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2014年7月

2014年7月26日 (土)

「里山資本主義」藻谷浩介、NHK広島取材班著

藻谷浩介氏とNHK広島取材班の「里山資本主義」を遅ればせながら、読んでみました。

ずっと地域にいる自分から見るとここに書かれていることは地域がずっと以前からやってきたことかなとあまり新鮮味がありませんでした。

ある地域に志の高い方がいて、自分のためだけでなく地域の発展を考えた事業を始める。

それが成功すると全国からどっと視察が押し寄せて、全国津々浦々ちょっとだけその地域のアイディアを入れて同じようなことをやってみる。

そうして鳴かず飛ばずの成果が出ればいい方・・

地方が日本経済が上手くいかなく前から、自地域の落ち込みを解消すべくいろんなことをやってきました。

最初に何かを始める志高い方々は、本当に大切なモノは何かを考え、お金だけでは評価できないものがあることを知っています。

確かにいま地域では志高い人が増え、その方々が取り組んでいることをみれば地域がいい方向に向かっているような気がします。

しかし、そこに住む人の多くをその取り組みに参加させるのは難しいです。

地域の資源を活かせるアイディアが出てきても、それを実際に事業化するまでの努力が必要です。

成功事例はやはりそれに取り組む人の熱い想いがあるから成功したんだと思います。

地方に住む人みんなが危機感を持っているわけではありません。

そんな人たちをどう取り込むのか?

人生の価値はお金だけじゃない・・そのことがわかっていなければ、成功した仕組みを真似する人たちは、お金を稼ぐ仕組みとしてそれを取り入れようとします。

周りが自然に囲まれている地域は都市とは違うやり方で、生活をしていかなければならないし、いままで見過ごしてきた自然が大きな価値を持っていることに気がつかないといけないと思います。

お金をたくさん稼いで、高級品、ぜいたく品にたくさんお金を使ってもそれほど幸せじゃない。もっと違う幸せがあると思います。

この本で語られる価値観に異論はありませんが・・・

自然を相手にした生産活動の大変さ、その地域独特の雰囲気・・・多くの人がなぜその地域を捨てて、都会に出て行ったか? 仕事がなかったからだけなのか?

この本に描かれていることが、成功事例のほんの一部を切り取ったもの、とても美化されたもののように感じて、すんなり受け入れることができませんでした。

今後、日本の中で普通の人が生活していくためには、それぞれが住む地域の良さを見直し、それを最大限活用していくことしかないだろうとは思いますし、それがこの本に書かれていることだろうと思いますが、自分が感じるこの後味の悪さはなんなんでしょうか・・
 

2014年7月21日 (月)

「農地集積バンク 始動  耕作放棄地の拡大防止 貸し借り仲介、成長促す」2014.7.21日経新聞朝刊

日経新聞に「農地集積バンク」という仕組みについての記事があったので、クリップしてみました。
 
「小さな農地を借り上げて大規模生産者にまとめて貸し出す農地中間管理機構(農地集積バンク)の事業が全国で動き始めた。高齢化や後継者不足で耕作放棄地が広がるなど課題を抱える農業を成長産業に変革させるため、貸し借りを仲介し経営効率を高める。担い手による農地利用を現在の5割から8割に引き上げようと意欲的だ。」

「耕作放棄地は農家の高齢化に伴って急拡大している。全国の農業従業者の6割超は65歳以上。1975年に13.1万ヘクタールだった放棄地は、2010年には3倍を超える39.6万ヘクタールに拡大した。滋賀県とほぼ同じ面積だ。」

農業を考える際に、経営規模が小さいことが問題になります。

記事にもあるとおり、耕作放棄地が増えています。しかし、積極的に農業を営みたいという方にその土地は渡りません。

農地としては使えないけれど、不動産として売れば、お金が入る財産ですし、他人に貸すと返してもらいたいと思った時にトラブルになるのではないか?
所有者はそう思います。

ということで、

「貸し手と借り手が相対で契約するのではなく、機構が間に入って仲介する。これで貸し手は所有権はそのまま「安心感」のある公的な機関に農地を貸せるし、借り手はまとまった広さの土地を借りやすくなる。」


と記事にあります。

公的な第三者が入ることで、安心感は出るかもしれません。

「4月に借り手の募集を始めた兵庫県では、企業や大規模農家などから応募が殺到。1カ月の募集期間で114事業体から農地を借りたいとの要望があった。賃借を希望する面積は計4300ヘクタール。同県が10年間で仲介すると定めた目標の2割が既に集まった計算だ。」

