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2012年12月

2012年12月31日 (月)

気がついたことを書き続ける

留学を希望する若い方がジワリ増えているという新聞記事を読みました。

何のために働くかを考え、今までとは違う価値観で仕事を選ぼうとしている若者に関する雑誌記事を見ました。

内向きだとか、安定志向だとか言われ続けた人たちは、その意見に触れつつ、自分なりに考え行動しています。

多くの意見が寄せられる中で、自分なりに考え、自分なりの結論を出しています。

情報がなければ、判断ができない。今までやってきたことに疑問を感じない。

だから、おかしいと感じた時におかしいと発信すること・・始めはたった一人でもいいからおかしいと感じたらおかしいと発信する。

それを見た人が同じようにおかしいと感じて・・おかしいと感じる人が増えれば、それじゃいけないんだなあって世の中が変わっていく。

たくさんの人に影響を及ぼすような人でなくても、小さな声でもそれが共感されれば多くの人に伝わっていく。

何か変だなあと思ったら、変だなあと書いてみる。
おかしいよねって言っている意見に同感だったら同感だって書いてみる。
それが大事かなって思います。

ナカキラの活動について、スタートを切ったつもりでもう1年以上経ったけれど、いまだ迷走段階。
本当はまだスタートラインにもつけていないかも・・

来年も迷走が続きそうだけれど、それでもいいかなって思っています。

本当に必要なものだったらいずれ形になるでしょう。

緩く動いていますが来年もよろしくお願いします。

2012年12月29日 (土)

国庫は誰のもの?

政権が交替し、前政権と180度異なる方針を出されると政党の思惑で国のお金が使われているんだなあと感じます。
なんのかんの言っても結局、政党に金と票が集まるような施策しか考えないのではないかと穿った見方をしてしまいます。
そういう見方で政治を見始めると、カメラの前で偉そうにお金の使い道を話す政治家に、それ自分の稼いだお金じゃないじゃない。
自分のお金のように話さないでくれますか、って思ってしまいます。

どうして自分のお金のように話して許されるのか? お金と手間暇をかけて選挙で当選したから?
それは大変なことだと思うけれども、国のお金を自由に使えるような錯覚に陥らないで欲しいなと思います。
でもそうしてしまっているのは、自分たちが税金の使い道にあまり関心を示していないから、あまりにも知らないからかもしれないと思います。

税金を払うまではいろいろ意見を言うけれど、あとは無関心。

公務員は無駄ばかりしているとか、特定企業に税金を投入するのはおかしいとか、抽象的な話はあっても実際に決算書を当たってみるとか、予算決算の分析をするとか・・ないですよね。
国に寄付をして、あとはどうぞそちらでやってくださいってモノじゃない。だから、お金の使い道についてもう少し関心を持って、おかしな使われ方をされそうな時は、早めにそれに気がついて、おかしいって言えるようにしておかないといけないと思うのです。
国家財政リテラシー・・とでもいいますか、国が自分たちを守ってくれなさそうだから、自己防衛のためには・・・知識を身につけないといけないですね。

2012年12月24日 (月)

”自分たちで”という発想

今日、2012年12月24日日経新聞朝刊地域総合面の時流地流「イクメンの住民自治」は、取材対象も魅力的ですが、記事自体も魅力的です。
育児の担い手の最終責任者にされてしまっている母親経験者としては、“イクメン”という言葉にどうも抵抗があります。
子どもの成長は父親、母親が当然責任を持つべきもの、父親が働いているから育児ができないっていうのは納得できません。
人間には男と女がいて社会が成り立っているとすれば、その社会に出ていく人を育てる行為は、男女ともに担うべきだと思っています。
男性はお金を持ってきているじゃないか・・っていう意見もありますが、子どもの前にお金を置いていてもそれだけでは子どもは育ちません。手をかけることが必要だと思っています。
さらに最近は女性も働くようになりましたので、ますます納得ができません。
ですから、当たり前のことなのに、育児に参加する父親を“イクメン”なんて言葉でほめる必要があるの?・・って思ってしまいます。特に参加する育児が子どもと遊んであげることだったり、保育園に送り迎えすることだけだったりすると、それも大事なことですが・・、お腹をすかせた子どもの夕食の支度どうなの?とか、汚れた服の洗濯どうなの?・・結局子ども受けしないところは母親の役目なのよね・・なんてイラッとしてしまいます。(最近は家事全般を含め、育児全般ばっちりこなす“イクメン”も多いようですが。。)

