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2014年9月

2014年9月29日 (月)

来年度から子ども・子育て支援新制度がスタートするけど・・・

某市の子ども・子育て新制度の説明会に行ってきました。

参加の申込みの段階で、申込みが始まっているにも関わらずホームページが準備されていないなど、大丈夫かなあ?と思っていたんですが、完全に準備不足を感じさせるイベントになっていました。


まずはウン百人の定員に対し、かなりまばらな感じの会場。広報が行き届いていないのが見て取れました。

元々、この説明会が誰を対象としているかよくわからない。

内閣府子ども・子育て会議委員の基調講演と子育てに関わる有識者・・幼稚園長や保育園長、子育て中の方の代表等のパネルディスカッション。制度の周知を目的としたものなのか、子育てに関する意見を聞きたいのか。。。

説明会の中で子育て中の代表の方から「ママ友の間でこの制度のことは話題にされてない。」という発言があり、その発言に会場で大きくうなずく方が多数いるのを見て、私にはこの制度の対象となる子どもがおらず、仕事上もこの制度とはあまり関係ないところにいるので、私が関心を持っていないからこの制度について理解が不足しているんだと思っていたものが、実はこの制度を知っておくべき方々にも情報が伝わっていないということを知りました。

パネルディスカッションもコーディネーターとパネラー間の打ち合わせはなかったんだろうかと思うようなちぐはぐな内容でした。


準備が不足していたがために、まあ主催者側の意図は置いといて、パネルを通じて、この制度に対する各関係者の想いの違い、同床異夢と言ってもいいものが、見えたのは面白かったですが・・

制度についてもう少し詳しく説明があるものと思って参加したのに、フォーラムって名前だったので説明会ではなかったのかもしれませんが、これはなんだの内容に、怒りすら感じてしまいました。

しかし、この準備不足、ひょっとしたら来年4月の制度稼働に向けて、市の担当部署はてんやわんやで、フォーラムに時間を取れていなかったんじゃないかと思い至って、国から制度が降りてきて、国でもまだ調整できていないところがある中、制度が動き出して、「準備ができてません」って言えない現場最前線が相当混乱しているんではないかと想像してしまいました。

子ども・子育て支援3法・・「子ども・子育て支援法」、「認定こども園法の一部改正」、「子ども・子育て支援法及び認定こども園法の一部改正法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の3つだそうですが、幼児期の教育・保育、地域子育て支援を総合的に推進するもので、基本の理念は「すべての子どもに良質な成育環境を保障し、子どもと子育て家庭を社会全体で支援する」と基調講演の中で説明がありましたが・・・いくら法律で“社会全体”と言ってみても実際に子育てをしている世代にさえ伝えようとしていない状態で、大丈夫かなあと思ってしまいます。



たかだか一つの市の一フォーラムに参加しただけでは、そんなことわかんないでしょ!と言われてしまいますかね~

2014年9月28日 (日)

「介護職員賃上げへ 15年度、月1万円人手を確保」2014.9.28日本経済新聞

日本経済新聞の一面トップに介護職員の賃上げの記事がありました。

『政府は2015年度から介護職員の賃金を引き上げる。介護サービス事業者が受け取る介護報酬に職員の賃金を増やす原資を加算する。月額1万円程度の増額を目指す。介護は人手不足が深刻なため、賃上げで人材の確保につなげる。賃金以外に払う介護報酬は抑え、介護を支えるための保険料や税の負担急増を避ける方向だ。』

子育て中の女性の就職支援をしていて、就業期間にブランクがあることや、家事・育児を担いながら長く働くために、“資格を取りたい”という希望をよく聞きます。

ハローワークやその他公的な機関で実施されている訓練や講座のメニューは、パソコン、医療事務、介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級 平成25年度変更)などがあります。

その中で事務系の資格については、パソコンは資格があったからといってそれだけで強みになるものではなく、プラスアルファー、これがあったら比較的有利というくらいなものですし、医療事務は民間も含め資格取得の講座がたくさんあって、この資格を持つ人が多く、かつ経験者が歓迎されますので、資格を取っただけではなかなか通用しないところがあります。

