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2014年10月

2014年10月28日 (火)

「特許、「会社のもの」へ転換方針 どうする中小の扱い」2014.10.27日本経済新聞朝刊

今年ノーベル物理学賞を受賞する中村修二氏が青色LEDの特許権譲渡と特許の対価を求めて勤務先だった日亜化学工業と争った訴訟が報道された当時、

発明は個人の資質に大きく依存しているけれども、研究は必ずしも成果を出すとは限らないし、たとえ何らかの発明があったとしてもそれがお金になるかどうかわからない。個人でリスクを取って研究を行うことは不可能で、企業の研究員として社員として身分が保障され、企業がお金を出したからこそ、結果が出せたという側面もあると言われていて、なるほどそうだなと思ったことがありました。

それでは個人の貢献と会社が負担したリスクをどのように見るのか。
昨日の日経新聞で、社員の職務発明の特許権を巡る記事がありましたので、興味深く読みました。

『社員が仕事で生み出した発明(職務発明)の特許の権利を、現在の「社員のもの」から「会社のもの」にする特許法改正の方針が特許庁の有識者会議で固まった。

詰めの課題として急浮上してきたのが中小企業の取り扱い。職務発明の社内ルールが整っていないことが鮮明になり、大企業と同様の取り扱いは難しいとの意見が出た。特許庁は対応に苦慮しそうだ。』

『「職務発明に関する特許を受ける権利については、はじめから法人帰属とする」。17日に特許庁で開かれた産業構造審議会の特許制度小委員会で、同庁の担当者が法改正案の原則を明らかにした。

20人の委員で明確に反対の意思表示をしたのは連合の代表者のみ。産業界の念願だった職務発明の特許の権利を会社帰属とする方向は固まった。
特許庁が示した原則はこうだ。(1)職務発明を特許にする権利は会社のものとする(2)従来の「相当の対価」と同等の権利「報奨請求権」を社員に認める(3)労使協議などを経て企業が報奨ルールをつくる際のガイドラインを政府が策定する――の3つだ。』

この例外として、大学や研究機関は、従業員側に帰属させることを希望した場合、認めるとしています。
これは研究者がより良い研究環境を求めて所属を異動することが多いためだそうです。

これが認められたのは、

『有識者会議のメンバーの半分以上を大学・研究機関関係者が占める。そのため、企業と異なる大学などの事情を特許庁は早くから把握しており、例外とする案の通りになる可能性が高い。』

からだそうです。
議論の場に、事情を知っているものが入っていると意見が反映されやすいということですね。
これに対し、新たな課題として浮上しているのが、中小企業の取り扱いだそうです。今回日本商工会議所の意見書が示されたことで明らかになったことらしいですが、元々委員の中に中小企業関係者は1人しかいなかったそうです。
『「中小企業の8割が職務発明に関する社内規定をもっていない。中小は現制度のもとで大きな困難に直面しているとは認識しておらず、中小に過大な負担を強いる見直しは望ましくない」。こうした内容の日本商工会議所の意見書が有識者会議で示された。
意見書で日商は「知的財産活用の面では特許は法人帰属が望ましく、高度な技術力の維持強化のためには発明者に帰属させることが望ましいこともある」と説明。個別企業の事情によって取り扱いを選べる方が、中小の実態に即していると強調した。』
社員が発明をした場合の影響は、大企業より中小企業の方が大きく、その扱いが会社の命運を分けることもありそうな気がします。
中小企業の意見がきちんと反映された法整備がされるよう願っています。

2014年10月25日 (土)

マタニティーハラスメントに対する最高裁初の判断

広島市の病院に勤務する女性が妊娠を理由に降格をされたことに対し、損害賠償を求めた裁判に最高裁が初めての判断を示しました。

私はこれを23日木曜日、仕事を終えて帰る車の中で、FM放送の短いニュースで聞きました。
短いニュースですから、その日起こったことで何を取り上げるかは慎重に選ばれていると思います。そこで流れました。

裁判が大きく報道される場合について、2つの見方ができると思います。1つは事件そのものが注目を集めていて、世間が関心を持っていると判断されるとき、もう1つは裁判で出された判断が今後世の中に影響を及ぼすと思われるとき。

今回は後者・・でしょう。

新聞の取り上げ方を見ると私が住む福岡の地方紙、西日本新聞は一面トップで取り上げました。

そして日経新聞はトップではなかったものの、やはり一面に掲載されており、さらに社説で取り上げていました。

経済紙である日経がこの裁判を取り上げていることは、今後、経済界に影響があると考えていることが判ります。

妊娠、出産を理由に会社内で不利益な取り扱いをすることを「マタニティーハラスメント」といいますが、妊娠をすれば母体や胎児を気遣って、本人が会社に対し妊娠を申告し暗に、人によっては直接、配慮を求めるのですが、それで本人が求めたからと部署を移し、ついでに役職まで外してしまうなんてことはよく聞く話です。

妊娠したら不利益を受けることは周知の事実で、それでも子どもを産むかどうか。


子を産んで育てるという人間として自然なことに、なんで大きな決断が伴うのか?

