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2012年12月24日 (月)

”自分たちで”という発想

今日、2012年12月24日日経新聞朝刊地域総合面の時流地流「イクメンの住民自治」は、取材対象も魅力的ですが、記事自体も魅力的です。
育児の担い手の最終責任者にされてしまっている母親経験者としては、“イクメン”という言葉にどうも抵抗があります。
子どもの成長は父親、母親が当然責任を持つべきもの、父親が働いているから育児ができないっていうのは納得できません。
人間には男と女がいて社会が成り立っているとすれば、その社会に出ていく人を育てる行為は、男女ともに担うべきだと思っています。
男性はお金を持ってきているじゃないか・・っていう意見もありますが、子どもの前にお金を置いていてもそれだけでは子どもは育ちません。手をかけることが必要だと思っています。
さらに最近は女性も働くようになりましたので、ますます納得ができません。
ですから、当たり前のことなのに、育児に参加する父親を“イクメン”なんて言葉でほめる必要があるの?・・って思ってしまいます。特に参加する育児が子どもと遊んであげることだったり、保育園に送り迎えすることだけだったりすると、それも大事なことですが・・、お腹をすかせた子どもの夕食の支度どうなの?とか、汚れた服の洗濯どうなの?・・結局子ども受けしないところは母親の役目なのよね・・なんてイラッとしてしまいます。(最近は家事全般を含め、育児全般ばっちりこなす“イクメン”も多いようですが。。)

そんなイクメン嫌いの私さえ、この記事には好印象・・

この記事に登場する“イクメン”がどんなイクメンかはわかりませんが、「目指す目標は(1)育児(2)育自(3)育地――の「3つのイクジ」」なんていうのは、ほほぉ~と思ってしまいます。
世にイクメングループは結構ありますが、それが育児だけに関心を持っているなら、単なる子ども好き、あるいは育児に悩む父親の集まりに過ぎません。

でも目標として育児を通じて自分を育てるとか、ひいては地域を育てるなんて考えていらっしゃるとしたら、それは育児に関わる父親だけでなく、広く周囲に影響を及ぼす活動になると思います。

この活動の代表が「家事や娘の育児と両立させるため「プロジェクトで活動するのは毎月3日間と決めている」」というところも、育児とそれを通じたこれからの活動のあり方を真剣に考えておられるんだろうなと感じます。

そして記事にはフランスの歴史家の言葉が登場します。「仏の歴史家トクヴィルは著書「アメリカのデモクラシー」で、こう述べている。「自治する習慣を完全に放棄した人々が、どうすれば従うべき指導者をうまく選び出すことができるかを考えるのは難しい。そして隷従する人民の投票から自由で活動的で賢明な政府が生まれることがあるとはおよそ信じ難いであろう」」

たかが育児の取り組みじゃないか・・なんて考えた人は、住民自治あるいは地方自治を語れないかも・・

記事のまとめ・・
「行政に任せきりの自治を抜け出し、できる範囲で地域とかかわることで、新たな公共サービスの担い手となる。自治の習慣を取り戻し、賢い政治的指導者を選ぶ眼力も身に付ける。ねりパパ((注)記事中のイクメングループのこと)は次世代の自治のあり方を示すモデルケースかもしれない。」

いまたくさんの人が気付き始めたことかもしれないですが、自分たちが動くこと、それも身近なとても小さなことから・・動くことからしか、自治は始まらないのかもしれませんね。

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