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2013年11月

2013年11月24日 (日)

社会貢献の気持ちを失わせる「権威」

このブログが滞っているので、すでにお気づきかと思いますが、「社会貢献」に興味を失いつつあります。

括弧をつけているとおり、社会に貢献するということ自体はいまでも関心があって、というより人が生きていく上で、必ず社会への貢献はすべし・・というか、誰であったも形は違えどしていて、できれば自分も自分の能力を最大限活かして、社会にプラスの貢献をしたいと日々考えています。

ですので、関心を失っているのは、「社会貢献活動」とか「NPO活動」とか言われるもの。
かつて日本にはボランティア活動の土壌がないなどと言われていましたが、阪神淡路大震災以降、数々の自然災害やその他無償の活動が求められる際、あらゆるところから志ある人が集まって、応援をするのが普通の光景になっています。

制度の整備も進みや海外事情も紹介され、社会貢献活動が、何か特別なものとして定着してしまった感じを受けます。

そうするといまや長期間あるいは深く活動をしている方がいて、自分の周りの「地域」ぐらいのレベルでみるとその方々が大きな発言権を持っていて、新参者やパートタイム社会貢献派は活動しづらい。

崇高な志で、普通の人は真似ができないくらい深い活動をされていて、それで社会が変わっていくのだろうけれど、

「社会貢献」あるいは「NPO活動」が何か特定の人だけのものとなってしまったようです。
それからさらに・・・

それに類した話で、長年ボランティアに近い形で活動をされてきて、その功績を国や自治体が表彰したり、紹介したりします。

それでその活動をしている方が、どこどこの自治体から○○の表彰を受けて・・・とお話をされていて・・・

とかくボランティアというと、ちゃんとやってくれるかと疑いの目で見られることもあるようで、それで自分たちは大丈夫です、実績がありますということを伝えていただいているんだとは思うんですが・・

私のように素直じゃない人間はなんとなく自慢をされているようで、そうするとまたまた何のために活動をするのか?という疑問が出てきてしまうのです。

ということで、結局は人間息をしている限り、社会に何らかの影響を及ぼしていて、社会を良くしていこうと思っていれば、それでいいのではないかと・・・

自分の生活のためだけれど、企業で働いて人が便利に過ごせるものを作るとか、売るとか、あるいはそのバックヤードを務めるとか。

あるいは自分の子どもを育てているだけなんだけれど、その子が大きくなってやがては社会を支えるとか。
そんな生活を送りながら、ふと自分に与えられた役割を超えて、困っている人を助けるとか、大仰に構えずに自然体でできたら、それでいいんじゃないかと考えます。

2013年11月17日 (日)

「幼稚園も長時間保育を 待機児童解消の切り札に」西日本新聞2013.11.17(日)朝刊

今朝の西日本新聞29面ニュースふくおかで幼稚園が長時間保育に取り組むことについて書いた記事を見つけました。

『保育所の待機児童解消の「切り札」として幼稚園に注目が集まっている。安倍政権が成長戦略の柱として推し進める「待機児童解消加速化プラン」でも幼稚園の長時間預かり保育は主要施策の一つ。幼児教育を担ってきた幼稚園はどう変わろうとしているのか。』とあります。

幼稚園は文部科学省が所管しており、教育機関として位置づけられています。
その幼稚園で『「子育て支援の一環」(文科省)として、幼稚園での「預かり保育」は2008年3月の教育要領改訂で認められた。」とあります。

『ただ、待機児童が最も多い0~2歳児を預かるには、保育所に義務付けられる給食室の整備や子ども1人当たりの職員数の確保などがネックとなり、幼稚園側はなかなか踏み切れないのが実情。」だそうです。

国は『保育所並みの「11時間保育」を実施する幼稚園に対し、給食室の整備費や乳児はハイハイできるよう床面を改修する費用などへの助成制度を盛り込んだ。』

子育て中の女性が働こうと就職支援機関を訪ねるとまず最初に聞かれるのが、「子どもの預け先大丈夫ですか?保育園当たってみました?」

企業を巡る環境が厳しくて、働く側もピリピリしている。そんな中にしばらく子育てで家庭にいて、社会から取り残されているんじゃないかと思いつつ、それでも働こうとすると「保育園は?」と言われてしまう。

高齢化が進んで労働力が不足すると言われ、女性の労働力活用と言われながら、その女性が働こうとすると保育のインフラで“待った”がかかってしまう。

記事にもあるように保育園の新設は難しいから、既存の幼稚園が少し発想をかえて、費用をかけて、その役割が担えるとしたら、やってみた方がいい。

ただ、将来的に保育園が整備されてきたときに、お母さんたちがそれでも幼稚園を使うというのか?

