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2014年6月

2014年6月23日 (月)

「「分権・自立」に地方自治法の抜本改革が必要」上山信一慶応義塾大学教授 月刊ガバナンス6月号

月刊ガバナンスという業界(?)雑誌から、地方分権についての慶応義塾大学の上山教授の記事にそうだなあと思ったのでクリップします。

☆分権改革について

『規制改革や「官から民へ」「国から地方へ」など改革を象徴するキーワードは多いが、何が一番重要かというと、私は「分権・自立」だと思う。「分権・自立」さえすれば、規制改革も「官から民へ」という流れも進むからだ。
ただし何でも規制緩和し、「官から民へ」移すことには必ずしも賛成ではない。そういう意味では、私は市場原理主義者とはかなり違っていて、ケースバイケース主義者だ。要はTPOによって違うということだが、中央集権ではケースバイケースの判断は無理だ。規制にしろ民営化にしろ中央発でできるわけがない。』

上山教授は現在は大阪維新に関わっておられますが、過去にいくつもの組織改革、特に自治体、公的機関の改革に関わっておられます。

以前に何回か講義を拝聴いたしましたが、自治体改革に取り組み始められた頃は割と規制緩和や「官から民へ」という考え方が強いと感じておりました。しかし、何年か経つうちにそれだけでは駄目だというような発言をされるようになったように思います。

公的な部門について、民間の論理でできるならば民間は強くそれを望んでいてもっと早くに公的機関は役割を終えているはずですが、公的部門には民間が魅力を感じないところがたくさんあります。やらなければいけないけれど、市場の片理に乗らないから公的部門がやっている。だからと言って非効率であっていいとは思わないし、切り分けをして民間ができるところは民間にお願いすべきですが、上山教授も仰るようにケースバイケースで考えることが大事だと思います。

☆画一性は都市と真逆の概念

『全国一律ではなく地域性とか多様性が大事とよく言われるが、最も重要なのは、都市とその他の状況がものすごく違ってきていることだ。都市には生産性の高い人や企業が集まって仕事をしており、競争も激しく、物価も高い。そして都市は基本的に規制を嫌う。

経済のグローバル化が進み、一次産品よりもサービス業やソフトウェアが富の源泉となっている。都市は、グローバル経済とつながってニューヨークやパリと同じような仕事を同じようなスタイルでやってお金を稼いでいかなければならない。世界の一流都市のレベルに日本の都市を合わせる必要がある。これは、好き嫌いの話ではなく、世界の先端レベルに合わせなければ外貨が稼げないということ。日本の場合は石油と食料は相当輸入しないといけないので、外貨を稼ぐタイプの「都市型民族」が一定数は国内にいなければ国としてやっていけない。

だから都市に関しては、個人がかなり自由闊達にやりたいことができる社会をつくらなければいけない。全部の地域がシリコンバレーを目指す必要は全くない。
ただある程度の規模の都市、つまり政令指定都市クラスは国際競争に耐えられるようなライフスタイルや教育、規制緩和を進めないと残りの地方を支えられない。政令指定都市クラスは切磋琢磨して、残りはのんびりしていて何も構わない。アメリカやフランスも都市以外の地域は、のんびりやっている。両方の組み合わせが必要だ。

ところが日本は全国一律で発展させる主義。政府は都市の特殊性を全く理解していない。基本的に田舎から集まってきた人が東京というまちをつくっている。国の政策は田舎者の発想で全国を都会にしようという政策が多い。』

都市とその他の地域は違う。それを聞いて腑に落ちましたし、救われたような感覚があります。

ここでも言われているように何でも、どこでも都会のように発展しなければいけないと思うと絶対無理という地域が出てきて、それでもやらなければいけないのかなあ、無駄なことをやっているんじゃないかと思っていました。割り切っていいんですね。
地域の方が頑張っている地域では、都会になろうとは全く思っておらず、この地域はこの地域の良さで勝負していくという発想ですので、こういう考え方をしなくても、地域の方では、自然と都会は都会、その他の地域はその他の地域になっていくように思われます。問題は逆に東京以外の都会、いわゆる政令都市クラスが都会として機能するように発展しなければならない方かもしれません。

☆改革を前に進めるために首長や職人に向けてのメッセージ

『自分たちの地域のビジネスモデル、自立して食っていける仕組みを必死で考えるということではないか。どうやったら若者たちが地元の高校を卒業した後も地元で暮らしていこう、あるいは、東京に1回行っても地元に戻ってくるかを考える。それは地元の人が必死になって考えるしかない。』

国が権限を離さない、お金がないっていう前にできることをして行きたい。実際やっている地域がありますから、『必死で考える』・・必死で考えて必死にできることをやりたいですね。

2014年6月15日 (日)

