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2015年11月

2015年11月28日 (土)

自分の立ち位置が見えなくなっているので、インプットしています。

社会で起きることを見て、自分なりに考えようとするとインプットが必要だと思うことばかりでなかなかアウトプットができない状態です。

これからさらにこの状態がひどくなるような気がします。(このブログの更新間隔がますます長くなると思います。)

今感じているのは、世の中の動きがものすごく早いということと、今起こっていることがこれからどういう意味を持つことになるのかがわかりにくくなっているということ。

2010年末に起こった「アラブの春」で、アラブ社会が民主化すると思われていたものが、2015年のいま、アラブ社会はただ混乱した状態です。

イスラム国が出てきて、あちらこちらでテロが起こっています。

5年前には考えてもみなかったことになっています。

11月13日(日本時間11月14日)パリで同時多発テロが起こりました。

14日の朝に、たまたまアプリのBBCニュースを見て知ったのですが、英語があまり得意ではないので、ほんと?と思って日本語のニュースやTwitter、Facebookを見たけれど、朝の段階ではあまり情報がなく、自分で事件の大きさが判断できませんでした。

その時感じたのは、メディアが取り上げたり、たくさんの人がネットでつぶやかないと自分は判断ができない状態だということ。

自分で考えているつもりだったんですが、結局は受け売り。

判断ができるよう知識を持たないと駄目なんだなあって、わかりました。

とはいっても、いまさら急に知識が増えるわけではないので、このテロについて、その後ニュースやネットを少し追っていたんですが、なんかしっくりこない。

ニュースが日本で報道された後は、追悼のつぶやきが増えて・・その後、逆にテロや国際紛争で亡くなっている方はパリで亡くなった方の比ではないので、先進国の犠牲者ばかりを大きく取り上げるのはどうかというコメントが出てきて、それを紹介するタイムラインが増えてくる。

時間が経って新しい意見が出てくるとそれに賛同する意見ばかりが出てくる。

みんなが同じようなことを言っていることにすごく違和感を感じました。

そうなってしまうのは、SNSの特徴なのかもしれませんが、そればかりじゃないような気がして、
パッと読んでそうだなと思ったら、自分では深く考えずに賛同してしまってるんじゃないかと感じました。

今起こっていることは少し時間が経たないとそれがどういう意味があるのか、それがどういう影響を及ぼすのかがわからないし、ニュースやネットの意見を集めてもあまりあてにならない。

社会で起こったこと、特に外国で起こったことが大きな事であっても直接自分の身に降りかかるものでなければ、日常生活に何の支障もない。 だから、庶民はいろいろ考える必要はない、のかもしれませんが・・

いま世界で起こっていることは、いずれは自分たちの生活にも影響が出てくると思うんですね。

そんなの政治家が考えればいいことかもしれないけれど、自分なりに自分の頭でこれからの世界がどうなるかを考えていたい。

いま必要だなと思うのは、いまに至るまでの過去の歴史を知るということと、日本語の報道がどれも似ているので、外国の報道も読んで外国ではどのように捉えているかを知るということ。

ということで、まずは世界史と英語。

私にとって、このインプット作業、時間がかかりそうです。

2015年11月15日 (日)

「日野原重明の「生き方教室」」日経ビジネス2015.11.16号

104歳、現役のお医者様の日野原重明氏の連載が日経ビジネスで始まりました。5週連続で掲載されるそうです。

日野原氏は別格、特別な方と最初から考えていて、怠け者の自分には参考になるはずがないと講演を聴いたこともありませんし、著作も読んだことがありません。

でも雑誌の記事なら読めるかなと読んでみたら、面白かった。


やはり凄すぎて凡人には真似ができないとも思いますが・・・

最近、年を取った両親を見て感じるのは、身体は自分が食べたものでできているけれど、脳(心)も同じように自分が学んだもの、経験したもの、つまり外から取り込んだものでできているということ。

