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2012年8月

2012年8月30日 (木)

何をすべきか~「日本の雇用」大久保幸夫著から 【仕事・産業】

労働相談を担当していて、労働問題を解決するため、あるいは未然に防ぐために何をすべきかということを考えていて、労働とか雇用とかつく本を手当たり次第(遅読なので手当たり次第というより、ボチボチという感じですが)、読んでいます。

迷っている話は最近、書いたのですが・・・
迷い~雇用、労働問題をいかに解決するか

雇用とか労働とか名称がつく本は、溢れるほどありますが、経済的な視点に偏っていたり、法律的な視点に偏っていたりで、一人の人間が働いている中で出てくる問題にどう向き合うかという視点で考えるときに、一冊でぴったりくるものがないように感じます。
本の多くが研究者や専門家によって書かれていて、経済・経営と法律に分かれてしまうということがあるからだろうと思います。

そんな中で大久保幸夫氏が書かれた「日本の雇用~ほんとうは何が問題か」は、しっくりくるものがあります。

本の中の第2章、日本の雇用対策について疑問を呈した「日本の雇用対策に関する3つの不思議」の1「なぜ直接雇用を創り出そうとするのか」は、まさしくそうだなと。

「不況によって雇用の場が縮小するから、新しい雇用を創り出そうと考えるのは、至極まっとうな考えであるが、雇用はあくまで生産の派生需要であることを忘れてはならない。
経済活動の必然性から雇用ニーズが生まれるのであって。経済の活性化を経ずに、直接に雇用を創り出そうとすれば、必ずそこには無理が生じ、予算が非効率に消化され、さらには副作用が出てくる。このようなきわめて単純な話がなぜ理解されないのか?私は不思議でたまらない。」

これは戦後の混乱期にはじめられた「失業対策事業」から来ていて、その当時は合理性があったかもしれないが、現在はそうではない。しかし、不況のたびに同じような政策が繰り返されてきたとも書かれています。

「もともと特段必要がない事業を、雇用の場をつくるために、無理矢理行うわけで、なかには有効な事業もあっただあろうが、多くは、成果をたいして期待しない事業であったはずだ。失業者を雇用して短期間だけ使うのだから、委託された民間企業も難易度の高い仕事はさせられないし、仕事の質を厳しく求めることもない。それでは雇用された人々の仕事に向き合う意義も高まらないし、職業能力も高まらないのは当然である。
金の切れ目が縁の切れ目。委託事業が終われば雇用は終わり、また失業者となって一から就職活動をはじめるしかなかった。
成果を期待されない仕事ほどつらいものはない。動けば動くほど働く意欲を失っていく、そのような仕事になってしまう「危険」を含んでいるのが、直接的な雇用創出事業なのである。」

そして、著者ははっきりとは書いていませんが、戦後直後の失業対策が日雇いを中心にまさに日銭を稼ぐために行うってことが明確なのに対して、最近は民間企業に委託をしていて、そこで働いてもらっていて、事業にも”雇用につなげる”ような表現があって、その企業で能力を認められて企業に事業が終わっても継続して働く人がいるかもしれないけれど、やはり金の切れ目が縁の切れ目が大半にもかかわらず、働く人にそのわずかながらの可能性を過大に感じさせてしまう。もっと罪ですよね。

そのほか、著者は産業政策的な雇用政策にも否定的ですが、唯一「雇用を発掘すること」(「雇用発掘」、「求人開拓」)は有効だとしています。

「企業の採用ニーズというものは潜在化しやすいという性質を持っている。実際にハローワークに来ている求人や求人メディアに掲載されている求人などは、企業の求人ニーズの一部にすぎない。よほど切迫しない限り公募によって求人をするということはしないものなのである。そこで「発掘」「開拓」という活動が意味を持ってくる。」
「ハローワークの求人開拓を担当する職員を増員するなどの方法は有効であろう。もちろん民間の求人ビジネスも、不況期こそ求人開拓にエネルギーを注がなければならない。」

後半の部分、賛成ですが、その前提として企業、特に中小企業の経営者の方が、人材獲得の考え方を点検するってこともあるのかなと。
例えば、一人、二人の採用だから、知人の紹介で・・と思わずに広く人材を求めてみる・・自社に合った求人方法は何かを考えてみる。

それは手間のかかることだけれど、人材ってそれだけする価値があるのでは?