これじゃ子ども産む人減るはずだよねと当たりまえ~のことを考えます。
会社は会社、家庭は家庭と別々に考えているから起こっていることだと思います。


これもいつも書いているとおり、家庭やその他の活動で身体を休めたり、全く別のことをして気分を変える、あるいは新しい発見をすれば、それが会社に役に立つし、それがなければ人は働き続けられない。

また会社は今いる人材だけでなく、将来の人材のことも考えておかなくてはならないから、その人材を育む家庭や地域のことを考えなければならないと思います。

人材育成はそれをやってくれるところに任せておいて、できたものを収奪する。

家庭や地域のことを考えていない会社は、そんなふうに見えています。
企業が稼いだお金を寄付して社会貢献という前に、従業員が自然に子どもを生める環境を整備する、子どもを安心して育てられるように男女従業員の勤務環境に配慮する、そしてそのずっと前の従業員が結婚できるような給料や時間を保障する。

そんな当たり前のことがよっぽど社会貢献です。

でもそれじゃアピールにならない?

アピールされる側、いわゆる世間一般も意識を変えて、社員が働きやすい環境を提供している会社は社会貢献をしている会社だと判断するようになることも必要なのかもしれません。
この裁判を受けて、企業や行政の取り組みが変わっていくと思います。・・・変わっていって欲しいと思います。

この裁判は判例として他の裁判に影響を与えていきます。この判断が出て社会に影響を与えます。

裁判が社会を変える。法律に携わる人が求めるものは究極これじゃないかなと想像しています(法律に携わる人ではないのであくまで想像)。
でも最初にこの女性が裁判を起こしたからこそ、この結果が出た。

労働問題がどういうものなのかをちょっとだけ知っていて、諦めずに闘うことがどういうことを意味するか理解できるつもりですから、この女性に敬意を表しています。

この方ががんばったので、社会に大きなインパクトを与えることができた。

裁判は一旦高裁に差し戻され、この方の闘いはもうしばらく続きます。そして損害賠償を勝ち取ったとして、彼女自身はこの結果をどう判断するだろうか?
なまじ知っている分野だと考えなくていいことまで考えてしまいます。

2014年10月22日 (水)

「配偶者手当見直し」2014.10.22日本経済新聞朝刊

最近、「女性の活躍推進」とか「女性の就労拡大」とかいう記事を見ない日はありません。

この記事は、配偶者(だいたい妻)の収入が103万円とか、130万円とか未満の場合、本人に月いくらかの配偶者手当が、公務員であれば国や自治体、会社員であれば企業から支払われていますが、それを見直すという話。

国・自治体・企業ごとの制度ですから、配偶者の収入の基準も支給される金額もそれぞれの組織で決定されます(公務員の場合は法律や条例)。

もう一つよく言われる「配偶者控除」は所得税の話で別のモノ。


しかし、配偶者というより、女性が働く際は、配偶者控除とこの手当を考えて、103万円の壁とか130万円の壁とか言っているのはよく聞かれると思います。


130万円の方は、健康保険や厚生年金などの社会保険が配偶者(夫)の扶養から外れて、自分で負担しなければならなくなるという問題もあります。

この記事では安倍首相が、まず国家公務員の配偶者控除の見直しを要請したとのこと。国家公務員の場合、配偶者の収入が130万円を超えると月額1万3千円支給されていると記事にあります。

国家公務員から・・・まず「隗より始めよ」でしょうか・・・

それはさておき、配偶者控除や配偶者手当の話が出る際にいつも枕詞となるのが「専業主婦世帯」。

専業主婦が全面にでるので、配偶者控除は働いていない主婦を優遇する税制みたいに言われるのですが、この制度を本当に意識して利用しているのは、パート労働をしている方。

面倒なので配偶者控除だけに絞って話を進めると、年収が103万円を超えると所得控除の38万円が受けられなくなるので、103万円になるように就労時間を抑えている。

実はこれを超えると年収141万円までは段階的に所得控除が受けられるんですがこれも面倒なので取りあえず配偶者控除だけで話を進めます。ちなみにこれは配偶者特別控除と言いますが、こっちはあまり言われていなくて、知らない人も多い。

価値観の問題ですが、家庭で家事をばっちりこなし、子どもの教育に力を入れている主婦は、その主婦がいるおかげで夫がばっちり働けるので、ある程度税金の控除があってもいいと思います。

しかし、それはその主婦本人の貢献であるから、夫の収入から引かれるのおかしいなと思いますし、あくまで年収だけの判断だから、その主婦が遊んで家事をしてなくても、家の中ピッカピカにしているような人でも同じっていうのもどうなのかなと思います。

