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2012年9月

2012年9月30日 (日)

いまの若者が羨ましい

厳しい時代だと言います。

日本は国の財政が相当まずいところに来ています。しかし、これから高齢化率が高くなりますから、医療や介護、生活保護などの社会保障費はますます膨らんでいくでしょう。
経済分野においては、かつて日本が強さを誇った分野で軒並みアジアを中心とした国にその座を奪われています。
頼みになるはずの国のリーダーは、「リーダー」って言葉を使えないくらい期待外れですし、暗いニュースを拾っていけば日本はこの先どうなるんだろうと思ってしまいます。

ですから、生まれた時からたくさんの借金を背負わされ、沈みゆく国を守らないといけない若者はかわいそうだ・・という論調になっています。

しかし、そういう状況だから、過去この日本社会を作ってきた人たちが、これから試練を受ける若者に、自分たちが持っているモノを伝授し始めているようです。
若い人のために何かしようと考え始めたように思います。

国際語である英語を小さいころから始めることを勧めたり、企業や国・自治体が若者向けのセミナーや人材育成プログラムを考えていたり、これから大変な、いま既に大変な若者のことに目を向けています。

ネット社会になって、子どもの頃から携帯電話を持っていて、パソコンも使いこなせて、情報収集力もすごいんだろうなと思います。

だから、その情報収集力と先駆者たちの支援を受けて、その気になりさえすれば、早い段階で自分の進む道を見つけて、走り始めることも可能です。

留学する学生が少なくなったという話がありますが、facebookを見ていたら、いろんな国の大学を渡り歩いて、知識、人脈を広げている大学生が普通にいます。
社会に出たら苦労が待っているという情報を持っていて、これからは会社のブランドではなくて自分のブランドで生きていかなければならないということを知っていて、既に準備をしています。

かなりの情報が事前に手に入るから、新しいことをする際もそれほど躊躇をしない。

心配が少ない分、困難な状況を楽しんでさえいるんじゃないかと彼・彼女らの雰囲気から感じています。

経済が拡大することが当たり前で、卒業後の進路は就社。海外との競争なんてトップが考えることで、下々はただ黙々と働けばいい。そしたら給料は年齢とともに上がる。
それが当たり前と思って、安穏と生きてきた人生と周囲の環境が厳しくて気を抜けないけれど、自分次第でどんな人生も切り開ける人生。

自分がどの時代に生きるかは巡り合わせだから、それを比較してどちらがいいというのは言えない。

だから、安定した時代を生きてきた人たちがいまの若者はかわいそうだと言って、若者をがっかりさせるのは止めたい。

これから大きな変化が起こりそうな世界に出て行く若者たちは、いままで経験したことがないことに遭遇するかもしれない。その時代を気力・体力とも充実した時に迎える。
すごく羨ましいと思いませんか?

羨ましいから、ちょっと邪魔を・・してはいけませんよね。

自分の後に続く人たちがポジティブに生きていける社会にしたいですね。

2012年9月29日 (土)

「料理SNS、主婦集う」日経新聞2012年9月29日朝刊 【くらし・地域づくり・地域安全】

日経新聞で、「料理SNS、主婦集う 「私の一品」撮影、気軽に投稿「おいしそう」反応が励み」という記事を見つけました。

SNSが生活に深く関わって来ていると感じる記事です。

『日々の料理をテーマにした交流サイト(SNS)に主婦が集っている。家庭で作る料理の写真をスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)で撮影して投稿し、サイト上でコメントし合う。手軽に利用でき、サイト上での反応が日々の食事作りの励みになるのが魅力という。主婦たちにアプローチしたい食品メーカーなどの販促の場としても活用され始めた。』

何かが流行る時、やはり”手軽”であることは外せないことのようです。
また、”食品メーカーの販促の場”とあるとおり、人が集まるところに企業は商機を感じるんですね。
あまり商売に一生懸命だといやらしくて逆効果。そこの見極めが大事なんだろうと思います。