そもそも保育園と幼稚園との違いってなに?って議論が出てきますよね。

そこまで考えて、“教育機関”として保育の領域に踏み込んでいく。

3歳以上、あるいは原則の時間帯である1日4時間は教育機関として、0歳から2歳、4時間を超える部分については保育園と同等の機能を持つと考えるのか。

あるいは0歳児から、11時間すべて教育機関として保育園と差別化していくのか。

経営者として、教育者として各幼稚園がどのような判断を下されるか。

今後の動き、気になります。

2013年11月16日 (土)

「中国、一人っ子政策転換」日経新聞2013.11.16(土)朝刊

本日日経新聞朝刊の記事に

「中国共産党は15日、人口抑制のため1979年に導入した「一人っ子政策」を転換することを公表した。夫婦のどちらか一方が一人っ子なら第2子までの出産を認める。中国では高齢化が進み、労働力不足や社会保障費の増加が問題になっている。出生数を増やして若年層を厚くし、将来の人口減による悪影響を軽くする。」
とありました。

歴史的な決定ですね。
もともと子どもを一人しか持てないっていうことを決定したことの方が歴史的な決定ですね。無理な政策です。

日本では子どもを何人持つかということは、個人の問題になっていて、国が子どもの数を決めることがぴんと来ません。

以前、中国の方に、「兄弟何人ですか?」と聞いて、聞いた後にはっとしたことがあります。
ふつうだったら、いないに決まっている・・・

地方では女の子に比べて男の子が多い。それは、男の子の方が家計の助けになるから、女の子が生まれたら殺してしまう・・
ずっと前にそんなことも聞いていたけれど・・・

いまになって、労働力の不足や社会保障費の問題が出てきて、それでは方向転換。
それでも二人まで、なんですね。

社会を維持するために、国政があって、時の政治家が国の方向性を決めるけれど、その効果(? 影響?)がでるのはずっと後になってから。少数の人間が、一国の方向性を決めてしまうという事実はとても怖いですね。

それはそうと、その政策がまずいと気がついたときに方向転換の決断できるか?

悪い影響が出ていたら、当然、しなければならないのだけれど、政治家の政治生命はそれほど長いものではない。

だから、自分が引退したあとまでは考えないよと先送りもできる。
それをずっと繰り返しているのが、日本かな・・・

中国・・・最近の日本では、問題点が多く報じられているけれど、それでも重大なことをきちんと決められるんだから、どこかの国よりいいんじゃないでしょうか。

2013年11月10日 (日)

「購買データ提供し新商品」日経新聞2013年11月10日(日)朝刊

本日、日曜日の日経新聞朝刊1面はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、Tポイント会員の購買データを外部企業に販売するという記事です。

あちこちでビッグデータ活用の話を聞きますが、『売る』と聞くとちょっと抵抗を感じます。

「データから浮き彫りになる消費者の好みなどを食品や日用品メーカーの開発に役立ててもらう。ヤフーとアスクルもネット通販の購買データを無償提供する。ビッグデータの活用がメーカーの商品開発の姿を変えそうだ。多様な消費者のニーズを的確にくみ取って商品を開発できれば、低迷する内需の活性化につながる可能性がある。」

と記事にはあります。

買い物をしてポイントがたまれば、そのポイントを使って他の商品を買ったり、サービスを受けたりできる。
お客の囲い込みと理解して利用してきたけれど、ただでモノが手に入る引き換えに、お客は買い物時の情報を企業に記録されて、そのデータを企業がどのように利用するかについて、お客はどうこう言える立場にない。

個人を特定できるデータは提供しないということだから、あんまり気にする必要ないんじゃないって思えればいいけれど、やっぱり抵抗がある。

私がいつ、どこで、何を買うか、そのモノを買った私自身の属性も記録される。
なんか監視されているような気がしてしまいます。
ここまでは漠然とやだなあという話ですが、

その先に広がるものを想像すると・・・

○○に住んでいて、○歳の女性のあなたにお勧めの商品はこれです。となって・・・
あなたちょっと変わっているわね~と言われる人が欲しい商品は品数が少なくて…
データを蓄積した企業は、データを集めれば集めるほど、精度が上がって、ばっちり売れ筋がわかる。

つまりデータを集められる大企業がますます強くなる。
小さなお店が今までの経験とか勘で商売をやっていてもうまくいかない。

大企業にとっては美味しい話かもしれないけれど、夢のある世界には見えませんね。

2013年11月 8日 (金)

「サービス業の品質管理をどう立て直すか」日経新聞2013年11月8日朝刊、社説

食材の虚偽表示やら、運送会社の不適切な荷物取扱、何があったか忘れるくらいたくさんの企業の不祥事。

ちょっと前までお隣中国のモラルのなさを笑っていたけれど、日本だってどこが違うの?って状態ですよね。


おもてなしの国が聞いて呆れますよね。

ということで日経社説に「サービス業の品質管理をどう立て直すか」という記事です。

どうやって信用を回復するか?

