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2012年11月

2012年11月30日 (金)

「世界から「仕事」が消えてゆく」クーリエ・ジャポン1月号

クーリエ・ジャポン1月号の特集は「世界から「仕事」が消えてゆく」、新聞で広告を見たときから気になっていて九州で発売されてすぐ購入しました。
日本に起こりつつ変化を3つの側面から考えるとして、
(1)なぜ「仕事」が減っていくのか?
(2)揺れ動く日本の若者たち
(3)自分で「仕事を創る」には? と3つが掲げられています。
まず「なぜ「仕事」が減っていくのか?」を読みました。
「こうして「必要とされない人」が増えていく」という記事では冒頭から仕事の質の変化の話です。
「現在、先進国経済全体で4000万人が職にあぶれている。にもかかわらず、企業の求人枠がすべて埋まることはない。企業が必要とする能力のある労働者は逆に足りないのだ。
このような労働市場の機能不全は、仕事の性質が急速に変化していることのあらわれだ。労働者の能力と労働市場のシステムが、経済の変化のペースについていけないのである。」
景気が回復すれば自然に雇用が生まれるって期待が打ち砕かれます。求められる能力が違うと言われても、それではいまからすぐに身につけますってモノじゃないから・・深刻な事態ですよね。
(1)テクノロジーが仕事の質を変える。
テクノロジーが仕事の質を変えたと言います。工場の組み立てラインは機械に取って代わられ、銀行の窓口はATMになった。だからこれからの時代に重要になるのは「相互的な対応を求められる仕事」だそうです。
この分野はあらゆる雇用のなかで急速に成長している分野だそうです。そして企業がこの種の仕事を複数のタスクに分解して、単純なルーチンワークは技術の低い従業員に任せるようになっているそうです。
相互的な対応が求められるということは人間らしい仕事ができるということなんでしょうが、それがタスク毎に細分化されるとしたら、一人の人間は一連の流れの中のほんの一部分を担うってことになるのかなあと思います。
(2)スキルのミスマッチが拡大
「新たに創出される雇用は、より教育と能力のある労働者を求めるようになり、他の労働者が取り残されているのだ。」
学校を出たら勉強は終わり・・学校を卒業しても時代の変化にあわせて新しい知識・技術を身につけていかなければ置いて行かれる。そんな厳しい時代になるのかなあ。
(3)地理的ミスマッチの問題
場所によって雇用需要に違いがある。生まれながらの場所に住んでいたいと思うから、どこで仕事をするかは大事。
でも雇用がなければ生活ができない。「政策立案者は、労働力の移動を促す新しい方法を考えなければならない。」とも書かれていますが、仕事がなければ移動して仕事を探すというのが常識になるんでしょうか?
(4)活用しきれない人材の増加
多くの先進国で活用されていない労働者として若者と女性、定年間近の年齢層をあげています。これらの就業率が落ち込んでいるそうです。
今後人材不足になるから、これらの人材を活用しなければならないそうです。
(5)収入の格差は拡大する
「グローバル化とテクノロジーの高度なスキルを持つ労働者の需要を大幅に増やし、彼らの賃金を底上げする一方で、スキルの低い労働者の需要を減らしている。」
「学歴が高いと婚姻率も高くなる傾向があり、高所得者同士が結婚する場合も多く、所得格差に拍車をかけている。」
所得の格差が教育の格差につながります。そうなると教育を受けられなかった者は所得の高い仕事につく可能性が下がります・・格差は開くばかりです。。
そして記事は「先進国経済が直面する長期的な雇用問題は、従来の解決策では対応しきれないだろう。」と言い切ります。
対応策として
「大学に進学しない若者やキャリアの途中で再教育が必要となった労働者のために、中等後教育と職業訓練を抜本的に見直さなければならない。」
「雇用情報の全国的なデータベースを整備して、どのような求人があってどのような資格が必要かを参照できるようにする」
「起業やイノベーションを促進し、インフラ投資を刺激して、成長と雇用創出の足かせをとく・・」
などが書かれていますが、学校を卒業して勉強はそこで終わり。あとは会社に入って定年まで働く。終身雇用はもうほとんど崩れているように思いますが、学業を修めて仕事につく、そしてずっと働き続けるのが当たり前という感覚から変えないといけない時代になったのかなと思います。
いままで以上に個々の能力が求められるとすれば、個々の能力は当然ながら違うから、個々の人間そのものもいままでのような横並びの仕事の仕方はできなくなります。それが当たり前と考えないといけなくなるのでしょうね。
でも逆に人と同じでなくちゃいけないと周りばかりを気にしていたのが、それを気にしなくてよくなれば、ほっとするような気もします。