『中村仁社長(料理SNSの「miil(ミイル)」運営会社フロッグアップス社長)は「当初は外食の写真を想定していたが、ふたを開けてみると家庭の料理が大半だった」と話す。』
外食と考えていたものが、家庭の料理がメインになった。利用する側が提供者の思惑と関係なく、使っているんだなと感心します。
それからこれを裏返すと、自分が欲しいサービスがない時に、いまあるサービスをちょっと見なおすと案外利用できるものが見つかる可能性もあるんだなと思います。

『舟田社長(最大手の「スナップディッシュ」運営会社ヴァズ(東京都武蔵野市)社長)は「新しいメニューに取り組んだり、盛りつけや敷物を工夫したりと、ひと手間かけるのが楽しくなってくる」とサイトの効果について話す。日々の食事作りが単調な「作業」から「娯楽」に変わり、結果として料理自体もレベルアップし再び投稿したくなるという。』

『独身時代、結婚後、子供の誕生後など、環境が変われば食事の内容も変わっていく。「食事の記録は人生そのもの」と舟田社長。料理SNSはネット上に人生を記録する「ライフログ」の手段としても普及が進みそうだ。』

"娯楽”になったり、”ライフログ”になったり、娯楽だと考えると他の娯楽に使う時間が減るんじゃないかとか、ライフログになるとすれば、家にいると毎日同じことの繰り返しと言ってた方々が家の中で自己実現できてしまって、外に働きに出るとか、ボランティアをするなどの選択肢のほかに、家の中で過ごすっていう選択肢もできることになって、少子高齢化が進み、就労人口が減るんでいままで働いていない方で働きたい方を社会に・・なんていう筋書きも修正することになるんじゃないかな?なんて想像しております。

まさに「ネットが生活の一部を作っている」って言えますよね。

主婦たちの単なる交流の場と見るのか?

価値のわからない人には意味のないものでも、それを支えにする人もいる。
出かけていく必要がないから、家族に負担をかけることもない。

やっと見つけた自分を活かせる場、それがなくなった時、どれほどがっかりしてしまうか。

もうネットのない社会には戻れないと感じた記事でした。

2012年9月28日 (金)

【雑誌記事】「細谷英二の経営教室」最終回リーダー論~日経ビジネス2012.9.24号

日経ビジネスに連載されていた、りそなホールディングスの会長、細谷英二氏の経営教室の最終回。

最終回はリーダー論でした。

組織の上層部だけが立派なこと言っても現場が動かなければ意味がない。上層部は現場のことがわかっているのだろうか、もっというと現場のことを自分たちの組織の人間として見ているのだろうかと思う事例もあって、リーダーシップを考えてどれほどの意味があるのかと思っていました。

これは非営利活動だって同じで、非営利の場合、組織に属していない方に対してボランティアとして活動したいと思わせることもできるわけで、非営利の場合は、現場をさら広く考えて活動する必要があるから組織内だけを考えているより難しい。

活動組織がなくても人を巻き込んで最前線を動かして行くことが大事だから、そこの仕組みをどう作るかを考えればよくて、リーダーシップ論は関係ないかなと思っていました。

でも本当のリーダーは、現場が大事なことをわかっていて、組織のビジョンやミッションを大きく語るだけでなく、現場の士気を上げる方法まで考えている。

やはり優れたリーダーシップがないと組織の目的が達せられないと・・

”何をたわごとを言っているんですか、だから世にリーダーシップ論が氾濫してるんじゃないですか・・”

そう言うなかれ・・どんな権威の話だって、通説だって、自分の頭で考えて、自分で腑に落とさなければ・・

社会を良くしようと思っている人が、権威・通説ごときを鵜呑みして納得してはいけないんです(大きく出た~)

さて、雑誌記事

細谷会長は公的資金を注入したりそなホールディングスに大胆な経営手法を持ち込んで、経営の立て直しを図った方。大きな実績を持つ方の話だから説得力が違います。

まずやはりショックを受けたのは、

「いろいろな事業会社のトップとのつき合いで感じるのは、リーダーの器量以上の組織は絶対にできないという事実です。それを踏まえると、経営トップにとって後継者育成は最重要テーマと言えます。この後継者育成は企業風土を変える経営戦略作成よりも大事だと考えています。」