なお、制度的には配偶者に収入がないため、世帯の所得が少ないので控除しましょうという収入補助目的のもので、配偶者の貢献を考えたものではありません(国がそんなこと言えないですよね)。

また、103万円という、それこそ壁を超えるか超えないかで、一律38万円の控除が受けられるか受けられないかになっているのも問題で、特別控除と同じように0円から段階的に金額を変えていけば、ある一定程度を超えるとどんと世帯の収入が減ってしまうということもなくなります。

長くなりそうなので、今回は特に言いたいことだけに減らすと

この制度を意識して利用しているパート労働のところにこの制度の弊害が最も出ていると思っていて、女性がこの制度を意識して就業時間を減らすという問題もありますが、そんな女性を意識して、パート労働の賃金単価を抑えている企業、この制度をずるく利用している企業が問題じゃないかと思っています。

時間が無くなったので、あまり詳しく書けませんでした。またそのうち続きを書きます。

2014年10月17日 (金)

心の病気の予防について考えたこと

美味しいモノをつい食べ過ぎた時に、「からだが資本」だからと言い訳めいて口にしてしまいますが、身体を壊した時に、健康の大切さを痛感します。

病気になってしまうと何もできない。健康は、人の活動のインフラだと思います。

最近の組織、身体的な病気もさることながら、心の病気、メンタルヘルス不調を訴える人が非常に多くなっています。

人の集合体である組織もその構成員が健康でないと何もできない・・と思います。
なぜ心の病気が多くなっているか?

企業間の競争が激しくなって職場環境が厳しく、心が休まる時間がないとか、人間関係に配慮できない状態になっているというのは確かだと思いますが、

かつて、例えば昭和の頃に比べて、人が傷つきやすくなっているんではないかと感じます。

お金持ちではないいわゆる一般的な家庭では、子どものために使えるお金がなかった時代、子どもは欲しいモノがあっても我慢したり、自分のお小遣いを貯めて欲しいモノを手に入れていた。

それがいまやみんなそこそこお金を持っていますから、欲しいと言えば、だいたいすぐ手に入る。甘やかしてはいけないと思っていても周りがみんな持っていると親は子を不憫に感じて、つい買ってしまう。

我慢をするとか、こつこつ努力するとか、自分だけが耐えるとかいうところが育っていないんじゃないかなと思います(もちろん自分自身も例外じゃないですが)。
だから組織の中のちょっとしたこともストレスになる。

耐えたり、努力したり、それなりに心を鍛えてきた人とそうではない人、同じ職場にいても、人によってストレスに感じる因子の数が違っている。

身体の方は、予防の方にかなり注目が集まって、食事に気をつけたり、運動をして基礎体力を高めることを勧められるけれども
心の方は・・・
食事や運動は、心にも良い影響を及ぼすでしょうし、ストレスを感じたら、十分に睡眠を取るとか、気分転換をするとか言われるけれど、あくまで対処療法では?

心と身体と比べた場合に、身体は食事や運動で割と短期間で改善ができるけれど、心の方は、生まれた時からの生活すべてで作られていて、短期間では“改善”というか、“変える”ことは難しいように思います。

メンタルヘルス問題って、職場だけじゃなく、子育てや教育の問題として総合的に取り組まないといけないんじゃないかなあ~

メンタルヘルス問題に限らず、人が社会に出てからの対策はたくさんあるけれど、その前の期間は、家庭の問題、個人の問題として聖域化されている部分があって、各家庭に任せられ過ぎているんじゃないかと感じます。

いまはあまり聞かないような気がしますが、若者のマナーの悪さを家庭の責任だっていうのはよく聞いていました。確かに家庭で身につけさせるものだけど、家庭もいろいろあってダメ親だっているんだから、社会の迷惑になることは社会全体で考えないといけないのでは?

ところで、メンタルヘルス不調を訴える人に、それはあなたのせいだと言っているのではありません。
それは身体の病気になった人に「あなたが日頃から身体を鍛えていないのが悪い」と言うことがないのと同じで、メンタルヘルス不調には、決定的なきっかけとなる大きな原因があるはずですから。

途中ちょっと横道にそれていますが、身体の予防対策と同じように、心にも予防対策があるんじゃないか、それは身体に比べてかなり早い時期から取り組まないといけないんじゃないかと思ったといういう話でした。

2014年10月14日 (火)

グローバル化ができていないのは若者のせい?

職場で切り抜きをされた新聞記事の中に、10月11日西日本新聞の夕刊記事で「海外で働きたい12% アジア最低 日本の若者「保守的」」というものがあり、それが本当に保守的なことなのか?っと疑問に思っています。

記事には、人材サービス会社アデコの調査とありますが、この調査結果はアデコが今年5月にプレスリリースしたもののようで、なんで今頃?というのがまずあるのですが、そこは置いといて。

この調査の対象は、ベトナム、タイ、マレーシア、韓国、シンガポール、香港、台湾、中国、そして日本の9つ。そして対象人数は948人。

9つの国・地域で900人強ということは各国100人程度?