だそうです。

しかし、

「もっともこの制度はまだ走り始めたばかり。5月に12件、計6.3ヘクタールの農地を貸借した熊本県は「農地には用水路などの共有施設もある。農地を借りてそこだけ耕していればいいというものでもない」(農地・農業振興課)と指摘している。」
という問題も。
よそ者が入ってきて、もうけのために好き勝手なことをやっている。

人間がコントロールできない自然が相手の農業を営むためには自然の摂理と同じように、以前からそこに住んでいる方々が作ってきたルールも尊重することが求められます。

しかし、既成のルールは完ぺきではないかもしれません。ルールに従いながら違和感を感じたら改善を提案する。ゆっくりとしたペースで・・・そうして地域が良い方向に変わっていく

それにしても・・・

志高い人たちの取り組みが地域が変えている・・そんな事例を多く聞くようになりました。

2014年7月13日 (日)

「知的余生の方法」渡部昇一著

遅ればせながら2010年11月に発行された渡部昇一氏の「知的余生の方法」を読んでみました。

1930年生まれの方ですから、2010年当時で既に80歳です。

読み始めは、年を取っても知的な生活をしたいよね、とか80歳で本を書かれてすごいなあとか面白く読んでいたんですが、

読み進めるうちに

若い頃、大変な読書家であった渡部氏であっても80歳ともなると社会のことよりも自分のこと・・自分視点になってしまうのかな?
=若い頃から学んでいても必ずしも自分を犠牲にしても社会に役に立つという気持ちは出てこないんだなとちょっとがっかりしました。

また、高齢になって自分と同じように収入の高い著名な方々との付き合いしかないのでしょうか。

視野の狭さを感じてしまいました。

人間ゆったりした気持ちとある程度の収入がないと穏やかな人生が送れないのかもしれませんが、せっかく人と生まれて何を大切にして生きるか・・・

有名になる、偉くなる、金持ちになるなど、世間的な評価よりも年をとっても社会に何か役に立つことをしながら、自分が納得する生き方をしたいなあと考えた本でした。

それにしても年を取ると先が見えるから自分のことしか考えない。

高齢者が増えるということは周りのことを考える人が減ることでもあるんだなあと妙なところを考えさせられました。

2014年7月 7日 (月)

「日曜に考える 人口減、自治体の未来は」日経新聞2014.7.6(日)

日経新聞連載日曜に考えるの7月6日は、日本創成会議・人口減少問題検討分科会が発表した推計、“全国1800の市区町村の半数は消滅する可能性がある”に関する地方代表とも言える全国町村会長の藤原忠彦川上村村長と都会側東京都豊島区高野之夫区長の意見記事でしたが、面白く読みました。

全国の会長と一自治体のトップでは、同じ首長と言えどだいぶ立ち位置が違い、全国的視野で見ている方がより迫力ある意見になるのは当たり前で、一自治体視点で語った都会代表に対し、地方の方が危機感を持って具体的・真剣に取り組みを行っているように見えたのは、地方在住者の贔屓目かもしれませんが・・

地方の代表に対し、都会の代表を持ってこないと不公平だったのでは?と考えてみたんですが、都会の代表って誰? 東京都知事が全国にある都会(大都市)の代表というわけでもないし・・都会と思われている都市は、それぞれ独自に動いているから代表なんていない・・ですかね。

さて、記事について例によってクリップ

まずは藤原全国町村会長の方から

「川上村の合計特殊出生率は2013年で1.89と高い。出生数の減少もある程度止まってきたとみている。高校生まで医療費を無料にしたり、不妊治療を助成したりするなど様々なことを実施している。しかし、そうしたことだけで少子化に歯止めがかかるとは思っていない。まずは結婚だが、村で現在、結婚する女性の7割は首都圏など村外から来る人だ。昔のように自然がある、空気がうまいというだけで、村に定住してくれる時代ではない」

いま若い方の中にも田舎の魅力に気づいてくださる方が多くなっていますが、だからと言ってそれで住もうと思う人は少ない・・当たり前ですが、首長が現実をきちんと見て、そのうえで何をすると言うか。

「医療、福祉、保健などを一体で提供すると同時に、下水道や文化センター、図書館などを地道に整備することが大事だ。今では農業は一種の知的産業になってきているから、地域整備でもデザイン性やファッション性が重要になっている。農村と都市の融合ということだ。子どもを育てる環境を整えるということは文化をつくることと同じだ。家庭はもとより、地域が時間をかけて醸成していくものだと考えている」

