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2014年3月

2014年3月27日 (木)

公務~自分の名前で仕事が出来ないか?

国、地域の方の生活を幅広く支えている公務。その公務が昔と比べると大きく変わっていますよね。

以前は膨大な法律に基づき、粛々と業務を行っていればよかった。

機関委任事務なんて言葉があった時代、いまやこの言葉をリアルに知る人も少なくなっているかもしれませんが、国から県、市町村へと指示が下りてきて、それをこなしさえすればよかった。

しかし、いまやそういう制度もなくなったし(実質的には財政という方法で国がしっかり地方をおさえていますが)、ニーズが多様化して、国が指示を出してくれるのをまっていたら、手遅れになることも。

ですからそれぞれの自治体がやっていることが違う。

頑張っている自治体とそうではない自治体。

意識の高い職員がいる組織とそうではない組織。全然違う。

だから頑張っていた首長が替わったり、もっと小さくは職員が替わってしまうと以前のレベルを保てなくなってしまいます。

首長はともかくとして、公務員は組織で仕事をしていて、個人の名前を出すわけではないから、地域の一般の方にとってはなぜサービスが変わってしまうのかがわからない。

そんな現状を見ていると、そろそろ公務員もきちんと個人の名前で仕事をしてもいいんじゃないかと思ってしまいます。

担当者であっても自分の名前を出して責任を持って仕事をする。

責任が発生するけれど、いい仕事をしている個人は名前を知られてどこでも仕事が出来るようになる。

実際、業界(?)で、既に名を知られている方、本まで出している方なんているけれど、もっと普通の公務員も自分の仕事を外に見せてもいいんじゃないかって感じています。

ついで・・こんな話を書くと個人が変わっても仕事が引き継がれるようにして、レベルを落とさないのが公務だっと言われるのはわかっていますが・・

2014年3月25日 (火)

「食卓ルネサンス」日経ビジネス2014.3.24号

日経ビジネス誌、最新号の特集はかなりショックを受けます。

『「食」の常識が変わっている。作らない、家族別々に食べる、コンビニで団欒──。個人のライフスタイルの変貌は、食卓の既成概念を壊し、新たな時代へ向かわせる。100兆円に迫る巨大産業は今、岐路に立つ。』
とトップにあります。

そして2部構成になっていまして、

パート1が『さらば「食卓信仰」』

パート2が『企業が創る食の現実』

パート1では、日本の食卓の2つの大きな潮流として、『家族であっても別々の食事を取る「個食化」と、調理の手間と時間を極力減らす「作らない化」』をあげています。
作らない化としてコンビニにイートインコーナーが設けられていることや宅配弁当が増えていることがあがっていますし、個食化としてはスーパーが個人を基準とした品揃えを増やしていることなどがあがっています。

『何を手作り料理と見なすのか、その概念さえも変わってきた。本誌アンケートでは「『マーボー豆腐の素』に包丁で切った豆腐を加えてフライパンで加熱」「カット野菜で野菜炒めを作る」ことを手作り料理と認める人は5割に上った。簡便な調理方法の普及で、以前では「手抜き」とされがちだった手法も、多くの人が「手作り」と感じるようになった。』

料理は上手くないし、出来合いのものでもそれほど気にならない自分が読んでもちょっと抵抗があるところもあります。個食化の方は、以前から聞いていることですんなり入ってきますが、


『作らない化』は・・・確かに外食や中食、インスタント食品は増えていますが、『作らない化』と単語にされると食の変化がリアルに感じられて、気持ちが悪くなります。洗濯や掃除は外注しても食事は、たまに作らないことがあっても、やはり家庭の根幹をなすものだからと思っていたのですが・・・


パート2はもっと気持ちが悪い話です。

まな板も包丁も不要にしてしまう、加工済み食材、家から味付けを奪ってしまっている簡便調味料、1人前でも深夜でも配達する宅配、最初に出ていたコンビニあるいはスーパーのくつろぎ空間、食育を引き受ける企業

消費者はどこまで要求するのか? 企業はそれにどこまで応えるのか?

お金で買えるものは買う。その先にあるものは?