そんなイクメン嫌いの私さえ、この記事には好印象・・

この記事に登場する“イクメン”がどんなイクメンかはわかりませんが、「目指す目標は(1)育児(2)育自(3)育地――の「3つのイクジ」」なんていうのは、ほほぉ~と思ってしまいます。
世にイクメングループは結構ありますが、それが育児だけに関心を持っているなら、単なる子ども好き、あるいは育児に悩む父親の集まりに過ぎません。

でも目標として育児を通じて自分を育てるとか、ひいては地域を育てるなんて考えていらっしゃるとしたら、それは育児に関わる父親だけでなく、広く周囲に影響を及ぼす活動になると思います。

この活動の代表が「家事や娘の育児と両立させるため「プロジェクトで活動するのは毎月3日間と決めている」」というところも、育児とそれを通じたこれからの活動のあり方を真剣に考えておられるんだろうなと感じます。

そして記事にはフランスの歴史家の言葉が登場します。「仏の歴史家トクヴィルは著書「アメリカのデモクラシー」で、こう述べている。「自治する習慣を完全に放棄した人々が、どうすれば従うべき指導者をうまく選び出すことができるかを考えるのは難しい。そして隷従する人民の投票から自由で活動的で賢明な政府が生まれることがあるとはおよそ信じ難いであろう」」

たかが育児の取り組みじゃないか・・なんて考えた人は、住民自治あるいは地方自治を語れないかも・・

記事のまとめ・・
「行政に任せきりの自治を抜け出し、できる範囲で地域とかかわることで、新たな公共サービスの担い手となる。自治の習慣を取り戻し、賢い政治的指導者を選ぶ眼力も身に付ける。ねりパパ((注)記事中のイクメングループのこと)は次世代の自治のあり方を示すモデルケースかもしれない。」

いまたくさんの人が気付き始めたことかもしれないですが、自分たちが動くこと、それも身近なとても小さなことから・・動くことからしか、自治は始まらないのかもしれませんね。

2012年12月17日 (月)

複雑になった世の中で大局を見る

衆議院選挙が終わったばかりなので、これからの日本で何を優先して取り組むべきなのかと一庶民ながら考えています。

右を向いても左の向いても問題ばかり・・そしてその問題に相反する利害が絡んでいる。
自由貿易を推進して自国のモノをどんどん売っていきたいけれど、それは逆に国内の産業に脅威を与えることになったり・・
社会保障が充実した国であって欲しいけれど、そのためには現役世代に負担を覚悟してもらわなければならないとか・・
両方にいい顔はできないから、日本の将来のため何をすべきかを判断できなければならないけれど・・非常に難しいと思います。
いまの日本、大局を見て進むべき道を進んでいかなければいけないけれど、それが難しくてできないから、逆に何も考えないようにしていて何もやらなくて、何か問題が発生した時にそれに対処することだけにしようと考えているんじゃないかと思ってしまいます。だから政策があっちに行ったりこっちに行ったりしている。
でも思えば一つひとつの問題が複雑になっていて、よくわからない。みんながそれぞれとても熱心で優秀だから自分が取り組んでいる分野を各々が深掘りをしていて、専門的になり過ぎて、その分野の人でなければ、何も語れなくなっている。
先日ご家族が乳ガンにかかってしまったという方にお会いしたのですが、乳ガンに関する本を10数冊読まれたという話をされていました。
それで結局すごく詳しくなって、それでもどの治療法がいいかよくわからなかったと話をされていました。

何か問題があった際にその分野に目を向けるとものすごく多くの人が関わっていて、ものすごく専門的だっていうことがわかります。そして見解が一つじゃないってことが多いことも・・
それがどの分野もそうで、そうするとその分野を語れるのはその分野を知る人だけ・・って状況。