そのほか、いろいろな講座がありますが、人口動態や雇用環境を見ると、需要が増えることはあっても減らないだろうと思われるのは介護関連の資格だと思います。

同じく医療系の資格で看護師と比べると取りやすく、職場経験を積みながら自分の適性に応じて、例えば介護福祉士であったり、ケアマネージャーであったり、他の介護関連の資格取得を検討できる。

女性にとって、嬉しい資格だと思うんですが、なかなかお勧めできない。
それは、ハードな仕事の割に賃金が安いから。

心身が衰えていくそれぞれの高齢者に合わせて快適なサービスを提供するために、気配りがいるし、体力がいる。
それに見合うだけの給料が支払われているかというと・・・

介護事業は国が定める介護報酬に基づき事業が運営されているため、事業者独自に職員の給料を上げることは難しい。

今回のように国が介護報酬を引き上げないと改善は進みません。月額1万円程度、それがどれほどの効果なのかよくわかりませんし、「程度」とあるところ・・1万円を切る可能性もあるわけで、介護職員という仕事、待遇面から考えるとまだまだこれからかなあって思います。

ただ、この職種を目指すことを決めている皆さんは、待遇は気になるものの、働き甲斐に魅力を感じておられ、ご自身の想いを話されるお顔は、頼もしくって眩しいです。
 

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2014年9月27日 (土)

「格差があるのは良いことだ 金持ちと貧乏人を連れてこい」2014.9.29日経ビジネス 異説異論

日経ビジネスの連載記事 異説異論 ソフトブレーン創業者宋文洲氏が書いた「格差があるのは良いことだ 金持ちと貧乏人を連れてこい」を読みました。

政府が検討している「預金3000万円以上を持つ海外富裕層を対象に、訪日旅行でこれまでより長期の滞在を認める規制緩和」を取り上げ、「海外のカネを利用して日本経済を活性化させたいなら、まだまだ踏み込み不足だ。」と言われます。

そして、「移民に関するあらゆる規制緩和を進めて、海外から金持ちと貧乏な労働者をもっと日本に呼んでくるべきだと思う。均質化した日本の社会に、意図的に格差を作り出せば、日本経済は活気を取り戻すはずだ。「格差」という言葉に抵抗があるなら、所得差と言い換えてもいい。」と。

自然界でエネルギーが発生するのは、差があるからである。日本の社会は均質化しているから意図的に格差を作り出させば、日本経済は活気を取り戻すはずだと言われています。

上海に行ったときに、たった数日、それも初心者旅行でちょっと上海の上っ面を眺めただけの自分にも街のパワーが十分に伝わってきました。
それは、まだ持たざる者が必死に上を目指しているパワー、宋氏が言われるお金を持って豊かな生活を送っている人とそうではない人がいて、そうではない人が発するパワーがみなぎっているのかなと思います。

格差があるからパワーが生まれているというのは、勢いよく発展している都市を見るとそれも一理あるのかなと思います。

しかし、それが、日本に人口的に格差を作り出したとして、日本の経済と社会が変わるかというとどうなのかな? 

確かに流入してきた外国人で日本は変わるかもしれないけれど、それにあわせて日本人が変わるかというと・・・ 

そこはそう言えるかな~?っと考えさせてもらえる記事だと思いますので、気になる方は原文を読んでください。

さて、私がこれを読んで感じたことはここからでして・・・

そこまでして経済成長をする必要があるのか? なんのために成長を目指すのか?がよくわからないなあと。

記事の結論は

「結局、日本の経済と社会は、まだ余裕があるのだと思う。だが、戦後積み上げた資産を食いつぶし余裕がなくなったとき、一億総中流で居心地のよい状態は永遠には続かないといよいよ悟るはずだ。そこまで追い込まれないと、日本は変われないのかもしれない。」

そうなんだろうなと思います。

日本経済の状況に関わらず個人にお金があったら個人は心配なく生活できるかもしれないけれど、国にお金がなくてインフラの整備ができず、道路などの社会インフラがボロボロで公共サービスも貧相だったら、豊かな感覚はなくなるかもしれない。

成長している国を目指して資本が集まってきて、きれいなビルがどんどん建設されている方が自分はお金持ちでなくても豊かさを感じるかもしれない。

でもそれを実現するために無理やり・・例えば宋氏がいうような移民に対する規制緩和を緩めるような政策を取るのか?