労働問題的に言えば、経営悪化やその他の理由で会社を辞めざるをえない人たちが、スムーズに転職できる場がたくさんあって欲しい。
転職市場のようなものが整っていれば、倒産に怯えながら働いたり、無茶苦茶な労務管理にノーが言える。

でも・・「転職市場を!」と言うと、そんじゃ経営者が社員を解雇しやすくなる・・なんて言う人が・・・

労働・雇用問題・・継続的に考えていきます!


2012年8月28日 (火)

国を想うって何だろ?

この日曜日、地域で活躍をされている女性の方々の集まりを覗いてきました。

参加させてもらっているけれど、私はたまたまお世話係でご縁があって、それから10年強、端っこで加えてもらっています。

積極的な女性の集まりって潔いなって感じます。

これが活躍している男性とかになると、組織や体面を慮って何やら奥歯にモノが挟まったような、あるいは禅問答のようなお話になる場合が多いけれど、概して女性はストレートにわかりやすく話をされます。

そこで、いまホットな領土の問題とか、退職された技術者が外国に流れ、外国の企業が競争力をつけた話などが話題になりました。

何か外交上の問題が発生した時に、中国や韓国は一般の人も日本けしからんと激しい行動をしますが、日本はそうでもない。
穏やかな国民性と言えば、聞こえはいいのですが、国対国の問題に一般人が関心がないのではないか?一人ひとりが”日本”っていう枠で考えていないんじゃないかと思います。

自国社会の不満を日本という国に向けて騒いでいる・・なんて話がありますが、純粋に国を憂える人が行動していることもあるはずで、日本はどうなのよって思います。

国が発展し過ぎて、大多数の人がなんでも欲しいものを手に入れられるようになって、そんな状態だから、”国が発展しないと個々人の生活の豊かさが心配なんて・・”ことはなくて、いまのところ、手に入れたいものは何でもあるから、あとは個人の生活を充実させたらいい。って状態かなと。。

でも、これも戦後直後からみんなが日本及び自分たちの生活を発展させようと頑張って来た結果であって、道路がきちんと舗装されているのも、蛇口から水が出るのも、最近若干不安はあるものの電気がふんだんに使えるのも、過去の経済発展のおかげってことをたまには思い出して、目の前にいる自分の子どもやその孫、公共性の高い人なら自分が目にする自分より若者にどういう未来を作っていくかを考えてもいいと思う。
考えるべきだと思う。
(個人の所得が減っていまの若い人が豊かさを感じられないっていう人もいるけれど、社会インフラをみたら十分豊かだと思うけど・・。インフラの充実を当たり前のように思っているけれど、空気みたいになってるんですよね。)

平和で、日常的に命の危険にさらされる危険がほとんどなくて、
多くの人が繊細な感性を持っていて、(マイナスに評価されることもあるけど)概して穏やかな性格で・・という日本人を作ってきた日本って国

第二次大戦で過去の過ちを軌道修正し、不屈の精神で立ちあがった人たちが作った日本って国

課題がいっぱいで立ちすくんでいる日本って国

これから自分たちが未来の人たちに残す日本って国

日本って国で育てられたんだから、その日本にこだわるってこと・・こだわる意味、きちんと考えたいと思いました。

2012年8月25日 (土)

何が大切か~「失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇」

1984年に出版され、いまも読み継がれている「失敗の本質」の続編と紹介されている「失敗の本質 戦後のリーダーシップ篇」を読みました。

今回はタイトルどおりリーダーシップに焦点を当てた構成になっております。

第二次世界大戦に敗れるまでの日本軍の指揮官の主になさけないリーダーシップが分析されております。

過去の成功体験から現実が見えなかったこと
都合の悪い事実に頬かむりしてしまったこと
同質的な人材を集めた教育が多様性を排除したこと

等など、それがいま現在と酷似していることに気味悪さを感じます。

本の詳しい説明をできるほどの技量がありませんので、感じたままに・・

作戦を失敗させた日本軍のリーダーの多くが、組織や自分の職位、名誉を守るためだけに行動していたことが印象的でした。

組織の中で地位を得られてもその組織が不正を行っていたり、潰れてしまったり
名誉を得られても、命をなくしたり、家族にそっぽを向かれてしまっては

なんて何の意味もない。。

地位や名誉は、それだけでは何の価値もない。

地位に見合うだけの行動、名誉を得るだけの考え方・・

いわばホンモノ・・私たちは本物が何かがわかるようになったんじゃないかなと思うんです。

本物でありさえすれば他人の評価は気にならない。必要ない・・

それをわかる人が多くなっているんじゃないか?・・そんなことを考えました。

本から離れてしまいました・・
本には、アリストテレスが定義したフロネシス(賢慮)を備えたリーダー(著者はフロネティック・リーダーと名づけています)が、6つの能力を備えていること

リーダーにリベラル・アーツの素養が必要なこと

等が書かれていたり、

リーダーを育てるために必要な教育とは何かを考えさせてくれたり・・

前作同様、読み応えあると思います。

2012年8月23日 (木)

おかしくなった組織を元通りにできる?

