ナカキラ的読書記録、参考本・参考資料

2017年4月30日 (日)

「ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日」コンドリーザ・ライス著

もはや前の前になってしまったアメリカ大統領の時代の外交政策を国務長官だったライス氏が振り返った日本語版2013年7月出版の本を今頃読みました。

IQ 200超と持つ言われた方が、当事者として記録したアメリカ外交。

世界のリーダーとしてアメリカがリーダーシップを発揮するのが当然という前提の下で外交が行われていて強いアメリカを感じます。・・今のアメリカの状況と比べてしまいます。

しかし、欧米中心の考え方が強くて、アジアの理解は薄いように感じます。欧米のリーダーたちの目にアジアがどのように映っているかがなんとなくわかります。

トップの立場から書かれているので、登場するのは各国のトップで、リーダーたちの性格まで描かれていることで、国際関係が一握りのリーダーたちの考え方、リーダー間の相性で決まっているように見えます。

・・相応しくない人が国のトップになると国民すべてが不幸になるんだなあと思います。

各国の政治家も生身の人間で、ものすごく優秀であったとしても、自分が消化できる限られた情報で、かつ一部の限られた人たちだけの目線(特権階級の目線)で意思決定をしているとすれば、普通の一国民が自分の住んでいる地域ともう一つ、比較的自分の関係があるとか、あるいは少し気になるとかぐらいの理由でもいいから、普通の人の目線で外交を見ていくのも大事だと感じました。

本質はエリートが見えていないところにあるかもしれません。

人は経験したことからしか想像ができない。

生まれた時からエリートとして過ごしているとエリート以外の人が理解できないのでは?

本が伝えたかったことではないと思いますが、そんなことを感じてしまいました。 

2017年3月15日 (水)

「底ぬけビンボー暮らし」、「潮風の町」 松下竜一著

職場の方が、ベストセラーになっている「応仁の乱」呉座勇一著の話を、いきなり始められて、読んでみたいと仰ったんで、ちょっと前にその本を買っていて、なかなか読み終わらずにいたので、それじゃ貸しましょうかと本を持っていったら、それじゃ代わりにと2冊の本を貸してもらいました。

人に本を借りて読むのは、あまり好きじゃないけれど、松下竜一氏の本だったし、せっかく持ってきてくださったんで、読んでみました。

その方は私が貸した「応仁の乱」を一晩で読んで、返してくださったけれど、私は一週間経った今やっと読み終わっています。

松下竜一氏は、以前ノンフィクションの本を紹介していた誰かの本で名前を見ていて、「風成の女たち」という作品、ルポルタージュ、を読みたいと思ってずいぶん探したんですが、絶版になっていて、結局見つけられず、そのままになっていました。

なので、松下氏の本を読むのは初めて。

この方は家業の豆腐屋を廃業して作家に専念された方ですが、公害や原発反対運動など、市民活動をされていて、そのような運動を題材にした作品が多いです。

ですが、今回借りた2冊はそういう作家活動をしている著者と家族を題材に書いた本で、自分が読みたかった「風成の女たち」とは違ったものでした。

「底ぬけビンボー暮らし」は実話、「潮風の町」は自分と家族をモデルにした創作も含まれるもの。

「底ぬけビンボー暮らし」から読み始めて、最初は表現の豊かさに感動しながら読みました。

でも自分が書きたいものしか書かない。だから貧乏。

そんな貧乏な自分たちの生活をさらけ出して書いて、わずかではあってもお金を得ている。
途中から嫌な気持ちになりました。

日々の家族との生活を描くことで、著者の強くない(人間みんな強くないけど)面が見えている。

そんな方が反対運動に出かけていって、地元の方に交じって反対運動をする。反対運動を思想的に支える。

地元の方は生活があるから反対運動をするけれど、活動家は自分の信じるもののため、反対運動をする。

地元の人は反対運動が成功しなければ、直接自分たちの生活が変わっていくけれど、よそから来て運動をサポートする活動家は、負ければその地域を去るだけ。

活動家って無責任。

昭和の時代は、闘争をすることで、何かが変わった。闘争に意味があったと思います。

でも今は、運動をしても結局、最初の予定通りに物事が進んでいく。あるいは反対運動で、物事が当事者の想いとは違う方向に進んでいく。

価値観が多様化して、目指す方向を一つにできなくなった。

そんな中で、市民活動家が自分の信念で運動に参加しても、当事者とは想いが違うかもしれない。

世のため、人のために活動してるって言ったって、どういう世の中のため? 誰のため?って思ってしまう。

「潮風の町」1978年発行、「底ぬけビンボー暮らし」1996年発行。松下竜一氏 2004年没。
松下氏は古き良き時代の人です。貧乏を気にせず、清く豊かに生きた方。