「ビジネスに効く最強の「読書」 本当の教養が身につく108冊」出口治明著

ライフネット生命保険会長兼CEO 出口治明氏の読書に関する本です。

無類の読書家として有名な方ですが、この本の中で紹介されている本も一般的なビジネス書紹介ではあまり出てこない読書家ならではの本です。

日経ビジネスオンラインに連載された記事が基になっている本だそうですから、「ビジネスに効く」本として紹介されており、章立ても「リーダーシップを磨くうえで役に立つ本」とか「人間力を高めたいと思うあなたに相応しい本」などになっています。
本自体は、そばにおいておいて、その中から気になる本を読んでみるという使い方ができると思っています。

しかし、自分にとってのこの本の価値は、「これだけの本を読んだ方がみるこの世の中は、あまり本を読まない自分が見える世界とは違う世界なんだろう」ということを考えさせてもらえたということ。

本に書いてあることを単に理解することではなくて、理解したうえで自分はどうなのか、どう思うかを考えることまでが読書だと思います。

本を読みたいと思う気持ちと読む時間を作って、本に書いてあることを理解する頭があって、著者の言いたいことをとらえて、そこから発展して自分なりの思考を深めていく、そんな読書をしている方が見えている世界は、日々のニュース解説をふんふんと聞いて、世の中をとらえている気持ちになっている者とは全く違う世界だろうなと。

何のために生きるのか・・・他の動物と同じようにこの世に誕生したから命を全うするまでただ生きる。それは確かにそうしなければいけないだろうと思います。

世に何らかの貢献をして、自分が他の人とは違うって感じて生きる。例えば、有名になるとか、お金持ちになるとか、人よりちょっと出世するとか・・・
そのために生きるのも何か寂しい気がするし、だからどうなんだろう・・・

じゃ、せっかく人間として生まれて何のために生きているのか・・結局、何のために生きているのか、人間って何なのか、自分って何なのかをずっと考え続ける。

そんな生き方をしたいなあっと。

そのためには、自分の経験だけじゃ足りないから読書をする。

読書をして考えて、その目で社会を見ると違うものが見えてくる。

本を読むことで、はっとすることがある、今まで見えてなかったものが見えた気がする。

勉強不足で本の内容が理解できなかったり、忙しいを言い訳にあまり本が読めなかったり…
だから、出口さんがとっても羨ましくて、とっても素敵で・・

明晰な頭脳を持っている方、若くってまだまだたくさん本を読む時間がある方には、たくさんの本を読んで欲しいなって思ったりもしてます。

2014年6月 9日 (月)

どうしようもない組織というだけじゃなくて・・

昨日は福岡市中央区天神地下街で「日曜街かど労働相談会」というイベントに相談員として参加しました。

イベントの成果はともかくとして、応援で参加した他の事務所の職員の方々と久しぶりに話す機会を得ました。

日頃合わない人たちだととかく大きな話をしてしまいます。

また、自分が労働相談を初めて担当した時に上司だった方で、労働相談に熱い想いを持つ方に久々にお会いして、今自分が抱える現在の業務の悩みなどを相談してしまいました。

労働相談を受ける際には、常に相談をした方が本当は何を求めているかを考えながら相談を受けていますが、それは、初めて相談業務に携わった時にこの方から指導を受けたことで培われてきたもので、この方の下につけてよかったなあと思っておりますし、この方をとても尊敬しております。

それはさておき、複数の方と話をするなかで、自組織について、どの方からも悲観的な話が出てきました。

どこも同じなのでしょうが、過去の遺産があってそれが災いをもたらしている。

我が組織は、強力にリーダーシップを発揮する方が長年トップにいた組織です。

そういう組織だとトップの顔色ばかりを窺ってしまう。

みんな上ばかりを見て仕事をしていたんじゃないかなと思います。

そうするとトップが替わっても下は残るわけですから、いまや係長クラスだった方々が部長さんとか課長さんとかになって、組織について考えないといけなくなっているんですが・・・大局的な見方をされる方が何人いるのかな?っていう状況のように思います(全体を見られる立場にいないから推測が入りますが)。

自分のことで精いっぱいで、仕事は対処療法。目の前の課題だけを見ているように思えます。

そうして、いろんなところに歪みが出てきています。

それで現場の人間はとても困っているわけでして、集まると愚痴や批判が出てしまいます。
そして、この状況を変えてくれるリーダーを求めてしまう。

しかし、リーダーの登場を待つ間もどんどん時間が流れているし、そんなリーダーが登場すること自体未知数。

そもそも大きな組織の将来がたった一人のリーダーで左右されるなんておかしい。・・実際すごいリーダーが現れて、組織をガラッと変えてしまうという話はない話ではありませんが、それは結果としてそれでよかったという話であって、リーダーがどうあれ、組織としてきちんと機能しているというのが原則。

そうはいっても、既にどうにもできなくなってしまった組織の中で、過去の遺産が定年退職で去るまで待っているわけにもいきませんから、せめて自分ができることをするのかなあと・・・

無駄な抵抗だとわかっていても正論を述べ続けるとか、上の方々の眼が届かないところでひそかに仕組みを作っていくとか、外野に味方を作って既存勢力が異分子として排除しようしても排除できない存在になるとか。