「当面の手本は日本の製造業だ。」とあります。

「自動車、電機などの各社は戦後、ものづくりの品質管理を徹底し世界の信頼を勝ち取ってきた。鍵は経営者の姿勢だ。品質第一という考えをはっきり打ち出し、現場に足を運び繰り返し語りかけた。」

「現場の行員からも品質向上や改善の提案を募り、生産活動への参加意識や一体感を高めた。社員や店員が商品にほこりや愛着を持てば、中身を偽ったり、ぞんざいに扱ったりはしない。」

う~ん、そうなのかな?

このお手本となる事例は、不祥事の話とは別のような・・・
これは、これからやるぞって0からプラスに新しいモノを築いて行く時に話。

それに対して、不祥事はマイナスを0に回復する話。

そもそも経営者自身が知っていた話なら、その経営者が“品質第一”なんてどんな顔して社員に話すのか?

「正社員が中心だった昔の生産現場と、さまざまな立場の人がいろいろな場所で働く今のサービス業では、全く同じ手法は通じないかもしれない。しかし学ぶべき点は多いはずだ。」

「正社員」と「さまざまな立場の人」の違いについて、「全く同じ手法は通じないかもしれない」で流してしまうのはどうか?

さまざまな立場の人が自社の商品・サービスにほこりや愛着を持ったとしても、有期雇用であれば期限が来ればその社の社員ではなくなるし、派遣であればそもそもその社の職員ではない。

愛着を持とうにも経営者や正社員から見れば、外の人。あなたたちの商品・サービスではないってことではないか?

社説に目くじら立ててもしょうがないけれど、不祥事が頻発していることについては、
企業としてのモラル・誇りってどうなのよ? お客様をどうおもっているのよ?という問題と共に、

社員さんとは?人を使うってことがどういうことなのか?をもっと考えないといけないんじゃないかと感じます。

2013年11月 5日 (火)

福岡における女性の活躍推進

今日は、福岡労働局雇用均等室が主催した「女性の活躍推進セミナー」に行ってきました。

後援が九州経済産業局、福岡県、福岡経営者協会、福岡県中小企業団体中央会、福岡県商工会議所連合会、福岡県商工会連合会、一般社団法人中小企業経営者協会、福岡経済同友会、女性の大活躍推進福岡県会議とそうそうたる経済団体等が並んだせいか、“女性”という冠がつく会議には珍しく、男性の中に女性が点々と参加状態の会議でした。

女性の大活躍推進福岡県会議が「地域経済界の主導によって」、女性が生きいきと働き続けることができる社会づくりに取り組むとしており、福岡の企業さんたちが否が応でも取り組む課題として、トップあるいは人事担当者が参加されているのだろうなと見ました。

これは、企業の中で女性の活躍について考える機運ができてきているということで、企業内コテコテの保守土壌の九州、福岡においてもここまできたか~と感じるとともに、もしこの環境がありながら、数年後になんら現状と変わることない、あるいはわずかな気持ち程度の変化であったとすれば、もはや福岡において、女性の活躍はありえないんじゃないかと思います。
さて、セミナーの中身なんですが、まず、局の雇用均等室長さんが、「女性の活躍推進による企業活性化について」というタイトルで、極めて行政的に効率よく女性の活躍推進の必要性を話されました。

女性の活躍推進については、安倍首相が「日本再興戦略」に女性の働きやすい環境整備を取り上げられたからではなく、ずっと以前から取り組んできたことと強調されましたが、それがかえって、やはり日本再興戦略が決定されたことが大きいんだなと感じさせました。
それから後の基調講演は、麗澤大学経済学部教授の木谷宏氏が「実践!ポジティブ・アクション」というタイトルで話をされました。

企業における女性社員戦力化モデルとして、企業のあるべき姿として、社会的存在であることを意識すること、働き方のあるべき姿として、多様な働き方を認めるあるいは作っていくこと、人材のあるべき姿として社員各々が小さなプロフェッショナルになる、という3つを示され、その内容について具体的に説明をされました。

その話を聞き、女性の活躍促進、もっと平たく言えば女性の活用は、もはや男女平等から少し離れ、これから少子高齢化が進み、労働力として多様な人材を活用しなければならなくなる日本で、多様な人材活用の最初の取り組み、今後を占う取り組みになっているということが理解できました。
そして最後は、女性の大活躍推進福岡県会議 顧問 麻生渡氏による取り組み紹介。企業の方にとって、前知事の呼びかけは迫力あったのではないでしょうか?
さて、私は、子育て中の女性の就職支援という本日のセミナーから言えば、まだ競技にも参加させてもらっていない方々に対する取り組みを実践しながら、本格的に動き出した福岡県の取り組みの今後をウォッチしていきます。