そんな方が、日々の生活をつづった本を素直に読めなかった。

純粋で美しいものを、単純にそう感じられなくなった自分を・・・寂しく感じる2冊でした。

2017年2月19日 (日)

「リーダーの本棚 ユーグレナ社長 出雲 充氏」2017.2.19日本経済新聞

毎回楽しみにしている日経新聞、日曜日読書欄の「リーダーの本棚」、今回はユーグレナ社長の出雲充氏です。

1980年生まれなので、37歳か36歳。いつも登場される方々よりは若干若い。
毎回いかにも難しい本を挙げる方が多い中で、「こち亀」や「ドラゴンボール」が挙がっているのが・・・いいです。

最後に
『皆さん、読書に効率や目的を求めすぎでは。それでは新しい本を読まなくなるでしょう。全然関係のない、遠くにあるものに、本という形ですぐ接することができる。それが本の一番の価値だと思います。』

“効率”や“目的”って言葉を聞きすぎて、もういいかなって思っていたんで、そうですよね~と。

2017年1月15日 (日)

「知の仕事術」池澤夏樹著

2017年1月、集英社からインターナショナル新書が創刊され、5冊の本が出版されるという新聞広告を見て、新しいシリーズの新書が出ることと本のタイトルに惹かれ、最近本代がかさんでるよねと躊躇しながらも買った一冊。

少し前に読んだ池上彰氏と佐藤優氏共著の「僕らが毎日やっている最強の読み方」と同じように、道具としての「知」について書いた本かなと思っていました。

“はじめに”は、

『しばらく前から社会に大きな変化が目立ってきた。
人々が、自分に十分な知識がないことを自覚しないままに判断を下す。そして意見を表明する。そのことについてはよく知らないから、という留保がない。
もっぱらSNSがそういう流れをつくった、というのは言い過ぎだろうか。』

から始まり、個人が安易にインターネット上に表明した意見が、社会を動かしていく状況が書かれています。

そして、

『この本はそういう世の流れに対する反抗である。
反・反知性主義の勧めであり、あなたを知識人という少数派の側へ導くものだ。』と書きます。

カバーの紹介には、『混迷深まる現代を知的に生きていくためには、「情報」や「知識」だけでなく、さらに深い「思想」が必要だ。』ともあります。

そういう本なのねと理解した上で、読み進めるうちに
池上氏&佐藤氏の本が道具としての「知」をいかに手に入れて使っていくかを書いた本であるのに対し、この本は「情報」や「知識」を集め考えて、文章にする=自分の思想を文章として表現する(アウトプットする)ことについて書いた本  
と自分では理解しました。

情報や知識と書かれていながら、本について書いた部分がかなり強く印象に残りましたが、随所に出てくるエピソードに、知識人と呼ばれる人たちは、どのようにしてそれほどまでの知識を集めていくのかと気が遠くなりました。

読み終わって、年取った非知識人が今更ジタバタしてもと絶望的な気持ちにもなりましたが、
それでも自分なりに情報を集めて理解し、自分の頭で考える続けることが大事で、そのために文書を書いてみる(もちろん、よく知らないけどと断りながら)のは意味があることではないかと思い直しました。


知的好奇心の強さが伝わる本で、読み始めたら面白くて最後まで一気に読んでしまいました。
新しく出る本にもこんなに面白い本があって、その上、過去の名著も読みたい本がたくさんあります。いままで本を読んでこなかったつけは大きいですね。
読みたい本を全部読むには、とても時間が足りないです。

2017年1月14日 (土)

「親の介護をする前に読む本」東田勉著&「ライフシフト」リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著