2012年11月24日 (土)

やっぱり「教育」が大事だと思う 日経新聞2012年11月22日朝刊「辛言直言 建築家・安藤忠雄氏」

11月22日日経新聞の大学欄に安藤忠雄氏のインタビュー記事がありました。
(日経新聞2012年11月22日朝刊「辛言直言 学生の内向き、どう打開 入試改革で創造力刺激を 建築家・安藤忠雄氏」)
大学教育について語られたものですが、安藤忠雄氏のご発言に、いつもながら”しかり!”と思いました。
"「」 "は記事引用、"『』"は記事中の安藤氏談

「――いまの大学教育についてどう考えますか。
 『明治以降の日本が、小さな島国で資源やエネルギーもないのに世界有数の経済大国になれたのは、多くの優れた人材がいたからだ。しかし、今の日本の教育制度で、かつてのような豊富な人材が育つのを期待するのは難しい。アジアの国々が猛スピードで進み続けているのに、日本の大学生は国の先行きが全く見えないという不安を抱えたままだ』

いまの教育が何を目的、目標としているのかさっぱりわかりません。どうにかメニューを作ってそれを日々提供していればいいっと考えているんじゃないかなと思えてしまいます。

『大学生の内向き志向を変えるためには、日本の社会自体がもっと世界に目を向けなければならない。国際社会における日本の立ち位置が変わっているのに、日本人は依然として一流大学から一流企業へと進むことが安定した生活を約束すると信じている。もはやこのような図式は通用しないと覚悟すべきだ』

これを読むと、教育を考える際に自分たちがあまりに専門家や関係者に頼り過ぎていないかって考えます。自分たちがどうすべきというのをもっと自分たちが考えないといけないのかなと

「――そうした学生を生んだ大学の問題点はどこにあると思いますか。
 『日本の多くの大学では学生、卒業生、教員のほとんどを日本人が占めている。そんなことで、国際化社会で通用する人材を輩出することはできない。また、感性の鋭い若いころに、多種多様なことを教え、考える機会を与えることが必要なのに、相も変わらずセンター試験という画一的な手段で学生を選抜しているのも問題だ』
 『端的に言えば、センター試験は左脳の知識についてその優劣を測るというものだ。しかし、人間にはもう一つ重要な要素として右脳の機能がある。右脳は創造力、闘争心などをつかさどる。闘争心というと抵抗を感じるかもしれないが、自立した人間にとって大事な要素だし、闘争心を保つには勇気も必要だ。左脳と右脳があって初めて人間なのに、今の教育システムは一方だけを問題にしている』」

通勤電車の中で一心不乱に英単語を覚えている高校生を目にします。基本知識がないと考えたり・議論したりできないけれど、覚えることだけにパワーを使っているように思います。
もっと考える時間を作らないといけないんじゃないかなと思います。

『戦後の日本は貧しい中から、立ちあがって世界に誇れる豊かな国をつくった。皮肉なことに、その豊かさの中での甘えが、優れた人材を生み出せなくなった今の状況を招いている。経済的に裕福になっただけで、国としてのはっきりした理念がなかったからだ。この国をどのような国にしていくのか、具体的な展望が必要だ。社会の鏡ともいうべき教育もまた同様だといえる。社会の在り方を考えずに教育を考えても意味がない』

気にいったところを引用していたら、記事全文を引用してしまいそうでした。記事に興味を持った方は是非全文を読んでください。

2012年11月21日 (水)

大きな視点で地域、自分の生活を見る

アラブの春を扱った新書を読んでいます。ああ、あの本かと思い当る方もいらっしゃるかと思いますが、まだ半分ほどしか読んでいませんで、またこの本についてはまた書く機会もあるかもしれませんので、本のことはさておき・・

ちょっと前にユーロ危機に関する本を読んで、ヨーロッパで起こっていることが他人事ではなく、自分たちの生活に影響を及ぼす事態になるんだなとちょっと恐ろしくなりましたし、それが日本の中に伝えられていないなと感じました。