だから逆に言うとその分野の専門家は、細部に詳しいけれど、細部に詳しいがために、その分野が他の領域とどういう関わりを持っているかとか、社会全体の中でどういうふうに位置づけられるかって話になると、それを語れる人がどれくらいいるのかなって思います。
でも社会の中でその分野がどういう位置にあるのか、その分野が他の領域とどうかかわりあっているのかが分かっていないと社会にどういう影響を及ぼすのかっていうのがわからない。それがわからないと社会全体がどうあるべきかっていうのがわからない。
みんながある分野の専門家で、その”ある分野”が非常に細分化してしまったから、各自が非常に細かいところだけしか見ていない。その分野だけの発想でそこだけを守ることしかしてないような気がします。
そんな状況で大局を見たいときには?・・・どうしたらいいんでしょうね・・よくわかりませんね。。。
でも結局、日本の将来について、自分たちのこれからの生活がどうあるべきかという言葉に置き換えるとシンプルな答えが出てくるような気がします。
よく言うように車の構造を知らなくても車を運転できる。
同じように、専門的過ぎる議論は必要なくて、その分野が本来人々の生活にどう役立つべきかという視点から議論をすれば、あるべき姿が見えてくるんじゃないかな。

2012年12月15日 (土)

自分で自国を評価〜『「間違いだらけの「日本衰退論」」Newsweek2012.12.19』

2012年12月19日号ニューズウィーク日本版は2012衆院選の特集で、パラパラと中身を見て買ってみました。

その中にコロンビア大学、ジェラルド・カーチス教授の「間違いだらけの「日本衰退論」」という記事があり、そうだなあって思いました。
自国のことを、外国の方の著作でなるほどと思ってしまうのは、相変わらず情けないですが、タイトルの下に「主張」とありまして、「日本がどれだけ衰退したかを論じる暇があるなら、国の強さと弱さを見詰め直し、本当の問題に目を向けるべきだ」とあります。

言われるとおりかなあと。一日一日、一分一秒、時間は過ぎているから、”日本、衰退したよね~”って言っている暇があったら、今の日本じゃ駄目だっと思ったら、まずは自国の長所、短所を把握して、次に、というより今何をすべきかを考えないといけないですね。
そのヒントとして少し記事を引用させていただくと「「失われた」といわれる20年の間にも、日本経済は成長し、生活水準は向上を続け、失業率もそれほど高くなっていない。」

若者が内向きになったと言われるけれど、「日本が抱える本当の問題は、もっと上の年齢層に内向きな人が多いことだ。彼らは、若い世代が自らリスクを取って新しいことに挑もうとする気持ちをそいでしまう。」

”年齢が逆ピラミッドになり、たくさんの高齢者にかかる社会保障費を少ない現役世代が負担する。だから高齢者の負担をいかに抑えるか・・”なんて視点からの議論が多くて、中高年世代は、”しかたないじゃん、好きでこの時期に生まれたわけじゃない”とか、反発しているかもしれません。

でも、そんな問題よりもっと大きな問題は、中高年が、これから体力的に下っていくばかりで自分たちは何にもできないよってスタンスでいることの方じゃないかと・・
”これから若い人たちは英語必須だよね、自分はできないけど、もう無理!頑張ってね!”
”若い人たち、これからは海外だよ、海外に住まなきゃ!でも自分ちの近所に外国人増えたらいやかな。町内に外国人増えたけど、いずれお国に帰るから・・”
いま日本って国で生活して、この国の空気を吸って、食糧・資源を消費しているのに、”自分たちはもう体力・気力が衰えているから・・もう無理だから・・”
そう言いつつ、思いつつ、既得権はしっかり守って、若者がんばれ!って上から目線。
本当にそうなの?
40代、50代でスポーツを始めてオリンピック選手になるのことは不可能、外国語をネイティブ並みに話せるようになるのも不可能・・
でも毎日何かを続けていたら、続けた分は進歩する、身についてくる。
若いころ、昨日覚えたことが70%、80%思い出せたのが、いまは10%あるいは一桁かもしれないけれど、それでも全く残らないことはないはず。
昔は脳の細胞は年齢とともに失われるだけと言われていたけれど、そうも限らないって話もあって、自分に制限を設けてしまうことが、自分の進歩を止めているし、マイナス思考が若者をがっかりさせてしまう。
中高年だって、当然、これからの日本に責任を持てるし(持たなきゃいけないし)、能力が衰えているって言ったってできることはある。
自分らはもうすぐ死ぬから後は勝手にやってくれ~はないでしょ!
タイトルとは違う話に熱が入ってしまったけれど、世間一般で言われている日本の『○○論』について、容易に納得しないで、自分なりに評価してみる。
後になって『○○論』は違っていた!となった時に、えっとならないよう、自分の感覚を信じて自分なりの”日本の現実の姿”を見ていたいなっとこの記事を読んで思いました。
最後にまた記事から引用「議論すべき問題が山積みしている国は日本だけではない。やるべきなのは、本当の問題を見極め、解決策を模索し、そのために社会がどのような力を備えればいいかを考えることだ。」
いいですね~。個人的にはもちろんですが、NAKAKIRA(ナカキラ)を通じても「問題を見極め、解決策を模索」する活動をしたいです。

