« 小さな活動に光る原石~自治体の認知症戦略(提論 明日へ)2016.4.17西日本新聞朝刊 | トップページ | 「県庁そろそろクビですか?「はみだし公務員」の挑戦」円城寺雄介著 »

2016年4月24日 (日)

「「同一賃金」経済界の本音」2016.4.24日本経済新聞朝刊 中外時評

日本経済新聞日曜版、4月24日の「日曜に考える」の「中外時評」は論説副委員 水野裕司氏の「「同一賃金」経済界の本音」。

いまのパートやアルバイトの仕事を見ているとかなり責任のある仕事を任せられていて、それでいてこんな給料でいいんだろうかと思う事例が多くて、労働内容に応じて賃金が決まったほうがすっきりと考えているので、「同一労働同一賃金」の議論は気になります。

さて、記事ではまず経団連の話から

『経団連の榊原定征会長は非正規で働く人の待遇改善という政府の狙いは理解しつつも、導入について注文をつける。  

「日本独自の雇用慣行を踏まえる必要がある。同じ仕事だから同じ賃金という単純なものではない。その人への期待、役割、将来的な会社への貢献など、さまざまな要素を勘案しなくてはならない」(3月7日の記者会見)  

雇用期間が限られた非正規社員と比べ、長期雇用の正社員は会社への帰属意識が高い。急な仕事を頼むなどの無理も利く。賃金に違いがあるのはおかしくない――。そんな思いもあるかもしれない。』  

『そもそも同一労働同一賃金は、日本で浸透している賃金制度になじみにくいと経団連は考えている。同一労働同一賃金の実践に欠かせないのは仕事の内容に応じて賃金を決める「職務給」の仕組みだ。これに対し日本では、賃金は職務を遂行する能力によって決まるという「職能給」の制度が根を張っている。』

そういう中で、同一労働同一賃金を導入すると『企業の現場が混乱するというのが経団連の考えだ。』だそうです。

確かに正社員を中心に考えれば、企業にずっといてくれる存在だから、その人への期待があって、将来的な会社への貢献も考えて給料を決めているから、現在の職務だけで給料を決められないという主張はもっともなように聞こえるけれど、多くの企業で非正規社員がどんどん増えていて、非正規社員がいなければもはや企業が成り立たない状況にありながら、そして、それぞれの非正規社員を長く働かせていながら、正社員とは違うから、期待値が違うし、将来の貢献も考えていない。だから給料が違うんだというのは、おかしいんじゃないかなと感じます。

記事には現在とは逆の過去の取組の歴史が書かれています。

『だが、じつは経済界は、同一労働同一賃金や職務給の普及に積極的だった時期がある。
1950年代から60年代にかけて、「財界労務部」の日経連(2002年に経団連と統合)が盛んに動いた。当時は、現在のようにパートや派遣、契約社員といった雇用形態が一般的でなく、正社員の賃金を改革する取り組みだった。  

「賃金の本質は労務の対価たるところにあり、同一職務労働であれば、担当者の学歴、年令等の如何(いかん)に拘(かかわ)らず同一の給与額が支払われるべきで……」

「職務給は賃金の本質を最も忠実に表現化した給与制度といえよう」。

日経連加盟企業の人事勤労部門の課長らが編集にかかわった「職務給の研究」(55年)の一節だ。  経済界が職務給の普及に力を入れたのは、終戦直後から広がり始めた年功賃金制への反省からだった。  電力会社の労働組合が経営側から獲得した、「電産型賃金」と呼ばれる生活保障給の色彩の強い賃金制度が典型例だ。

岸本英太郎著「同一労働同一賃金―その理論と政策序説」(62年)は「資本の反撃」の背景として、賃金支払総額の急速な増加や、若年労働者から仕事に見合った賃金要求が出てきたことなどを挙げている。』

かつては経済界のほうが、同一労働同一賃金を求めていた。

しかし、

『ところが60年代後半になると、職務給や同一労働同一賃金を求める声は急速にしぼんだ。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・主席統括研究員によれば、企業の現場が、職務給では社員の配置転換を円滑に進められないと認識し始めたためだ(「日本の雇用と労働法」)。  

当時は技術革新に伴い、企業は社員を柔軟に配置換えする必要性が出てきた。職務給のもとでは、持ち場が変わるたびに賃金も変動する。

労働組合は賃金が不安定になることを問題視。結局、企業の経営者は、配置転換で労働側の協力を得るため職務給を断念した。日経連も急速に職能給にシフトしていく。その後、年功賃金制度が定着したのは周知の通りだ。』

この時点で、若年労働者の賃金の問題や労働の対価である給料が生活保障給であっていいのかという議論は残っていたんじゃないかなと思います。

もし、議論が継続されていたら・・・ やはりおかしいんじゃないかという問題意識を持つ人が多かったら・・・と残念です。

中途半端に決着がついて、賃金、給料がどうあるべきか考えてこなかった。年功の賃金体系を作って、若い人には将来の給料は保障されているから今は安い給料で我慢してと諭し、それなりの年齢の人には働き以上の高い給料をはらっているんだから、その上に残業手当は請求できないよね的に手当を払わず長時間の労働を求めてきたんじゃないか。

労働を正確に評価しようとしなかったことが、いまの長時間労働が当たり前を作っているようで、そして、自分を犠牲にして長時間働く人が高い評価をされるような風土を作っているような気がします。

労働とは、それを評価する賃金・給料とは何か?

そこから考えないといけないように思いますが、いまあるシステムに不都合が生じるからという経団連の発想では、同一労働同一賃金は進まないだろうなあと思います。

記事から少しずれたので、一応記事の結論を

『経団連が職務給や同一労働同一賃金に慎重なのは、会社にとっては使いやすく都合の良い正社員の働き方を、あまり変えたくないからと読める。

社員に仕事を随時命じることができる仕組みは会社にとって極めて便利だ。  
しかし、社員の専門性を高め、女性や高度外国人材が働きやすくするには、いまこそ正社員改革が必要だ。「なんでもやる」正社員を必ずしも否定はできないが、少なくとも職務給による働き方と併せて複線化することが求められる。同一労働同一賃金論議をそのきっかけとしたい。』

同一賃金の考え方について、自分なりに整理ができる記事でした。

« 小さな活動に光る原石~自治体の認知症戦略(提論 明日へ)2016.4.17西日本新聞朝刊 | トップページ | 「県庁そろそろクビですか?「はみだし公務員」の挑戦」円城寺雄介著 »

日々情報-自分用クリップ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1460910/65140594

この記事へのトラックバック一覧です: 「「同一賃金」経済界の本音」2016.4.24日本経済新聞朝刊 中外時評 :

« 小さな活動に光る原石~自治体の認知症戦略(提論 明日へ)2016.4.17西日本新聞朝刊 | トップページ | 「県庁そろそろクビですか?「はみだし公務員」の挑戦」円城寺雄介著 »