「親の介護をする前に読む本」を読んで、「ライフシフト」を読んでいます。

読みたい本がたくさんあるのに遅読なので、一冊を読み終えるのが待てず、複数の本を並行して読んでいます。

「親の介護・・」と「ライフシフト」もたまたま同じ時期に読んだだけで関連性はなかったんですが・・・

「親の介護・・」の方は、「する前」ではなくて、まさに介護中(といってもほぼ関わっていませんが)で、気になって手に取ったものです。

新書なのですが、読み応えあり。
介護に関する情報を持つと持たないでは、介護される人、介護する人の状況が大きく違ってくるんだなあと目からうろこでした。

介護や死は、日々生活をしていたら、やがては来るものであり、毎日朝が自然に迎えられるように、自然に受け入れていくものと思っていたんですが、本人や周囲がきちんと情報を集めて、努力をしていけば違う結果が生まれるんだなあと・・

プロローグの中で、20代で母親の親の介護に直面し仕事を辞めて50代まで介護中心で生きてきたけれど、それを明るく受け入れた女性と介護に疲れ親と心中しようとし自分だけ生き残ってしまった女性の例が上がっていました。

違いは、最初の女性が介護サービスを利用して、上手に自分の負担を軽減したこと、母親の介護を通じて人脈を広げたこと。

環境も2人の個性も違うだろうから、単純にそれだけではないでしょうが、情報を集めてそれを利用していくことが、人生を変えることになるんだなあと感じました。

自分が知れば、より良い介護を受けてもらえる。

人の最期は必ず来るものだから、その最期までできるだけ本人に幸せに生きてもらうためには、延命をしない選択肢もある。

ただ受け入れるだけでなく、親のためにもっと介護を知ろうという気持ちにさせられました。


そして「ライフシフト」。人の平均寿命がどんどん伸びていく、近いうちに100歳になるだろうから、それに備えた生き方に変えて行かなければならないという話。

100歳まで生きるとすれば、人生を教育→仕事→引退と3つに分けていたいままでの生き方では、引退後の期間があまりにも長くなるし、仕事の期間で稼いだお金では引退後の生活を維持できない。

80代あるいは生涯働き続けることが当たり前になり、そのためにはそれまで働き続けらえるようスキルの学び直しが必要であるし、働き続ける心身を維持しないといけない。

最初の介護がより良い生そして死を迎えるために学ぶということならば、これはまさに自分がより良い生、死を迎えるために学ぶ話なんだなあ。

愛情だけで介護はできないし、年を取ってきつくても引退も出来ない時代になったと考えるか?

野生動物は生きるために死ぬまで自分で餌を取り、身を守る。人間だって動物なんだから、生きるために死ぬまでできることをしていく。

これからの世の中、人間本来の姿に戻る時代になるって考えてもいいかな。

「ライフシフト」は、まだ途中。読み進めて、また発見があるかも。

2017年1月 6日 (金)

「僕らが毎日やっている最強の読み方」池上彰、佐藤優

テレビの露出度が高い池上彰氏とものすごいペースで本を出版されている佐藤優氏の本を読みました。

このお二人の本を本屋さんで買うのはハードルが高い。

流行りものに手を出している人って見られないかなあとつい手が止まります。

この本もお正月に行った本屋で平積みになっていたものをしばらく見ていて、面白そうだなと思いつつ、レジにいけなかった。

でも結局気になって、Amazonでkindle版を買ってしまいました。

「本の読み方」とか「読書」とかタイトルがあるとつい買ってしまうほうで、すごく本を読む方、本好きの方の書いたものに、“そうそう”とか“へぇ~”とか、読む量も読み方も話にもならないレベルでありながら共感したり、関心したりしています。

今回も著者二人は知識も教養もずば抜けていらっしゃるので、そのまま参考にしようなんて大それたことは全く考えませんでした(はなから無理ってことがわかるし)が、情報の触れ方、本の読み方についていろいろ学ぶことがありました。

新聞、雑誌、ネット、書籍、教科書・学習参考書に章を分けて対談形式で書かれていて、情報収集に関して、お二人の共通点、相違点がわかります。

相手に違うところがある時は、自分なりの方法をしっかり確立されているはずなのに、それでもいいところは取り入れようとされていて、知への探求心の強さを感じられます。

佐藤さんがはじめの方で『知は「武器」であり「楽しみ」でもある』と仰っていますが、この本を読むと武器はさすがにもう必要ないと思うのですが、知ることを楽しみにできたらいいなと思います。

この本からノウハウも学べますが、私にとっては、働く者(佐藤氏は「ビジネスパーソン」という言い方をされますが)として、何を大切にするか、どういう心構えを持っておくべきかを考えさせてくれる本でした。