やることは昔と変わらないし、箱もの的なものが並んでいて気になるところではありますが、“地道に”“時間をかけて”はいい言葉だと思います。

「現在の人口は4000人程度で確かに減っている。しかし、人口は減っていても、うちの農業の生産量や販売額は落ちていない。1人当たりの収入は増えているわけで、むしろ幸せになっている部分もある。少ない人口でも頑張るためには一人ひとりが能力を発揮するしかない。そのために地域の教育に力を入れている」

やはり“教育”だと思います。ここは言うは易し・・具体的に今後何をされていくのか、町村会長としてそれをどう全国に発信されるのか、だと思います。

「日本創成会議は人口減対策として地方の拠点都市に投資を集中し、東京への流出を防ごうと提案しています。」という記者の質問に対し、

「拠点都市に人口のダム機能をもたせようということのようだが、地方にいくつもの『ミニ東京』ができるだけなら意味がない。それでは中心部から離れた地域はさらに過疎化が進む可能性がある」

もう東京の真似は“ない”です。

「今はひとつのマニュアルがあって、それでやっていけば成功する、という時代ではない。国や県には『市町村カルテ』をつくってもらいたいと思う。地域ごとの資源や人材、歴史などを踏まえて特色や欠点などを市町村ごとに分析してまとめるものだ。それを外部の第三者も交えて作成する。地域で暮らす人の力を引き出すためには、その前段の仕掛けが必要だ」

我が町・村独自のもの、手間がかかるけれど、自分たちが汗をかいて自分たちのモノを作っていくしかないだろうなと思います。“(国や県に)つくってもらいたい”という表現は気になりますが・・

次は高野豊島区長の部分

「「消滅可能性都市」といわれてどうですか。」という記事の問いに対し、
「びっくりした。なぜ、そうなるのかと。私が区長になった1999年のころには24万人まで減っていた豊島区の人口は、今は27万人を超えてV字で増えている。全国の自治体のなかで最も人口密度が高いのが豊島区だ。仕事の面でも生活の面でも便利な24時間都市なのですよ」
「しかし、冷静に考えると今後、若い世代の流入が減ってくるということなのだ、と理解した。流入人口が減るのは日本の人口が急速に減るから。つまり、日本全体の問題として考えないといけないのだろう。池袋がある豊島区は人の流出入が激しく、毎年2万人以上の住民が入れ替わるから」

「今年度で240人の保育園の待機児童を17年度までにゼロにする目標を掲げるなど、これまでも他の自治体に負けない取り組みをしてきたつもりだ。しかし、改めて出産前から子育てまで、教育や住宅支援なども含めて全庁を挙げて切れ目のない政策を打ち出す。消滅、と言われて職員はみんな危機感をもった。区内にある安産の神様にあやかって鬼子母神プロジェクトと呼んでいる」

「まず、F1会議を今月中旬に立ち上げる。F1とは広告や放送業界で20歳から34歳の女性を指す言葉だ。若い女性に集まってもらって、何が必要なのかを話し合ってもらう。行政の発想だけではだめなので」

発言を並べると“守り”を感じてしまいます。“他の自治体に負けない取り組み”“若い女性に集まってもらって、何が必要なのかを話し合ってもらう”

自治体間の競争ではなくて自分のところにあった何をするかが大事だし、区民の意見は大事だけれど、何が必要かが若い女性の話し合いで見つかるとは思えないですが・・

こちらも最後に「国にも都市と地方が共生できる社会の仕組みを考えてほしい」と、国にお願いがあります。

限られた予算の中で、各地方はお金を使わず、知恵や熱意でいろんな取り組みをしているけれど、国ががっちり財源を握っている状態だから、どんなに頑張っているところも最後は『お願い』をしなければならない。

この構造、いい加減変わって欲しいと思います。

2014年7月 6日 (日)

「だまされない 安斎育郎さんに聞く 科学的な見方磨こう、考え行動する人に」日経新聞2014.7.5(夕刊)

立命館大学名誉教授の安斎育郎さんのインタビュー記事、とっても素敵な記事だと思います。

「振り込め詐欺被害が今も多いためか、『だまされない方法』などのテーマでの講演依頼をよく受けます。そんな時は特技の手品を実演しながら人がいかにだ まされやすいか説明する。だまされないつもりでよく見ていてくださいねと言ってもだまされるからね。人は理性的な半面、自分の見たことや聞いたことを感覚 で本当と思いやすい」

「しかも、人間は少ない情報をもとに推し量る能力があるから、だます側がいくつかの言葉を提示すると勝手に想像を膨らませて思い込んでくれたりする。人 間の優れた能力が逆に作用するんです。だまされる側で問題なのは欲望、欲得でしょう。できるだけ楽をして得を取りたいという考え方や行動。おいしいものを たくさん食べたままやせたいとかね、ありえないけど魅力的な話に引きつけられる」