組織の中で他部署からの指示がおかしいので、組織がだんだん壊れているね~なんて話をしました。
(実際は”いるね~”ってもんではなくて、かなり深刻だっていう雰囲気で話ししたんですが、状況は、もう”いるね~”って言うしかないあきらめ状態!!)

だんだんといまの状態になってきて、既に40代の人だっていまの状態に慣れてしまっています。
そうすると以前の状態に戻そうにも以前の状態がどんなだったかも忘れてしまっています。

予算が削られ、人が減らされ、仕事は逆に増えて

以前は自分が組織の中でどこにいて何をすべきかを考えながら仕事をしていて、自分で考えて、やるべきことをやっていたけれど、いまは指示待ち・・
どんな仕事が上から言われるかわからないから、自分で考える仕事を減らして(なくして)上から言われるままに仕事をしよう・・

言われた仕事を思考停止でこなすだけだから、それがどういう結果になるかを考えていない。

で、他の部署にそれを伝えた時に、それは・・と絶句してしまう事態になってしまう。

でも、なにも考えていないから、それを抗議しても、何を言われているのか、意味がわからない。

そうすると「言っても無駄だ」とだんだん言わなくなってしまう。

悪循環だし、それが定着してしまう。・・そういう状態になってしまいました。

さてこれをどうするか?

大きな組織なので、だれかが言い出したくらいではどうにもならない。
トップ、上層部が気がついてくれればいいけれど・・外向きの懸案事項があって、なかなか内部のことには・・

もちろん元通りにする必要はなくて、組織が行うべきことをきちんと行えるような組織になればいいんだけれど・・
既存の状態をすっかり壊して、新しいものを作るのはなかなか難しい。


ということで、最初に戻って、話をしていた相手とは、「自分たちだけでも、あきらめずにおかしいと言い続けるしかないのかな・・」

NPOとか、ボランティアはやる気がある人ばかりだから・・
私的には”そうかな?”です。

社会活動、社会貢献こそ、組織の目的が優先されて、内部統制に目がいかないような気がします。
少人数でやっているうちは必要じゃないだろうけれど、「組織」っていうものを考えることも大事だと思います。

2012年8月20日 (月)

社会人基礎力

労働法令通信という雑誌のNo,2291を見ていたら、最新賃金・労務問題Q&Aというコーナーに「グローバル人材の育成と人事施策」というタイトルの記事があり、その中に「社会人基礎力に関する研究会」というものが載っておりまして、気になりました。

この記事によると、「社会人基礎力とは読んで字のごとく、社会人として「あたりまえ」に保有すべき能力のこと」だそうです。
まあ誰でも感じていることだろうと思いますが、年齢に限らず、この能力、足りていない人多いようですよね。

さて、社会人基礎力に関する研究会、経済産業省の研究会なのですが、2006年2月に中間取りまとめを出して以降、動いていないようで、どうしてかなと思わないこともありませんが、社会人基礎力に関する事業はいまも行われているようで、なくなってしまったものではないんでしょう。

その中間とりまとめによりますと、いろんなことが書いてありますが、社会人基礎力を構成する3つの能力として

(1)「前に踏み出す力」(アクション)~一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力~
(2)「考え抜く力」(シンキング)~疑問を持ち、考え抜く力
(3)「チームで動く力」(チームワーク)~多様な人とともに、目標に向けて協力する力~

が上がっています。

それぞれの具体的能力要素としては

○前に踏み出す力 ・主体性=物事に進んで取り組む力、・働きかけ力=他人に働きかけ巻き込む力、・実行力=目的を設定し確実に行動する力

○考え抜く力 ・課題発見力=現状を分析し目的や課題を明らかにする力、・計画力=課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力、・創造力=新しい価値を生み出す力

○チームで動く力 ・発信力=自分の意見をわかりやすく伝える力、・傾聴力=相手の意見を丁寧に聞く力、・柔軟性=意見の違いや立場の違いを理解する力、・情況把握力=自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力、・規律性=社会のルールや人との約束を守る力、・ストレスコントロール力=ストレスの発生源に対応する力