ショックですね。
我が組織のトップ・・・こちらはさておき、自分が一人で何かを始めようとした時、一人ですから自分がリーダーなのですが、自分の器量だと大した組織はできないんじゃないかと・・(笑)

それから、りそなの後継者選びの経験を合わせて語られるのですが、最初は組織が変わるためには社外から後継者を選んだほうがいいと考えておられたようです。

しかし、

「社外に人を探しても、意中の人はなかなかいないものでした。
再生が軌道に乗るまでの当初3年は、すさまじい苦労の連続でした。苦しい時が過ぎ、外からトップ含みの人材を持ってきたところで、その時期を知らないだけに後継者にしても社員の気持ちがついていかないとも考えました。公的資金注入後の混乱や厳しい子会社の処理、そうした経験を持たない人がきれいごとのメッセージを出しても社員は耳を傾けないでしょう。私と同じような人材を選ぶのは、もともと不可能です。ならば、社員を競い合わせ、リーダーを育てるのがよいと考えました。
まだ結果が十分に出ているとは言い難いですが、再生が軌道に乗り始めた2006年頃から経営人材の育成に力を入れ始めたのです。1人の経営トップではなく、経営トップのグループにきちんとした人材を選び、チームワークで改革を進める組織作りが狙いでした。」

細谷会長の講演を聞いたことがあります。大きなことを成し遂げた方でもほとんど自慢話で聞いている方は全く役に立たないと思う話がありますが、もちろん細谷氏の講演はぜんぜん違っていて、淡々とわかりやすく話を進められ、当時、ものすごい苦労があるんだろうなと思うんだけれど、そういうところは全く感じないお話しぶりでした。

その方が、「すさまじい苦労」と言われるからには本当にすさまじかったんだろうと思います。トップはそういう苦労をいつしないといけないとも限らないし、元々トップの資質があって、そういう苦労を肌で感じた人こそ、後継者としてふさわしいということなのかなと思います。

それから

「機能する組織は「2:6:2」と言われることがよくありますね。いわゆる優秀な社員が2割、普通の社員が6割、そのほか2割でも組織がちゃんと回りますよと。しかし、私は変革のリーダーはそうたくさんいなくても組織が変わると見ています。いわゆる優秀な社員の2割の中からさらに2割のリーダーを選び出すのです。
要は、社員の全体の4%に変革を志向する「鬼」がいれば、組織は絶対に変わると信じています。この4%をどう選んで育てるのがよいかと考え、これまで試行錯誤してきました。育成と選抜のプログラムを組み合わせ、リーダー候補を育て始めたのです。」

リーダーの器量どおりの組織の話や最後の4%のリーダーが組織を変えるという話。
細谷会長の話だけでやはりリーダーが大事だというつもりはありませんが、それでもリーダーシップを忘れてはいけないなと思います。

それにしても細谷会長の場合、リーダーにさらに条件がついていて、「鬼」じゃないといけないと言われる。
組織がリーダーにふさわしい人を選抜して、さらに育て・・その上でその人が「鬼」になる。この話・・やっぱり細谷会長って違うなと思います。

2012年9月27日 (木)

非営利活動とは?

時々通勤途上で、同じく通勤をしているんだろうと思われる男性がごみ袋を持って、街のゴミを拾いながら歩いているのを見かけます。
あるいは横断歩道で通学している児童の横断を指導したりとか、あるいは単に知らない人にもお早うとあいさつをしてくれたりとか・・
街がきれいになって、子どもが交通ルールを意識して、気持ちが晴れやかになって・・
それぞれの行為がほとんど見ず知らずの人を快適にしている。
これも無償の公的な活動何だろうなと思います。

そうするとNPOとか、NGOとか、地域ビジネスとか、ソーシャルビジネスとか、呼び方なんでどうでもいいよねとか、結局は法律的な整理とか行政の都合で名前がついて、定義がされているんだなと考えます。

それをさらに考えるとそもそも"非営利活動”ってなんだろうと・・
営利ではない活動・・・そのまま

でも何のために非営利なのか?
営利の事業だって社会のために役だっている。

非営利活動あるいはボランティアをする動機は?