人が、優れていると思っている能力が実は弱みだったりするってことですね。

人間全般の話だけでなく、自分自身が強いと思っているところが、自分がそう思っているが故にウィークポイントになるかもしれないなあなんて考えます。

「超常現象とか不合理な考えを批判し、神や霊などの科学的な考察をしてきましたが、信じて生きている人を蔑むことはしなかった。科学には普遍性があって 、どんな価値観のもとでも正しいものは正しいけど、人が何を大切に思うかという価値観は科学的な知見とは関係ないからね。信じることによって心の安らぎを 得ているのならそれでいい。存在しないものを信じることができるのはある意味、人間の特権と言えるでしょう」

科学だけが絶対じゃないって考えて研究をされてきたんだろうなと思います。

「原子力に夢や希望を抱いて大学に入ったけど、国の原子力政策への疑問が膨らみ、批判的になりました。高度成長時代は公害、薬害など成長の負の側面とい える問題が噴出し、反戦運動も盛んだったから、自分の生き方を社会のあり方と結びつけて考えざるを得なかった。安斎とは口をきくなとか様々な嫌がらせやい じめを受けました。(後略)」

「考えを上に合わせてこびへつらうことはしないという信念はありましたが、長い期間、持ちこたえられたのは、学外に問題意識を共有できる仲間がいたから です。(中略)あと、家族の支えも大きかった」

「スプーン曲げを実演すると『安斎さんのは手品だけど超能力で曲げる人もいる』と言う人がいる。100の事例を示しても101番目は超能力と主張される。でも 100を1万に増やしたらどうか。人は科学的合理的に判断する方向に動いていくだろうという期待がある」

「放射線防護学から核の問題、核軍縮、平和の問題と関心がつながっていきました。現代の平和学では、平和とは戦争がない状態ではなく、暴力のない状態を 言います。暴力とは人間の能力が全面的に開化するのを阻んでいるものすべて。貧困や飢餓、人権抑圧、環境破壊、これらはみんな暴力と考える。暴力がなくな らない現実を認識して、その状態を克服しようとする力がきちんとある社会が健全な社会と言えるでしょう」
“暴力がなくならない現実を認識して、その状態を克服しようとする力がきちんとある社会が健全な社会” 重い言葉です。

現実が変わらなくても諦めてはいけないんだなあと思います。

「平和な世界を構築するうえで必ずしも展望が開けているわけではありません。でも、そのための努力や運動はやめてはいけない。100年単位で見れば、世界 は戦争を違法化する方向に進んできた。世界の平和運動は無為な営みではなかったと思っています。上の世代の認識は、何もしなければ下の世代に伝わらない。 不合理、理不尽な暴力は繰り返される。それとの闘いは絶え間なく続くのです。」

“努力や運動をやめてはいけない”

“上の世代の認識は、何もしなければ下の世代に伝わらない。不合理、理不尽な暴力は繰り返される。それとの闘いは絶え間なく続くのです。”

国の原子力政策に疑問を持ったり、公害や薬害などの問題、反戦運動などに目を向けてこられた。

嫌がらせやいじめを受けたともあります。


それでも信念を曲げずに研究を続けてきた方、大きすぎる方の言葉ですが、小さな自分も“考え行動する人”になりたいと思います。

繰り返しになりますが、本当に素敵な記事です。

2014年7月 5日 (土)

もう少し考えようか・・ちょっと限界

今日は愚痴です、あらかじめ言っておきます。

モチベーションが大幅に落ちています。ほとんど底、ゼロレベルです。


1 組織トップが機能していない


年功序列の組織において、採用してしまったものはある程度の年齢になれば、それなりのポストにつけなければならない。

仕事の評価基準が明確ではない、あるいは評価そのものが緩い組織ではトップの器ではないものがトップについてしまう。

自分が何をしたいかわからない、組織全体の責任者であることを理解できない(故意に理解していないふりをしているのかもしれませんが)。

リーダーシップを発揮しない・・なんてものではなくてリーダーシップという概念がそもそもないんじゃないか?

それじゃ組織が機能しない。

下にいるものがいくらがんばってもトップの代わりはできませんから、モチベーション下がるばかり。


2 世相に流されて、自分で考えていないんじゃないですか?