国・地域によってバラつきはあるでしょうが・・・それで各国の傾向を見て大丈夫なの?って思ってしまうのですが・・・

それから、海外といっても感覚が違うというのもあるかと。

国どうしが接していて、昔から交流が多く、言葉の壁があまりない国と日本のように島国だと、海外で働くっていう感覚はだいぶ違うような気がします。

また、自国よりは海外で働いた方が稼げる環境の国に対し、衰えたとはいえ、国内企業に就職する方がまだ収入が期待できる日本と単純に比較できるか。


今の大学生を見ていて、機会があれば、短期間かもしれないけれど海外に留学する学生がゴロゴロいて、日本の若者が海外に関心がないなんて感じません。

日本の企業に就職をして海外赴任をしてみたいなんて人は結構いるような気がするけれど、そういう人はこの調査では「海外で働きたい」には入らないのでは?

結局、経済的な面から見ると、なんのためにグローバル人材にならないといけないかというと、成長著しい国があって、そこで戦える人がいないと成長の恩恵が受けられないから。
でもそのために若い人が、低収入を覚悟で海外に出かけていって苦労してグローバル人材になるっていうのでいいのか?

そんなことより、手っ取り早く、今ある企業が海外に出て行けばいい。

失敗もするだろうけれど、若者が海外に出ないことには日本のグローバル化ができないなんてことを考えているより、よっぽど自然。

日本企業の経営者、40代、50代、60代、70代でしょうか、が海外に出ていけないのが問題なのに、何やら若者のせいにしているような気がしてしまうんですけれど・・・

一通り身の回りのものが揃っていて、お金は精神の充実に使うような豊かな国の若者とガツガツしなければ欲しいモノが手に入らない国の若者と比べて、豊かな生活を捨てて海外に出ることを保守的と言ってしまうのは間違っているんじゃないか?

経営者が、「年取ってもう海外に出る元気がない」なんて言っているとしたら、あなたには従業員の生活がかかっているんだから年もなんもないでしょう、責任もって海外でもなんでも稼げるところに行ってくださいって考えてしまうのは間違っているのかな?

なんか何でもかんでも若者のせいにしていない?って考えてしまうんですけれど・・・

2014年10月13日 (月)

連休の終わり

9月以降、セミナーなどが多く開催される時期になって、自分の週末の予定も割と詰まりがちになっています。

今後の10月以降は、いろいろ予定が入っていますが、この三連休はぽっかりと空いており、この時間何に使おうかと久々にのんびりしておりました。

しかし、時間が使えると思うとあれもしたいこれもしたいと思って、何から手につけようか迷った挙句、結局何をしたかよくわからない状態になってしまいます。

このお休みも同じでした。

小田実著「何でも見てやろう」を引っ張りだして読んだり、iPhoneのマニュアル本でiPhoneの使い方を確認して、新しいアプリをインストールしたり、本棚を眺めていて、土居健郎著「「甘え」の構造」という古い本を読み始めたり・・・

結果、いつものとおり何をしたかよくわからない休日でしたが、海外のことを考えたり、日本人について考えたり、現実逃避ができました。

明日から仕事です。

業務本体はいろいろとやるべきことがあって、忙しくも充実した日々を過ごせそうですが、何のために仕事をしているのかよくわからない人たちとのお付き合いがまた始まると思うと始まる前から疲労感を感じてしまいます。

まだまだ豊かな日本ですが、今いる人たちが真剣に今後のことを考えて、他力本願ではなく、自分がやるべきことをやっていかないと大変なことになるんじゃないかなと思うのですが、そんなこと自分に関係ないって思っている人が多いんでしょうか?

愚痴ってみっともないですが、この時期にこんなこと考えていたという記録を残しておくのもいいかなと。

さあ、また明日からがんばりましょう!!

2014年10月11日 (土)

保育所整備

女性の活躍推進はいいんですけれど、女性の就職を支援する現場からは、まずは『保育所』をと言いたいです。

しばらく子育てに専念していて、いざ働くぞっと思って就職支援機関に相談に行くと・・「お子さん預けるところ決まってますか?」とまず聞かれる。

就職活動の方法を聞きたいのに、まずは家族のことから?

