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2012年7月25日 (水)

”自国”とか“公益”とか大きな考え方が抜けているんでは?

アメリカの垂直離着陸輸送機の日本国内配備の話があるせいか、防衛に関する話題を頻繁に目にします。

それで自分のぼんやりそのことを考えつつ、日本人が普通に”自国”とか”主権”とか考えないのは、軍隊に関する議論がタブー視されているかなと思ったりします。

評論家の間では盛んに議論されていますが、一般人はあまり話題にしない。例えばみんなで楽しくお酒を飲んでいて、仕事の話はすれど、軍備の話はしない。国際紛争の話だってあんまりしない。
外国の話をするのは旅行や為替・株の話くらい?

第二次大戦、戦後直後を知らない者は、日米安保があって、日本の中にはたくさんの米軍基地があって、武力で国を守るっていうのは日本人があまり考えることではないって発想になっているような気がするんです。

国の発展を考えるときに、経済のこと、国内制度のこと、人材のことなどを考えてきて、対国外のことになるとそれは自分たちで考えられない。アメリカが日本を守っていて、自衛隊が素人にはわからない整理の仕方で守っていて・・なんて発想になって、平和を大切にしている日本人は軍事のことを考えるのは・・と躊躇している。

でも歴史を振り返れば、結局人間の歴史は、あんまり肯定はしたくないけれど、他国を武力で支配してどう自国を発展させるかに終始してきた。
それがいまあからさまに軍事力を使うことはなくなったけれど、抑止力という言い方をして、いざという時のために、軍事力をどのくらい備えるかというのは、”国”がどうあるべきかを考えるときに必ず考えなければならないし、日本人以外は考えているように見えます。
(普通の人がしょっちゅう考えているかどうかは、わからないですが・・)

自国と他国との関係を考える際に防衛の視点からは考えないとすれば、また、そこは日米の高度な政治的判断をする人たちで考えてくださいと思考停止になっているとすれば、”国”がどうあるべきかについて、考えるべきところが不足しているような気持ちになって、結局”国”がどうあるべきかについて考えることそのものを自分を含めた普通の人が止めてしまっているんじゃないかなと思っています。

そしてそれが、国と言えば政府という考え方になって、国は国民のために何かをしてくれるところ的な発想しかできないんじゃないか? 自分たちが国を作っていく当事者であることを忘れているんじゃないか?

かつて植民地だったところが、大きな犠牲を払ってやっと独立して、今後こんな目に遭わないために、自国のことをしっかり自分たちで守っていくって発想をする国民とは全くレベルの異なる”国の在り方感”を身につけてしまっているんだろうなと考えています。

それが結局は公的な活動をする際も、自分たちが活動することで国あるいは地方がどう変わるかという視点をもつ組織よりも、自組織の活動目的に固執して他組織との連携とか自組織活動の地域的な影響なんてそっちのけの活動とか、社会を良くしたいといいつつ自己実現、生きがいづくり的な活動になってしまうのかなと考えています。

ところで・・対他国を考える際に、軍備のことを考えないとすれば、いかに情報を握って、あるいは人的な関係を築いて自国を守っていくかという視点もあるだろうと思うのですが、日本はそれも弱いようですね。。

さらに・・・
日本人が海外に目を向けていないっていうのも、言葉の問題よりも、日常的に海外のことを考える習慣がないからじゃないかなって思ったりします。

ついでに・・
なぜ国を守るために命をかけなければならないのか、死んでしまえば何もかもおしまいなのになぜ命をかけるのか、国って何なのか・・等、できれば武力行使とか戦争とかがなくなって欲しいと思っていますから、もっともっと本質的なところについて、『なぜ?』が深まります。


そうそう・・これは、中国で活躍されている加藤嘉一氏の「いま中国人は何を考えているのか」を読みながら、同じ日本人でも中国で暮らしている方の発想って違うなと感じて、ちょっと考えたことです。

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