これだけ細かく分類されると自分はもちろんのこと、周囲の人も結構足りてないもの多いよねってことになってしまいますが、多かれ少なかれ、どの要素もそれなりに持っていればそれはそれでオッケーで、項目そのものがすっぽり抜け落ちている人はまずいよねって解釈でいいのかなと勝手に考えています。

日頃労働相談を受けていて、この項目を眺めると、社会人基礎力というものが足りてなかったかもしれないなという事例も結構思い当って、社会生活を営む上ではこの能力を身につけるよう努力する、教育とか指導をする人もこの能力がきちんと身につくように育てていくことが必要かなっと思います。

大量の知識や高度な技術、それも大切だけれど、まずは社会人としての基礎・・これをきっちり身につける方が先かもしれませんね。

2012年8月19日 (日)

リーダー不在の時代にできること~坂野潤治氏著「日本近代史」を読みながら

一人ひとりが頑張れば、希望が持てない社会もどうにかなるかなと思いながらも、やはり大きな流れはリーダー、特に政治の世界にしっかりしたリーダーがいないと駄目だよねって感じています。

板野潤治氏著「日本近代史」は、幕末から第二次世界大戦の少し前までの期間、政治指導者を中心に歴史を振り返っています。明治という時代を作った骨太のリーダー、著者が「四分五裂化して小物化している」と言った昭和10年代初頭の政治家、国のトップに立つ人次第で、国民が大きく影響を受けるのは間違いありません。

著者に言わせると現在は昭和10年代初頭と同じように政治指導者が小物化している。
著者に限らず私たちもそれは十分過ぎるほどわかっています。

そしたらどうするか?ただ大物リーダーが現れるのを待つのか?

それとも国はもうあてにならないと考えるのか?

・・・やっぱりリーダーは必要だと思います。でもただ現れるのをじっと待つのではなく、いまの若い人たちをリーダーとすべく育てる。
教育者だけでなく、一人ひとり、リーダーを必要だと思っている人が自分より若い人たちをリーダーになるべく育てる・・その気になればできると思います。

それから、国はあてにならない。というよりも今まで国に頼り過ぎていなかったか?
何か不都合があると国は何をしているんだ!!って言ってなかったか?

本来は自分でやらないといけないこと・・例えば国が破たんしても自分の生活はどうにかなるって言えるくらいの準備をしておく。
書いている本人ができていないことだけれど・・・

リーダーになって国を動かすことができないなら、せめて、なんでもお上がやってくれる的な体質、生き方をしてないか、ちょっと考えてみないといけないんじゃないかなって思いました。

国に過度に期待をしなければ、小物のリーダーでも国のかじ取りができるようになるんじゃないかな。。

自分の周りの若い人からリーダーを作るって気持ちを持つ、国に依存しない。。個人でもこれくらいだったらできるんじゃないかな。

2012年8月16日 (木)

迷い~雇用、労働問題をいかに解決するか

お盆期間、労働相談が少なかったので、自分のかねてから懸案である「あるべき労働政策」とは何かについて考えていました。
なんて書くと大げさですが、企業がグローバルで競争をしていて、人件費、原材料費の安い後発国と同等に戦うために自社の社員の幸せなんて、自分で考えてよねって状況で、じゃ、国や地方自治体は何ができるか、個人は何ができるか・・
利益のみを追求する企業に対し、必要な規制をかける・・法整備を行うということも大事だと思いますが、企業の活動にもプラスになって、個人も、企業が企業の存続・成長のみを追求していても自分の生活が守れるような仕組み、制度は存在しないのか?

そんな完璧な仕組み、制度はないとしても、国や地方自治体ができることは何か?

なぜそんなことを考えているか・・

労働相談という業務に携わってきて、”問題が解決した”ということが何かというと、例えば賃金未払いが発生した時に、争った後の影響を考えると在籍中に争うのは非常に難しい。だから自分たちが関与して解決する事例の多くが退職・解雇後の事例になって、そこで例えば百万円とれた(しかも百万単位の請求なんてほとんどない)としても、その人は何カ月生活ができるか?

解決したと言っても、雇用環境が厳しい中で、いくばくかのお金がとれただけで解決と言えるのか。

労働相談の一担当者としては、粛々と解決案件を増やせばいいのでしょうが、それでは納得ができない。
いまの仕組み、制度の中で相談をしてきた人のこれからの生活を応援できるものを紹介できないか?

