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2017年3月

2017年3月15日 (水)

「底ぬけビンボー暮らし」、「潮風の町」 松下竜一著

職場の方が、ベストセラーになっている「応仁の乱」呉座勇一著の話を、いきなり始められて、読んでみたいと仰ったんで、ちょっと前にその本を買っていて、なかなか読み終わらずにいたので、それじゃ貸しましょうかと本を持っていったら、それじゃ代わりにと2冊の本を貸してもらいました。

人に本を借りて読むのは、あまり好きじゃないけれど、松下竜一氏の本だったし、せっかく持ってきてくださったんで、読んでみました。

その方は私が貸した「応仁の乱」を一晩で読んで、返してくださったけれど、私は一週間経った今やっと読み終わっています。

松下竜一氏は、以前ノンフィクションの本を紹介していた誰かの本で名前を見ていて、「風成の女たち」という作品、ルポルタージュ、を読みたいと思ってずいぶん探したんですが、絶版になっていて、結局見つけられず、そのままになっていました。

なので、松下氏の本を読むのは初めて。

この方は家業の豆腐屋を廃業して作家に専念された方ですが、公害や原発反対運動など、市民活動をされていて、そのような運動を題材にした作品が多いです。

ですが、今回借りた2冊はそういう作家活動をしている著者と家族を題材に書いた本で、自分が読みたかった「風成の女たち」とは違ったものでした。

「底ぬけビンボー暮らし」は実話、「潮風の町」は自分と家族をモデルにした創作も含まれるもの。

「底ぬけビンボー暮らし」から読み始めて、最初は表現の豊かさに感動しながら読みました。

でも自分が書きたいものしか書かない。だから貧乏。

そんな貧乏な自分たちの生活をさらけ出して書いて、わずかではあってもお金を得ている。
途中から嫌な気持ちになりました。

日々の家族との生活を描くことで、著者の強くない(人間みんな強くないけど)面が見えている。

そんな方が反対運動に出かけていって、地元の方に交じって反対運動をする。反対運動を思想的に支える。

地元の方は生活があるから反対運動をするけれど、活動家は自分の信じるもののため、反対運動をする。

地元の人は反対運動が成功しなければ、直接自分たちの生活が変わっていくけれど、よそから来て運動をサポートする活動家は、負ければその地域を去るだけ。

活動家って無責任。

昭和の時代は、闘争をすることで、何かが変わった。闘争に意味があったと思います。

でも今は、運動をしても結局、最初の予定通りに物事が進んでいく。あるいは反対運動で、物事が当事者の想いとは違う方向に進んでいく。

価値観が多様化して、目指す方向を一つにできなくなった。

そんな中で、市民活動家が自分の信念で運動に参加しても、当事者とは想いが違うかもしれない。

世のため、人のために活動してるって言ったって、どういう世の中のため? 誰のため?って思ってしまう。

「潮風の町」1978年発行、「底ぬけビンボー暮らし」1996年発行。松下竜一氏 2004年没。
松下氏は古き良き時代の人です。貧乏を気にせず、清く豊かに生きた方。

そんな方が、日々の生活をつづった本を素直に読めなかった。

純粋で美しいものを、単純にそう感じられなくなった自分を・・・寂しく感じる2冊でした。

2017年3月11日 (土)

安全衛生の会議に出席して

職場の安全衛生に関する会議に出席しました。

上席の方が健康推進員をしており、本来はその方が出席するはずなのですが、会議が重なったので代理出席しました。

私たちの組織は、基本各事務所単位で職場の安全衛生に取り組みますが、同じ地域の事務所10数か所がグループを作って、そのメンバーで年、数回会議を開催しています。

各職場で実施している安全衛生について他の事務所の事例を参考にできるように、情報交換を目的として、この会議が持たれているようです。

今回は、年度末になって、今年の総括と来年度の計画を行うものでした。

初めて参加して新鮮だったので、ちょっと気がついたことを書いてみることにしました。

まずは、どこの職場もそれぞれ独自の取り組みをやっていて、職場の安全衛生がともすればおざなりになっているんではないかと思っていたので、ちょっとした驚きでした。

でもそれは、それぞれの事務所が安全衛生に配慮しなければならない事情があるということで、

例えば、建物が、バリアフリーをあまり考えられていない、すごく昔に建てられていて、階段の手すりがないというところが数か所あったり、

残業時間の月平均が60時間を超えている部署があるけれど、特殊な業務なので、他の部署から応援を出せないとか、

メンタルヘルス不調の方が増えて、その方々への配慮とともに、(人員が増やせないので)他の方にどんどん負担が行っている話とか、

いま世間でよく言われていることが、我が職場でも切実な問題になって、それで各事務所が真剣に考えるようになったんだなと。

でもやはり安全衛生は、取り組んでいる総務や人事にとっては優先事項であっても、事業を行っている部署にとっては、忘れ去られがち。

健康管理は個人の問題と考えている上司もまだまだ多いんじゃないかとも感じました。

会社のために、社会のために、あるいは自分の成果のためにひたすら働くっていうのがあって、そうじゃないといい仕事はできないという考え方もあるけれど・・・

人生のある時点ではそういう経験も必要だと思うけれど、それがずっと続くことに耐えられる人はそう多くないだろうし、まして山積みになった仕事に意味があるんだろうかなんて考える状態だったら、身体も精神も持たないことは想像がつきます。

