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2014年12月

2014年12月27日 (土)

思考停止

仕事でおかしいなあと思うとおかしいと言ってしまって、うるさい奴だと思われています。

多少のことは目をつぶっておかないとその方はその方なりにいいと思ってやっているのだから、プライドを傷つけたり、やる気をなくしたりするなあとわかっているつもりですが、つい言ってしまいます。

職場の中で「おかしい」と発言するのが、自分ばかりなので、自分はおかしい奴なのかな~とか、みんなわかっているはずなのに言わないのは偉いなあと思っていました。

しかし・・・ふと

みんなそれが「おかしい」ということ自体思っていないのじゃないか?と感じるようになりました。

他人の仕事には関心なし。利用者の方にそれなりのサービスしか提供できなくてもそれはそれでいいんじゃないの~と思っているふう。

職場の中の人間関係が難しくなって、下手に他人の仕事のことをとやかく言うと精神的な負担が大きい。

自己防衛が働いて、無意識に他人の仕事を見ない、その影響を考えないようにしているのではないか?

そんな感じがしています。

事なかれで「おかしい」って言わない人もいますけど・・・

とにかく、自分の職場だけならいいけれど、なるべく自分が傷つかないように思考停止になっている人が増えているんじゃないかな~なんてやはり感じてしまうのです。

何事も考えて考えて考えて、自分なりの結論を出す。そしておかしいな~と思うことがあったら、おかしいんじゃないかと言ってみる。

それができる環境を作らないといけないんじゃないかな~と思うのですが・・・

じゃ具体的にどうしたらいいかっていうのはわからないです。

それと・・・ちょっとズレた話かもしれませんが、私の周りのみんなが本を読まないなあって思います。

仕事をする中でわからないことが多すぎて、それで本を読む。それで自分なりに腑に落ちるものを見つける。・・・見つからないことが多いけれど。

みんなわからないことが出てきたときにどうやってそれを解決しようとしているのかな? 
それとも「わからないことを解決したい」と感じることもないのかな?

思考停止?

そうだったら、私はいろんなことにおかしいと言っていることが、何がおかしいかさえわからないということだから、言うだけ無駄なのかなあと寂しくなります。

2014年12月16日 (火)

誰に期待しているんだろう

なぜか秋口からバタバタと女性問題にかかわるフォーラムやセミナーに参加しました。

男女共同参画社会基本法が制定された当時、その制定に関わっておられた大沢真理氏の講演、女性差別撤廃条約に関する勉強会、母子家庭の問題、女性の政策決定の場への参画など、男女共同参画漬け状態でした。

もういい年ですから、講演を聞いて、素直に吸収するなんてことはなくて、話の内容をひたすら自分なりに考えて、深く感動したり、そうなのかなっと疑問を感じたり、10年ぐらい前に男女共同参画の部署にいた時以来、男女共同参画について考えました。

そして、私なりに得た結論は、
もっともっと深く考えなければいけないということ
偉そうに言えないけれど、もっとみんな考えないといけないんじゃないかなあと・・・
たまたま男女共同参画の話なんで、女性だけのことに捉えられるかもしれませんが、男性も同様だと思っています。

男女共同参画の必要性を説く人たちが、男女共同参画で実現する社会はどのようなものと考えているのか?

意思決定の場に参画して、何をしたいと考えているのか?

労働現場で非正規が増えていて、非正規は女性が多いので女性の問題である。非正規職員を減らし正社員をというけれど・・正社員とは何かを理解しているか? 

本当に正社員の働き方がいいのか?

労働市場で本当に解決すべき問題は何なのか?

講演や議論の中で、一般受けのするキーワードやフレーズが出てくるけれども、それが意味するところを本当に捉えきれているのか。

話を聞きながら、私たちは・・少なくとも私はもっともっと考えないといけないと感じました。

考えて考えて考えて本質に近づきたいなと。

法律の整備が必要である、自分たちの意見をくみ取ってくれる人を国会等の意思決定の場に送らないといけない。

それはそうかもしれないけれど、自分でできることがもっとあるんじゃないか。

くどいようですが、女性に限らず、私たち日本人って、国が何かやってくれる、だれか凄い人、リーダーシップを発揮する人がいれば、国が変わると思っているのではないか。

制度ができなければ何もできないのか?
自分たちの意見を反映する人が政府や国会にいないと何も変わらないのか?
他人に期待ばかりをして自分は何もしない? 小さな自分でもできることない? そこから始めてみては駄目?