社会や地域にこれは変えないといけないという課題があり、気になってしょうがない。
自分が動くことで自分の気持ちが楽になる。

その社会・地域の課題が少しでも解決して、社会・地域が前より良くなる。

これって、「売手よし、買手よし、世間によし」の近江商人の三方よしでは?
売手・・行動している自分、買手・・課題があることで不利益を受けている不特定多数
世間によし・・社会・地域がよくなる

三方よしは「近江」限定ではありますが、日本には昔から「世間によし」っていう考え方があった。
日本人である自分たちの中には、営利、非営利に関わらず活動することで世間の役に立ちたいという気持ちがあって、

非営利活動の定義「不特定かつ多数のものの利益の増進に寄与することを目的とする活動」というのが、なんとなくしっくりこないのかな。。

いろいろ言ってないで、気になったことがあれば動いてみる。それがどういう活動でもいいのかなって思います。

それが組織を作って発展し大きなお金を回すようになって、お金を事業に投入するのか、構成員あるいは出資やへの分配に回すのか、そういうふうにお金の使い方に選択肢が出てきた時に初めて"非営利”について考えればいいのかなって思います。

"非営利活動”をするんだと言うとなんかハードルが高くなってしまいますが、最初のゴミを拾う男性ではないですが、小さいことでもいいから、黙々と、一人でも始められるものなんですよね。。。
"非営利活動"って言葉が流行することでかえって近づきにくくなっているなあって感じます。

それから・・・

非営利活動って、NPO法人や行政NPO・ボランティア施策に集まる人たちだけのものじゃないよねって思います。

2012年9月23日 (日)

サークル活動的社会活動

世は、女性の社会進出、活用の大合唱です。将来、少子高齢化で労働力が不足するので、女性を活用しましょう。
高学歴女性が家庭にいますから、社会に出して働きたい女性が働けるようにしましょう。

男性社会ですから、これを宣言するのは男性のトップの場合が多いのは仕方ないんでしょうが、世間がやっているから自分も流行に乗り遅れずにやらなくっちゃ、であったり、してあげましょう的な上から目線の方には、ちょっと抵抗があります。
こういう場合、何にもアピールしない人よりも女性の活用がなんなのか、わかっていない方が多いような気もします。
九州だからかもしれませんが、会社の中には人のほかに女性がいると思っているんじゃないかと感じることがあります。社員=男性で、女性は腫れものにさわるように特別扱い。活用して広告塔として会社に貢献してもらうけど、業務で実績上げて貢献することなんて期待してないんじゃないかと思える場面、発言に遭遇します。
まずは女性を普通に男性と同様に扱っていただいて、男性と同じように活用していると自信がついてから、「我が社は女性を活用します!」って世間にアピールして欲しいです。

しかし、女性の活用について話したかったわけではないです。

男女共同参画に取り組んでおられる方、女性の方ですが、韓国の実情を調査されて彼我の違いにちょっとショックを受けておられました。
韓国の女性団体が、DV(身内、親しい異性からの暴力)防止対策について、自分たちで活発に活動して、それが国会議員を動かして、十分な対策が取られるようになったという話を聞いたとのことでした。
翻って日本の活動団体を見ると、行政の号令の下、大人しく、秩序正しく活動している。パワーがない。。

国民性と言ってしまえばそれまでですが、話を聞いているほうも寂しくなってしまいました。

この例は男女共同参画なんですが、社会活動を団体でされているところの大部分が、行政の支援の下に活動されていて、強い主体性が感じられないと思う時があります。

手弁当で自分の時間を削って一生懸命活動されていらっしゃる方々に失礼すぎる発言ですが、何か大学のサークル活動みたいな感じを受けたりもして、それが良いのか、悪いのかはわかりませんが、社会活動って何なのかなあって考えています。

