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2015年12月17日 (木)

夫婦同姓規定合憲判決(2015年12月16日)

親の都合で決めたことで、姓が変わり子どもが学校で肩身の狭い想いをするのではないかと離婚の際に旧姓に戻らず、再婚の際も事実婚を選んでいる自分としては触れないわけにはいかない最高裁判決が昨日、16日に出 ました。

「夫婦や子供が同じ姓を名乗ることには合理性がある。どちらの姓を名乗るかは夫婦の協議に委ねられており、民法の規定に男女間の形式的な不平等は存在せず、法の下の平等を定めた憲法14条に違反しない。」

民法の夫婦同姓規定は合憲と判断されました。

テレビのニュースで法廷でずらりと並んだ裁判官が映し出されましたが、日頃参画にあまり興味のない私でさえ、最高裁法廷にも女性が参画する必要があると感じました。

夫婦の姓は、確かに夫婦が話し合ってどちらかに決めることができます。

しかし、いままで圧倒的多数が夫の姓を選んできたこと、妻の姓を選んだ場合の予想される周りの反応、姓を変えることの社会的影響を考えた場合に、多くの場合やはり女性が姓を変えることになります。

女性の対するいわゆる間接差別が存在していると思います。

私たちは個人を識別される際に氏名を使われますが、日本の場合、公的な場では名前より姓の方が使われていて、社会的には姓の方で知られている場合が多いと思います。

姓も名前も、同姓、同名が多く、姓名が揃って 始めて個人が認識される場合も多いです。

そして、パソコンが普及しているので、個人を探すとき、姓名を入力して探すんですが、姓が変わってしまうと以前の姓名しか知らない人はその人を探せなくなってしまいます。

データが変わっただけですが、本人からすると個人そのものが存在しなくなったような感覚を味わいます。

姓って個人にとって大きいですよね。

民法の規定を読んで、表面的に考えれば、今回の判決は妥当なんだろうと考えます。司法ではこれが限界なんでしょう。

ところで、通称使用に言及しているところや国会を持ち出しているところに、明治以来続いている規定に「自分」が真っ向から違憲判断をする勇気がなかったのではないかと逃げを感じてしまいました。
このことや少数意見をどのように考えるか。

例えば 「通称使用が広まることで不利益は緩和される」という文言があって、それなら金融機関の口座や公的な書類、手続きなど通称使用が認められていない分野でも通称使用を進めないといけないってことですか?

通称使用を認めるように個別の法律改正や企業の規定の改正をしないといけないってことですか? とか、

国会できちんと議論していかないといけないんですよね。司法から立法に議論の場が移っていくんですよね とか、

素人でもそんなことを考えるから、 これから専門家からいろいろと意見を出されて、判決は同姓を合憲としたけれど、現実はぐっと前に進むってことになればいいなと思っています。

社会は法で動いていて、法に問題があれば裁判所で判断をしてもらって・・と思うけれど、裁判だけですべてが終わるわけじゃない・・そう感じた判決でした。

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