そして、いま本を読みながら、アラブ・・中東のことも、知らされていないと感じています。
アラブの春はもちろん、いまパレスチナ自治区ガザで起こっていることが、遠い世界の出来事だ・・で終っているなあと・・
でも本当はアラブ地域で起こっていることは、石油依存の高い日本に大きな影響を及ぼすことなんですよね。

最近特に、自分たちの生活、あるいは地域が世界とつながっていると実感させられることが多いです。
尖閣諸島問題からこじれている中国との関係で、中国旅行者が減ったりとか、地域間の交流が中止になったりとか・・

政治家は日本のプレゼンスを高めるためには「外交」という発想みたいですが、地域からみれば外国との関係をどのように保つかが、自分たちの生活につながっている。
死活問題という言葉が大げさではない状態だなと感じます。

自分たちの気持ちが急速に変わっていて、東日本大震災直後から”きずな”とか”地域”とかいう言葉が大切にされて、地域の人たちが結びついて、その地域が頑張ればどうにかやっていけると思っていたものが、実は地域だけでがんばってもどうにもできないものがあるって考えるようになってきている‥そう感じます。

そうした状況の中で、自分たちの発言や行動が日本人それぞれ個人にどれほど大きな影響を及ぼすかをわかっていない、自分たちの生活を任せられない政治家ばかりだから、じゃあ自分たちの生活をどう守っていくか?

すごくストレスがかかるけれど、各個人ができる範囲で世界情勢に関心を向けて、現状あるいは将来起こることが何なのかを考える。
そして、・・私たちはネットという手段を手に入れたから・・思いついたことを発言していく。それしかないのかなと思います。

言うばっかりで行動してないじゃない・・よくそう言います。発言してるだけじゃ何も変わらない・・
でも発言しなければさらに何も変わらない・・発言する、それも専門家や研究者じゃない普通の人が、自分の生活とつながったところで発言をする・・大いに意味があると思います。

2012年11月18日 (日)

ホームページをちょっと変えてみました!

NAKAKIRA(ナカキラ)にはホームページがあります。
というより、ホームページがメインの活動です。

そのホームページがわかりにくかったので、ちょっと説明を変えてみました。
ここでは、ナカキラギカイの議論に参加していただいたり、Facebookで運用している「議題提案」「除法提供」ページに書き込みをしていただくメンバー募集について書きました。
ナカキラギカイが何をするところか、どのようにギカイに参加するかを書きました。
ちょっとのぞいてみてください。

まだ掲載情報が少ないですが、これからにご期待を。。

2012年11月15日 (木)

新しいトップダウンの仕組み

野田総理大臣が衆議院解散を宣言して来月は国政選挙。
政治家の先生方は自分が選挙に関係なくても「応援」をされますから、衆議院議員だけでなくほとんどの議員さん大忙しかなと庶民は高みの見物ですが・・
さて・・
ちょっと前に「地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図」という本を読み始めました。おもしろくないので、なかなか読み終わりません。
47都道府県で知事をはじめとした代表的な政治家を取り上げ、政治事情を解説しています。
これを読んで思いだす言葉は、やはり「どぶ板選挙」。地元で票が取れないことには議員になれない。選挙民一人ひとりの顔が見える政治。
世襲議員でない限りは、まずは基礎自治体の議員や首長辺りから始まって、都道府県、そして国。
議員に成り立ての頃からの支持者を大切にしないと選挙を戦えない。いわゆる”利益誘導”
普段マスコミで良く聞く、リーダーシップとか、政治主導なんて言葉と大きくかけ離れた世界がそれぞれの地域に存在するようです。
政治家はまず小さな地域の代表として政治家になり、だんだん基盤を広げて行って、上がりが国会議員。
小さな地域の政策に精通して、もう少し大きな地域の政策に精通して、そして国の政策。いわば人間ボトムアップ!
そういう人が国会議員になったからといって、いきなり国政を俯瞰できるか?国のあるべき姿を語れるか?
各々の政治家が自分の地域だけを考えて、そんな政治家が47都道府県にそれぞれ居て、それで日本の政策が成り立っている。
この本を読んでそう思いました。
政治家を選ぶ方法がいまのままだったら、国政に強いリーダーシップを発揮する政治家なんて生まれない。
選挙制度を大胆に変えるしかないように思うけれど、一票の格差さえ是正できないのに、選挙制度を根本から変えるなんて不可能。
そうすると国の方向性を政治家に決めてもらおうと考えている、その発想を変えた方が早いかも。
アラブの春のように、ネットが国の方向性を決められるか?
しかし、結局、アラブで民主化は成功しなかった。一時的に世論を動かすことができても、熱狂だけで国は作れない。
明治維新がそうだったように熱狂の後に実務的に形を整えていく人なり仕組みが必要だと思います。
それでもネット上の集合知から「継続的に」国を変えて行く、動かしていく方法があるような気がしています。
ネット上のトップダウンあるいはリーダーシップ。
何か矛盾がありますが、だれかがそれを実現する仕組みを作れそうな・・無理かなあ~