2013年11月 3日 (日)

『我が町』

実家に帰った際に、思いがけず「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」のいいところにぶつかって、それを日記に書いていたんですが、その際に参照した『2013年佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」のホームページで、「2016熱気球世界選手権の誘致」映像を見つけて、ちょっと感動してしまいました。


福岡の陰に隠れて、注目されることの少ない佐賀県。・・・佐賀に限らず、福岡以外の各県がそんな状況で、それぞれに独自色を追求しています。

福岡に住む者から見れば、九州の雄県として安穏としている福岡県より、本当の豊かさは何かを追求して、模索しているように見える他県の方が、躍動感を感じて、羨ましいです・・・

2013年11月 2日 (土)

長期的な視点に立った“仕組み”

仕事の関連で、8月31日号の週刊東洋経済を保管しています。

特集は「職場のお荷物か?戦力か?ワーキングマザー」です。
パラパラと読み返しながらあらためて、企業に長期的な視点が欠けていると感じます。

子育てをしている女性は、残業ができない。
会社に残って長時間働く人の方が、評価される。
とにかく忙しくなって通常の勤務時間で終わらない場合は、残業をさせればよい。社員も残業をすればいいと考えてしまう。
人は機械じゃなくて、生身の生き物だから疲れる。疲れを回復させるためには時間が必要。
そんなこと、会社は知ったことじゃない。
人は一つずつ年を取る。それぞれの年齢相応に家庭を築いていきたいし、そのためには、その時間も必要。
そんなこと、会社は知ったことじゃない。
しかし、雇っている人が身体を壊したら大変だし、家庭を築けなかったら将来の労働力が生まれない。
長期的な視点を持ったら、それはすぐに思い当るはずだけれど・・・
日々のやりくりで手いっぱいという会社ならともかくも、中期、長期計画を立てる会社ならば、そこで働く人が生身であることを考えて欲しい。

将来入ってくる人材が生まれて育っていくため、今いる社員さんたちが家庭や社会でも充実した生活が送れるように考えて欲しい。

もちろん今いる社員の子を採用するわけではないけれど、それぞれの企業が自分ところくらいいいでしょう、って発想だとどうなるか・・・?
それから仕組みを作るって視点も欠けている。
子育て中の女性は子ども優先だと短時間勤務、子どもが病気になるとお休み。
だから使えない・・・・
でも、例えば短時間勤務しかできない人を組み合わせるとか、病気になった際の対応を決めておくとか・・・
幼稚園に子どもを通わせているお母さんが、夏休みは働けないって言っていて、私たちはそんなこと言ったって、夏休みがあるようなそんな都合のいい働き方ができるかって思っていたんだけれど、その方曰く、夏休みになったら学生さんたちは逆にその時期働きたいと思うから、夏休みだけ働きたいと思う方とセットにすれば可能性はない?
なるほど・・・ライフスタイルが多様になって、ニーズも多様になっている。

働ける人どおしの時間をうまく組み合わせるのは、パズルみたいで難しいかもしれないけれど、できないことはないかも。
今後、高齢化が進んで、人口も減っていく中で、どうにか労働力を捻出しなければならなくなって、仕組みを考えるようになるかもしれないけれど、今のうちに考えておいた方がいい。
企業の将来を考え、長期的な視点に立って仕組みを考える。
子育て中の女性を活用できるかどうか・・・企業の力量が問われていると思うんですけど・・・

2013年11月 1日 (金)

「日本人へ 危機からの脱出篇」塩野七生著

言わずと知れた『ローマ人の物語』著者の著作です。

“日本人へ”は既に『リーダー篇』と『国家と歴史篇」が出ていますが、私はこの『危機からの脱出篇』が一番面白く読めました。

民主党政権から自民党政権への交替、東日本大震災の前後と最初と最後では日本のおかれた環境が様変わりしていますので、その間の著者の考え方を追って読むのも面白いです。

最初の章で「政治家の役割は、ニーズを汲み上げることではない。ニーズを解消することのほうにある。」ってところで、まさに!な表現だなって思ったり、


“若者たちへ”の章で、若者たちのシラケが、やる気のなさではなく、「負けるんではないかという怖れからきているのではないか」って視点にそういう見方もあるのかと思ったり・・・

“最近笑えた話”で社内英語化について書かれているところは、長年イタリアに住んでいらして、イタリア語が流暢で、その著者が言われているから、一理ありかなと・・
海外に居ながら、日本人向けの仕事もするから日本の今もご存じで、日本もイタリアも愛しておられて・・・

新聞や雑誌で見かける日本論とは異なる日本論を読みながら、海外に出て外から日本を見なければいけないというけれど、海外に出れば自然に何かがわかる訳ではなくて、著者のように、深く、常に本質は何かを問いながら物事を考えることが大事だなって思いました。

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