いくつになっても柔軟にいろんなものを取り入れて、自分なりにそれを考え解釈して、自分のものにしていく。

高齢になったからとか、老い先短いからなんて考えずに、いつまでも新しいことを学び続けていく。

死ぬまで進歩を続けていく。それが人間として生きるってことじゃないかなと。

そんなふうに考えているので、日野原氏のこの記事、いっぱい抜き書きしたいところがありました。

『日野原氏が自らに課しているミッションのうち最大のものが、2000年から続けている「新老人運動」である。
日本の65歳以上人口は2015年9月、3384万人に達し、人口全体に占める割合は26.7%となった。一方、働き手となる生産年齢人口(15~64歳)は減り続け、2013年には8000万人を割り込んでいる。これは32年ぶりのことで、少子高齢化は今後も間違いなく加速する。
この絶望的なほどの厳しい状況を、老人自らが動くことで良い方向に向けていこうというのが、日野原氏の「新老人運動」だ。』

『「90歳になったとき『新しいことを創(はじ)めたい』と思いました。そこで立ち上げたのが『新老人の会』です。老人が慰め合うだけの会ではありません。自分たちの社会に対するミッションを見つけ、それを実践する集まりです」』

『「私は、75歳以上のお年寄りを『新老人』と呼びたい。世界のどこよりも早く超高齢化社会に入った日本の75歳以上は、国民の寿命が延びたことによって生まれた新しい階層だからです。新老人たちが生き生きと活躍する社会を作ること。それこそが私に与えられたミッションだと考えています」』

103歳で初めて馬に乗ったそうです。フェイスブックも始めたそうです。講演ではパワーポイントを使いこなされるそうです。

連載初回のまとめは、

『日野原重明氏、104歳。車イスでさっそうと全国を飛び回り、新老人が生き生きと暮らす「新しい日本」を創ろうとしている。
その生きざまは現役医師にとどまらず、社会科学者であり思想家であり、哲学者でもある。104年の経験に裏打ちされた言葉は、物質的な豊かさや経済成長を追い求めるだけでは解決できない現代社会の諸問題に、一筋の光を投げかける。』

次回も楽しみです。

2015年11月 3日 (火)

仕事とは

最近のベストセラーの新書「人生を面白くする本物の教養」、出口治明氏の本を読みました。

好きな著者で、この本も示唆に富んでいて、全部面白いと感じたのですが、

一番ハッとしたのが、「8760対2000」

「1年は1日24時間×365日で8,760時間、そのうち仕事をしている時間は残業をいれてもせいぜい2,000時間、仕事をしている時間は2割ちょっと」

今手元に本がないので、正確な引用ではありませんが、こんなことが書いてありました。

私は、1日は24時間、うち8時間くらいは寝るなどの生理的に必要な時間、すると仕事は8時間だから、16時間の半分。2分の1と考えたら、すごく大きい・・・って考えていました。

でもそれは仕事のある平日の話で、一週間で考えると休日もあるし、それが一年単位で考えると、この本のとおり。

「人間にとって仕事は何かと言えば「どうでもいいもの」・・・2,3割の仕事の時間は7,8割の時間を確保するための手段に過ぎない」

私たちは、少なくとも私は、仕事にかこつけて、あとの時間を無為に過ごしている、あるいは仕事以外の時間で果たすべき責任を果たしていないのではないか。

年齢を重ねて、いろいろな経験をして、本当に大切なモノが見えて来ているような気がして来て、そんな今だからこの本の言っている意味がしっくり来ているのかもしれないなと思います。

自分の時間を使っているのだから、割合に関係なくどの時間も大事で仕事も精一杯やりたいと思います(これは著者も同じようなことを書いておられます)。

でもそのほかの時間も大事。安心して満足いく仕事をするために健康を維持しないといけないし、地域、家庭も大切にしなければならない。

逆に仕事をしてこそ、収入が確保できて家庭が守れるし、みんなが仕事をするからこそ、社会も成り立っている。

両方バランスよく。

仕事は2割。

2割と言えども大切にしつつ、しかし所詮2割と思っている方がいいのかもしれません。



う~ん、今はそう思うけれど、30代、40代の時はここをどう感じたでしょうか?

いろいろ見えてきているような気になっていますが、逆に見えなくなっているものもあるかなと少し寂しい気もします。

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