ちなみに池上さんの番組は気になって見始めますが、すごく簡単な解説もたくさん入れて説明される番組も多くて退屈してしまって終わりまで見れませんし、佐藤さんの本は割と好きなのですが、最近は多すぎてどれを読んだらいいのかわからないので、読めていません。

2016年11月 3日 (木)

「仕事に効く教養としての「世界史」Ⅱ」出口治明著

自分の浅はかな考え方を記録するよりも、このブログで、気になる記事、情報を切り取って、将来、過去を振り返った際にヒントになるようなものを書いて残しておきたいと思ったものの、マメに作業ができずにほとんど更新ができていません。

そもそも“今”に関する本や新聞、雑誌を読む時間が極端に減っています。

以前に関心を持っていた分野のものを読まなくなった原因は、歴史に関する本を読んでみて、いま巷にある情報や論評よりも、過去から今を考えるほうがずっと面白いと考えるようになったせいですが、それでも、自分自身でいまを記録して、将来自分で見てみるっていうのはとても意味があると思っていますが・・・

自分の関心がある地方の出来事や小さな出来事が、将来活字として残っている可能性はほぼないので、価値がある(もちろん自分にですが)と思うんですが、サボってます~

さて、「仕事に効く教養としての「世界史」Ⅱ」を読みました。歴史を知りたいと思いつつ、いつまでも通史の本ばかり読んでいて、歴史観がぜんぜん深まらず、まずいんですが、出口さんの著書はとても好きで、新しいものが出るとつい読んでしまいます。

今回読んだ本も期待に違いませんでした。この方どれだけ深い教養をお持ちなんだろうとため息がでます。この方から見える世界ってどう見えているんだろうとこの方の本を読むたびに思います。

知らないことを知ると今まで見ている世界が違うものに見えるし、いままでの自分が限定された情報の中で考えていたんだと思い知らされることはよくあると思います。

だから最近、やはり勉強した方が見えるものが違ってくるし、知識がないとやっぱり駄目だと思ってます。

若い頃に勉強した人とやっていない人と比べるとやっていない人が考えることってたかが知れている。

特に今の世の中、研究が進んで新しい考え方、理論が出てきているから、知るっていうことが絶対的に必要だなあと思います。

ということで、そんなら若い頃の勉強しなかった自分は諦めるかというと、いまからでもやらないよりやった方がいいだろうから、務めて知らないことに関心を持って行こうと思っています。

ところで、頭が良くて、勉強もすごくしている人がすごいかというと、そういう人でも深く考えていないと単に知識のひけらかしで勘違いなことをしているという状態なので、いくらすごそうな肩書があっても、凡人さえ、大したことない人ぐらい見抜けます。なんてことも考えます。
結局一番大事なことって「考え」てるかどうかだと思います。

いろんなころを深く考える・・・人間経験したことや知ってることがないと考えられないから、知っていることは多ければ多いほどいいんじゃないかな・・・

出口さんの本からそれてしまいました・・・

出口さんの本を読んで、いつもよかったと思う点は、日本っていう国を客観的に観ないといけないと思える点。

日本を世界の中で見ると単なる一国。特別な国ではない。
日本人だと日本が大きな国に見えて、特別な国に思いたいけれど、世界史から見るといつの時代もアジアの端っこにある国。

歩んできた歴史や独自に発展してきた文化は日本人として誇れるもので、自国民として自国を一番に思う気持ちは持つべきだけれど、それは世界中にある国どこでも同じこと。

「当たり前じゃない」と言われそうだけれど、それを忘れないことが大事だと思います。日本はたくさんある国の一つに過ぎない・・・そう謙虚に客観的に自分の国を見ることが、自分の国の今、将来を見る時に大事。そう思います。

出口さんの本を読んでしばらくはわかっているつもりだけれど、すぐに忘れるんですよね~
それから、今回の本で一番そうだなと思ったところは、最後のほうで、「人は逃げ出せる自由が欲しい」と書かれていたところ。

世界を1つにして世界連邦政府をつくれことが、世界をユートピアに変える一番いい方法だと考えられてきたけれど、そうじゃないと考えるほうが主流になってきているそうです。