私たち日本人って、結局・・・他力本願! 

個人として自立していないって。
そう感じて・・・自分は何をするのか?

自分は、国会議員どころか、町内会の役員もできないだろうし、なにかを企画するパワーもないけれど、おかしいと思うことがあったら、それを変えるために、自分でできることを粛々としていく。
私と同じように考える人がいれば、小さな力も集まれば、それなりに大きくなる。

それを信じて、自分のできることをするしかないかなあ~

意識が高くて能力がある人たちには、他人に期待するんじゃなくて、自分が動けばいいっていうことに早く気づいて欲しいって思います。

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2014年12月14日 (日)

「今治タオル 奇跡の復活 起死回生のブランド戦略」佐藤可士和、四国タオル工業組合著

九州大学ビジネススクールの修了生で「公共経営研究会」と名前をつけて勉強会をしておりまして、先週日曜日に集まったのですが、お一人の方の発表が「福岡県の伝統産業」。

発表を聴いて、伝統産業を守っていくことの難しさを感じたのですが、それと同時にこの分野に関わる仕事がしたいと強烈に思いました。

思ってみて、場合によっては、この発表者同様、人事異動で関わる可能性もあるのですが、自分の場合はかなりハードルが高く、今の組織を退職するまで関わることはないだろうと思います。

それでも関わりたいと言うからは、それなりに知識をと、まず本を検索してみるとこの本「今治タオル 奇跡の復活 起死回生のブランド戦略」が出てきました。

今治タオルと言うといまや日本人の大半が知っていると言っていいタオル。

かつて中国など、海外の安いタオルに押されていた産地が、復活できた成功例です。

ジリ貧で、常識的に考えると差別化が難しくて、価格競争では絶対海外に勝てそうになくて、復活なんてありえないものが、組合の熱意と一人のプロデューサーで蘇った。

その経過をまとめた本ですが、2014年11月30日発行・・・最近じゃない? 伝統産業に関わりたいと思って、出たばかりの本に巡り合って、ひょっとしたら私、この分野の仕事ができるかも(そんな奇跡は起こらない! 本気でやりたいなら、他力本願ではなく、自分で努力すべきですな・・(笑))

さて、本を読んで感じたこと 佐藤氏は「本質的価値を見極める」と言われていますが、本質的な価値は、案外長年携わっている当事者たちも気がついていないということ。
逆に長年携わっているからこそ、気がつかないところもあるということ。

失われていく伝統産業のそれぞれの地域がもう一度自分たちの作っている物の価値を考える。まず第一にこれをしてみる必要があるんだなあと。

それから、一企業ではなく、産地で取り組みをする場合、強い熱意を持った核となる人の存在、それからキーパーソンのリーダーシップ。今治タオルの場合は、佐藤可士和氏という著名な方がプロジェクトを引き受けたことで、有無を言わさずできたところもあるのだろうと思いますし、地元でまとめ役をやる人が何人か出てきている=一人じゃないということも成功の要因だと思います。


そして・・・これから。 ブランドが知られ、成功した。でも成功で終わりじゃない。それを守ることが難しいということ。

成功すると油断が出てしまう。一企業の取り組みではないので、緩む気持ちを地域全体で引き締めていくというのはとても難しいだろうということは容易に想像できます。


そんなことをわかって、今治に続き、地域ブランドを作り、守っていく。

どこも必死でやっているでしょうから、今治とは違う方法で成功している事例もあるでしょう。


いま、テレビなどでは、日本文化や日本製品を手放しで褒める番組が多いけれど、それってどの国も素晴らしい文化や伝統工芸品あるよね、日本だけの話じゃないよねっていつも白けた気分になります。


だから、日本だけが優れたものを持っているわけではないから、地域が持っているものが優れている、みんなに知ってもらいたいと思うなら、知ってもらう努力を謙虚にすることが大事だし、その一端を担える仕事をしたいなあと思います。

2014年12月 7日 (日)