国を預かる政治家や「日本」という視点で話をする評論家は日本が世界の中で存在感を示すような政策を支持するのかが当然かもしれない。

けれども、日本人と総称で呼ばれている中の一人ひとりは、自分がどういう生き方をするか、どういう豊かさを選択するかを考えればいいと思います。

自分と自分の家族が豊か(その定義は個々に違うでしょうが)な生活をするために、自分自身でやれることをやる。

国が豊かになって自分がやらなくても国がやってくれるのを期待していない? 

なんかぼんやりしていても国がやってくれるって思っている人が多いような気がします。それって変では?

一人ひとりは国の制度に頼らずにやっていけるようになるように日々考えて生活する。それが大事だと思います。

「国栄えて、民滅ぶ」って言葉もありますよね。国が発展しても、個々人の豊かな生活が保障されるわけではないってことも忘れないようにしないといけないとも思います。

そういうふうに考えていくと日本の成長を望んでいる人って、世界に認められる“日本”の私はその代表的政治家、あるいは代表的○○だって言いたい人と豊かな政府に守られていたい人なんじゃないかって、考えまで浮かんできてしまうのは、考え過ぎ?

2014年9月23日 (火)

「シニア 共働き広がる 女性の就労増」2014.9.23日本経済新聞朝刊

シニアの共働きが増えているという記事を日経新聞で見つけました。

総務省の労働力調査のようです。

『総務省の労働力調査によると、2014年4~6月の共働きシニア(農林業を除く)は前年同期比11.9 %増の66万世帯となり、過去最高を更新した。元気なシニアが増えているうえ、人手不足の企業が高齢者の雇用を増やしているためだ。』そうです。

『夫婦ともに働いている世帯のうち妻が65~74歳の世帯を調べた。共働きシニアはこの10年で30万世帯近く増えた。シニア夫婦8世帯に1世帯が共働きの計算と なる。』

共働き世帯が増えた理由として、働くシニア女性の増加があがっています。特に介護、製造業、流通業の人手不足が深刻な業種で女性の就労が増加しているそうです。

働く側の意識も変わってきており

『労働政策研究・研修機構が実施した55歳以上を対象とする調査によると、65歳以降も働きたいとの回答は58%にのぼった。そ の半分は「年齢に関係なくいつまでも働きたい」と生涯現役を目指す。』だそうです。

『将来への不安も残る。同機構の調査では、働き続ける理由(複数回答)は「経済的な理由」が73%と、2位の「生きがい、社会参加」(22%)を大きく上回っ た。足元では物価が上がっているほか、来年4月からは公的年金の支給抑制も始まる。寿命が長くなった分、先行きの生活への不安も強い。』

定年年齢がどんどん上がって、健康に対する意識も高まってシニアと言われる年になっても昔と比べると若々しい人が増えて、

「退職後の悠々自適な生活」なんてものが、なんとなくイメージできなくなっているような気がします。

それでこの記事を読んでもあまり感じるものがなくて、ふ~んそうなのかという感じです。

これから日本の人口が減っていって、高齢者の割合がどんどん増えて、就労に限らずいろんなことが変わってくると思います。

日本社会の中で高齢者の存在感が増してくると思います。

・・・いまでもかなり存在感がありますが。

2014年9月、この時期はこういう状態だったのか~と資料になるような、定点観測的な記事だなあと思って読みました。

そうそう、 『シニアを中心に共働きが増えれば、足元で低迷する個人消費を押し上げる面もありそうだ。総務省調査によると、共働き世帯の消費支出は月33万9000円と、専 業主婦世帯より8.7%多い。夫婦で働くシニアが増えれば、「収入が増える一方で時間が無くなり、外食や家事代行サービスの利用が増えそうだ」(ニッセイ基 礎研究所の斎藤太郎経済調査室長)。