『育児の合間を縫って目じりを吊り上げながら自分が作るより、自分や子供にもストレスがかからない代行の方がよいと判断した。何より、子供とのふれあいの時間が増える。1回、1万7700円かかるが、それで「楽しい時間を買う」方が、家族にとってメリットがあると考える。』

『バラバラになった家族。一緒に過ごす時間の価値は、以前よりもはるかに高くなっている。調理にこだわるあまり時間を浪費し、もっと大切なモノを犠牲にはしたくない。そんな思いが、現代の家庭には溢れている。』

家庭の中で目じりを吊り上げてはいけないのか? 
生活するために働き、そのために家庭の中ではバタバタとしてしまう。それはないならない方がいいかもしれないけれど、家族みんなで、できないことをどうにかしてやっていこうとすることに意味があるのでは?

生きていくために必要な「家事に使う時間」を浪費と言い、それを節約して生み出す「もっと大切なモノ」って何か?

ストレスなく、ゆったりと過ごす。 

それは忙しい時間があってこそ、欲しいと思うものであり、価値があるものではないのか?

一雑誌の食に関する特集に過ぎないですが、「食」は生活の根幹だと思うから、この特集を読みながら、豊かになりすぎた日本が何か大切なモノを失っているように感じます。

幸せすぎる時間・・これがこのまま長続きするはずがないようなちょっと怖い感じも受けました。

2014年3月24日 (月)

「ネット通販シニアつかむ」~2014.3.24日本経済新聞夕刊

『インターネットを使った通信販売が伸びている。総務省の家計消費状況調査によると、2013年のネット通販による世帯支出は6万9607円と前年比で14%増え、過去最高を更新した。スマートフォン(スマホ)の普及を追い風に、中高年や所得の低い層で利用に弾みがついた。4月の消費増税で安い店や商品を探しやすいネット通販がさらに広がりそうだ。』

副題に『重い荷物 手軽に』『弁当宅配伸びる』とありますが、重い荷物が自宅に届く。これは本当に便利だと思います。

お水やお米、これを一度ネット通販で注文してしまうともうスーパーから自分で運んでこようと思わなくなってしまいます。

お弁当の宅配もなるほどと思います。自分たちで注文するんでしょうが、高齢の親のことを考えて、子が注文するなんていうのもありかなと。

ネットに親しんだ世代が、これからどんどん年を取っていくわけで、ネット通販が主流になってしまうんじゃないかと思えてきます。

そんな中でリアルな店はどうするか? 

これからますます、日々漫然とお店を開けておくっていうのが、難しい世の中になりそうですね。

2014年3月23日 (日)

働くとは?・・「ユニクロ大転換」日経ビジネス 2014.3.24号特集を読みながら

ユニクロが非正規1万6000人を正社員化するという記事を何日か前の新聞で読んでいましたが、日経ビジネスで特集記事を組んでいます。

記事の中にもありますが、ユニクロと言えば、厳しくて社員が定着しないことで、ブラック企業の代名詞のような扱いを受けています。

ですから、そんなユニクロが非正規を正社員化するということは特集のタイトルではありませんが、“大転換”です。

「依然として盤石と言っていい収益基盤を持つ国内事業が生み出すキャッシュフローは潤沢であり、現預金は積み上がっているため、投資余力は以前からあった。また、委託生産の仕組みを採るから生産設備を自社内で増強することなく増産のアクセルを踏むこともできる。つまり、カネもあり、モノもある。いつまでも大量出店は可能だったはずだ。
ただ、1つだけないものがあった。「ヒト」だ。本部の言うことに忠実に従うだけでなく、創意工夫をしながら地域のニーズに応えられる店舗を作り出せる現場の力がようやく蓄えられつつあるということだ。」

昔から言われるヒト、モノ、カネの中で、ユニクロさえ、ヒトの果たす役割が大きくなっているんですね。

でもそれに労働者の方がついていけているかなあって感じます。

優秀と言われる人材、将来自分で会社を興そうとか、経営の中枢に入るんだと思っている人たちは「人材」というものがわかっていて、自分が「材(財)」として評価されるように常に自分を磨いているのだと思います。

でも、普通の人たち、ユニクロの例でいうといま非正規の人たち。その人たちが見ている世界って経営者が見ている世界とあまりにも違いすぎるのではないかと思います。

労働相談を受けていて感じるのは、雇用されること、正規であれ、非正規であれ、ある企業に籍を持ったこと、それ自体で企業の経営者に対抗できると思っている方が少なからずいるということ。