私の知らない日本~ConsumerX 2014.12.6(土)日本経済新聞朝刊

昨日から日本経済新聞で「ConsurmerX」という連載が始まっています。

『衆院選の争点であるアベノミクスのカギを握る個人消費。その主役となる人々は今、何を求めるのか。』を探る企画のようです。

第一回目は 『富裕層 変わる価値観 私だけの「日本」探して』と題し、富裕層に目を向けています。

まずは福井になる「開化亭」という老舗料亭。

『福井市にある1890年創業の老舗料亭、開花亭に全国から食通が訪れる。客単価はランチ7000円、夕食3万円。古都・金沢の有名料亭並みだ。』

『客の過半は県外から。午後一番に東京から当日の予約が入るのも珍しくない。「うまいものを食べる動きに県境も国境もない」。富裕層の消費といえば、連想されたのは欧米の高級ブランドや美術品。今は違う。カギになるのは日本の埋もれたもの。特に食だ。』

だそうです。 うまいものだったら、高くても食べる。確かにそうなんですが、それが地方で成り立つ。

福井で東京の客を呼び込めるというのが驚きです。

『なぜ「日本」なのか。三菱総合研究所の調査によると、40歳代以上の金融資産50万円未満では「栄養バランスを考えた食事をとる」人が42.1%にとどまるのに対し、1億円以上の富裕層は74.1%。収入や資産が多いほど健康志向、自己責任、国産へのこだわりが強くなる。

「メードインジャパン」は今の富裕層の価値観にぴたり当てはまる。

「大量生産品には見向きもせず、限定品、珍しいもの、伝統のあるものを好む富裕層。その増加は個性的な商品をつくる中小企業や地方の伝統産業にはチャンス」。マーケティング研究家の三浦展(56)の見立てだ。物差しを変える富裕層の自慢合戦は地方企業にチャンスを与える。』

そうなんだろうかと思います。

そうなんだろうかと思うけれど、“健康志向”“自己責任”“国産へのこだわり”というのはわからないことはない。

記者さんは記事を書くためにきちんと取材をして実態を把握して、この記事を出して、それを読んで初めて、読者はああそうなんだと考える。

日本に住む日本人だけれど、知らないこと多いんだなと思います。

しかし、周りで健康志向が高まっていて、高級店が繁盛していて、そうしたら、ひょっとしてちょっと考えてみるとこの記事を知らなくても、そういうことってあるんじゃないかなって考えられる。

そういうことを考えていたら、たまたまこんな記事に出会う。

この記事で学んだこと。

世界に目を向ける前に自分は日本を知らないという気持ちを持って日本を見ることも大事

いろんな現象を見て、日頃からその関連を考えてみる、結び付けられないか考える。絶えずいろんなことを考えることが大事。

今回の記事のように、自分が考えていることにつながりそうなことがあったら、それを気にしてさらに考えてみる。

何を言いたいのか、うまく伝わっていないかもしれませんが、私の備忘ということで。

2014年12月 1日 (月)

社会を変えたいと思う欲求

何かを本を読んでいたら、「江戸時代は平和で良い時代だと言われているが、江戸時代の人の体格は小さく、栄養が十分に取れていなかったことがわかる。為政者が民に十分な食糧を与えられなかった時代を評価することはできない。」というような趣旨の話がありました。誰が書いた本だったか、正確にはどう書いてあったかもわからなくなってしまっていますが・・・

それを読んでいて、ハッとしました。

社会を変えたいという気持ちは、実はマズローの欲求段階説で言えば、生理的欲求、もう少し広げて安全の欲求から来ているのではないか。

かつて革命や独立運動が起こったのは、自分が立ち上がらなければ、空腹を満たすこともできない。自分が行動を起こさなければ、戦争や疫病が発生して命が奪われてしまうような環境がなくなることはないと考えたからではないか。

歴史書では人々の空腹感もその場所の匂いも伝わりません。

でも相当空腹で、相当嫌な匂いがして、劣悪な環境だった。だからそれを変えるために強烈なパワーが発揮できた。

マズローの欲求段階説は、5段階。

現代の日本は、社会欲求と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求の上位3つの欲求は、まだまだ満たされていない。

でも生理的欲求や安全の欲求は、もうかなり満たされている。

そういう中で日本を変えようというパワーがどれくらい生まれてくるのか?

日本が変わっても変わらなくても、今のところ、それなりに頑張れば食べていけるし、安全も確保される。


本当はまずい状態ですから、変えなければと思わないといけないんですが、欲求という面から見れば、日本人の多くから改革の気持ちが湧き上がってくるってことは期待できない気がします。

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