男性だったらそんなこと100%ないんじゃないかな~

ということで保育所整備の記事に目が行きます。

いつものように日経新聞で2つ記事を見つけました。

2014年10月10日金曜日、朝刊の記事

『郵便局に認可保育所 日本郵便、JPHDとまず埼玉 都心や駅前に開設

日本郵政グループの日本郵便は保育大手のJPホールディングス(HD)と組み、郵便局内に認可保育所を開設する。

第1弾として、さいたま中央郵便局(さいたま市)の一部を改装して来年4月に開業する。

日本郵便は集配や物流業務の再編に取り組んでおり、設備の移転で空いた敷地を生かす。今後もJPHDと保育所の開設を検討する。』

保育所を作るには、まとまった土地が必要。だからといって働く親が毎日、出社前に連れて行く場所だから、土地が取得しやすくても郊外では駄目。

企業の移転で空いた土地ができたらそこを使うっていいアイディアだと思います。


2014年10月11日土曜日、夕刊の記事 

『都立公園内に保育所 東京都が待機児童解消策  

東京都は都立公園に保育所を整備する方針だ。地価の高い都内では施設用地の確保が難しいため、公園を有効活用する。

今後10年の都政の指針として年内にまとめる「長期ビジョン」(仮称)に盛り込み、具体的な開発手法の検討に着手する。

保育所に入れない待機児童の解消に向けた新たな施策とする。』

東京都は待機児童問題が深刻ですから、ものすごく考えているんでしょうね。

公園は都会に必要なものだけれど、その一部を保育所に作ってもいいんじゃないかな。公園と保育所をどう共存させるのか、そのあたりも興味あります。

これは他の自治体も続いて欲しいなあ~

2014年10月10日 (金)

壁を越えたコラボの仕組みが欲しい

昨日、福岡県の新生活産業くらぶFUKUOKAという団体が主催した「女性パワーを組織の力に変えるヒント」というセミナーに参加しました。

簡単に言うと、いま進められている女性の活躍推進について、企業の側から女性を活かすべし、どう活かしたらいいかという話だったのですが、パネルに登壇された企業さんは女性の力を借りないと成り立たない業種の方が多く、そういう企業では、女性の活躍推進うんぬんという前に、自然体で女性が活躍しているようでした。

こんな企業さん多いよねって感じた時に、ハッと気がついて、女性の就職を支援している自分たちサイドから見れば、そういう企業を集めて求職者の方にもっと紹介しなければいけないんじゃないか、それができたら面白いよねと・・・

それからは、いろんなことが頭に浮かび始めて、

女性の活躍推進に取り組んでいるところでは、このように当たり前に女性を活かしている企業をもっと分析すべきではないかとか、

企業側のこの話を労働者側から問題に取り組んでいるところはどう評価するかとか、

もう頭が痛くなるくらい、いろんなことを考えて、いろんなことを思いついて・・・

日頃ぼんくらとしている私でさえ、こうだから、それぞれの分野の本気で取り組んでいる人が集まったら、ものすごく面白いことができるんではないか?

行政に対し、縦割りって揶揄するけれど、いろんな組織が取り組んでいることってそれだけで完結してしまって、他所を見ないことが多いような・・

なんてことはどうでもいいことですね・・・いろんな取り組みに横串を指したら面白いだろうなと。そのためにはそれをできる「人」が必要!!

今日はここまでですが、このセミナーで感じたこと、まだまだいろんなことが考えられそうです。なんか形にしたいな~

2014年10月 7日 (火)

「日曜に考える2 中外時評 知恵は地域にあり やる気阻むカベ除去こそ」2014.10.5日経新聞

土曜日の同じく日経新聞夕刊のトップ記事「人口減もがく自治体」に地方これで大丈夫かなあと書きましたが、

「人口減 もがく自治体」2014.10.4日経新聞夕刊

次の日、論説副委員長 実哲也氏の署名記事で頭が整理がされました。

まず、長野県飯田市の牧野光朗市長の発言が取り上げられています。

『「企業誘致で雇用を生む時代は過ぎた」。そう語る牧野光朗市長が重視するのは、地域内外の人々が「協働」して独自の新しい価値を生み出す自発的なまちづくりだ。』

やっぱり新しい価値を生み出さないといけないんですよね。

『強みは課題解決に貢献する外部の専門家集団を育んできたことだ。勤務地だった飯田に居を構えた精密機器メーカーの経営者OBらが、地元の中小企業をつなぐ役割を果たす。下請けから脱皮し、各社の技術を持ち寄って協働で新製品をつくるような体制を整備。研究開発も進め、環境や宇宙航空関連の産業集積基盤もうまれつつある。』

特別に光る一人はいないかもしれないけれど、みんなが能力を出し合えば光る一人を超えるものが出てくるはずです。

『地元金融機関との協働も進める。「新事業が軌道に乗るまでには長期資金や知恵を出す政策金融的な仕組みも必要」(牧野市長)と考え、信用金庫などを地域活性化の輪に引き入れた。』

新しいことを始めるからってといって、昔からある仕組みを使わない手はないってことかなっと考えます。

『牧野市長は「衰退防止には地域文化に愛着を持つ若者の育成や周辺町村との連携で安心して暮らせる医療体制づくりなどの総合戦略が不可欠。一朝一夕にできることではない」という。』

この町好きだなって思う人が増えることと豊かさや安心を感じるインフラは整っていて欲しい。

『若者のIターンでにぎわう海士町(島根県)をはじめ、自身の特性をいかして再生をはかろうとする自治体は増えている。国の方が賢いという前提で地方創生を考える時代ではもはやない。知恵は地域にこそある。』

自分たちの地域が危ないって考えて行動する人に遠い場所からデータだけを見て考える人が・・たとえその人がどんなに優秀であったとしてもかなうはずない。

そして国は何をすべきかと尋ねて出された答えが

『地方の創意を邪魔せず自立を促すのが肝要』

何もしないのが一番ってことかな!

