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2015年5月

2015年5月23日 (土)

「クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国」若桑みどり著

ゴールデンウィーク以降、更新できていませんでした。

さて、久々の読書記録です。
4月まで割と本を読んでいたんですが、5月になってぱったり読まなくなりました。

天正少年使節を書いたこの本をダラダラと読んでいて読み終えました。

皆さんが夢中に読む歴史物がどうにもうまく読めなくて時間がかかってしまいます。
なかなか本の中に入れずに字面を追っているだけの感覚があるのは、私の脳に過去の出来事を再現する能力が不足しているのかなと思います。

それでもこの本を読んで、いままで想像していた織田から徳川の時代がちょっと違って見えてきました。

また今起こっている問題もこの時代、というよりはずっと昔から変わらず存在しており、大して変わっていないんだなあと感じました。

タイトルに天正少年使節と世界帝国とあるように天正年間1500年後半にローマへ派遣された少年使節団とキリスト教、織田信長、豊臣秀吉、そして江戸時代と激しくなったキリシタンの弾圧、その当時のヨーロッパの様子と日本の戦国大名や織田氏、豊臣氏の海外貿易への関心の高さなどが、幅広く書かれていました。

筆者は現存する資料と歴史研究者の研究を突合されつつ筆者の視点でこの時代を描こうとされていましたが、それは教科書で学んだものとはちょっと違っていました。
通説として定着したものを主体として書かれている教科書で学ぶ歴史はあくまで多くの記録を残すことができた為政者、勝者の側から見たものであり、その当時の世界のほんの一部に過ぎないこと、ですから後世の自分たちは知識として持っている過去の日本の姿だけが「日本」だと考えてはいけないんだと感じました。

教科書だけの薄っぺらな知識で日本という国をわかったつもりになってはいけないんだなあと。

この本を読んで

天正少年使節で派遣された4人の少年やキリシタン大名、一般庶民のキリスト教への信仰と現在のキリスト教、イスラム教、それぞれの宗教を信じる人との対立を比べながら、宗教とは何か、人はなぜ命をかけて宗教を守るのか、

戦国大名とそこから台頭した織田氏、豊臣氏、権力者とのかけひきと権力を握った後も止まらない野心、なぜ人は権力を求めるのか、そしてなぜ人間の欲望は大きくなっていくのか、

当時ヨーロッパから見えた日本は、天正少年使節を迎えたことにより、想像していたよりも高度な文化を持っている国と認識されました。日本という未知の国の理解が始まった当時の様子は、現在もそのままヨーロッパ及びアメリカに引き継がれていて、欧米にとって日本は現在も自分たちとは異質な存在であり、後進の国という認識ではないか、

そんなことを考えました。

うまく書けませんが、過去を違った視点から見せてもらうことで、現在もまた違って見えてくる。

そうするといまの日本の立ち位置が以前よりも少しだけ客観的に見られるようになる。

力のない個人だと、個人の見方が変わってもそれで世の中が変わるわけではありませんが、そうであってもできるだけ自分の国の姿は見えた方がいいなと。

もう少し歴史に関心を持たないと・・・そう思います。

2015年5月 6日 (水)

「地方創生地域の視点」2015.05.04~05.06日経新聞朝刊経済教室(上)(中)(下)

5月4日から6日まで日本経済新聞の経済教室で「地方創生地域の視点」と題し、地域の識者の論説が掲載されていました。

各記事とも“ポイント”として主張を3つの項目で整理されていますが、

4日の記事は九州大学の谷口博文教授で、ポイントは

『○全国一律の活性化策はうまく機能しない

○個別の自治体単位での総合的施策は困難

○現場のことが分かる地域の司令塔が必要』

全国一律に問題ありというのは、国の施策に対し、昔から言われてきてことで目当たらしい話ではありませんが、 この稿の中でまず考えさせられたのは、

『地方創生の課題設定は人口というシンプルな指標が出発点なのでわかりやすいが「これさえあればできる」というマジックのような単純な策はない。雇用、産業、医療・介護・福祉、教育、安全、まちづくり、インフラ整備など、地域の魅力向上のためまさに総合的な施策が必要である。  

各自治体が実際にすべての施策を実施することは、人的資源の制約もあり難しい。各自治体への人材支援制度などは一つの対応だが、国から何人かの官僚が自治体に出向すれば解決できるというような生易しい問題ではない。』

というところです。

地域の再生(創生?)は、企業の再生とは違い一つないしは少数の分野に特化して強みを出していくというのとは異なり、地域の課題全般をカバーしなければ、創生ということになりません。 まさに総合的に施策を実施しなければなりません。

そうした時に、人的な資源が不足する。それぞれの歴史を持って現在に至る地域の施策を行う人材は、記事にあるとおり、いくら優秀であるとしても国の職員数名が出向してできる話ではない。

そして、ポイント2に示しているとおり、そもそもこれだけ広い分野を単体の「自治体」それぞれがそれぞれで行う必要があるのか?