人間は動物なんだから、仕事時間中は目いっぱいやって、時間が来たらさっと仕事を止めて、それ以降は家庭や地域のことを考えて、十分に休養もとって、というのが当たり前で、

それで家庭で子どもやパートナーを大事にして、しっかり次世代を育てていくとか、明日の仕事に向かえるよう自分を管理するとか、

会社だけが繁栄すればいいんじゃなくて、地域も大事で、それは誰かがするんじゃなくて自社で働く社員が住民として当然にすることって考えてもらいたいなと思います。

自社の社員は、家庭から育つ。

人が育つための環境を整える。

人は24時間生活する環境の中で育つのだから、家庭や地域の役割もとても大切。

次世代を担う子どもたちが、学校だけじゃなくて、家庭や地域でどのように過ごせるか。

自社を担う次の世代のために、仕事を終えた社員が、家庭や地域で過ごす時間を充実できるように環境を整えることも必要では?



企業がゴーイングコンサーンというなら、そこまで考えてもいいんじゃないかなと。


人間が単純労働で価値を稼いできた時代から、平凡な社員さえ、クリエイティブなものを求められるような時代に変わってきていて、社員の労働の質を高めるために、何をすべきかと視点もあっていいのではないか。

個人は個人で会社がどうにかしてくれるのを待つのではなく、これでいいのかって思ったら、もう少し頑張れるって思わずに、「これでいいのか?」をとことん考えて、自分なりに行動を起こすことが必要なのではないか。


よその職場の発表を聞いて、会議中や会議後にいろんなことを考えましたが、うまく書けず、伝え切れてません。

アウトプットはうまくできませんが、代理でしかたなく行った会議でしたが自分なりに得たものが多い会議でした。

2017年3月 5日 (日)

日経新聞が変わった!

3月4日土曜日から日経新聞の紙面デザインが変わっています。

英字新聞ぽくなりましたね。

日曜日に楽しみにしていた読書欄が土曜日に移りました。

日曜版は、NIKKEI The STYLE という紙面が創刊されて、3月5日の朝刊本体は、その紙面も折り込まれて、本体はかなり薄くなっています。

これからの日曜紙面も薄くなるんでしょうか?

日経新聞とはだいぶ長いお付き合いですが、これからもしばらくお世話になります。

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2017年3月 4日 (土)

自分が働く組織のこと

国と都道府県と市町村、国は方向性を決めるところ、市町村は住んでいる方と直に対峙して、地域行政を運営するところ。
都道府県は?
国と市町村の間で、いらないんじゃないの?という方もある組織?
そんな中間のある組織で働く私。
情報システム導入の説明会に行って、がっくり肩を落として帰ってきました。
3月初旬のこの時期に4月1日から導入するシステムの説明会が開催されるということ自体、嫌な予感がしていたんですが・・・

公的機関に限らず情報流失が大きな問題になる昨今。
データを持ち出す際に、上司が承認するシステムを導入するという話なんですが、組織で使うデータは原則組織内LAN内で使用するので、各事務所で作業をする分は特に問題なし。
それを例えば出張先とか、LANが設置されていない場所で使う時にデータを持ち出します。
持ち出しは例外的なものだけれど、業務によっては毎日頻繁に持ち出す必要があります。
で、説明を聞くと、そもそもの設計がそんな業務をする部署があることを想定していたかって内容になっている。

説明を聞きながら、うそ・・・まさかと・・・。

この説明会の前にどこかの事務所でテストしたのかな?

いきなり本格稼働で大丈夫かな?

「特定の役職以上のパソコンじゃないと作業ができません。」と説明されます。

業務の準備は担当者がする場合が多いから、使うパソコンを役職に限定するのは現実的ではないし、その役職は作業の間、パソコンが使えず仕事にならない。

淡々と続けられる説明内容。おかしいことはこれだけじゃないけれど、あまり書けないので・・


これから差し障りがでてくるということは置いといて、なぜこんなことになったのか?


まず、データを守ってますっていうシステムを作ることが優先されて、利用者の使い勝手が忘れられた。

データ流出を恐れるあまり、住民の方へのサービスを提供する業務を優先するという視点が抜け落ちた・・・
誰がお客様かということを常に考えていれば、起こらない事態じゃなかったかなあ?
考えて当たり前のことを考えていないとすれば、何も考えていないのではないか?

私のいる組織ってこんな組織だったんだろうかと思ったら、がっくり力が抜けてしまいました。

もっと考えるとこんな組織でも、地域は特に困っていない。ひょっとして必要ない?

組織の中では人が減らされて、それなのにやるべき仕事は逆に増えて、中枢では残業が常態化しています。

目の前の課題をこなすだけで精一杯で、考える時間がないんだろうと思います。

毎日長時間仕事をして、何か形になるものがでてきて・・・

すごく仕事をしている感じになっている人と何やってんだろうと思って心身に不調をきたす人がいるような気がします。

みんなおかしいと思いながらも変えられない? 
とすると救いようがない。

それでも地域は困らない。 


説明会から数日経ちました。
こんな組織で働いているんだとショックを受けたけれど、どうにか落ち着きました。
おかしいと思いつつ、何もできません。
無力感を感じるし、グチグチいいながらも辞めることもできない自分を情けないと思います。



う~ん、自分が見たり、聞いたりした狭い話から考えているかもしれませんね。
すごく頑張っている人・部署が地域ですごく役に立っているかもしれませんよね。

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