まとめは 『国がやるべきは人口減に対応して子育て支援を充実し、女性や高齢者の雇用を促すことだ。地方が傾いても住民が教育や医療をきちんと受けられるのを保障するのは当然、国の仕事だ。  時代の変化は激しい。ビジョンづくりより地域が臨機応変に動けるようにする方が重要だ。』

何でもかんでも国がしなきゃ駄目だっていう考えは、もう古いということに気がついて欲しいですね。

2014年10月 6日 (月)

「生きにくさの謎に迫る-ジェンダーとお金の流れを通して」 北京JACふくおか講座

10月4日、北京JACふくおかが主催する講座「生きにくさの謎に迫る-ジェンダーとお金の流れを通して」に参加しました。

講師は東京大学社会科学研究所の大沢真理教授、男女共同参画社会基本法が作られ、各自治体でも条例づくりに取り組んでいた頃、教科書のようにしていた本の執筆者のお一人ではなかったかと思います。

ですから当時男女共同参画に取り組んでいた方には象徴的な方かなあと思います。150人の定員に定員を超える人が集まっていたんではないかな。

内容は、日本の「高い自殺率」、「低い出生率」、「高い貧困率」をデータを使って丁寧に説明していくもので、頭の整理ができました。

しかし、講演内容よりも気になったのは集まった方々、往年の男女共同参画の著名人がどっさり。若輩者は場違い感を感じてしまいました。

会場全体の平均年齢が高く、独特の雰囲気がありまして、熱心に勉強をしている人たちが集まって自分たちで理解を深めるというのもいいだろうけれど、それではそれに関わっていない人たちが入りにくくなってしまうんだなあとちょっと考えさせられました。

会場を見渡した時、今後の日本は若い方が担っていきますから、年齢の高い者が何か行動を起こすときは、広く広報すれば若い人も来るだろうと楽観するのではなく、意識的に若い人を集めていった方がいいのではないかと感じました。

それも若い人に学んでもらうという視点ではなく、若い人を誘うことで逆に自分たちが教えてもらうことがあるはずという視点で自分たちのためにあえて多様性を求めた方がいいかなと思いました。

ところで、男女共同参画は、かつての人権問題という認識から、社会に必要なもの、社会を良い方向に変えていくツールの一つという認識に変わってきたのではないかと考えています。

男女共同参画基本法ができる頃くらいまで、男女平等を求めて闘ってきたけれど、基本法が定着した今は、よりよい社会にするため、男女に関わりなく求められる役割をこなし活躍していく方がいいんだという考え方に落ち着いてきているんじゃないでしょうか。

いままで熱心に取り組んできた方々がいたからこそ、日本に男女共同参画が定着したことを忘れないようにしなければいけませんが、いまや活動が大きく変容しており、かつての活動と連続性がなくなったように感じています。

2014年10月 5日 (日)

「人口減 もがく自治体」2014.10.4日経新聞夕刊

昨日の日経新聞夕刊トップに「人口減もがく自治体」という記事がありました。

『人口減少で将来消滅の恐れがあると指摘された地方自治体の4割以上が、人口減関連の予算を増やす方向であることが日本経済新聞社の調査で分かった。危機感を背景に子育て支援や雇用、住環境の整備、移住促進などを手厚くしている例も目立つ。ただ、既に対策を打っていても実際に人口が増えたという自治体はごくわずかで、人口減対策の難しさが浮き彫りになった。』

というのが記事の結論です。
これは、今年5月に日本創成会議が消滅可能性都市とした市区町村の中で、政令指定都市の区を除いた自治体に調査を依頼し、回答を得た自治体(回答率74%)の結果をまとめたものです。

『人口減に関連する予算については「増やす」「新設の意向」が全体の4割強を占めた。具体的には子育てや婚活の支援、定住促進などが対策の柱になる。』

『現在行っている政策に関しては、子育てでは第3子以降を手厚く支援する事例が目立つ。秋田県鹿角市は保育園や児童クラブの無料化などで「第3子以降にかかる基礎的費用の65%を公的支援」する。
宮崎県椎葉村は「第1~2子に10万円、第3子に50万円、第4子以降に100万円を出生5年後に支給」する。
「保健師が対応する専用電話を開設」(愛知県美浜町)「結婚から妊娠、出産、育児まで切れ目なく支援」(三重県名張市)など、子育て環境を整える自治体も多い。
移住・定住の促進では「空き家・空き地の活用」「雇用の確保」「住宅・土地の提供」などが多い。大分県豊後高田市は住居から就労、保健、教育まで100を超える施策をそろえ移住を促す。北海道の釧路市や根室市、愛媛県愛南町、長崎県西海市などは移住希望者の短期お試し滞在を受け入れている。』
予算の新設、増額を検討していて、既存の政策も様々に工夫を凝らしていますが、効果は限定的。
子育て支援の政策を見ると第3子に手厚くということですが、その対象となる世帯ってどれくらいあるか?
また住宅の提供があっても雇用がなければ、不安で移住はできない。
予算が少ないから大胆な政策は作れないかもしれないけれど、ほかがやっているから自分のところでもやるという発想じゃないのかって心配になります。