それにしても、このブログさえも途絶えがちになって、本業と両方が中途半端になるんじゃないかと考えている自分が偉そうなこと言えるわけなくて、一つのことを長年取り組んでいる方々はすごいなあって思います。

2012年9月22日 (土)

最近の関心事~地域だけ、日本だけを考えているだけでは・・

最近の関心事・・歴史、地理(地域情勢)、外国語・・・
好奇心が強いだけじゃない?と言われるかもしれませんが、並んでいる項目を見て、「わたしもそう!」と言う方が結構いるんじゃないかなと思っています。

唐突ですが・・
東日本大震災が発生して、多くの日本人の考え方が変わったんじゃないかと思います。
自分は九州に住んでいて、震災の影響はなかったけれど、震災が起こって、いままで考えてきたことが急に色あせてしまった。

それ以前、いろんなところでいろんな人が、日本は危機的状況だ、どうにかしなければと叫んでいて、みんなそれなりに危機感を感じて自分のできることをしてきたけれど〈行動はしなかったけど、少なくとも危機感はもっていた)、そんなことはお構いなしに突然すべてがなくなってしまった。

常日頃、心がけても努力しても、壊れるときは壊れる・・無力感にさいなまれて・・でもそこで終ってなくて立ち上がろうとしている。

人間って結構強いなあって・・
とても大変だろうけど、壊れてもどうにかできるのかもしれないな~って・・ 

それで世界を見回すと戦争や貧困、飢餓・・我が地域、我が日本だけが良ければいいのか? 
もっと広く目を向けるべきではないか、また・・世界で起こっている問題と日本は無縁でいられないんだとも・・

それから、私たちはずっと○○年後にこれこれになる、大変だ~と聞かされてきたけれど、いまふと現状を見つめると

既に個人の社会保障負担はかなり高額になっており、もしもの際の生活は自助努力を求められる部分が増えて・・

”オオカミが来るぞ~”って話でごまかされて、”将来が大変だ~”と言われ続けて・・でもいまだってもう大変
もう既にオオカミは来てるんじゃないかな。。

熱水にカエルを入れると驚いて飛び出すけれど、水から入れておいて、徐々に温度を上げると熱くなっていることを感じず、そのまま茹でられてしまう・・いわゆるゆでガエルの話。
その話を聞かされて、どうにかしなければと言われているけれど、もう既に私たちは外に出れない状態じゃないかなって思う。。。
もう手足は茹で上がっていて、外に出る力ないかも・・・


でもね・・ひょっとしたら、私たちは、沸騰しても平気。。に変わっちゃっているんじゃないかって思ったりもするんです。
変われるんじゃないかと思うんです。

国全体が貧乏になっても、公的に最低限の生活が保障されなくても、命の危険にさらされても、人は生きていける。
戦争や貧困、飢餓の中で必死に生きている人がいる。過去の日本でもそういう環境の中、生きてきた人たちがいた。

安心って何か、幸せって何か、生きるって何か、これから私たちはどう進むべきか、そのためにどう考えていけばいいか。。。
もう一度最初から、既存の価値観を見直してみなければいけないと考えている。考え始めている。。

だから、歴史を学び、地域情勢を学び、外国語を学ぶことを通じて他国を学ぶ・・そんな気持ちになるんじゃないか。。


2012年9月17日 (月)

リーダーの条件 「西日本新聞9月16日朝刊 提論明日へ 姜 尚中さん」から

西日本新聞で毎週日曜日に連載されている「提論 明日へ」。九州にゆかりのある方で全国的に活躍されている方数人が交代で書かれております。
今週は、東京大学大学院情報学環教授の姜 尚中氏「リーダーの条件」というタイトルの論説でした。
気になったフレーズを抜き出してみます。

