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2012年10月 1日 (月)

まず足元を見る

雑誌クーリエ・ジャポンの11月号が「こうすれば、きっと「社会」は変えられる!」という特集を組んでいたので買ってみました。
社会活動に関心のある方なら、きっと気になるタイトルだと思います。

まだ中身を詳しく見ていませんが、「反原発デモ」「経済格差」「政治不信」に市民たちが立ち上がっているという話で、社会を変える際の方法・道具について書いてあるようです。

これから自分たちがよりよく暮らすためにどのような社会を変えるのか・・について、ヒントがあるかなと思って手に取ったのですが、具体的な運動方法に関する特集のようですので、自分の求めるものとはちょっと違ったかなと思っています。

それで、しばらく表紙を眺めていて「立ち上がる市民たち」という活字を見ながら、片や、自分たちの問題に自分たちで立ち向かっている若者がいて、片や、日本の中で若者よ海外に出ましょう、外の世界を知りましょうと言われ続けて海外に出て行こうとしている若者がいるってことに何か違和感を感じました。

確かに日本と全く異なる世界を見るということは大事だけれど、はたして高校生、大学生(もちろんそれ以上の年齢の人も)が身近な問題を解決しようという行動を起こさずして、足元さえも見ないまま、海外に出ることに意味があるのかなと感じました。

外国語を身につけるには若ければ若いほどよい、若いうちでないと時間がない、失敗が許されない。

でも日本にはいろいろな問題があって、その問題はだれが解決するのか?
若い人が主役にならなくていいのか?
本来であれば、社会の問題に一番敏感なのが若者で、社会の矛盾にまず最初に気付いて反応するのが若者だと思っています。

保身や駆け引きなしにおかしいことに有り余るエネルギーをぶつけるのが若者だと思います。

それが、将来の自分の生活、自分のキャリアデザインだけを描いて海外に出る。

すべての分野でグローバル化が進んでいるとすれば、自分が関心を持った活動するにしても、あるいは学問的な研究をするにしても海外に目を向けなければならない状況だと思います。
否が応でも海外を意識せざるを得ない状況になるでしょう。
しかし、それは、まず自分がやっている活動や研究があって、そこで必要があるから海外に目を向けること。

グローバル化が本物ならば、そのうち時機がくれば海外が視野に入ってくる。海外に出て行かなければならなくなる。

海外に出ることも意味があるけれどもまず地元で問題になっていることに自分たちの問題だという気持ちになって、自分たちが活動して何か変化を起こさなければと考える。

高校生、大学生になったなら、いつまでも親、大人から守ってもらう存在ではなく、自分たちが先頭に立って社会を変えて行くという発想になってもいい。

海外に出ることを勧める人たちは、海外を見ていろんな経験をして大きな人間になるっていう言い方をするけれど、足元の問題に気付かず、それをほっといて海外に出ても、結局海外で何も気がつかないままってこともあり得るんじゃないかな。。

決して海外に出ることに反対しているわけではありませんが、ただ、そのまえにもっとやることがあるかも・・ふとそんなふうに考えました。

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