地域のことは自治体が担うという発想そのものに限界があるのではないか。

『自治体の中には人口が300人を切るところもある。1万人未満の自治体の数は全体の4分の1を超える。もちろん小さな自治体でも知恵と汗によって人口減少を食い止め、成果を上げている例は少なくない。だが、どんな自治体でも自分だけで解決できるはず、ということにはならない。地域全体のパイを増やす戦略がなければ結局、自治体同士のパイの奪い合いとなり、給付金などのバラマキ競争になる。本来「総合戦略」に期待される全体最適の姿は見えてこない。  

解決の糸口が見えないのは、都道府県や市町村という現行の行政単位以外に、地方版総合戦略を立てて実行する当事者を想定することが難しいからである。』 

谷口教授は、小さい自治体が知恵を出し、汗をかいても自治体の枠で考える限り、パイの奪い合いになると言われているし、

『都道府県や市町村という現行の行政単位以外に、地方版総合戦略を立てて実行する当事者を想定することが難しい』というところはまさにそうだと思います。

地域の将来は自治体に頼らざるをえないけれど、そのトップである首長は4年ごとの選挙のために、目立つ施策を好むし、首長が変わってしまえば、施策の継続性は危うくなります。

また施策を実行する職員にしても、地域の役に立つ仕事をしたいと熱心に働く職員もいれば、あくまでサラリーマンとして日々目の前の業務をこなすだけのものもいます。

自治体は、企業のように駄目なところが撤退ないしは倒産して、よりよい財・サービスを提供するところに変わるようなことはありませんから、自治体の良し悪しだけで地域の将来が決まってしまうということになりかねません。

しかし、『総合戦略を立てて実行する当事者が想定できない』。

谷口教授は、参考例として、英国の地域・企業パートナーシップ(Local Enterprise Partnership=LEP)や福岡地域戦略推進協議会(FDC)の例を説明されていますが、そこは記事を読んでいただくとして、

それを例に当事者が見つかったとして、3つ目のポイント『現場のことが分かる地域の司令塔が必要』だというのはまさにそのとおりだと思います。

そして、特に説明なく使われている『現場』についても、現場とは何か、それが分かるとは何か。

さらりと流すのではなく、意味を考えてみないといけないと思います。

『地方創生』というワードはそれに関わる専門家、関係者の方が考えていればいいと思いがちですが、それを「地域の将来」という言葉に置き換えた時、自分たち一人ひとりの生活に大きく関わる問題として専門家任せにしてはいけないということに気がつきます。

地方の主人公は政府や自治体などではなく、自分自身であると意識して、地域の問題について自分なりに、高尚な言葉に惑わされることなく、考えておかないといけないのではないかと記事を読みながら考えました。

4日の谷口教授の記事で長くなってしまいました。

5日は奈良市長の仲川げん氏 ポイントは

『○適正な人口規模への自治体再編の議論を

○国家公務員含め官民交流を大幅に増やせ

○地方創生では独自の取り組み求められる』

6日は岡山大学の中村良平教授 ポイントは

『○わがまちの経済構造の精緻な分析が必要

○域内市場産業だけで地域経済成り立たず

○自治体は各産業の稼ぐ力と雇用力把握を』

仲川市長は、自治体の規模と自治体職員、施策の内容の問題、中村教授は評価・分析、経済・産業及び雇用の問題で各論的な話かな。

2015年5月 5日 (火)

15歳未満の子ども人口、34年連続の減少

こどもの日に合わせて総務省が発表した4月1日現在の15歳未満の子ども推計人口について、新聞各紙が報道していました。

総務省発表をそのまま引いたようで、だいたい各紙同じ内容です。

「4月1日現在の15歳未満の子供の推計人口は、前年より16万人少ない1617万人だった。1982年から34年連続の減少で、比較可能な50年以降の統計で過去最少を 更新した。総人口に占める子供の割合も0.1ポイント低下の12.7%で、41年連続で低下した。」2015.05.05日経新聞朝刊

「男女別では男子が828万人、女子が788万人だった。3歳ごとに年齢を区切って集計すると「12~14歳」が347万人で最も多く、年齢層が下がるほど少なくなり 、「0~2歳」は309万人だった。  都道府県別(昨年10月1日時点)にみると、子供の数が前年より増えたのは東京(1万4千人増)だけだった。福岡と沖縄は横ばい、44道府県は減った。減少 数が最も多かったのは大阪(1万6千人減)。  人口に占める割合は沖縄(17.5%)が最も高く、滋賀(14.6%)が続いた。最も低いのは秋田(10.8%)だった。」
2015.05.05日経新聞朝刊

日経新聞では出生率低下に歯止めがかかった自治体の支援策を列記しています。

「若い世帯への低家賃での住宅提供、医療費の無償化、自治体内で使えるクーポン券の配布」

これに対し、婚活の取り組みを行った自治体では、その後の定着ができていないという話も出てきます。

やはり子育てそのものを支援する施策が効果が高いということでしょうか。

少子化が深刻な問題として語られていることや芸能人など若い方々の憧れの方が子どもを持つ喜びをメディアで語ったりしていることで、多くの若い方が“子どもを持つと大変だから、子どもは産まない”という考え方よりも“できれば子どもは欲しい”という考え方をしているような気がします。