2012年12月 7日 (金)

自己責任

あまり車の通らない場所の横断歩道で信号が青になるのを待っている時に、

「欧米では車が来ていなければ赤信号でも横断歩道を渡る。車が通らないのにぼんやり青になるのを待っている日本人が信じられない。」とか、

アジアの国では逆に「青信号でも車が信号無視をして通るから気をつけて横断歩道を渡るように!」なんて言われたりすることを"必ず"思い出します。

日本人って規則を守りますよね、もっと言えば、秩序を維持することが好きな人が多い。
それは幼いころから、規則は守りましょう、正しいことをしていたら天はきちんとあなたを見ていて、あなたに良いことがあります。なんて感じの話を聞かされるせいかなと考えています。
これで、ちゃんと規則を守っていたら、秩序を維持していたら、天は自分を守ってくれるという意識になってしまっているのでは?

でも規則や秩序=正しいこととは限らないし、天=法律や役所、ではない。
正しいことが何なのか ということをあまり考えていない。かといって他国の方々が正しいこととは何ぞやなんてしょっちゅう考えているふうでもないけれど・・
でも、少なくとも自分がすることは正しいと考えているんじゃないかなあって思います。自分の判断を信じて行動している。そしてそれで何かあったら誰のせいでもなく自分のせい。

「自己責任」

しつこいけれど・・日本人って規則や秩序を守ってさえいれば、自分が守られると考えているふうなところがあって、それで大人しく規則に従っている。
整然と秩序に従って行動することを外国の方々から賞賛される・・なんていう表現を見ることがあるけれど、それって誉められているばかりじゃない・・と思います。
これでやっておけば自分に不利益が及ぶことはないって単純に自分で何も考えずに行動しているずるさを感じます。

それでここで選挙の話ですが、いままではどっかの政党を支持して、そこが自分の生活を守ってくれるだろうと考えていました。
それで散々裏切られて、民主党が政権を取って結局そこでも裏切られて・・それで今回ははじめからここを支持だ!っと思える政党がない。

それでやっと自分たちのことは自分たちでしなくっちゃ、責任持たないといけないかもって思い始めたような・・

政治家なんてあてにならない。逆に自分たちができることは自分たちでやるから余計な口は出さないでくれ!って思うようになるかも・・

いい社会になるかも!!

ところで、そうはいっても社会の大きなシステム、例えば税制をどうするかで、自分たちが努力して稼いだもの、節約したものが吹っ飛んでしまうこともあります。
個人ではどうにもできないところを政治家が決めますから、どの政治家にそれを任せるかはちゃんと考えないといけないですね。
選挙に行きましょう!!
選挙運動、各政党、各候補者の主張、しっかりみましょう!

2012年12月 3日 (月)

国の威信

昨日、福岡国際マラソンを見ていて、記録について解説がされていて、あれ?っと思いました。
いまや男子の国際記録は2時間3分台だそうですね。すごいなあと思っていると日本記録は10年前から破られていない。10年前に2時間6分台が出てそれから記録が更新されていないというように解説されていました。

かつてはマラソン王国だったんじゃないかなっと思いつつ、そう言えば、企業のスポンサーがなかなか見つからないとか、仕事をしながら時間を見つけてマラソンをしている方がいたりとか・・
日本経済停滞の影響が、マラソンの記録に現れているのかなと思いました。

それでオリンピックを考えると例えばメダルを取ると国家が高額の賞金のようなものを出したりとか、兵役が免除されたりだとか・・

選手の養成についても国家的に取り組んでいたりして、国際的なスポーツ競技会を国家の威信をかけたものと考え、それ相応の取り組みをしているのに対して、日本ではオリンピックの期間は選手がメダルを獲得して日の丸が揚がると嬉しくなるものの、国の威信を賭けてという雰囲気はないですよね。
それはそれでいいのかもしれませんが、スポーツを振興することで、教育に対する取り組みであったりとか、健康に対する取り組みであったりとか、周辺技術であったりとかが充実する。
また、優秀な成績を収めた国に対しては、選手と併せてそれだけの選手を輩出するその国の取り組みを素晴らしいと感じますし、その国を見直したりします。

政治的な外交とは違った効果が国にもたらされように感じます。

領土を主張することも大事かもしれませんが、もう少し違った形で国の存在感を出す方法って結構あるんじゃないでしょうか?

