年まではそれなりの役職についていたのに、定年になったとたん、役職を外され給料も下がる。
「働かさせていただいてありがとう」という人もいるけれど、会社が制度として作ったものだから仕方なく働いているという人もいる。
頑張っても役職になるわけでもないし、上司は元部下って例も。
モチベーション下がります。

でも現役の私たちから見るとちゃんと給料もらっているし、この方々の継続雇用のために若い人の仕事が奪われているんだから、ちゃんと働くのが当たり前。


継続雇用になるとゴールがなくなってしまう。会社のためって気持ちが薄くなる。

そんな方々が働いてくれる、働きたい職場ってどんな職場なのか?

なぜ私たちは会社のためって気持ちを起こして働くのか?

自身のキャリアということではなく、いまやっている自分の仕事が社会の中でどんな意味を持っているかということを考えさせる。
そこをきちんとすることが大事なんじゃないかなって思います。

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