労働法、あるいは民法上は契約(労働契約)が成立していれば、例えば労働基準法で守られます。

それで、給料が払われないと請求して支払いを受けられる。

法律の世界では、その労働の質を問われることはない。もちろん約束された勤務時間、働いておかないといけませんが。

かつては単純労働で勤務時間内、身体を動かしていれば、モノが出来上がっていた。労働とその成果物の関係がわかりやすかった。

でもいまの仕事はハードを生み出すよりもソフトを生み出すものが、増えてきた。
それが給料に反映しない。

例えば飲食店でお客様に対して、丁寧なサービスを提供しようがぞんざいなサービスを提供しようが、同じ時間拘束されて労働に従事していたら、同じ給料。

それを労働者本人が、昔は自分はお客様を満足させられなかった、果たしてこの給料をもらっていいのだろうかって思う人が結構いたように思うのですが・・
いまはまず権利の主張があって、自分が提供した労働の質なんて、あんまり考えていない。

ましてや自分が企業にとって“財”だなんて発想は出てこない。

経営者が勝手な基準で労働者を評価して、働きが悪いから給料を払わない、なんていうのは言語道断です。

また、隙あらば、労働者に給料を払わないですませてしまおうって思っている経営者はごまんといる。

そんな状況だから、労働者は自分の生活を守るためにまず権利を主張するのかもしれないけれど・・・

経営者も労働者も何を大切に思っているんだろうと考え始めると、いつもの「働くって何だろう」って問いにたどり着いてしまいます。

2014年3月12日 (水)

3月12日

3月11日が過ぎ、3月12日も終わろうとしています。

3年とちょっと前財政状況がどんどん悪化する日本がどうなるのか、とっても心配していたのが、3月11日、そんな心配なんて吹っ飛んでしまうような災害が起こって、被災地から遠い地方にいる者でされ、頭の中が真っ白になってしまった。

あれから3年、もう3年なのかという思いより、まだ3年しか経っていないのかと。

なかなか復興が進まないと聞いてはいても、そんなことはないだろうという気持ちがありました。

でも昨日テレビで見る映像はやはり復興があまりにも進んでいなくて・・

それでも被災地から遠く離れた我が地域は、何のかわりもなく時を刻んでいて・・

被災地から遠く離れていても一生懸命被災地のことを考えて、いまでも何か行動をしている人たちがいて・・

何もできない自分はただ淡々と生きていくしかないのかなあ、

淡々と生きて一生のうち、少しでも誰かの役に立つことができれば

なんて思っています。

2014年3月 1日 (土)

解雇・雇止め集中相談会で感じたこと

今週水曜日の2月26日に福岡県は解雇・雇止め集中相談会というものを実施しました。
事前にプレスリリースをしていたのですが、テレビ局4社の取材が入りました。

巷では「ブラック企業」という言葉が定着し、アベノミクスで浮かれていた気持ちも冷静に見ていくとあれっというところが出てきており、ボツボツ労働問題に再び目が向けられているのかなあと考えています。

それからテレビの放送があって、今までと違ったなあというところもありました。

いままではテレビニュースが流れるとすぐ電話が鳴り出していました。

ところが今回は反応なし。ちょっと拍子抜けをしましたが、しばらくして来客数が増えました。

そしてテレビを見て来たと仰る。

過去は、テレビを見て、今自分が抱えている問題をちょっと相談してみるかと電話をされた。

電話でもと言うと語弊がありますが、まずは電話で相談できる問題を抱えた方が相談をされていた。

ところが、今回はいろいろなところに相談して結局解決ができなくて、それでたまたまテレビを見て出向いて相談をされた。

会って、資料を見せて話さないといけないと感じて、わざわざ出向いてこられた。
そんな事例は数件だったので一概に言えませんが、今回の相談会は非常に深刻な事例が目立ちました。

ちょっと相談してみようという電話が少なかったのは、ここ数年相談機関が増えて日常的に相談ができる体制が整ったと考えることもできます。

テレビ報道を見て深刻な案件を抱えて相談をされたということは、簡単に解決できない問題が増えているんじゃないかと考えることもできます。

とにかく今回特異な動きでしたので、この要因を探るとともに労働問題への対応状況をしっかり把握しないといけないなと感じているところです。

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