厳しい年金財政の改善にもつながる。一定の基準を満たす会社員は、70歳まで厚生年金の保険料を納めることになる。高齢者が社会保障給付を受け取る側から 支える側に回れば、現役世代の負担を和らげる効果もありそうだ。』とも記事にありました。

2014年9月21日 (日)

がっちりマンデー「あまりものビジネス」2014.9.21放送

毎週日曜の7時30分からは朝ごはんを食べながら、ぼんやりTBS系の「がっちりマンデー」を見ています。

最近はちょっと興味を惹かれるものが少なくなったなあというのが、私の感想ですが、今日の特集「あまりものビジネス」は久々にワクっとしながら見ました。

バイク便の企業さんが、最近のIT化の流れで仕事が減った中で、余った配達員さんを活用する方法がお弁当の宅配の請負。

これはいいって思いました。

家事をしながら見てたので、詳しい内容を見落としているところもあるんですが、社長さんが自分たちはこれまで配送を通じて地域を知っているが、飲食店さんはその情報がない。なんて話をされていたようですが・・・

企業の社員さんの昼食お弁当・・・バイク便は、企業さん相手のお仕事が多いだろうから、オフィスビルに詳しいんじゃないか、そうすると企業のお昼のお弁当の配達。

働いている時に、たまにはすごく豪華な食事をしたいなんて思ったりしたことありませんか?

ここっていう勝負の仕事が入っている時に、今までお弁当で食べれられると思っていなかったお店の店をがっつり食べる。

そんな人、そんな時滅多にない? 

確かに大きな需要はないかもしれませんが、ITをフル活用して効率化すれば、実現できないこともないかも・・・番組は余った配達員をお店からの依頼に応じてというところまでだったようですが、それを応用して、オフィスで働いている社員のわがままを聞けるようなサービスが実現できるんじゃないかなってワクっとしました。

それから月極駐車場の空いているスペースを大家さんから集めて、一日貸しするというビジネス。

これもすごい。

決済は前払い、カード払い。

一日いくらと最初から決めていれば、機械式の駐車場のような設備投資もいらない。 貸してくれる側とそれを求める側のマッチングがこれもまたITで実現できている。

大家さんにとっては借りてくれる人がいないので、遊んでいる土地だし、借りる側にとっても・・・番組では東京港区赤坂の駐車場が出ていましたが、一日1,000円になっていて安い。

ひょっとしたら数時間使うだけでも、これを使えば確実に駐車できることがわかっているんで利用してしまうかも。これ全国に広がって欲しいな。もう広がってる?

それから印刷会社の印刷機の稼働していない時間を利用するというビジネス。

印刷会社はそれぞれ得意な分野を持っていて、その分野に集中して発注を受けているから、繁閑が出てくる。

それで全国の印刷会社と契約して、使っていない期間の印刷機でその会社が受注した印刷を印刷してもらう。

各印刷会社にとっても遊んでいる機械を活用して、少しでもお金が入ってくるんで悪くない話。

そして衝撃的だったのは薬のあまりものビジネス。

これは新しいビジネスの方ではなくて既存のビジネスに驚きました。

薬局では受け付けた処方箋の調剤を拒否できないという法律があるらしいです。

それで、どんな処方箋にも対応するため、いろんな種類の薬を揃えている。しかし、製薬会社から買う薬は単位が大きいため、使い切れなかった薬は使用期限が来たら廃棄をしなければならない。

その廃棄する量が膨大で、番組によると全国の薬局で年間100億円になるらしい。一つの薬局で月2万円とか、3万円とか言っていたけれど、全国にはたくさん薬局ありますから。正確な数字を覚えていないのが悲しい・・・

はあ?ですよ。

これはもちろん処方されたものではないので、医療費にはカウントされず、したがって税金あるいは保険料が使われるわけではないけれど、これが薬の流通システムの常識であるなら、どっかでこの分の費用が上乗せされていないの?って疑ってしまいます。

それで薬価に反映することないのかなあ~? もしそれがないとしても、なんで製薬会社は大きな単位で薬を売らなければいけないのか。そんだけ余っていたら、小分けの需要があるのはわかっているはずなのに・・・ 

不必要な負担を薬局に押し付けているのでは?