きちんとした仕組みとしては仕事を見つけるためにハローワークに行ってもらう、県の雇用に関する事業を紹介するってことしかなくて、そうすると本来は何ができたのかを考えます。

相談をした方がもっと労働法を知っていれば、早い段階で会社にやんわりとおかしいんじゃないかという話ができた。
転職市場が整備されていれば、あくどいことをしている会社なんてとっとと見限って次の仕事を見つけられる。
義務教育の頃から将来のこと、働くことについてもっと考える機会があれば、働くこと、会社を経営ことについて、もっと多くの人がきちんと考えるのでは?・・みんなが考えないときちんとした仕組み・制度は生まれてこないと思うから。。

そんなこんなで、

以前から考えていることとお盆の間に考えたことを合わせると

もっと充実すべきこと(の一部)

・経営者と社員に向けた労働教育
・転職市場の整備
・学校卒業後、知識やスキルを自分で磨ける場所(学校・講座)

この仕組みや制度を作れるのは、国や地域のリーダーしかできないじゃない・・・

そうかもしれないけれど、おかしいということが大事。みんながおかしいと言い続ければ大きな声になると思うし、みんなで考えていると実は自分たちにも”できる”ってことが見つかるって思っています。


2012年8月10日 (金)

大きなスケールを身につけ感動、興奮の人生を!

佐藤優さんの本を2冊読みました。
「読書の技法」と「国が亡びるということ」。後の本は竹中平蔵さんとの対談になっています。
月並みな表現ですが、佐藤氏の超人的な読書量・知識量に圧倒されました。

佐藤氏にしても竹中氏にしても視点は世界、そして時間軸は過去から未来。過去の歴史をひも解きながら、現在だけでなく将来も見ている。
本を読んでいるとそれが当たり前の感じになってきて、本を読み終わって現実に戻ると一般凡人でも自分の生活だけ、今だけ視点になっていちゃいけないなあと思います。

それはさておき、佐藤氏や竹中氏は多くの人が見えない世界が見えているんだろうなと羨ましくなります。
世界的、歴史的な視点で考えるか、自分の半径数メートルの世界、今だけ視点で考えるかで、人生の深みとか興奮が違ってくるんだなと思います。日々身の回りのことだけを考えて楽しく生きるっていうのも人生だし、それはそれで価値はあるけれど、どうせ生きているならスケール大きく生きたいし、もう人生だいぶ過ぎた自分はこれからたくさん生きていける人たちにスケール大きく生きて欲しい。

最近若者に対して、グローバル化に対応した人材になりなさい、外国に出て行きましょうという話がいっぱいあるけれど、その人が自分のことだけ考えるような人だったら、せっかく海外に出て行ったとしても見えるものは限られていると思います。

まずは、自分の発想、視点のスケールを大きくしないといけないんじゃないかな?

自分や家族が幸せになるためには、とか、お金持ちになるためには・・ではなくて、日本を・・とか、世界を・・するために自分は何ができるか?ってふうに”でっかく”考える。

それで何の得になんの? なんて聞かれたら、考えない人に見えないものが見えるんですよ、とかすごい深い人生が送れるよって答えます。

そうじゃなくても、これから何が起こるか分からない時代、自分と家族だけを守るだけの生活発想じゃ駄目なんじゃないかな。。

これって前回書いた記事 青い鳥を求めて~ の続編みたいになっていますね。。

2012年8月 4日 (土)

青い鳥を求めて~

ちまたには幸福論が花盛り。ナカキラ管理人も幸福って何だろうと考え続けています。

日本の経済力がだんだん落ち込んでいて、財政赤字も危機的状況なのに膨張に歯止めが利かない。
いつ仕事を失ってもおかしくなくて、あるいは仕事がみつからなくて、高齢化で将来も不安がいっぱい。

でもでも暑さ寒さを凌げる家があって、お金を出せば好きなものが手に入って、政治家の悪口言っても誰からも咎められないし、服装だってどんなものもオッケー
軍国主義の時代、言論が制限されていて、自由な行動も難しい。服装だって食べ物だって周りを気にしながら。。なんて時代に比べたら幸せだよねなんて考えていて・・

それじゃいまの時代は・・一見自由だけど、私たちの頭の中は固定観念で縛られているような・・

いい学校に行かないといけない。大企業に就職して働く方がいい。お金はたくさんあるほうがいい。
経済成長は高い方がいい。・・・
思いつかないけれど、ちょっとライオン辺りと比較して・・
彼らはお腹がすけば狩りをして獲物を手に入れ、お腹がいっぱいのときは寝そべって、子どもを産めば育てて・・
毎日毎日が繰り返し。何のために生きているんだろうなんて考えていない。

じゃ何のために生きているんだろう。。生まれてきたから!