女性の活躍推進が連日メディアを通じて流れます。連呼されます。

保育園の待機児童の問題が大きくクローズアップされます。

子育て中の女性が「自分も働かなくっちゃ」と焦ります。

そして、公的な就職支援機関に出かけます。


ちょっと待って! 本当にそれでいいんですか?

希望する仕事は「パートタイム」・・・本当にその収入は必要ですか?
保育料を払って働くのに見合う収入が得られますか?

何よりも本当にあなたは今働きたいですか?

働かないとお金は得られません。お金がないといまの日本の社会では暮らせません。

でも家事や子育ても・・その家族にとってだけでなく、社会にとってもなくてはならない労働だと思います。

自分はいま何をしたいか? 

時流に流されていませんか?

そんなことを問いかけてみたいのですが、来るもの拒めず、いえどちらかというととにかくみなさん働いてみましょう!!って言っている自分がいやですね~


いま感じるのは・・・

短期的に見ると社会にとってあまり好まれないことが実は本当は必要じゃないかということとか、政治家や経営者の方々、いわゆる国を動かしている人たちの言っていることが、一人ひとりの生活から見ると好ましくないことであったりとか・・・

本当に大切な自分にとって大切なモノは、自分で嫌というほど考えてみないとわからないんじゃないかな。。。

2014年7月 2日 (水)

「賢人の警鐘」ライフネット生命保険CEO 出口治明氏 2014.6.30日経ビジネス

日経ビジネスの連載記事「賢人の警鐘」、6月30日号はライフネット生命保険のCEO出口治明氏です。  

経営トップについて書かれた記事ですが、 まず筆者が30歳くらいの時に友人が語った言葉から始まります。  

当時、筆者は日本生命保険に勤務されており、友人は小さなお菓子屋の家業を継いでおられたそうです。

「・・世の中には2種類しかいない。決める人と決めない人だ。俺には部下が3人しかいないが、全部1人で決めなければいけない。大企業で筆頭副社長になって代表権があっても、困れば社長に相談すればいい。結局平社員と一緒だ」

「「決める人」と「決めない人」の間にはとても大きな違いがある」と書いてありますが、そうだろうなと思います。

「ナンバー2以下とナンバー1は、全く別の仕事だ。名選手と名監督は違うから、やらせてみない限り名監督は育たない。」ともあります。

こんな記事を読むとナンバー1をやってみたいと思います。記事とは違う視点ですが、ナンバー2以下として、自分がやりたいと思うことをやっていても、最終責任は自分ではないから、今一歩が踏み込めない。

ナンバー1だったらと思うことがしばしばあります。

それでもナンバー1にいる人が、その方なりにやりたいことをやってくれているのならいいのですが、年数仕事をこなしていたらなってしまった~という方が多いため、ナンバー1の機能を果たしていない。

下で働く者はやってられない気持ちになります。


それはさておき、

ナンバー1だったらというのは、ナンバー1でないからお気楽に言えることなのかもしれません。

やらせてもらったら何にもできなかったということになるかもしれません。でも、それさえ、やってみなければわからない。

「岩瀬(出口氏が最高執行責任者を譲った方)がナンバー2で私を支えてくれ、安心できるまでに育ったから社長を譲ったのではない。育てるために譲ったのだ。」

自分の会社に責任を持っていて、先を見ている方の発言ですね。

トップに登りつめたら、何をすべきかなんてすっかり忘れて、立場を守ることばかり考えている人が多い中で、こんな発言を聞いたら、嬉しいですよね。

それから記事の中には、親会社のトップ争いに敗れた方が関連会社に行く話もありますが、そこは省略して・・


以下、そうですよね~と思ったところを抜粋

「トップは孤独に耐えなければ勤まらない。」

「社長室の近くには企画部や秘書室があるし、つい近くの人間と食べに行きたくなる(部下との食事の話)。すると800人の社員は、社長は近くの人間とばかり食事に行く人だと見る。情報に踊らされない自信があっても、社員からどう見えるかはまた別だ。普通の社員は、社長が近くの人間から影響を受けたと邪推する。経営者はそこまで考えて孤独に耐えなければいけないのだ。」


「今後はグローバルな競争が激しくなり、ビジネスがとても難しくなる。M&Aや交渉事など、最後は経営者同士の勝負だ。胆力、ストレス耐性、高い能力がすべてだ。選手として優秀で、何でも報告する部下を引き上げているだけで経営者が育つだろうか。」


トップに対する警鐘ですが、トップになれない者は“ではナンバー2以下は何をするか?”、“例えトップじゃなくてもトップと同じような心構えを持つべきところはないか?”


なんて考えながら読んでもいいんじゃないでしょうか?

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