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2014年10月17日 (金)

心の病気の予防について考えたこと

美味しいモノをつい食べ過ぎた時に、「からだが資本」だからと言い訳めいて口にしてしまいますが、身体を壊した時に、健康の大切さを痛感します。

病気になってしまうと何もできない。健康は、人の活動のインフラだと思います。

最近の組織、身体的な病気もさることながら、心の病気、メンタルヘルス不調を訴える人が非常に多くなっています。

人の集合体である組織もその構成員が健康でないと何もできない・・と思います。
なぜ心の病気が多くなっているか?

企業間の競争が激しくなって職場環境が厳しく、心が休まる時間がないとか、人間関係に配慮できない状態になっているというのは確かだと思いますが、

かつて、例えば昭和の頃に比べて、人が傷つきやすくなっているんではないかと感じます。

お金持ちではないいわゆる一般的な家庭では、子どものために使えるお金がなかった時代、子どもは欲しいモノがあっても我慢したり、自分のお小遣いを貯めて欲しいモノを手に入れていた。

それがいまやみんなそこそこお金を持っていますから、欲しいと言えば、だいたいすぐ手に入る。甘やかしてはいけないと思っていても周りがみんな持っていると親は子を不憫に感じて、つい買ってしまう。

我慢をするとか、こつこつ努力するとか、自分だけが耐えるとかいうところが育っていないんじゃないかなと思います(もちろん自分自身も例外じゃないですが)。
だから組織の中のちょっとしたこともストレスになる。

耐えたり、努力したり、それなりに心を鍛えてきた人とそうではない人、同じ職場にいても、人によってストレスに感じる因子の数が違っている。

身体の方は、予防の方にかなり注目が集まって、食事に気をつけたり、運動をして基礎体力を高めることを勧められるけれども
心の方は・・・
食事や運動は、心にも良い影響を及ぼすでしょうし、ストレスを感じたら、十分に睡眠を取るとか、気分転換をするとか言われるけれど、あくまで対処療法では?

心と身体と比べた場合に、身体は食事や運動で割と短期間で改善ができるけれど、心の方は、生まれた時からの生活すべてで作られていて、短期間では“改善”というか、“変える”ことは難しいように思います。

メンタルヘルス問題って、職場だけじゃなく、子育てや教育の問題として総合的に取り組まないといけないんじゃないかなあ~

メンタルヘルス問題に限らず、人が社会に出てからの対策はたくさんあるけれど、その前の期間は、家庭の問題、個人の問題として聖域化されている部分があって、各家庭に任せられ過ぎているんじゃないかと感じます。

いまはあまり聞かないような気がしますが、若者のマナーの悪さを家庭の責任だっていうのはよく聞いていました。確かに家庭で身につけさせるものだけど、家庭もいろいろあってダメ親だっているんだから、社会の迷惑になることは社会全体で考えないといけないのでは?

ところで、メンタルヘルス不調を訴える人に、それはあなたのせいだと言っているのではありません。
それは身体の病気になった人に「あなたが日頃から身体を鍛えていないのが悪い」と言うことがないのと同じで、メンタルヘルス不調には、決定的なきっかけとなる大きな原因があるはずですから。

途中ちょっと横道にそれていますが、身体の予防対策と同じように、心にも予防対策があるんじゃないか、それは身体に比べてかなり早い時期から取り組まないといけないんじゃないかと思ったといういう話でした。

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