意外なところに反応してしまいましたが、薬のあまりものビジネスは、消費期限前に明らかに余るとわかっている薬を薬局から買い取って売るってようなビジネスでした。

最初に書いたとおり、家事をしながら見てましたんで、番組を間違って見ているところもあるかもしれません、あしからず。

感心したり、怒ったり、久々に引き込まれた30分でした。 

2014年9月17日 (水)

「土光敏夫 無私の人」上竹瑞夫著

「正義」とか、「大義」とかいう言葉が死語になってしまったのではないかと思います。

社会のため、とか未来のためとかいう言葉があちらこちらで使われているけれど、結局は自分の利益のためではないか? 

ごく身近な仲間内のことしか見えていないんじゃないか?と思うことばかり。

そんな人たちでもまだまし。

はなから“社会”なんて概念がないんじゃないかと思うくらい、自分のことしか考えていない人たち。

自分が傷つくのは過剰に反応するのに、人を傷つけていることに気がつかない。

人として社会に生まれてきたからには、なにがしか社会に役に立つことをしなければいけない・・なんて教わってきたけれど、本当にそんな気持ちを持って生きている人が今の日本にどれくらいいるんだろうか?

ふと「土光敏夫」という方を思い出して、読んでみました。
どうしてこういう生き方をできる人が出てきたのか・・・

特に80代のご高齢になられて以降に取り組まれた行政改革については、失礼ながら、自分は長くは生きられない年になって、のんびり老後を過ごそうと思うのが普通なのに、働き盛りの方よりも強い意志をもって行革のために働かれた。

母の影響で信じた法華経の教えから来たものなのか。

それとも女性が業を興すなどということが考えもされなかった時代、60を過ぎて学校を作ろうと行動するようなその母親の教育があったためなのか。

メザシの土光さん・・・高級車に乗って、高価な服を着て、おいしいものを食べる。十分に贅沢ができるだけの資産や収入があったはずなのに、質素な生活を守られた。

こんな方がまた現れるだろうか?

誰もが求めるリーダー像ではあるけれど、自分がそのように生きたいと思うか?

土光さんのように生きようと思う人、生きることができる人はでてくるのか。

どうしようもなくなった今の日本にまたこのような人物が現れて欲しいけれど・・・その可能性がほとんどないとすれば、どうやって日本を変えていけばいいのか?

読後、ちょっと暗い気持ちになりました。

2014年9月15日 (月)

いいかげん性別を忘れて生きたい

昨日は福岡市で開催された「男女300人のトークセッションin福岡」というイベントに行ってきました。

東京で開催されている国際シンポジウム「WAW! Tokyo 2014」の福岡県開催イベントだそうです。


いかにも華やかそうなイベントで、また広報で見る内容が何を目的にしたものなのか、よくわからなかったのですが、

現内閣が打ち上げる女性の活躍を福岡で主催や後援をしている団体がどのように消化しているのか、どのような方々が参加し、どのように考えているのかがわかるかと思い、参加してみることにしました。

結果、事前に広報で感じた以上のことは感じませんでした。

あえて収穫を上げるとすれば、登壇された方のお一人、NPO法人住みよいあさくらをめざす風おこしの会 理事長の中嶋玲子さんのお話がとてもよかったこと。女性であってもできるというお話はありましたが、どちらかというと性別に関わらず自分がすべきこと、困難があっても自分が信じればできるというお話にまとまっていて、私はこういう話を聞きたいと思っていたのよねという内容でした。