愚痴を言うだけでなく何かできることをした方が、自分の気持ちも晴れるし、ひょっとしたらってこともありうるかなと思ったりしています。

2014年6月 2日 (月)

「Gゼロって、どういうこと? リーダー不在、世界が不安定に」日経新聞2014.6.2夕刊

日経新聞夕刊のニュースぷらすという記事で Gゼロという言葉を目にしました。

読者の代表が編集委員に質問をする形の記事になっていますので、会話調になっています。

『最近、「Gゼロ」という言葉を耳にするようになりました。

「リーダー不在の世界を指します。最近は世界の貿易ルールづくりや環境問題、紛争への対応などの課題を巡る国際的な議論の迷走が目立ちます。

これは冷戦 後、唯一の超大国となった米国のリーダーシップの衰えが背景にあります。

新興国の台頭で力のバランスが変わったことに加え、アフガニスタンとイラクでの長 期にわたる戦争の結果、米国民の間に厭戦(えんせん)感が広がり、世界で指導的な役割を果たす意欲が低下している面もあります」

「米国は対テロ戦争などで一方的な行動も取りましたが、軍事・経済力でにらみを利かせ、主権や領土の保全、人権保護といったルールを各国に順守させる役 割を担っていました。

ところが内戦で多数の市民が犠牲になっているシリア情勢を巡って、オバマ米大統領は『米国は世界の警察官ではない』と発言しました。

ロシアが武力を背景にウクライナのクリミア半島を自国に編入し、中国がベトナムやフィリピンと領有権を争う南シナ海で強引な態度を取るのは、米国のにらみ が利かなくなっている影響が大きいのです」 』

記事の中にあるように、アメリカが衰えて「唯一の超大国」としてのリーダーシップを発揮できなくなっているのは、日々感じるところです。

紛争が起こるとアメリカが強大な力を背景に調停に入る。
そんなアメリカの姿がアフガニスタンでの戦争、イラクでの戦争を経るにしたがって、見えなくなってきています。

国連も機能しているように見えない中で、大国が自国の利益ばかりに執着している。

世界が密接につながっている中で自国だけが強大になっても、世界が安定していなければ意味がないように庶民は感じるのですが・・

2014年6月 1日 (日)

「放課後教室を倍増~政府が子育て支援案、女性の就労促す」日経新聞2014.5.29朝刊

ちょっと古い記事になりましたが、5月29日木曜日の日本経済新聞朝刊に女性の活躍関連の記事がありました。

「職場で活躍する女性を増やすため、政府の成長戦略に盛り込む子育て支援案が出そろった。小学校の「放課後教室」を2万カ所に倍増するほか、子育てを終えた主婦などを対象に新たな保育資格の制度をつくる。企業 には役員の女性比率の開示を義務づけ、登用を促す。安倍晋三首相は今後の経済の下支えには女性の活躍がカギとみて、取り組みを加速する。」

「政府は28日に産業競争力会議(議長・安倍首相)を開き、女性の活躍推進に向けた主な成長戦略案をまとめた。6月に改定する新戦略に盛り込む方針だ。税制など制度の見直しについては議論を継続する。安倍首相は 会議で「税制、社会保障制度、配偶者手当について議論するための場を諮問会議に設ける」と述べた。」 「女性の育児の負担を減らして就労を促すため、政府は子どもを預けられる体制の整備に取り組む。厚生労働省は、主に小学1~3年生の児童を放課後に預かる「放課後児童クラブ(学童保育)」で受け入れ枠を拡大す る。今は約90万人だが2019年度末までに約120万人に増やす。」

保育園の待機児童について注目されますが、保護者にとっては子どもが小学校に上がってからもまだまだ心配が絶えません。

子どもを狙った事件が各地で起きている状況ですから、放課後、子どもたちを預かる施設についても整備が必要です。

しかし、それが女性の就労対策というのが、釈然としません。

子どもの育児は両親に責任があります。ですから「女性の育児負担軽減」と言われると・・

学校から子どもを一人で帰宅させたり、子どもを一人で留守番させるのが不安な社会になってしまっているのは日本だけではないと思います。

両親の共働きが当たり前な欧米、アジアの国々で子どもたちは放課後をどのように過ごしているのか?

日本では母親が子どもを見るのが当たり前・・から発想するのではなくて、両親を人材として社会で活かしながら、かつ子育ても両親ともに十分に関われるためにはどういう制度を作っていくか?

そんなふうに考えた方がいいのでは?

外国に見本があるはずだから、それほど難しいことではないように思います。

父親に続いて母親も労働力として活用して、それで子どもは寂しい思いをして育つ。

そんな社会嫌だなあって思います。

女性の潜在能力は活用されるべきだと思いますが、子どもの側からの発想が足りない。


このままの施策の作り方だと、子どもが犠牲になる、母親はこどもがある程度大きくなるまでそばにいるべしという声が大きくなるような気がします。
そうなっちゃいけませんよね。

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