2012年11月12日 (月)

Nipponビジネス戦記 マーク・デュレイ 産学連携で学生の育成を 日経新聞2012.11.12(夕刊)

大学が知財を提供してやる!という上から目線の発想で、企業さんが問い合わせて来て、先生が乗る気だったら連携を試みましょう・・

”産学連携”というとそんなイメージが浮かんできてしまいます。
大学も生き残りをかけて、いまやいろんな取り組みを行い、産学連携の形も変わってきているのだろうと思いますが・・

さて記事を見てみると

『9月、世界経済フォーラムが主催する夏季ダボス会議が中国の天津で開催された。会議では「21世紀に必要とされる能力」と題したパネルディスカッションが行われ、私がアデコグループを代表しパネリストの一人として参加した。私は「弊社には優秀な学生たちが登録しているが、学生が大学時代に身につけたスキルと企業が求めるスキルの間に乖離(かいり)が生じている。キャリア教育において企業と大学がより緊密になる必要がある」と指摘した。』
『現在、弁護士として活躍している私の友人は、学生の役に立ちたいと、米国の某大学で、彼が携わった裁判などの事例を基に法律に関する講義をしている。社会的責任は、企業だけでなく個人単位でも果たすべきだという考えから、彼は自主的に行っているのだ。
 多くの日本企業では、国際競争を勝ち抜くための人材育成や採用が課題となっている。そのため、企業が求める人材像は多様化している。若者の就職難が問題となる中、企業と大学がより連携を強化すべきだろう。大学は、企業がどのような人材を求めているかを把握し、それに合致する教育を行うことで、より若者が社会で活躍できるようになるのではないか。
 これからの日本経済を支えていく若者が社会で活躍し続けるためにも、より実務に即した教育を通じた人材育成が浸透することを願っている。』

ここでいう「産学連携」は大学が技術を提供するという話ではなくて、学生が社会で通用するよう企業が求める人材像を大学に示していくことのようです。

連携の形は様々あっていいはず。大学で学ぶ学生たちは大学だけのものじゃない。人材育成を自前でやろうとせずに社会にある資源、それは企業だったり、専門職の方々だった
りするんですが、それを活用して、人材育成に厚みを持たせて欲しいなと思います。

大学が外部の意見を受け入れられたら、”連携”のいろんな形を考えて試せるんじゃないかと思います。

2012年11月11日 (日)

憲法を学ぶ

ブログで書くにはちょっと危険なテーマのような気がしますが・・・自分の国の憲法について、そんなふうに感じてしまうのも変ですよね。

石原都知事が都知事を辞める際の会見とか、アメリカ大統領選などを見ていると自分の国のことをあまり関心持っていないな、知らないなと思います。

アメリカのニュース番組を見ていてスポーツ選手が国歌を歌う場面とか、星条旗が普通に掲げられたり服やバックなんかに取り入れられたりしているのを見て、それを日本に置き換えると、国歌は歌うか歌わないかもめてる教育現場であったり、日の丸は右傾化なんて言葉を連想したりして、どうもよくないなあって思います。

やはり自分の国の国歌、国旗は、オリンピックの時だけじゃなく、常日頃から大切に思いたいです。

同じように憲法。戦後の制定手続きはあまり納得できるものでなくて、かといって当時の日本人で作っていたら、かなり保守的なものができて、例えば今現在女性である自分に参政権が与えられていただろうかと考えます。

ここのところ、改憲の話がよく出ますが、一般の人が日常生活の中で、憲法見る機会ありませんよね。学生時代に少しだけ勉強したけれどいまは忘却の彼方。
皆さんたいがい同じような状況ではないかと思います。