運動オンチで、マラソンにもそうそう興味がある方ではないですので、勝手に解釈させてもらいました。
日本の記録が伸びない本当の理由、ご存じの方から笑われるかもしれませんね・・

2012年12月 2日 (日)

女性の活用とセクハラ

今日はナカキラの活動とちょっと離れてしまうかもしれませんが、職場のセクハラと女性の活用について、自分の本業の労働相談でちょっと感じたことを・・

もう3年間職場の労働相談に関わっていますが、その中でセクハラの相談は数えるほどしかありません。
潜在化しているのかもしれませんが、厚生労働省と各企業の取り組みが進んで、セクハラをしてはいけないぞ、セクハラを出してはまずいぞという雰囲気が醸成されてきたために、実際セクハラ事例となるものが少なくなっているのではないかと感じています。

そんな中で最近セクハラの相談が持ち込まれ、解決に向けて相談をされた方と企業両方にお会いして話をしています。
企業は大企業のグループ会社でセクハラ教育はきちんと行われているはずですが、あまり対応がよくない。
男性が窓口なのですが、どうも重大性が認識されていないように感じます。

セクハラが起こってしまうと被害者だけでなく、女性社員すべてが気味悪さを感じます。男性社員が女性社員を性的関心を持って見ていたんだとハッキリ感じてしまう。
そして社内の対応がゆるいとそれを他の社員も認めている職場なんだと思ってしまう。
男性は、その辺の感覚があまりわからないようですね・・
男性諸氏いろいろ思うところはありましょうが、職場で性別を意識しないようにしていただきたい。少なくとも意識していないように振る舞って欲しい。
職場の中では男である、女であるということ以前に同じ人間として性別抜きで考えていただけないかと思うところです。

それで、まだまだ性別を気にしている職場だなあと思った時に出てくるのが、女性の昇進。
管理職は男性の方が多くて、そうなると上司が男性で、昇進させたい部下が女性という事例が多いと思われます。
そうすると女性を昇進させて、どうして?って思われないためには、その女性が誰が見ても優秀だよねっていう人になっちゃうんじゃないか?
それで男性と同じくらいの能力だとなかなか認めてもらえない。
男性上司が周りの目を気にせずに性別に関わらず人材を登用して欲しいと思いますし、女性の上司が増えて、職場の中で男性だから、女性だからを意識せずにすむようになればなあとも・・。

さて・・
このセクハラの問題も責任者が女性だったらどのような対応だったかな・・と考えているところです。

2012年12月 1日 (土)

うそでしょう?最低賃金撤廃

ぼや~とネットを見ていたら、某政党の最低賃金撤廃の話で盛り上がっているようです。

人間は生き物だから働ける時間に限りがあります。
ですから一時間当たりの賃金も下限があると思います。
せめて生活ができる・・というか労働力を維持できる賃金は払って欲しいですね。。

福岡県の最低賃金は701円、これで8時間働いて、30日本当は週に1回の休みを入れないといけないんで、例えば25日働くとして、140,200円。
これから税金や社会保険料が引かれて、手取りは10万円ないですよね。
それから、家賃があって、食費があって、光熱費があって・・・将来年金だけで暮らせるかどうかわからない(年金があるかどうかも・・)ので、貯金もしなくちゃいけない(普通はできないと思う)。
生活かなり厳しいでしょう。。

この基準さえ守らない企業があって、さらに本当は残業をしているのに残業をカウントしていない企業があって・・
それが最低賃金規制がなくなったらと思うとぞっとします。

資産や能力がある人は、自分の才覚で稼げて自分の生活は守れるから、あんまり関係ない。
なんて思っているかもしれないけれど、最低限の衣食住が確保されないと社会に不満がたまってしまう。
犯罪が増えて、のんびり散歩さえ楽しめなくなるかも・・
そんな社会にならないとも限らないなあと想像するんだけれど・・

某政党が見ている未来の日本ってどんな姿をしているのかな?

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