日々の差し迫った課題の処理に汲々としている自治体が、危機感を持ちつつ(持っていないところもある?)も目先の政策で終わってしまっているのではないか。
調査では聞いていないと思いますが、各自治体がどのような長期ビジョンを持って政策を作っているかを知りたいです。
生まれた土地を離れて都会に行ってしまった人は、人口が減っていくんだからなくなる自治体があって仕方ないんじゃないのって言えるかもしれないけれど、対象となっている自治体はそういうわけにはいかない。
そもそもなぜ我が地域から人が去って行ってしまったのか、時代が移り変わっていく中で再び人口増に転じる可能性はないのか・・例えば今後も都市志向は続くのか?多様化する価値観の中で、自分たちの自治体が一部の人だけでもいいから響くものを持っていないか。
自分たちが住む街を本気で考えれば、見えるものがあるような気がするけれど、考えるための時間も人もお金もないでしょうね。

2014年10月 4日 (土)

「BOOK 外国人が見たニッポンの姿とは」日経ビジネス2014.10.06号

日経ビジネスを開くとまずはこの本のコーナーをチェックします。

毎週どんなテーマでどんな本を取り上げているのか、楽しみにしています。

今週は「外国人が見たニッポンの姿とは」というテーマで

アレックス・カー著「ニッポン景観論」

赤坂憲雄著「イサベラ・バードの東北紀行」

ステファン・シャウエッカー著「外国人だけが知っている美しい日本」

が取り上げられています。

書評によると

「ニッポン景観論」は、高度経済成長気の開発で失われた伝統的な町並みや自然を題材に、日本の景観を巡る課題と未来を示した本のようです。

「イサベラ・バードの東北紀行」は明治時代に日本を来日した英国女性が訪れた地方を民俗学者がその足跡をたどって日本人の原像を追った本というところでしょうか。

「外国人だけが知っている美しい日本」は、タイトルのとおり、外国人が魅力を感じている日本を紹介する、日本人が知らない日本の魅力を発見する本、インバウンドビジネスのヒント本にもなるかもしれない本のようです。

最近特に、“日本の○○が世界に認められている”とか、“まだまだ日本はすごい国だ”・・みたいなことが言われているように感じますが、人間一人ひとりがそれぞれいいところを持っているように、世界のそれぞれの国もそれぞれいいところを持っているわけで、日本にもそれなりにいいところがあるよねってくらいに考えていればいいんじゃないかと思っている者にとっては、日本を強調することが単なる親ばかと一緒に見えて、もちろん日本人ですから、静かに日本の魅力を味わうっていうのはしたいと思うのですが、「日本が・・日本が・・」って自己主張ばかりするのは、もういいんじゃないかなって思っています。

ですから、この3冊の本、おもしろそうなので、世界の中の一つの国である“日本”って国を純粋に楽しんで読めたらいいなと思います。
また、紀行文を読んでみたいなあと思って本を探して大型店に行くと、ものすごい数の本が並んでいて、どれを読んでいいかわからないので、書評を見つけた機会に読んでみるのもありかなって思っています。

仕事をする上でも、日常生活の中でも、何かモノを考える際に、諸外国の知識であるとか、国内の知識であるとかはきちんと持っている方がいいと思いますし、知識の差が思考にも影響してきますので、もちろん現地に行って、現地を肌で知るっているのが一番いいんでしょうが、その才もお金も時間もない者は、静かにここで紹介されているような本を読んで知識を広げておきたいなと思うところです。

2014年10月 3日 (金)

お金で評価できない価値

サイバーエージェントの藤田晋社長が日経電子版に書いた「私が退職希望者に「激怒」した理由」という記事を昨日の朝、Facebookで友達が「いいね!」していたので出勤前に読んで、記事自体よりもその記事についていたコメントの方にいろいろ考えさせられて、仕事を始めるまで頭から離れなくなりました。


その後、この記事が10月1日に掲載されて以来、ネットの中で様々に取り上げられていることも知りました。

記事の内容は、若い社員が競合他社の誘いでその会社に転職するため、退職したことにまつわるものです。

その社員には新事業の立ち上げという責任あるポジションを任せていた。
そのポジションは過去、会社に億単位の損失を与える失敗をしたことを挽回するために、セカンドチャンスとして与えたものだった。
それが、「突然アルバイトを辞めるかのように放り出してしまった」。そのことに激怒した理由が書かれているものです。