それから、この開催に当たって、学生サポーターが活躍したとのことでしたが、

これを見て、若い人たちもいろいろ考えている、今どきの若い人はというけれど若い人も捨てたもんじゃないって考えちゃいけないんじゃないかってことに気がついたこと。

確かに、学生だけでなく、いまの若い人たちは、これから大変な時代になるということが盛んに言われているので、自分たちの頃に比べると問題意識をもって行動している人が多いと思います。

しかし、多いけれど、それはごく一部。そしてそのごく一部が活動する場は、今回のイベントのように華やかな場であることが多い。

その時々、世間が取り上げる流行りの課題に取り組むことで、自分がなんとなく活動をしている気になることがないかしら?

本当に自分で考えて、自分の行動を決めているのかな?周りがやっているからやっているのでは?

若い人たちに接する機会がないから、本当のところはわからないし、いまの世の中、自分たちでできることは自分たちでしなければならないから、若い人に頼ろうと思っていないんですが・・

一場面だけを切り取ってそれでいろいろ決めつけちゃいけないんじゃないかな~って考えさせてもらいました。

それはそうと女性の活躍に戻ると・・・

日本の女性にとって、まだまだ社会に女性であるために受ける制約はあっても、女性であるがために教育を受けられない、10代で結婚し何人もいる妻の一人として行動を制限されて過ごさなければならない、あるいは貧困のために親が子どもを売る国がある中では、いまや日本の女性が女性の権利を守るために自身でやることは、大したことではない。

命を取られるわけではないし、社会から葬り去られることもない。

職場の中で男女の差別的な人事があれば、上司に対しそれはおかしいと言えばいい。言える雰囲気がない職場で昇進ができなければ、今の仕事でまだやれることはあるからそれに専念すればいい。

やみくもに上を目指して、給料が上がることを目指して・・・

リーダーになるのは、自分がやりたいことを実現するためであるはず。リーダーになること自体にエネルギーを使ってはいけない、それよりも自分がやりたいことを実現できる方法を探して実現することに力を使わないといけないのでは?

女性の活躍・・・女性を活用してこなかった企業やその他組織が女性の力に気がつき、目を向ける機会にするのはいい。頑張ってきた女性が後に続く女性を応援するのはいい。

でも女性自身は、「女性の活躍」という今の風潮に目を向ける必要はない。

女性であることよりも人であることでできること、やるべきことをやっていきたい。

男性は男性であることを意識しているのでしょうか?女性だけが女性であることを過度に意識しているような気がします。

イベントに出席するよりもそこで過ごす時間とそこに行く時間を使って、自分がしたいことをする、したいことのための準備をする方がいいんじゃないかと思っています。

年をとって、自分に残された時間は限られていると思うから、そう考えるのかな?

それにしても・・・

宗教の制約もなく、人権の視点から男女の差別はしてはならないとずっと言われていながらも未だに女性の活躍が低位な国である原因が何なのか?

不思議の国、日本・・未だ分析が足りないんじゃないかな~

2014年9月13日 (土)

「デザイン家電 なぜ日本は作れない?」日経ビジネス2014.9.15号

デザインで圧倒的な差がついていて日本の家電が売れていないという記事が日経ビジネスにありました。

記事は、日本から優れたデザインの家電が生まれないのは、日本人のセンスのなさではなく、日本メーカーの組織的な問題があるからだといいます。

日本のメーカーではデザインより機能が重視されており、その理由として

(1)過去の成功体験を捨てられない
(2)見た目より中身の生真面目な文化
(3)デザイン部門の“地位”の低さ
(4)家電量販店の影響力が強過ぎ
と4つが上がっています。

(1)過去の成功体験を捨てられない
機能性を重視するとその性能を確保するためにデザインが犠牲になるところが出てきます。
それでもかつては消費者も機能を追求していて、多少見た目が悪くてもそっちを選んでいました。
しかし、技術が発展していまや必要な機能はほとんど盛り込まれてしまって、いまの機能の違いは消費者から見ればあったら便利よね程度。
それよりも部屋において見た目がよいとか、使いやすいとかデザインで選んでします。
いまやそういう時代になっているのをわかっていただけてないんでしょうね。