すべてを1つにしてしまったら、それに馴染めない人は逃げる場所がない。世界を画一化するのではなく、逆に多様な方が大切・・みたいなことが書かれていましたが、これからの世界、自分はどんな姿を求めているのか、なんてことを考えるときに、この考え方、大事じゃないかなと感じました。


まだまだいろいろ残したいことがあったのですが、長くなって気持ちが続かなくなったので、一応終了。

ベストセラーでみんなが読んでいて、流行りもん的に感じてしまいますが、本そのものを楽しんで終わりではなく、読み終わって、そこから始まる。

出口氏が書かれる本、自分自身でいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれるものと・・と私は思っています。

2016年7月10日 (日)

「使える地政学 日本の大問題を読み解く」佐藤優著

本日は参議院選挙投票日。20時以降、テレビはどの局も開票速報です。

選挙はおいときまして、本日読んだ本の話を・・・

「使える地政学 日本の大問題を読み解く」という題名の佐藤優氏の本を読みました。

最近地政学という言葉をよく聞くようになって気になっています。
この本のまえがきのまさに冒頭に「去年(2015年)あたりから、地政学がブームになっている。」とありました。
道理でよく目にするわけです。ということで、気になっているのは自分だけじゃなかったというか、自分は遅れて流行を追っているだけでした・・・
それはともかくも、この本は

第一章 私と地政学の出会い

第二章 ロシアと中東をめぐる勢力図

第三章 「パナマ文書」と地政学

第四章 ネット空間と地政学

第五章 国家統合と地政学~沖縄編

第六章 国家藤堂と地政学~EU編

第七章 中国の海洋進出が止まる日

という構成で、ロシアや中東、EU、中国などで起こっている問題について地政学で解説がされています。

しっかり理解するには、世界史や地理の知識が不足しているので、知識を補充して読み直さないといけませんが、「第五章 国家統合と地政学~沖縄編」は、作者の意図とは違うと思いますが、はっとしました。

沖縄県民が普天間基地の辺野古への移設反対を明確にしているのに、中央政府は辺野古以外は考えていない。沖縄に住む人の気持ちを理解しようとしない。過去、明治時代においても、第二次世界大戦中も、戦後も沖縄は切り捨てられてきて、基地問題が進展しない中、沖縄の人たちは・・本の中には「沖縄の人々は、ネーション(文化的、歴史的共通意識にとどまらず政治意識を持った共同体)を形成する過程にあり、・・・」とありました。

ここを読んで、ふと、自分は九州に住むものとして、沖縄を日本政府の側から見ているけれど、日本政府にとっては九州も沖縄と同じではないかと感じました。

そう、2020年東京でオリンピックが開かれることが、日本の活性化につながるように言われるけれど、いくらオリンピックといえど、その効果は東京とその周辺に限定されるのではないか?

それが日本全体のことのように報道されるのは、日本の中心の東京に住む人が見ている日本は、イコール東京都その周辺だけなのではないか?

九州は田舎、観光で訪れる遠い場所という発想ではないか?

日本じゃないとは思っていないでしょうが・・・

九州人として東京も九州も同じ日本という気持ちで見ていたけれど、東京から見れば九州は遠い地方。

九州で何か重大なことが起こっても、例えば九州に某国のミサイルが着弾しても、それを自分たちの問題としてとらえるか?

自分たちが同じ日本と思って一体感を持っていたものが実は自分たちはそのグループに入っていなかった。

沖縄のことを考えるとそういう見方だってできないことはない。

そんなことを考えるともっと自分が住む地域について、自分たちが考えないといけないのではないか。

国とは何なのかが、なぜ国にこだわるのか、よくわからなくなっている中で、日本国の一員として日本政府がすることを疑問を持たずにいるよりも、九州人の視点を持って、国がすることを見て考えて、あるいは自分たちがすることを考えていく。

スコットランドがイングランドから独立したがっているように、日本からの九州独立だってありうる。

突拍子もないかもしれないけれど、そういう考え方をすると日本という単位から解放されて、九州に住むものは九州単位でモノを考えればいいんだと・・・なんかスッキリしました。

ところで、参議院選挙沖縄選挙区、自民公認の現職で沖縄担当相の島尻安伊子氏の落選が確実になったそうです。これ以上沖縄県民の方の気持ちをないがしろにすると沖縄が日本ではなくなってしまうかもしれません。

2016年5月 1日 (日)