でも国歌や国旗と同様、憲法も国民としてちゃんと知っておきたい。護憲であろうと改憲であろうと学者や評論家の意見だけを聞いて雰囲気で自分の立場を決めるのではなく、自分で判断したい。
地域のことを考えるなら、自分の国についてしっかり知っておきたい。歴史も学びたいなあ~
いろいろ手を出すとなかなか前に進めないけれど、仮にも自分で社会活動をしようと思うなら、原典を当たるとか、自分で深く調べるとか、人の意見を鵜呑みにしないために、ここはきちんと押さえておきたいです。

2012年11月 8日 (木)

「たかが英語!」三木谷浩史著~自分の成長を求めること

楽天の社内英語化について、代表取締役が書いた本です。読み始めたら止まらなくて一気に読み終えました。

2年間の英語化の話も興味深かったんですが、それよりも三木谷氏の常に前を向いて進む姿勢に強く惹かれました。

ユニクロの柳井正氏の本を読んだ時も同じようにうれしくなったなあ、なぜかなって考えていたら、結局人間って未知のこと、自分の能力を高められることに惹かれるのかなあって思い当りました。

生まれてきて泣いてばかりだったのに、寝返りができるようになる。
寝返りができたら、首を持ち上げて、首を持ち上げたらハイハイをして・・立ち上がって・・
生まれた時から自分の関心を引いたものに近づいていく。その過程でいままでできなかったことができるようになる。

関心を引いたそのものも手に入れたいけれど、そこに近づく過程で自分が成長することが嬉しい。
前を向いて新しいことに挑戦するって人間が本来持っている、本能に近いものじゃないかな・・

世に閉そく感が漂って、経済成長に意味が見出せなくなって、成長を求めず、自分の生活を充実させよう、ゆっくり生きようって考える人が増えているように感じるけれど、自分自身も経済が成長しても個人が豊かさを感じないっていいんだろうか?って考えているけれど、でも何かを達成した時のワクワク感とか、何かをやりとけたいって思う気持ち、この気持ちが何なのか、この気持ちを忘れていいのかって疑問を感じているいまのこの状態も大切にしたいなって思います。

人は何を求めて生きるのか?
簡単に答えはでないだろうけど、社会に少しでも役に立ちたいと思った時に、その社会を構成する人間について、人間って何のために生きているのかなって問い続けていたいなって思うし、問い続けていなくちゃいけないんじゃないかって・・

2012年11月 4日 (日)

働くって~「ワーク・シフト」リンダ・グラットン著を読みつつ・・

労働相談の仕事をしながら、働くって何だろうって考え続けています。

経営者や請負でなければ「雇用』という形になると思いますが、雇用されている方はほとんどが(歩合制ではなく)時給であったり、月給で働いておられると思います。
そんな方々の中に、ともすれば労働の質を忘れている方もおられるような気がして、賃金が未払いになっていて、職場にいれば、給料が当然支払われるべきであると主張されるとその間どんな働き方をしたのかは問題ないのかなって思ってしまいます。もちろん法律上ではよっぽどのことがない限り、仕事の質は問われませんが・・

逆に考えると一生懸命やってもやらなくても給料が変わらないのに、なぜ一生懸命仕事をするのか?仕事って何なのか?・・人生にとって仕事ってどんな意味があるのか? などなど考えます。

そんな時に巡り合った「ワーク・シフト」・・これからの働き方について考えています。
著者は従来の常識を問い直すべきとして、序章で三つを上げています。

「第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだ。」
「第二に、職業生活とキャリアを成功させる土台が個人主義と競争原理であるという常識を問い直すべきだ。」
「第三に、どういう職業人生が幸せかという常識を問い直すべきだ。」

一度読んだだけではしっかり理解できていませんので、また読むつもりですが、やはり第三の『どういう職業人生が幸せか?』・・個人が働くことについて考える時、まずは考えるところかと思います。
自分がなぜ働くかもわからず、それは置いといて日々黙々と働くのではなくて、やはり自分なりに働く意味を整理して働きたい。。。
この本、とても参考になりそうです。

ちなみに日経ビジネス2012.11.5号の「本」コーナーで「変化する働き方の指針」という題名でブックファースト新宿店Eゾーンリーダー、つまり書店員さんがこの本を取り上げています。

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