(2)見た目より中身の生真面目な文化
中身=性能は数値化がしやすい。それに対して見た目は数値化が難しいというより、できない。
記事には「定量的に比較できる機能による差別化の方が社内で評価される空気が厳然としてある」とあります。
記事では「生真面目な文化」という表現をしていますが、生真面目というより、責任回避、無難な選択
アップル社の新製品発表を見て、それが演出とわかってはいるけれど、製品開発の現場ってきっとワクワクしているんだろうななんて想像している消費者にとって、他者との違いを見せなければ、それは数字が一番だなんて考えて製品開発しているなんて・・・消費者が何を求めているかなんて考えていないんだろうなってがっかりします。

(3)デザイン部門の“地位”の低さ
どうしてそういうことが起こるんでしょうね?
デザイン軽視というのはメーカーだけに限らず、日本中どこでもそう。
道路標識、公共の建物、その他諸々、デザインにお金をかけたくない・・・
記事中「日本では、デザイン部門が単なるコストセンターとして位置付けられている家電メーカーが多い」
・・・生活用品は機能さえ充実しておけば、美しさは二の次。文化レベルに低さ、美的感覚の鈍さでしょうか?

(4)家電量販店の影響力が強過ぎ
デザインの良い海外メーカー商品が並んでいるから、日本メーカーは機能重視の製品を納めてくれればいい・・・これはわかりやすい。
家電量販店に愛国心を求めるのは無理でしょう。
・・と記事を追っておりますが、この記事を読んでいて、消費者として物へのこだわりを考えてみました。

ここは家電の話なのですが、家電から離れて・・
例えば手帳・・毎年時期になるとどれを選ぶかとても悩みます。
気に入ったものが見つかって自分のものになって来年の予定、はたまた文字に残して読み返したいことを今年の手帳から書き写して・・・
たかだかモノに過ぎないけれど、その“モノ”を使いながら次の年を想像する。

例えば家族から贈られた物、いまはいない家族が使っていた物・・・もはや単なる“モノ”ではありません。

お金で買える“モノ”にこだわるのが、つまらないことのように思われることもあるけれど、それでも大切なもので気持ちが癒されたり、気持ちを切り替えたりできる。

豊かになった日本の中で、いまやモノはその本来の目的以外に意味を持っていて、だからできれば美しいもの、見た目の良さがあって欲しいんだろうなって思います。

2014年9月 9日 (火)

「非正規から正社員、4~6月100万人」2014.9.9日本経済新聞朝刊

本日の日経新聞朝刊に労働力調査の結果から、正社員の増加を取り上げた記事がありました。

サブタイトルは「企業、人材囲い込み 若者世代の登用進む」
記事には

『非正規社員から正社員への転換が進んでいる。転職や社内登用で正社員になった人が今年4~6月期は前年同期比2割増え、ほぼ100万人となった。人手不足の小売りやサービス業は人材を囲い込むため、パートらを転勤のない限定正社員などに切り替える。「就職氷河期」で非正規が多かった若者世代が正社員に登用されており、賃金の押し上げなどで景気の下支え効果も期待できそうだ。』
と書かれています。

人が足りなくなって、やっと人材に目を向け始めたのかなあと思います。

いま日本の中に存在するお仕事、単純に手を動かしておけばいいという仕事はなくなりました。どんな職種でも各個人が自分で考えて、判断して、モノやサービスを生み出さなければならなくなっています。だから、どの職場でも「技術やサービス力のある人材を囲い込む」必要が出てきた。

これから、若年労働力は減るばかりですから、ますます正社員化が進むと思います。
でも雇われる側はこの傾向を見て、楽観していては駄目。企業が欲しいのは優秀な人材。
だから、正社員化が進んでいる=自分は正社員になれる・・ではない。