「内憂外患に直面し、それを突破できる強いリーダーシップへの期待が膨らんでいるが、強いリーダーを求める時代は危うい。」
と最初に前置きがあります。今回はこれがメインではないので、なぜ強いリーダーを求める時代が危ういかについて説明はありません。
しかし、いま自分たちの周りを見てみると簡単には解決できない問題が山積していて、それをいっぺんに解決してくれるリーダーが現れないかとみんなが期待していて、それができそうな頼もしい言葉を発する人に惹きつけられていると感じます。
しかし、多くの人が取り組んできた問題が早々解決できるはずがない。ですから自分で考えて地道に行動していくことしか解決方法はないはずなのに、それを止めて強いリーダーにすべてを丸投げしたくなっている。姜さんがそう言うつもりで危ういと言ったかどうかはわかりませんが、私なりに考えても強いリーダーを求める時代は危ういと思います。

ところで論説に戻して、リーダーの条件の話

「リーダーには最低限二つの重要な条件が備わっていなければならない。
何よりもビジョンが不可欠だ。ビジョンとは、未来のあるべき姿を見通す力を指している。この意味でビジョンとは、日本社会のあるべき未来図についての骨太のデザイン力ともいえる。
それは最低でも10年以上のタイムスパンをもった未来の姿を思い描く能力でなければならない。その場合、ビジョンは、単なる幻影やドグマ(独断的な説・意見)であってはならないはずだ。そうならないためには、歴史の潮流をしっかりと見極めることが大切である。」

国のトップリーダーは数字に強く具体的な施策に精通した政策通ではなく、ビジョンを語る人であって、具体的なことはブレーンを使いこなして実現すればよいというようなことが述べられています。
ですから第二に重要なのは「コミュニケーション的能力」だそうです。
「法の施行や警察力、軍事力など、広義の強制力だけが権力ではない。権力には、民主的な手続きを通じて動員される国民共同体のコミュニケーション的権力がある。文字通り、それは公共的な空間で多数者の合意を結集できるコミュニケーションの力を指している。
リーダーは、自らの描くビジョンを実現するために、そのコミュニケーション的能力を動員し、国民多数の民主的な合意という正当性を獲得する必要があるのだ。」

「一刀両断的なレトリック(言葉を飾り立てること)や細かな辻褄合わせではなく、社会的な公正や公共善について諄々と情理を尽くして国民を説得するコミュニケーションの能力が不可欠である。あるべきリーダーはそのような能力が備わっていなければならないのだ。」

姜氏は国のリーダーについて述べておられますが、例えば社会活動をする方々を見ていて、確かに目の前の課題に取り組んでいらっしゃる姿はすばらしく、取り組めば取り組んだだけの効果が見えるのですが、素晴らしい取り組みであればあるほど、そのリーダーが取り組みの意味を、目指すべきところを広く語ることで、さらに大きな効果、大きな影響があるのではと感じています。

控えめな方が多く、黙々と自分が信じたことを実行されているんだろうと思うけれど、時には手を休め、頭を上げて自分のやっている取り組みの意味を周囲に語ってみる。そんなこともやって欲しいなと思った記事でした。

2012年9月16日 (日)

自分で考え、自分の意見を持つ

中国、韓国、ロシア・・このところ気になる領土問題が起こっています。
いまは中国国内のデモが心配ですが、ちょっと前は竹島問題でした。

戦後の歴史を大急ぎ、あるいはほとんど勉強しないまま過ごしてきた。私だけではなく、みんなそういう状態ですよね。
ですから、領土問題が起こった時に中国、韓国が感情的に盛り上がるのがなぜか、ほんとのところ、あんまりピンとこない・・のでは?

それじゃ駄目だなっと思って、きちんと歴史を振り返ってみることにしました。
それで本屋さんに行ってみるとどの本を読んだらいいか・・わからない。

真実は一つのはずだけれど、見方によって様々に解釈できるから、すごく過激だったり、偏っていたりします。
そうすると初心者はどれを読んだらいいかわからない。選ぶ段階で嫌になってしまう。

でもそうもいってられないので、まずは岩波新書の「日韓併合」を読んでみました。
昔歴史の授業で、言葉だけを習ったくらいじゃなかったかなあ。。これをさらっと教えるだけでよかったのか?