結局生物すべて生まれてきたから生きている。生きないといけない。

人間だって同じと考えれば、命がなくなるまで日々過ごせばいい。


ただ死ぬまで生きていると考えると自分を高めるために一生懸命勉強して熱心に働く生活も毎日ゴロゴロ過ごす生活もどっちがいいなんて比較は意味がない。

自由で物がたくさん溢れているいまも貧しくて言いたいことも言えなかった昭和の初期も、そこに生きている人はただ生きるために生きてきた。
そう考えるとどっちが幸せなんてこと考えるのがばからしい。
日本とブータンとどっちが幸せなんて考えるのもあんまり意味がない。

与えられた生をどう使うか。。そんなことから考えてみると、なんか考えなくてもいいことを考えているように思えます。

お金に縛られて、周りを気にしながら生きている。

いのちがあるだけで大きな意味があることを忘れてますよね。
いまをしっかり生きずに、いるかどうかわからない青い鳥(幸福)を探している。

でもせっかく発達した頭脳を持った人間に生まれたのだから・・

日々だらだらと生きればいいということではなくて、何かを探すことより、周囲の意見に惑わされるより、自分がいまをどう生きるかが大事ってことを言いたかった。(言えていない。。。?)


2012年8月 1日 (水)

【備忘】「介護ロボ、保険対象に 利用料9割補助」~日経新聞2012年7月30日(月)朝刊から

2日前になりますが、日経新聞に国が介護ロボットを平成15年度から保険の対象にするという記事がありました。

『政府は介護・福祉に役立つ先端機器(介護ロボット)への公的保険の適用範囲を拡大する。歩行・食事など介護される人の自立を助ける機器、入浴・車いすへの移乗など介護する人の仕事を助ける機器などを介護保険の対象とする。必要な機能を絞り込んだうえで2015年度から利用料の9割を補助する。介護士の不足に対応すると同時に、国内メーカーに安価で使い勝手のいい製品の開発を促す。』

目的は、介護人材の不足とこの分野の開発促進ってことなんですね。

『介護支援機器の保険適用の先例として、政府は12年度から寝たきりの人の排せつを支援する機器を対象に組み入れた。3年に1度の対象見直し年度となる15年度から本格的に適用範囲を拡大する考えで、今年度中に経済産業省と厚生労働省が新たに保険適用する補助機器の種類を選定する。安全基準や現場での実証試験に欠かせない安全性の検証手法も構築する。』

経済産業省と厚生労働省が併記されていますが、連携して取り組むってことなんですかね?

『多機能で高額な機器まで無制限に保険適用を認めると、介護保険の支払いが膨らむ。このため、介護現場のニーズを踏まえ、本当に必要な機能に絞った機器の開発をメーカーに促し、介護保険料の引き上げなど国民の追加負担につながらないようにする。』
国からお金が出ると一気に企業が参入しますが、”本当に必要な機能に絞る”って難しいですよね。

『13年度から介護補助機器の開発へ補助金を出すことも検討する。』
やっぱり補助金ですか。。。

『経産省は、介護・福祉ロボットの市場規模を15年は167億円、35年には4000億円強に増えると推計している。保険適用の拡大でさらに増える可能性がある。
 政府は介護現場での補助機械の普及を、ヘルパーら人材不足の緩和にも役立てたい考えだ。25年には現在の2倍の250万人の介護従事者が必要とされるが、低賃金などの理由で現場は慢性的な人手不足に陥っている。』

データとして記憶しておきたいです。
市場規模、大きいですし、人手不足も深刻ですね。

財政状況が厳しいから、主なお客様が国(保険)というのは限界があるのでは?

保険が適用されなくても必要な人が買いたくなる製品の開発を目指した方がいいような気がします。
高齢化が先行して進んでいるから、取り組みも先行しているはず! 海外にも市場がありますから。
(素人が言わなくても既に開発が進んでいるとは思いますが・・)

ちなみに
介護ロボは、
(1)体に装着するタイプ・・腕や足に装着して、荷物の持ち上げや歩行といった運動を助ける、
(2)日常生活を支えるタイプ・・食事や入浴、排せつなど日常生活を手助けして、介助者の負担を軽くする、
(3)コミュニケーションをとるタイプ・・話したり鳴いたりしてコミュニケーションをとる。高齢者のメンタルケアや見守りに活用と分けて整理されてました。これも記事からです。

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