それでも実際は、20代は仕事を覚える時期であり、仕事が面白い時期で、気がつけば30代。30代になると子どもを持つことで手放すことになるものを考え てみたり、子どもを産むリスクが高まる高齢というのを意識したり、子どもが生まれた後の教育期間と自分の現役期間を考えたりするのでしょうか。

住宅の提供や医療費の無償化などが効果があるということは子育て支援の直接的な給付が効果があるということなのでしょう。

でもそれはそれとして、少子化かどうかに関わらず、子どもを産んで育てることって、家族が増えてそれぞれが良いことも悪いこともいろいろ経験して、年をと って次の世代に引き継いでいく、自然な営みのはずだから、家族を持ちたいと思った時にそれができない社会であって欲しくないなあ。

・・・と、当たり前の結論にたどり着いています。

2015年5月 4日 (月)

「使い道は自分磨き  「さとり世代」の金銭感覚」2015.5.3日経新聞朝刊 コンシューマーX(1)

5月もあっという間に4日になりました。

3月から4月にかけて、年度の変わり目で新たな決断をして新しい道を歩き始める人を見て、その人たちとは違う自分の姿が急にはっきり見えたり、人事異動などを通じて、今いる組織に違和感を覚えて疎外感を感じている自分に気がついたりと自分の立ち位置がわからなくなっています。

今まで以上に自分の駄目さ、情けなさを感じていますが、それでイライラして時間を無駄にするのももったいないので、やるべきことを淡々とこなし、できるだけ本を読んでじっくり考えて乗り切りたいと思っています。

さて、日経新聞で昨日からコンシューマーXという連載が始まっています。

若者の消費の実像を探る記事のようですが、第1回のサブタイトルは「使い道は自分磨き」となっていました。

しかし、不思議な記事でした。

まず慶應義塾大学のお散歩サークルの話から始まります。

『4月19日の日曜日。東京都港区の慶応義塾大学・三田キャンパス周辺を歩く30人ほどの若者たちがいた。「お散歩サークルRAMBLER」の新入生歓迎イベ ント。JR田町駅から出発し、東京タワーや芝公園などを2時間かけて巡った。 のんびりと歩きながら、会話に時間を費やす。

ここ数年、全国にお散歩サークルが広がっている。3年前に3人で結成したRAMBLERもメンバーは50人を 超え、さらに数十人の1年生が加わる見通しだ。』


一旦ここで記事が切れて、それが消費とどうつながるんだろうとよくわからない。


『バブルを知らず、欲に乏しいといわれる「さとり世代」。しかし、今どきの若者たちをひとくくりに捉えると見誤る。RAMBLERの代表、蔵本駿介(21) は「自分たちは何もさとっていないし、必要なことにはお金を使う」と話す。』

お金を使わずできる“お散歩”サークルの代表=悟っているっていうわけじゃないし、お散歩が若者の間に広がっていて若者はお金を使うことに興味を失っているように見えるけれど、そうじゃない。 必要なことにはお金を使うつもりだよってことかな。


そして、自動車販売店に勤める25歳の男性がお客の信頼を得るために70万円の高級腕時計を買った話や、年金が不安だから投資のために1300万円の中古マンションを買った話が出てくる。

う~ん、そんな若者、昔からいる。

特に今の若者に特徴的な消費行動には思えないけれど・・・

そして新入社員の意識調査から・・・

『14年の調査では「定年まで勤めたい」という回答者の割合が初めて5割を超えた。安定志向を強める若者たちのお金の使い道は「自分」への投資に向いている。』

定年まで勤める=安定志向、それが5割を超えた=安定志向を“強める”なのかもしれないけれど、その若者たちのお金の使い道が「自分」への投資に向いているかどうかは、記事の中では何も語られていないような。。。 


お散歩サークルの学生や高級腕時計を買う自動車販売店の社員、投資用マンションを買う若者が安定志向を持った5割と言えるのか、そして仕事のために高級腕時計を買うことや投資用マンション購入が『「自分」への投資』って言えるのか・・


自分への投資って自分自身のスキルアップを図って人材価値を高めるための投資じゃないの?


日経新聞らしからぬ、よくわからない記事。

あまりにも不思議過ぎると思う自分の読み方が間違っているのか?

これだけよくわからないとひょっとして自分がずれているのかなと、逆に今後の連載が気になります。


それはそうと、自分の子どもも社会に出てしまい、職場の中は高齢化していて、これからますます“若者”と言われる人たちと身近に接する機会が少なくなっていくような気がします。


記事の中にもありますが、「今どきの若者」とひとくくりにとらえないようにしたいし、触れる機会が少ないからこそ、意識して若者の行動を知っておかないと社会の状況を見誤るかもしれないなと思ったりもします。


自分には理解不能のよくわからない記事でしたが、それなりに考えさせていただきました。

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