企業側から見て、欲しい人材になる努力も必要・・ですね。
ところで「限定正社員」、働く時間や場所を限定する正社員が広がっているそうです。

なんかうまく利用されそうな気がしますが、家事や子育てなど、仕事以外も大切にしたいと考えていたら、会社の都合で住む場所や生活時間が決まってしまう今までの正社員とは違う限定正社員を利用しても・・・

企業は人を使い捨てにしている・・・だけの発想ではなく、逆に自分の生活のために企業を使いこなすって考えるくらいな余裕があってもいい。

とにかく日本の中で続いてきたものが、激しい勢いで変わっていっている気がします。
変化を楽しんで変化にうまく乗ることが大事ですよね。

2014年9月 8日 (月)

シンガーポールで感じたこと

いつの間にかもう9月。

そしてもう8日。 9月になって初めての記事になります。

今日は中秋の名月ですね。

さて・・・ シンガポール観光に行ってきました。

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観光ですから上っ面を撫でただけですが、私なりに・・というか私らしく感じたことをメモします。

【街の活気】 人口密度の高い国だからどこを見てもたくさんの人がいます。

でも上海で感じたパワーを感じない・・めざましく発展をしてきて豊かな生活が手に入り、焦りがないのかな~ 上海では街すべてが成長を追っかけているよう勢いを感じましたが、シンガポールは庶民にも豊かさが手に入っているから、がつがつ(表現が悪いですが)しなくていい、それがパワーがないように感じたのかな~


・・ あくまで上海との比較で、日本と比べたらパワフル! どこを見ても小さな子どもを連れた家族ばかり。若い国だなあって感じました。


【人工的】 新しいビルがどんどん建設されています。

泊まったホテルの前も高層ビルの工事中でした。
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町全体が作られたもの、とても人工的なものを感じました。

町は人が作ったものですべてが人工物ですから、変な言い方ですが、ニュアンス伝わりますよね。

近未来的というか・・・ 観光スポットもどんどん増えているようですが、観光地としては今一歩魅力が薄い。
自分が中高年齢層だからかもしれませんが、もっとこの国だから感じられるもの、歴史や空気を感じたい。

観光地になるべく、どんどん観光名所を作ってもダメなんだなあと感じました。

地方に住んでいる者から見ると新しい名所が次々と誕生する東京は行ってみたい場所なんですが、海外の人から見たらどう見えるのかな~

歴史ある京都、こちらも行きたい場所で、行けばそれなりに歴史やその町が作ってきた空気を感じるのですが、観光地としてのサービス精神が行き届いていて観光客にわかりやすい所になっている。

これもある意味、人 工的。 観光地として他人に見てもらうためには、見る人に媚びないこと。真剣に地で生きて、それを見てもらうのがいいのかなあ~なんて感じました。

【多民族】 アジア系も欧米系もごちゃごちゃに住んでいる。移民や滞在者も多いんでしょうが、国民は肌の色や体型が違ってもこの国を愛している。

日本人の私は、コアの人種は?なんて感じてしまう。そんなのなくなっているんでしょうね。


話している英語がちょっとなまっているなんて感じて、標準語は?なんて思ってしまうけれど、もはや、それもないんでしょうね。 国とは何なのか? 

またいまから日本が移民を受け入れた時に、どんな変化をたどっていくんだろう?なんて考えさせてもらいました。


シンガポール・・日々進化をしている都市。

とても魅力的なんですが、若いとは言えなくなった私は、住みたいと思わない街でした。

そして・・日本、あるいは私の住む福岡は、どんどん発展する街(エネルギーが足りないからそうなろうと思っても無理かもしれないですね)ではなく、違った存在感を持つ街になって欲しい。

資源の限られた場所で、衣食住がある程度満たされれば満足が得られる人間が、ひたすら発展を目指す必要はないんじゃないかな~

そろそろ自分たちが持つ価値を大きく変えてもいいんじゃないかなあ~なんて考えました。

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