当時、欧米列強がすきあらば、自国の領土を拡大していた時代、日本も同じように大国になりたかった。
自国はしっかりと国を意識しながら、他国の愛国心とか、国としての自立とかを尊重していない。

歴史の事実として単に年号と事件の名称だけを学んだことを、特に明治期以降、最近になるほど、きちんと振り返らないといけないなと反省しました。

私たちの国が周辺諸国とどのように関わってきたか、それをどのように歴史につづってきたか。
もう少しきちんと知らないといけないなと思いました。

面倒くさいから、事件が起こった時に識者と言われる人たちが発する意見をほとんど鵜呑みにしてしまってあたかも自分で考えたようにしている。

国際関係なんて日頃の生活では関係ないことだから・・と思っているけれど、時代が大きく変わっていくなかで、日々の生活も世界とつながっていて、一人ひとりが自分の立ち位置を考えるときに国際的な視点を持っておく。

そのためにいまの日本がどのような軌跡を描いてきたのか、歴史をひも解いて行くっていうことが大事。

その時に自分で過去を直接確認することはできないから、他人が研究してきたもの、書いたものを読んだり、調べたりするしかない。
それは、その人の意見や見方が入っているから、それをそのまま信じずに書かれていることに疑問を持って自分なりに考えて、そして自分なりの意見にたどり着く。

どの分野も同じことなんでしょうが、歴史を知る作業では、書かれていることがあたかも真実と思ってしまいがちなので、自分で考えながら進んでいくっていうのか特に大事かなと思いました。

さて、私・・別の視点から書かれた本を何冊か読んでみます。


2012年9月 8日 (土)

「進路」! これからの決め方!

「ハーバード白熱日本史教室」を読みました。賛否両論、というより否定的な評価を多く見かけますが・・

第一章、著者北川氏が海外の大学を選び、大学院に進み、アメリカに行ってハーバードの先生になるまで・・胸がキュンと締め付けられるくらい感動しました。

若い方々にこれから、あなた方がメインになってやってくださいねって言う年になった自分にとって、たくさんの若い方、中学生、高校生・・もう大学生になった人にも、卒業した人にも、この本の第一章を読んで欲しいと思いました。

カナダが素敵だったからカナダに留学して、純粋に取り組んでみたいと思うことを研究テーマに選んで・・
本に書かれていないだけかもしれないけれど、将来どうやって食べていくかって視点で進路を決めていない。

日本の制度を見ると小さいころから、将来の約束された会社の就職に困らない大学に入るってこと(あるいはお金の稼げる芸術家やスポーツ選手になること)を目標にすべてが動いていて、目線は未来。最近は一生安泰という会社も、入ってしまえば絶対有名企業採用の大学もなくなって、会社が倒産したら起業できるスキルや胆力、有名大学卒+専門職で武装なんて、さらに将来を見ながら走り続ける。。

そんな中で北川さんの進路の決め方がすごく新鮮で、うらやましい。
本当にやりたいこと、自分の関心があることが何かをしっかりわかって、いまを大事にして、精一杯いまを生きて、次に進む。

たくさんの日本の若い方にこんな生き方をしてもらいたい。

でも食べていかないといけないでしょう? 