「リーダーの本棚 日本製粉会長 沢田浩氏」2016.5.1日本経済新聞朝刊

日本経済新聞の日曜日、読書欄で一か月に一度程度掲載される「リーダーの本棚」を毎回楽しみにしています。

今日は、日本製粉会長の沢田浩氏でした。

沢田氏に限らずここに登場されるリーダーは、ほとんどの方が古典を座右の書として挙げられています。

「論語」「孫子」が出てくることが多いですが、それとは別に骨太の本を読んでおられて、特に昭和の早い時期に生まれた方は、この記事を読むだけで読書量の違いを感じます。

今回沢田氏の記事は、恩師に勧められた本の話から始まっていて、そのエピソードがとても素敵でした。

それから、後半部分、満州事変から第二次世界大戦の敗戦を経験し、『なぜあんなバカな戦争をして大負けに負けたのか。昭和史を誰がどう作ったか知りたくて、いろいろ読んでいます。』と書かれていましたが、1931年、昭和6年生まれの沢田氏、私から見れば戦争を生で経験し、昭和のほとんどを生きた方が、その方さえ、昭和の戦争が何であったかを探して、本を読んでいらっしゃることが新鮮でした。

そして、沢田氏が本を読んで感じる昭和と昭和生まれだけれど、戦後に生まれた自分が読む昭和はまた違って見えるだろうなとも考えました。

いま、グローバル化や価値観の多様化、富の偏在などいろんな面で先行きが見えなくなっている社会に居て、自分の立ち位置を知るために、過去、すなわち歴史を学ぶことが大切ではと思っていますが、

日本のトップリーダーが特定の時代を知るためにその時代を書いた本を読むと書いておられると・・・私の考え方も案外、間違いじゃないよねって思います。

2016年4月29日 (金)

「県庁そろそろクビですか?「はみだし公務員」の挑戦」円城寺雄介著

気になってはいたんですが、漫画家江川達也氏の表紙と本のタイトルで書店ではちょっと手に取るのが憚られて、読まずにいました。

が・・・、我が故郷、佐賀県の県職員さんが書いたものなので、やはり気になって読んでみました。

救急車にiPadを配備し、国内で初めて救急患者の搬送時間短縮を成功させたり、医師と協力してドクターヘリの導入を実現した方がその記録を中心に書かれています。

公務員でありながら・・という表現はまずいかもしれませんが、組織の枠にとらわれず、熱く考え行動されている姿は驚きですし、自分の日頃の考え方、行動を反省させられます。

どんな立場にいても熱い想いと冷静に考える力、そしてそれを行動に移す力があれば、それでたいていのことは実現できるのかもしれないと思います。

ただ、それが自分を含め、大部分の人にはできないことだということもよくわかります。

みんなが円城寺氏のように行動できたとしたら、日本は大きく変わるだろうと思います。

でも、それは難しい。

また、一人の人が何かをやり遂げたとしても、それを継続していくことが難しいし、継続するためには一人の人に続く人が必要です。

熱い気持ちを口に出すことは簡単だけれど、それを実行に移す。そして継続する。

本当にそれができるのは一握りの人だと思います。

じゃ、自分はそんな人じゃないからと何もしないのか? 非凡な人のように大きなことはできないけれど、自分に与えられた役割をコツコツとこなす。自分ができる範囲で最大限できることをする。

以前はすごい人の話にいいなあと思っていたけれど、この方はこの方、自分は自分のできることをしようと思います。

ところで、この方本当にすごいと思います。

組織の問題に不満をいうのではなく、問題は問題として受け止めた上で、その中で自分が何をするかを考えている。

たくさんの公務員の中で一握りの人しかできないことをしているけれど、それを自慢しているわけではない。

何かを成功させてそれで終わりではなく、ずっと取り組んでいかないといけないと意識されて、自身ができることを続けている。


それなりに年を取った自分には、自分もこの方のように・・・と思う本ではありませんでしたが、自分の位置を見つめ直して、やるべきことを考えさせられる本でした。

救急車へのiPad配備やドクターヘリ導入など、主に書かれている内容は派手でしたが、この本を読んで、逆に日々の地味で当たり前の業務の大切さをあらためて考えました。

大過なく毎日を過ごすのか、自分に与えられた仕事を通じ、自分ができることを精一杯やりたいと考え毎日を過ごすのか、自分はどっちを選んでいるのだろうか・・・自分を振り返る本でもありました。

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