そこまではふ~んだったんですが、気になったのは、最初にも書いたとおり、その記事についたコメント。

コメントを読むと概ね30代はこの社長の行動に批判的、50代以降は肯定的な感じに分かれていました。
(出勤前にざらっと目を通した時ははっきり年代による違いが見えたんですが、帰ってきちんと読んでみるとそうでもなかったので“概ね”)

社長の器が小さいとか、若者にチャンスを与えるべきとか、この社員の人生に責任持てるか・・・等々のネット上の批判は置いておくとして、

自分が一番考えてしまったのは、会社の中で仕事を通じて身につけた能力は、どのように評価できるか? 誰のものか?・・・与えてくれた会社あるいは人(社長?上司?同僚?)に対し対価を支払わなくていいのか?ということでした。

社員が退職する際、期間の定めがなければ、退職の意思表示をしてから=通常ですと退職届を提出してから、原則として14日後に労働契約の解除(解約)になることが、民法第627条第1項に規定されています。

ですから、労働相談をしていて、辞めさせてもらえないんですという相談を受けると、「民法の規定で退職届を提出してから2週間後に辞められます。」と助言をしています。

しかし、これを言うときはいつも、本当に“いつも”、本当にこの人の主張が正しいのか、この人は残った人のことを考えているのだろうかなどと、会社の様子を想像しています。

もちろんどんな事情があるにせよ、対等な労働契約を交わしている個人に対し「辞めるな」と言い、それが両者で解決できず相談にまで持ち込まれているということで、つまらん経営者なんだろうと判断して、自分の迷いを振り切っていますが・・・(ちなみに藤田社長は辞めるなとは言っていない)

個人の人生は個人が責任を持つものなので、自分の転機を決めるのに周りのことを考え過ぎて損をしてしまうことになったらと心配になるだろうけれど・・・

その会社で働くことで身につけた能力・・・自分に自信のある人は自分の努力で身につけたんだというかもしれませんが・・いつ、だれによって、どれを、どのように身につけたかもわからないし、その能力をそのままお金で評価できないし、さらにはその人から切り離すこともできないから、会社を去れば、その人とともに会社からなくなってしまう。

会社で作ったお金を持ち出す人はいないけれど、会社で作った個人の能力は個人とともに持ち出されていく。

当たり前です!! と言われるだろうし、辞める時は与えてもらった以上に還元してるって言える人もいるだろうけれど・・・

会社の金を使って身につけたものは、それなりに返して・・それは会社に同等の利益を生み出すということではなく、大したことしなかったけれどこの人がいて周りにも良い影響があったということでもいいと思う・・出ていくべきじゃないかな~なんて考えているのは自分が昭和的だからかなあ~

2014年10月 1日 (水)

仕事に関する相談

パワハラが多くなっていると聞きます。

仕事で心を病む人が増えていると聞きます。

自己中心的な人が増えて、そんな人が上司になってしまうと自分の意に沿わないことは、我慢ができないで、部下にきつく当たるんだろうなと思います。

そんな人が多いから、気持ちが追い込まれ、心が壊れてしまうのかもしれません。

でも、それとは違うんじゃないかと感じる時もあります。

ある相談があって、確かにおかしいなと使用者側に事務所から問い合わせをしました。

ほんの最初のやり取りだけしかできず、事務所の職員が話をできたのは、相談者の事情の説明だけだったんですが、
まずいと思ったんでしょうね。相談者が望むものに近い解決策を取ってもらえました。

ところが、相談者の相談は終わらない。

問題の原因を作ったと相談者が考えている人とはそのまま一緒に働かないといけない。
それがどうにも耐えられないみたいです。
でも、自分が気に入った人だけの職場なんてありません。
人それぞれ違うから、どっか嫌いなところだってあるし、合わない人もいる。
それわがままじゃないかなあ~って思える状態になっているように思う。
相談することで、そんな気持ちになってしまったのかな・・・

就職相談でも、困ったなあという事例が・・
いろいろ相談に乗ってもらっているうちに、自分の進路が自分で決められなくなって・・・
毎日、相談をしてくる。
そろそろ「それは自分で決めることだよ」って言わないといけないなあと思っています。

相談って難しいと思います。その方の気持ちになって考えているとどんどん頼られてしまう。

過剰なアドバイスが相談する人の思考を停止させているんじゃないか。良かれと思って伝えていることがかえって問題からの脱出を難しくしている。

相談した方ができるだけ話をするようにする。口を挟みたい気持ちをぐっと抑えて、話を聞く。
頭で考えていることを言葉に出すことによって、考えが整理されてくるみたいなんですね。
下手な助言をするより、その方の話をずっと聞いていた方がいい。

アドバイスは必要最小限にして、話してもらう。そうしたら、自分で頭が整理できて、自分なりの解法を見つける・・・そんな方が結構多いと見ています。

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