そう、食べて行かなければいけない。逆に言えば食べて行けさえすれば(もちろん自分が働けなくなったときにも食べていけることを考えるっていうことも含まれるけれど)、どんな生き方だっていいんじゃないか・・
一流企業も、社長や部長の役職もなくなってしまえば何の意味もないし、いまや役職は持っていてもそれにふさわしい行動、発言がなければ何の意味もない。
日本でもそういう価値観が生まれていると思います。
会社を中途で辞めると駄目な奴・・そんな価値観も古さを感じるようになっていると思います。

会社に入ってしまえば、一生安泰・・それが楽で安心な生き方かもしれない。

安定した企業の中高年の正社員でたいして成果を上げない人をなかなか辞めさせられずにいるから、若い人が正社員になれない。
それで、いまの若い人はかわいそうだっと言われています。

でも否応なくいままでとは違う生き方を強いられるってことで、いままでいいと評価されてきた生き方が退屈で、もったいない生き方だったと気付くかもしれない。
人と同じように生きるという生き方ができなくなって、人と違う生き方を自分で考えて探すのが普通になるかもしれない。

昔のシステムに慣れた人は若者をかわいそうっと言っているかもしれないけれど、若い人から見たら、昔のシステムで生きた人たちの方が”信じられない”って時代になるかもしれない。

そんな感じがするから、若者がいまの自分たちが不幸だっよねって無気力にならないために、北川氏みたいな考え方で進路を選んだ人の話をたくさん読んだり、聞いたりして欲しいなって思います。

大人(去りゆく人)は大人で、イキイキとしている若い方の話を読んで、聞いて、真摯に学んで考えて、自分たちの経験をしたり顔で若者に押し付けないってことも・・ありじゃないかな。


ところで・・
もちろん家庭の事情もあると思います。北川氏のように海外に留学して大学院にも、となると相当な費用がかかる。家庭にお金のある人はいいけれど、家にお金がないから仕方ないって諦めることも人生だけれど・・例えばお金に余裕のある人が、よその子の金銭的な支援をする。日本の将来の人材を育てるために、自分の子どもだけではなく、広く若者を支援をする仕組み。それは税金を使った公的なものではなくて、一人ひとりが納得して、例えば寄付であったり、とにかく何らかの支援をする制度、そんなものが充実したらいいなと思います。

これからの日本、もし各世帯の所得がさらに減って、我が子の教育にお金をかけられなくなって、子どもが教育を受けられずに才能を活かせないってことが多くなっていくとすれば、子どもって生まれた家庭だけに貢献するものじゃないから、社会が子どもを教育する責任を負担することって・・これもありじゃないかな。


2012年9月 6日 (木)

気になることは言い続ける~日経新聞9月3日「東大よりハーバード」

いささか古くて申し訳ないですが、今週月曜日9月3日の日経新聞朝刊の大学欄に「東大よりもハーバード」という記事がありました。

アメリカの大学の高校生向けイベントに応募が殺到したり、海外の大学への進学の相談が増えていたりするそうです。

ここのところ若者の内向き志向がいわれていて、グローバル化の時代、この状況は日本にとってマイナス・・って論調が多かったですが、変わってきたのね~と、へぇ~とか、ほーとかいう気分です。

一新聞の一記事だから、それで流れが変わってきたって考えるのは、尚早かもしれませんが・・
わずかであっても改善の兆しが見えるっていうことはいいことですよね。
・・この事例の場合、本当に海外の大学を目指すべきかという議論は別にあって、“改善”という言い方が正しいかどうかというのはあるとは思うのですが。。そこは今回は置いといて。

これを読んでいて、社会にこうなって欲しいとかこれは憂うべきことだよねって思うことがあったら、それをおかしいって思う人が、”これはおかしいのではないか?””こうしたらどうかな?”とかしつこく言い続けること、それでそうだなって思う人が行動して世の中少しずつ変わるんだなって・・あらためて感じました。

社会の問題を見つけて、共感する仲間と地道に活動することが大切で、社会貢献活動というとそういうものをイメージするけれど、自分がおかしいと感じたことをおかしいと発信すること、こうしようと言い続けること、それも大事だなあと。
しっかり実際の活動している人からは、手が回らないって言われるかもしれないけれど、活動して実績を上げている人の発言ほど説得力があるっていうのもあるから、意見や情報の発信をして欲しい。発信をして、いままでそのことを考えてもいなかった人に気づいてもらう。一人で動くより、多くの人の共感を得ていく・・これどうでしょうか?

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